【Intermag 2012レポート】
垂直磁気でNANDフラッシュ超えを目指すスピン注入メモリ

Vancouver Convention Centre Eastのある建物。「Canada Place」と呼ばれている

会期:5月7日~5月11日(現地時間)
会場:カナダ ブリティッシュコロンビア州バンクーバー
Vancouver Convention Centre East



 磁気応用に関する世界最大の国際会議「国際磁気学会(IEEE International Magnetics Conference)」(Intermag 2012)が5月7日にカナダのバンクーバーで始まった。「インターマグ(Intermag)」の略称で知られるこの国際会議には、磁気の応用に関する研究開発の最新成果が世界中から集結する。PCに直接関係するのは磁気記録、言い換えるとハード・ディスク装置(HDD)の要素技術に関する研究だろう。記録原理はもちろんのこと、ディスク媒体や磁気ヘッドなどの研究成果が数多く登場する。

 将来のPCやモバイル機器などと関連するのは、電子のスピンによる磁気を応用する研究だ。その代表はスピン注入タイプの磁気メモリ(STT-RAM)だろう。さらには、電子のスピンを演算や記憶などの情報処理全般に適用しようとする「スピントロニクス」と呼ばれる試みが活発になっている。

 視野をPCやモバイル機器などだけではなく、生活全般にも広げると、モーターが登場する。モーターに関する研究は、Intermagを構成する重要な分野だ。そのほかには医療応用(磁気共鳴イメージング)など、磁気の応用に関するありとあらゆる研究成果がIntermagで披露される。

 Intermag 2012が本格的に始動したのは5月8日である。前日の7日は夕方に参加登録の受け付けが始まり、続いて夜にプレイベントとでも呼ぶべき講演セッションが1つだけ。それが8日の朝になると、8本の講演セッションと8本のポスターセッションが一気に始まる。怒涛のようなセッションの群れは、11日の午後まで続く。もちろん、すべての講演を聴講することは1名の人間には不可能だし、そんな野心を持つ参加者はたぶん存在しない。Intermag 2012レポートでは、現在および将来のPCやモバイル機器などに関連しそうなテーマにしぼって、発表内容をご紹介する。

Intermag 2012の参加者登録所。5月7日の午後3時過ぎ(現地時間)に撮影講演会場入り口の看板。携帯電話禁止、ポケットベル禁止、カメラ禁止とある。このほかに録音も禁止されていた

 Intermag 2012のカンファレンスが本格化した8日の午後には、スピン注入タイプの磁気メモリ(STT-RAM:Spin Transfer Torque RAM)をテーマとする講演セッションが設けられていた。STT-RAM技術は次世代不揮発性メモリの候補の1つで、DRAM並みの書き換え速度と記憶容量、そして不揮発性を備えたメモリとして将来が期待されている。8日の講演セッションではSTT-RAM開発の最新状況を把握する上で重要な講演がいくつかあったので、その概要を説明したい。

●磁気メモリとスピン注入メモリ
磁気メモリの記憶原理(左)とスピン注入メモリの記憶原理。磁気メモリのベンダーEverspin Technologiesが、2010年8月に講演会「HotChps22」で発表したスライド

 磁気メモリでは、磁性体の磁化方向の違いを電気抵抗値の変化に換えることで、データを記憶している。磁化の方向を変更する最も一般的な方法は、磁界を加えることだ。商品化されている現在の磁気メモリでは、磁界発生用の専用配線を設け、専用配線に電流を流して磁界を発生させて磁性体の磁化方向を180度変更している。

 この方法は技術的には難度が比較的低いものの、データ記録に必要な電流が比較的高い、メモリセルがかなり大きい、といった弱点を抱える。大容量化がきわめて難しい。このため、商品化された磁気メモリの最大容量は16Mbitとまだかなり少ない。市場価格と要求仕様のバランスを考慮すると、これ以上の大容量化は難しいとされている。

 そこで考案されたのが、電子のスピンによる磁気を、磁性体の磁化方向の反転に利用する方法「スピン注入」である。スピン注入による磁化反転では、磁界発生用配線が要らない。またデータ記録に必要な電流の密度が微細化とともに下がるとされる。このためSTT-RAMは、DRAM並みの記憶容量を実現可能だと期待されている。

●長手(面内)磁気記録の限界

 Intermag 2012では、磁気メモリを商品化しているほぼ唯一の企業であるEverspin Technologiesが、STT-RAMの開発状況を説明した(J. Slaughterほか、講演番号BA-03)。90nmのCMOSロジック技術で16Mbitのメモリセルアレイを試作した。メモリセルアレイに対してデータの書き換えを実施したところ、不良は発生しなかったとする。Everspin Technologiesはこの第2四半期(4月~6月)に64MbitのSTT-RAMを商品化するとかねてから表明しており、Intermag 2012で公表したのは技術内容の一部だとみられる。

STT-RAMの開発ロードマップ。STT-RAMの開発企業Grandisが2011年5月に国際学会International Memory Workshopで発表したもの。18nmノードまでは面内記録(in-plane)、16nmノード以降は垂直記録(perp)を採用する見通しになっている

