第137回:将来、ローカルのハードウェアはボトルネックとなる
~前回のお詫びと訂正



●前回のお詫びと訂正

 昨日掲載されたモバイル通信で、1.8インチHDDを東芝以外のPCベンダーが採用している、という話を元にストーリーを構成した。実はこのベンダーとは、23日に発表された松下電器のLet'snote Lightのことだったのだが、実際にLet'snote Lightに搭載されているのは、同じ東芝の2.5インチ型であり、間違いであることが判った。2.5インチ型を3.3V駆動モードで利用することで、省電力を実現している。お詫びして訂正させていただきたい。

 松下電器関係者との話の中で、「低電圧で駆動する“例の”T社のHDD、20GBという容量も、低消費電力を実現するために必要だった」とのコメントから1.8インチだと類推していた。その場ではサイズの確認が取れなかった(1.8インチか2.5インチかは、その場にいた関係者ではわからなかった)にもかかわらず、他ベンダーが採用することを匂わせたことで、東芝、松下電器関係者、および読者にご迷惑をおかけしたことをお詫びする。

 もっとも、1.8インチHDDがデファクトスタンダードとして定着すれば、小型ノートPCにも変化が訪れるだろう、という趣旨そのものは、コラムの中で主張した通りである。東芝だけしか供給していない現状では、リスク管理の観点から採用できないベンダーもあるだろうが、1.8インチHDDがスタンダードとして定着し、モノとしてのノートPCが前に進むことを願いたい。

 今回はお詫びと訂正のために緊急の執筆となったが、お詫びも兼ねて、昨日取材したての株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)社長の久多良木健氏の話から、興味深いポイントをピックアップして紹介したい。


●将来、ローカルのハードウェアはボトルネックとなる

 このインタビューでは、現在苦境にある日本のエレクトロニクス産業や、投資、経営といった視点で久多良木氏の意見を伺うものだったが、同氏はその話をする中で、SCEIが将来に向けて描くビジョンを示すキーワードをいくつも散りばめたのだった。

 同氏はここしばらく「PS3というハードウェアは存在しない」と、あちこちで発言している。ではPS2の後は何もないのか?と聞くと、次世代の構想はあるという。そこに突っ込んで行くと「それでもPS3も、そしてPS3規格のソフトウェアというものも存在しない」と話す。まるで禅問答のようだが、久多良木氏の考えでは物理的な“箱”としてのハードウェアで区切ることは、全く意味がないとの意見にたどり着く。

 「たとえばPCの内部的な帯域なんて、たかだか数GB/secにしか過ぎない。しかし、家庭が光ファイバーで結ばれるようになれば、そんなローカルの帯域幅なんて軽く越えてしまう。レイテンシも帯域も爆発的に改善されるとすれば、ボトルネックとなるのはローカルのハードウェアだよ。だから、ローカルハードウェアのサーバ、あるいは限られた部屋の中にあるサーバだけで、世界中に向けて高品質なサービスなんて提供できない」と久多良木氏は言う。

 PS3なんてチャチなことを言うな。ネットワークで結ばれ、そこに生まれてくるパワーはとてつもないぞ、というわけだ。PCの世界でも、ネットワークを通じて仮想的なスーパーコンピュータを実現する「マクロプロセッシング」の実験や研究が進められているが、久多良木氏はエンターテイメントの世界でマクロプロセッシングのパワーを活用しようとしているようだ。

 そして帯域が広がり、プロセッシングパワーが増大すると、そこに人が自然にコミュニケーションを行なえる仮想的な場を作り出すことができる。久多良木氏は「なんでみなさんは、こうして取材にくるのか。実際に会って話をすれば楽しいでしょう。メールじゃ判らないことがあるから会うんでしょう。それは実際に会って会話をするという行為が、めちゃくちゃに広帯域だからだよ。自然にコミュニケーションするための場やプラットフォームが存在すれば、そこに無限の可能性がある。楽しいってことは、人間が何かするとき、もっとも大きな力として働く要素」と、コンピュータエンタテイメントの将来像を話した。


