■ThinkPadの現在と未来(上)■Pentium 4-M搭載機ThinkPad A31pの設計思想
IBM ThinkPadシリーズは、'92年10月にThinkPad 700C(日本名はPS/55note C52 486SLC)が発表されてから今年でついに10周年を迎える。折しも筆者は3月末にThinkPad A31p(以下、A31p)を購入している。そこで、ThinkPadの技術開発とマーケティングに携わるスタッフの方々にお集まりいただき、ThinkPadの現状と将来に関する直撃インタビューを行なった。本日より2日間にわたり、このインタビューの模様を中心にお伝えする。 前編となる本日は、筆者がA31pを購入するまでの経緯をご説明した上で、インタビューで得られたA31pに関する興味深い情報をピックアップしよう。 ■ノートパソコンに手を出そうと思った理由 まず、筆者がA31pを購入した背景についてお話ししよう。実をいうと、筆者はもともと筋金入りのデスクトップPC派だった。ある程度のCPUパワーが欲しいし、広い画面で作業をしたいし、大容量で高速なHDDを使いたいし……といった数々の要望を並べていくと、必然的にデスクトップPCしか選択の余地がなかったのだ。また、できるかぎりの要望を満たすために、あえて自ら組み立てたPC(いわゆる自作PC)を使用してきた。参考までに、最近まで使っていたデスクトップPCの主要なパーツを抜粋すると以下のようになる。
このスペックは今となっては決して速くはないが(せいぜい現役なのはHDDくらいだろうか)、原稿を書いたり、写真を整理したりするには十分高速なPCだった。 しかし、いくつかの重大な欠点もあった。まず1つ目は、動作音が非常にうるさいこと。SCSI HDDが5台も内蔵されていればうるさいのも当然だが、それ以外にもCPUファン、ケース内のファンなど騒音源は数えきれず、夜は自室で安眠できないほどうるさい。 2つ目は、場所を食うこと。フルタワーケースによる構成だったため、とにかく足下が邪魔で仕方ない。また、電気の瞬断や停電時にも慌てないように無停電電源(APC SmartUPS 1000J)を配置しているが、このスペースもバカにならない。 3つ目は、ここぞというとき(ex. 原稿締め切りの直前)にかぎってマシンが調子悪くなること。細心の注意を払ってパーツを選択しているつもりだったが、それでも筆者が満足できる安定性を達成するには至らなかった。仕事柄、PCの電源を落とすのは年に1~2回と少ないことから、ハングアップはおろか、ちょっとした不安定な挙動でもついつい気になってしまうのだ。 ■デスクトップを置き換える存在となったA31p そこで考えたのが、メーカ製のPCワークステーションという選択肢だった。PCワークステーションは、CAD/CAMやDCC(Digital Contents Creation)などのプロフェッショナルユーザーを対象とした高性能PC(多くはタワー型の筐体)のことだ。デル、コンパック、HP、IBM、NEC、富士通などから発売されており、筆者が希望する欲張りなハードウェア構成にするとだいたい80~100万円になる。プロフェッショナル向けということで動作検証も極めて厳重に行なわれており、少なくとも筆者の自作PCとは比較にならないほど安定動作することは期待できる。 とはいうものの、PCワークステーションでは3つ目の問題しか解決できない。オフィスならまだしも一般家庭に置くPCということで、できればデカ物はもう卒業したいというのが筆者の本音なのだ。PCとは関係ないが、これまでSun Ultra-1、Bay Networks Lattice Switch、Quantum DLTオートローダ(7連装)といった非家庭向けの製品を使い続けてきており、そろそろデカ物自体に飽きているという内情もあったりする。 そこで次に考えたのが、いわずもがなノートPCである。筆者がPCの切り替えを検討したのは昨年末だが、うまいタイミングでIBMのThinkPad T23を長期的に試用できる機会が訪れた。ThinkPad T23はモバイルPentium III-M 1.13GHz(拝借したのは初代モデル)を搭載し、ディスプレイの解像度は1,400×1,050ドット(SXGA+)、HDDも48GBという当時ではかなりハイスペックのノートPCだ。世評通りにキーボードの完成度も高く、以後筆者がThinkPadに決め打ちした理由もここにある。 このときから本気でノートPCの選出にかかったわけだが、当時のスペックではまだ購入に踏み切ることはできなかった。ThinkPad T23に続き、1,600×1,200ドット(UXGA)の液晶ディスプレイと全部入りネットワーク搭載のThinkPad A30pがデビューを果たしたが、モバイルPentium III-Mベースだったことから購入は断念した。 そして月日は流れ、今年3月にはついにモバイルPentium 4-Mを搭載したA31pが発表された。A31pほどのスペックならばデスクトップPCからもきっちりオサラバできるし、先ほど掲げた3つの問題点もすべて解決できる。こうした判断によって、ようやくノートPC(A31p)への移行に踏み切ることができたのだ。 ■PCワークステーションにも匹敵する3D処理性能 次に、OpenGL系の3D処理性能についても少し触れておきたい。今回はOpenGL性能を計測するために、業界標準のテストプログラムであるSPEC(The Standard Performance Evaluation Corporation)の「SPEC viewperf 6.1.2」を使用した。SPEC viewperf 6.1.2はいくつかの項目に分かれているが、それぞれのテスト内容を簡単にまとめると次のようになる。
