イベントレポート
米スターバックス店舗に導入が始まるPowermat、対応製品の増えるQi
~MWC 2013に見る無接点充電の今
(2013/3/4 13:07)
昨年(2012年)のMWCレポートに続いて、スマートフォンをめぐる無接点充電の現状について紹介する。基本的には、日本ではNTTドコモが「おくだけ充電」として導入して普及を図っている、Wireless Power Consortium(WPC)による規格「Qi(チー)」と、北米市場を中心にデファクトスタンダードとしての地位を固めようとしているDuracell Powermatによる覇権争いだ。
無接点充電の注目点はコネクタの接続が不要なその手軽さはもちろんだが、何よりインフラ化が進むことによって、スマートフォンの運用性や搭載されるバッテリの容量など、スマートフォン(および携帯する電子機器)の構造そのものまで変えてしまう可能性を秘めているところにある。
前述した2012年のMWCレポートでも紹介しているように、行く先々に充電可能なスポットが整備されていればスマートフォンに搭載するバッテリ容量はさほど気にせずにすむ。現在の先進国市場におけるスマートフォントレンドは高スペック化、画面の大型化であり、反面では必死に省電力化を進めてはいるものの「大容量バッテリ搭載」という触れ込みの製品が注目を集めていることからも、現在のスマートフォンが抱える悩みが垣間見られる。
期待される無接点充電のインフラ化だが、こちらも対応端末や製品が普及しなければ投資のメリットは薄く、逆から見ればインフラが整っていないが故に端末への導入が進まないという「卵が先か、鶏が先か」というジレンマが続いている。
スターバックスを取り込んだDuracell Powermat
インフラ化という点で大きな一歩を踏み出したのがDuracell Powermatだ。2012年10月に、マサチューセッツ州ボストンにあるスターバックスの特定店舗にPowermatによる充電が可能なテーブルの導入を始めた。その数は現時点ではわずか17店舗とのことだが、少なくとも北米において「スターバックスと組む」という明確なメッセージを打ち出した点は見逃すことができない。北米にあるスターバックスの店舗は、ほぼ全てにAT&Tによる無料Wi-Fiサービスが導入されているので、将来的には、とりあえずスターバックスに行けば無料Wi-Fiによるインターネット接続とPowermatによる無接点充電サービスが受けられるということになるかも知れない。
これを契機にしてDuracell Powermatを中心に、PMAこと「Power Matters Alliance」(パワー・マッターズ・アライアンス)が形成された。Powermat、Duracell、そして両社の親会社にあたるP&Gに加えて、スターバックスとAT&Tで中核を構成する。
PMAには、端末メーカーではBlackBerryとZTEが名を連ねるほか、自動車業界ではGM、航空業界ではDelta Airlines、流通業界では北米各地に大規模なショッピングモールを運営するWestfieldの名前もある。インターネットサービスではGoogleおよびFacebook、スマートフォン向けのケースメーカーでは最大手のOtterBox、そしてINCIPIOなども取り込んだほか、標準化団体のIEEE、EnergyStarなども含まれている。
もちろん政治的な背景も見逃してはいけない。Qiを推進するWPCの場合はコンソーシアムという形を採っていることで、会員企業の中から理事にあたる正会員が選出されている。公平性を担保するため正会員は業種別に総数が決まっており、キャリアから何社、端末メーカーから何社、部品製造メーカーから何社という枠組みになる。言い換えれば正会員と準会員ではコンソーシアム内での発言力は異なり(もちろん負担金額も異なる)、企業によっては準会員に過ぎないままでコンソーシアムに参加するよりも、Powermat陣営に与するという選択肢をも採り得るということだ。
PMAにインパクトがあるのは、前述のスターバックスやWestfieldのように、エンドサービスの提供先がアライアンスメンバーに直接加わっている点だ。Qi陣営も、NTTドコモが提携先企業としてANA(全日本空輸)、ビッグエコー、てもみん、プロントなどを充電台の設置先として挙げているが、いずれも提携先という基準に留まる。実際、当初は実験サービスとして新世代型店舗17店に試験導入していた日本マクドナルドは現在は提携先企業に含まれず、それらの店舗から充電台はなくなってしまっている。
Duracell Powermatの説明によると、MWC 2013の時点でいわゆる公共の場所に設置されているPowermat規格の充電ポイントは、前述したボストンにあるスターバックスの17店舗、Delta Airlinesの空港ラウンジであるSky Club(北米エリア)、米ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデン内に約600カ所、そして2012年にニューヨークのブルックリン地区にオープンした多目的屋内競技場のバークレーセンターなどが挙げられている。
GoogleやFacebookの役割は明確にはされていないが、Duracell Powermatが2012年には充電スポットの地図へのマッピング構想も見せていたことから、Google Mapsにこれらのスポットがレイヤーとして加わったり、SNS連携などを視野に入れていることは容易に想像できる。