●楽しいから数が出る、数があればスケールを活かせる

 もっとも、ビジョナリストとしての顔が広く知られている久多良木氏だが、単にビジョンだけを追い求めているわけではない。「先日、ある媒体に“ゲーム機ビジネスはハードで損をして、ソフトで儲ける商売”などと、アナリストがステレオタイプに書いていた。しかし、ハードで儲けなければキャッシュフローが生まれない。負債ばかりが生まれるのにビジネスなんて成り立つわけがないですよ」とは久多良木氏。

 もちろん、発売当初は赤字覚悟の時期が続くものだ。SCEIの正式な発表ではないが、PS2発売当時の関係者によると、初期ロットのPS2は1台あたり7万円以上のコストがかかっていたという。そのほとんどは半導体チップのコストだ。だが「我々はビジネスを製品のライフサイクルで見ている。たとえば5年のライフサイクルならば、その中間である3年目にちょうどいい性能になるように、オーバースペックにするしコストもかける。そのライフサイクルの中で回収できればいいだけなんだよ」と意に介さない。そのPS2は、すでにわずかながら利益が出るところにまでコストを落とすことに成功している。

 その肝となる部分は半導体だ。久多良木氏は「Intelは本当にすごい。年間7,000億円ものキャッシュフローを生んでいる。意図的に高い利益率でキャッシュフローを生む。利益を得るためではなく、キャッシュフローを生むために利益を作り出している」と話し、SCEIも基本的に同じ考えで半導体への投資を行なっているというのだ。

 SCEIは2,000億円を投じてPS2のための半導体工場を作り「2,000億もゲームなんかに、と揶揄する人もいた(久多良木氏)」という。しかし、エレクトロニクスデバイスが、そのキーデバイスを自らコントロールできない状態に置くのは馬鹿げていると話す。つまり、他社に半導体を依存していたのでは、その会社が何かの都合で次世代への投資を怠ってしまうと、とたんに自社の戦略が計画通りに進まなくなる。そんなリスクを背負うぐらいならば、自前で2,000億を投資し、自らの支配下で工場を運営した方がトータルとしての利益を出せる。「半導体は同じモノを作っていれば年を追うごとにコストは下がっていくし、たくさん作ればそれだけ儲かる。たとえばネットサービスなどは、“品質を上げること=コストの増大”だが、半導体は違うんだよ。単年度の会計だけ見て言うなんて馬鹿げている」

 こうしたことが言えるのも、もちろんゲームコンソール(と言うと、久多良木氏は怒るのだが)が非常に大きなスケールメリットを出せる製品だからだ。このメリットを生かし、将来のマクロプロセッシングへとつなげていくため、PlayStationのシリコンチップは、さらに数多く製造、コモディタイズし、あらゆるものに入れていく計画を持っているという。ネットワークに繋がるものならばなんでもだ。

 あらゆるエレクトロニクスメーカーにPlayStationのチップを供給し、安価に3Dグラフィックスやサウンド機能などのユーザーインターフェイス機能を活用してもらい、それらをネットワークに接続させていく。ここで「家電業界のIntelになろうとしているのか?」と訊くと、おそらくステレオタイプと言われてしまうのだろう。しかし、どこにでも普遍的にPlayStationチップが入るようになれば、それが高速ネットワークで結ばれたとき、より大きなエンターテイメントのプラットフォームになる。

 話のほとんどがビジネス関連の話題であったため、テクノロジ的なディテールやロードマップなどの詳細はわからないが、「PS3は存在しない」という考えの一端が覗けたのではないかと思う。PS3という箱は存在せず、あらゆるところにSCEのエンターテイメントコンピュータチップが埋め込まれ、それがネットワーク化される。あえてPS3を探すとすれば、それはネットワークの中にカタチなく存在する概念でしかないのかもしれない。


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(2002年1月24日)

[Text by 本田雅一]


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