テスト結果は次の表の通りである。比較のために、他のPCワークステーションやノートPCの結果も併記している。これらの比較データは、筆者が以前担当していた「CAD&CGマガジン」(エクスナレッジ社)のPCワークステーション連載から抜粋したものだ。いずれも1,024×768ドット、32ビットカラーの環境下でテストを行なっている。 A31pの結果を見ると、Quadro2 Proを搭載したhp workstation x2000とほぼ同等であることが分かる。両者のプラットフォームは比較的近いことから、MOBILITY FIRE GL 7800はQuadro2 Proに匹敵する性能を持つだろうという想像がつく。Quadro2 Pro相当ということは、据え置き型ワークステーションでいえば中位モデルにあたり、ターゲットは小規模から中規模の3D CAD/CAM、CGということになる。このように、A4フルサイズという持ち運び可能な大きさながら、据え置きのPCワークステーションにも匹敵する性能を実現しているA31pは称賛に値しよう。「モバイルワークステーション」という異名を持つゆえんも素直に納得できる。 さらに他のFIRE GLシリーズと結果を比べてみると、さすがにハイエンド向けのFIRE GL 2やFIRE GL 4には遠く及ばないことが分かる。このレベルの3D性能を求める場合には、残念ながら現状では据え置き型のPCワークステーションを選ぶしかなさそうだ。
■A31p設計者へのインタビュー
今回は、A31pの技術開発に直接携わっているポータブルシステムズ 機構開発 ドッキング・オプションズ 課長の白井秀典氏と、ThinkPadの総合的なマーケティングを担当されているPC製品企画&マーケティング事業部 モービル製品企画の北原祐司氏にお話を伺った。 インタビューのやり取りは一問一答形式で統一するため、お二方のお話しをひとつに整理した形で掲載する。したがって、筆者の[Q]、お二人の[A]という表記になる。 [Q] A20pからA30pまではPentium IIIベースでしたが、A31pはPentium 4ベースに切り替わりました。これほどまでの変更があったらA40pになってしかるべきだと思いますが、なぜA31pという型番になったのでしょうか? [A] それは、フォームファクタ(メカニカルパッケージの形状)がまったく変更されていないからです。A30pとA31pには、システムボードを除けば基本的な違いはありません。むしろA30pの時点で、あらかじめモバイルPentium 4-Mも搭載できるように設計しておいたという方が正しいかもしれません。IBMでは、通常1年半から2年というスパンでフォームファクタを変更していますので、A30シリーズの発売日から1年半ないしは2年をたどった時点がA40シリーズの登場時期となるでしょう。 [Q] 先日、モバイルPentium 4-M 1.8GHzがリリースされましたが、A31pもこの流れに追従して、1.8GHz版の後継モデルが発売されたりするのでしょうか? [A] 現時点ではその予定はありません。他の国のマーケティングチームは検討している可能性がありますが、日本サイドとしてはたった0.1GHzの違いのためにモデルチェンジする必要性はないと考えています。将来のモデルについて具体的なコメントはできませんが、少なくともあと何レベルか動作周波数が高くなった時点でモデルチェンジを検討したいと思っています。他社さんが2GHzのモデルを発売したときに、弊社にも同じ2GHzモデルがないのは寂しいな……というくらいのヒントでご勘弁いただけますでしょうか(笑)。 [Q] 他社のモバイルPentium 4-M搭載ノートがMOBILITY RADEONやGeForce4 Goといったコンシューマ向けのビデオチップを採用しているのに対し、A31pはプロフェッショナル向けのMOBILITY FIRE GLを採用しています。このこだわりはいったいどんな理由によるものですか? [A] A31pは原則としてオフィスユースを前提としていますので、3D性能よりは2D性能を重視しています。専門誌でも色々と検証されている通り、NVIDIAのチップの方がATIよりも3D性能が高かったりするのですが、ATIの方が低価格で消費電力は小さいのです。こうしたトレードオフを考慮した結果として、今回はATIのチップを採用するに至りました。 