一方、スマートフォンという視点から見ればPowermat側の悩みもある。現時点では端末そのものへの搭載事例はなく、いずれもアフターマーケットによる後付けのソリューションに留まるからだ。現在Duracell Powermatが販売するのは、iPhone 4/4S、Galaxy S3に対応するジャケット型の2モデルで、ほかの端末には無接点充電が可能なポータブルバッテリで対応する。従来のBlackBerryからGalaxy S3へと対応製品は移り変わったが、要するにそれだけのボリュームが見込めるモデルにしか、ジャケットタイプは投入しないということである。2012年のレポートでも紹介した、WiCC(Wireless Charging Card)という形での導入は進めており、MWC 2013では正規リビジョンにあたるWiCC Rev.1.0の製品が展示されていた。
前述の2製品に相当する大ボリュームが見込めるiPhone 5向けの対応製品も、MWCとの併催イベントのMobile Focus Globalで展示された。iPhone 5から導入されているLightningコネクタのMFiプログラム認証の問題もあって出荷時期は明確にされていなかったが、後付けのソリューションとしてはこれが2013年の主力製品になることは間違いないだろう。
iPhone 5向けのPowermat対応ジャケットは3つのコンポーネントで構成されている。1つは、無接点充電を可能にする「Wireless Power Case」。iPhone 5にカバーとして取り付けることで、Powermat充電台におけばLightningコネクタを経由してiPhone 5本体に充電が行なえる。続く「Snap Battery」は前述のケースと一体化して利用できるリチウムイオン電池を内蔵するパワージャケット。そして最後が「Portable Powermat」で、これは4,000mAhのポータブルバッテリであり、かつPowermat規格の無接点充電台としても利用できる製品だ。「Wireless Power Case」を付けたiPhone 5を置いて充電できるほか、USB出力での給電も可能だ。いずれも、Duracellのトレードマークカラーでもある銅色のパーツをアクセントに使って、統一感を出している。
ブース内にはパッケージも展示されているほか、「Wireless Power Case」と「Snap Battery」をセットにした商品も用意されるようだが、出荷時期や価格などは未発表。
対応端末が増えるQi陣営。インフラ化に向けた実験サービスは欧州へも
一方のQi陣営であるWPCも、MWC 2013との併催イベントであるMobile Focus Globalの双方にブース出展を行なった。北米では出荷済み、僚誌のケータイWatchの報道によれば日本での出荷もはじまるというPure Googleスマートフォン「Nexus 4」をはじめとして、Qiに対応するスマートフォンが着実に増加しているのは間違いない。
WPCのリリースによれば、LG(※Nexus 4を含む)、シャープ、HTC、NOKIA、Motorola、富士通、Samsung、NEC、Pantech、Philips、パナソニックの各社から38種類のQi対応スマートフォンが出荷されている。今回のMWCでNOKIAは、バックパネルの交換でQi充電に対応するLumia 720を発表しているので、さらに総数は増えることになる。Samsungの場合は、Galaxy S3、Galaxy Note IIなどが対応製品とされているが、これは前述したPowermatのWiCCのようなQi対応の後付けコイルと回路が用意されているからだ。各機種ごとの対応となるが、こうした純正に近い後付けのソリューションも登場しはじめている。
また、2012年は参考出展だったフィンランド企業のPowerKissによるリング型充電アダプタ「PowerKiss Ring」も2012年内にiOSデバイス向けの30ピンコネクタタイプとMicro USBタイプの出荷を開始している。PowerKissはインフラ整備にも注力しており、2013年内には、欧州地域のマクドナルドで店舗を限定して無接点充電の実験サービスを行なう旨をMWCに合わせて発表した。
Mobile Focus Globalの会場では、Lightningコネクタに対応するPowerKiss Ringが展示されたが、こちらは出荷未定の参考展示に留まっている。参考展示の主な理由は「Appleが要求するLightning対応製品のボリュームに応えるのが困難」ということらしい。
Duracell Powermatと同様に、iPhone 4/4SあるいはiPhone 5は相当なボリュームが見込める格好のターゲット端末ではあるものの、Apple自身は無接点充電に対する発言を一切行なっておらず、30ピンからLightningへの転換もあり、また本体統合ではないジャケットタイプである以上は、本体サイズへの柔軟な対応が迫られる。新製品に迅速に対応して一気に普及を図るのが難しい端末でもある。これを言い換えると、現在の無接点充電の市場規模であればApple製デバイスの影響力は非常に大きく、Appleが何らかの指針を示すことで勢力図が一気に書き換えられる可能性を秘めている。
日本市場でもPowermat規格の製品は少数ながら流通してはいるものの、事実上日本市場はQiへと向かうだろう。筆者の視点では欧州はQi有力ながらも、北米はPowermatがこのままデファクトスタンダードになりそうな気配だ。
航空会社にもアライアンスがあり、現時点でANA(全日本空輸)とDelta Airlinesは別のアライアンスに属している。北米取材において、例えばANAからDeltaへと乗り継ぐ機会は極めて稀だが、ANAラウンジで使えた無接点充電が、Delta SkyClubラウンジでは使えないというのは、明らかにユーザビリティを欠くことになる。冒頭に述べたように無接点充電はテクノロジーからインフラへの転換が最大のポイントだ。インフラ整備に要する期間は長い。その間に、こうしたねじれが少しずつでも解消されていくことを願わずにはいられない。