 ところで、磁気記録技術には大別すると、長手(面内)磁気記録と垂直磁気記録がある。前者は、磁性体の薄膜内で面内方向に平行に磁化の向きをそろえる。後者は、薄膜の面内方向とは垂直に磁化の向きをそろえる。原理的には、長手(面内)磁気記録よりも垂直磁気記録の方が、記録密度(面密度)を高められる。HDDの開発では過去に記録密度(面密度)を高める過程で、長手(面内)記録から垂直記録に記録技術が切り換わった。現在販売されているHDDはほぼすべて、垂直磁気記録を採用している。

 磁気メモリにもHDDと同様に、長手(面内)磁気記録と垂直磁気記録が存在する。始めに商品化されたのもHDDと同様に、長手(面内)磁気記録である。言い換えると、Everspin Technologiesが量産中の磁気メモリはすべて、長手記録方式を採用している。

 スピン注入を採用したSTT-RAMでも同じく、長手(面内)磁気記録と垂直磁気記録が存在する。当初、STT-RAMの研究開発は長手(面内)磁気記録が主流だった。垂直磁気記録の方が技術開発が難しかったのが大きな理由だ。STT-RAMを含めた磁気メモリの記憶素子は磁性層(固定層)とトンネル絶縁層、磁性層(自由層)の3層構造が基本なのだが、垂直磁気記録ではトンネル絶縁層と相性の良い磁性材料が開発初期には見つかっていなかった。

 ただし、原理的に記録密度を高められるのは、これまたHDDと同様に、垂直磁気記録である。Everspin Technologiesが商品化する64MbitのSTT-RAMは長手(面内)記録方式を採用している。この方式で製造技術を微細化できるのは、22nm~18nmまでとされている。磁性層が小さくなるために熱ゆらぎの影響が大きくなり、データを保持できなくなる。DRAMの記憶容量はもちろんのこと、NANDフラッシュメモリの記憶容量に対抗するためには、STT-RAMでも垂直磁気記録を採用しなければならない。

●1Mbitの垂直記録STT-RAMで90%のbitが動作

 このためIntermag 2012では、垂直磁気記録を採用したSTT-RAMの研究状況を報告する講演が相次いだ。

 STT-RAMの開発企業Grandisらの研究チームは、垂直磁気記録を採用した1.5MbitのSTT-RAMを試作した(D. Apalkovほか、講演番号BA-01)。1個のセル選択トランジスタと1個の記憶素子でメモリセルを構成した1Mbitのメモリセルアレイと、2個のセル選択トランジスタと2個の記憶素子でメモリセルを構成した0.5Mbitのメモリセルアレイを、1枚のシリコンダイに集積した。製造技術は設計ルール54nmのCMOSと、磁気メモリとしてはかなり微細である。シリコンダイの外形寸法は937×2,074μm。

 1Mbitのメモリセルアレイは90%のメモリセルが、0.5Mbitのメモリセルアレイは98%のメモリセルが正常に動作した。1個のセル選択トランジスタと1個の記憶素子で構成したメモリセルのシリコン面積は14×(Fの2乗)(Fは設計ルール)とまだかなり大きい。

 なおGrandisは2011年7月にSamsung Electronicsに買収されている。講演では、現在は米国法人Samsung Semiconductorの研究部門として活動しているとの説明があった。

●熱エネルギで微細化を容易に

 STT-RAMの開発企業SPINTECとSTT-RAMの開発企業Crocus Technologyは共同で、垂直磁気記録を採用したSTT-RAMの微細化に適した技術を開発中である(S. Bandieraほか、講演番号BA-02)。微細化によって記憶素子を小さくすると、熱ゆらぎの影響が相対的に大きくなり、磁化が反転してしまう恐れが高まる。これを防ぐには磁気異方性の大きな材料を使う必要があるものの、書き込みが難しくなってしまう。

 そこで書き込み中に記憶素子を加熱することで、書き込みに必要な電流密度を下げることにした。直径100nmの記憶素子を試作して175℃に加熱し、書き込み動作を確かめている。書き込み電流のパルス幅は30ns、電流密度は4.6×10の6乗A/平方cmである。

 このほかIBMが、90nmのCMOS技術で1Mbitのメモリセルアレイを試作した(R. Beachほか、講演番号BA-05)。垂直磁気記録方式のスピン注入メモリである。記憶素子(自由層)の直径は約40nmと小さい。パルス幅100nsの書き込みに必要な電圧は265mV、電流は65μAだった。いずれもかなり低い値である。室温に対する熱安定性は十分にあるとする。

 STT-RAMの開発に関する講演から感じるのは、HDD技術との類似である。特に材料技術では共通性が高い。磁性材料に詳しいHDDメーカーやディスク媒体メーカーなどがSTT-RAMの開発に協力すると、開発速度が高まるように見える。両者の協力関係が構築されることを期待したい。

(2012年 5月 11日)

[Reported by 福田 昭]