次に、なぜMOBILITY FIRE GLかということですが、A31pはエンジニアリングワークステーションとしても使っていただきたいモデルですので、2Dを重視するとはいいながらも、やはり3D性能にもこだわりたかったわけです。また、ISV(Independent Software Vendor)のCertification(認証)を容易に受けるためでも、MOBILITY FIRE GLを採用する必要性がありました。 [Q] A31pでは具体的にどのようなCertificationをとっていますか。 [A] A31pに関しては、現在まだ返事待ちの状態です。A30pがノートPCで初めてCATIA V5、PTC Pro-Engineer、Autodesk InventorのCertificationを取得しましたので、A31pでも同様の動きになるでしょう。各ソフトウェアベンダーにA31pのテスト機を配布したのが3月末でしたので、その結果が出るのは5月の連休明けくらいになると思われます。IntelliStationのチャネルにも協力してもらっていますので、最終的にはA30pよりも数多くのCertificationをとることができるでしょう。 [筆者注:現在計画中のCertificationプランについてはMobile Workstation (ThinkPad A31p) Application certification plan( http://www.pc.ibm.com/ww/thinkpad/certification/software.html )を参考にしていただきたい] [Q] 他のThinkPadと比較すると、キーボードのキータッチがかなり固くなったように感じます。これは意図的なものですか? [A] 確かにちょっと固くなった感じがすると思いますが、実はキーボード自体の機構は一切いじっていません。本体の剛性を高めるためにキーボードの裏側に厚めのアルミ基板を配置しているので、たぶんこのアルミ板がキータッチを固くしているのではないかと思われます。 [Q] キーボードに関連した事項として、A30シリーズからはキーボードの左端にナビゲーションキーが付いています。たとえばA31pを使用するような上級者を想定すると、あまり利用価値のあるキーには思えなかったりするのですが、なぜ搭載したのでしょうか。単にスペースが余っているからでしょうか?(笑) [A] 単にスペースが余っているからという理由ではなく、ちゃんとした理由で搭載しています。もちろんスペースが余っているから搭載できたということは否定しませんが、だからといって安直な気持ちで搭載を決めたわけではありません。 A4フルサイズのThinkPadでは、すべての機能を提供できるオールインワンのソリューションを目指しています。これは上級者向けであるとか初心者向けであるとかは無関係に、とにかくすべてのユーザに最高の機能と使いやすさを提供することが目標です。ナビゲーションキーは、初心者がワンタッチでインターネットにアクセスできるように配慮した機能ですから、おっしゃるようにこのキーを使用するユーザ層は初級者や中級者が中心になると思います。しかし弊社としては、むしろ上級者にもナビゲーションキーを使ってもらいたいと考えています。実際に使ってみれば意外と便利なことが分かると思いますよ。 [Q] 最後に、A31pで特にこだわったポイントを教えて下さい。 [A] 数えるとキリがないのですが、特にカタログでは見えない部分をあげますと、[1]本体の剛性アップに気を遣ったこと、[2]左右のウルトラベイのイジェクトキーを前方に揃えたこと、[3]音のよいスピーカを搭載したこと、などでしょうか。これらの特徴は、A31pというよりはA30シリーズ全体でこだわったポイントというべきかもしれません。 [1]A31pには左右にウルトラベイがありますが、筐体は非常に大きいですし、ボディはプラスチックでできていますから、本体の強度を確保するのにかなり苦労しました。A30シリーズでは、要所要所にマグネシウム合金のフレームを入れたり、キーボード裏にアルミニウム基板を設けることで、各方向に対する剛性を確保しています。 [2]ウルトラベイを左右に配置すると、イジェクトキーは左のベイが奥、右のベイが手前になります。そこで、A30シリーズでは左のベイのイジェクトキーを手前に持ってくるように工夫しました。ベイそのものは左右ともに同じものですが、メカニカル的にイジェクトキーを同じ方向に出すのは意外と難しかったです。 [3]ビジネス向けのノートにはあまり意味がないのかもしれませんが、せっかくの大きな筐体ですので、容積の大きい高音質スピーカを搭載してみました。実際に聴いて下さればすぐに分かると思いますが、ThinkPadでは最高レベルの音質を達成しています。
明日掲載の後編では、ThinkPadの将来に関するインタビューの模様をお届けする。水冷、Banias、燃料電池など最新のノートPC関連技術への取り組みや、無線LAN、HDDの趨勢など、今後のThinkPadの方向性などがテーマだ。 □製品情報(ThinkPad A31p) (2002年5月7日) [Reported by 伊勢雅英] |