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国立情報学研究所と日本IBM、コグニティブ・テクノロジ活用事例を報告
~企業に広がりつつある「Watson」の活用
2016年12月19日 06:00
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NI)コグニティブ・イノベーションセンター(CIC)は、12月16日に、年間活動の成果を報告するシンポジウム「国立情報学研究所コグニティブ・イノベーション センターシンポジウム~コグニティブ・テクノロジーが創る未来社会 産学共同研究の成果報告~」を開催した。
CICは2016年2月にNIIの研究施設として設置された機関で、センター長は、第10代人工知能学会会長を務めたNII客員教授、早稲田大学基幹理工学研究科情報理工専攻教授、東京大学名誉教授の石塚満氏。日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)と研究契約を結んで運営を支援しており、「コグニティブ・テクノロジ」の社会応用促進に向けた意識変革と、最先端技術と産業の新たな結び付きの発見という2つのイノベーションを起こすことを目的としている。各企業も参画して、創造的サービスを生み出すためのコグニティブ技術の応用に向けた取り組みを実施している。
ビッグデータを必要とする深層学習の課題
シンポジウムは第1部と第2部に分かれており、メディアに公開されたのは第2部のみ。まず最初に、CICセンター長の石塚満氏がCIC立ち上げについて、日本は産業界での人工知能活用に遅れを取っていたが、産学共同で技術活用を進めていかなければならないということが背景にあったと、活動成果の概略を紹介した。イノベーションには産業構造を破壊するような革新が期待されるという側面がある。そのような役割を担いたいと考えているという。
CICには現在、名前を公開している企業だけで23社が参加している。各社のエグゼクティブが議論を行ない、机上検討を超えてプロトタイプ作成や実データの活用を通じて、「ビジネスモデルまではいかないが、ビジネスに近いところまで検討する」取り組みを実施しているという。
石塚氏はCIC研究会で学んだこととして、深層学習はツールが揃って来て使えるようになっているが、少なくとも5,000くらいの大量の学習データが必要であること、また結果がブラックボックス的になり、何が良いのかどこを修正すればいいのかといった結果の説明が難しいことが課題だと述べた。説明可能な機械学習技術も徐々に出て来てはいるという。また、大量のデータを使う必要があるが、来年(2017年)の夏からさらに厳しくなる個人情報保護もあって外部との協業は難しい点も課題であり、安全で活用可能なデータ共有メカニズムが必要だと述べた。
今年(2016年)は企業の実需要に基づく高度化を中心に行なったが、社会構造、産業構造が変わるような破壊的イノベーションにもチャレンジしていく必要があるので、それをどうやって生み出すのか、それが議論から生まれるかという疑問もあると語った。大企業メンバーだけではなく、スタートアップも含むオープンイノベーションは有力なアプローチではないかと考えているという。
AIはAugmented Intelligence。IBMの考えるAI
続けて、日本IBM執行役員でワトソン事業部長の吉崎敏文氏が、「IBM Watson最新情報」と題して、簡単に同社のコグニティブ・テクノロジ「Watson」関連の同社の動向を紹介した。IBMはあくまでも人間中心にAI技術を想定しており、10月に開催されたIBMのイベント「World of Watson」でも、CEOのジニー・ロメッティ(Ginni Rometty)氏が、「AIは Augmented Intelligenceだ」と改めて定義したと述べた。
来年にはWatsonのユーザーは10億人になり、2018年までにIBMのIT開発者の半分がコグニティブビジネスに関わることになるという。
吉崎氏は、Watsonのタスクは意思決定支援、探求・発見、顧客接点であり、それらが顧客体験、業務、新サービスの領域に適用されると考えているという。また、アプリケーションレイヤーだけでなくデータをどう活用するかに各企業の強みがあると考えており、ナレッジやアルゴリズムの体系化が差別化に繋がるのではないかと述べた。
吉崎氏は、2つの事例を紹介した。1つ目は在庫が切れた時に注文するためのStaplesの「Easy Button」というボタンだ。さまざまなデバイス環境に対応し、音声、テキスト、メールなどさまざまな入力にも対応できる。
もう1つは、Tevaによるプロジェクトで、既存の医薬品の新たな効能を発見するものと、ぜんそくなどの慢性疾患を管理する医師と患者を支援するソリューションだ。予兆をとらえて健康を管理する。例えば天候変化などからリスクを判断し、早めに、発作が起こる前に処置できるという。
今後、AI が伸びる領域としては、物理的な組み込みへの適用、動的な画像の解釈、ディープラーニングによる自然言語処理の進歩の3つを挙げた。具体的にはさまざまなデバイスやセンサーをWatsonに接続するための開発者向けツール「Project Intu」を使ったロボットへの適用や、20世紀フォックス社がWatsonを使って既存の映画予告編を機械学習させて、ホラー映画『「Morgan」の予告編を作成した例を挙げた。
また今後の新たな流れとして、Amazon、Google、Facebook、IBM、Microsoftによる非営利団体「Partnership AI」の設立も紹介した。ベストプラクティスの共有による市場や技術の適用範囲の拡大が目的だ。
日本の企業がイノベーションを起こすために必要なものは何か?
次に、7社によるパネルディスカッションが行なわれた。モデレーターは、日本IBMグローバル・ビジネス・サービス事業ビジネス・コンサルティング Executive Project Managerの的場大輔氏。パネリストは以下の通り。
- 日本航空株式会社 取締役会長 大西賢氏
- 株式会社小松製作所 ICTソリューション本部 副本部長 三輪浩史氏
- オリンパス株式会社 技術統括役員兼技術開発部門長 取締役専務執行役員 小川治男氏
- パナソニック株式会社 先端研究本部 本部長 辰巳国昭氏
- キリン株式会社 R&D本部研究開発推進部 部長 石倉徹氏
- 日揮株式会社 ビッグデータソリューション室兼営業本部技術理事 大野拓也氏
- イオンフィナンシャルサービス株式会社 常務取締役 事業戦略担当兼海外事業本部長 万月雅明氏
各社はCICで業際的にコグニティブ事業案に取り組んでいる。中には実データを使っているものもあるという。残念ながら、このパネルで各社の取り組み内容が具体的に紹介されることはなく、議論は、「日本企業がイノベーションで世界をリードするために必要なものは何か」、「CICで見出したものは何か」、「今後取り組むべきチャレンジは何か」、「CICの取り組みとして克服できる課題は何か」といった抽象的なレベルで行なわれた。
各社それぞれから意見が述べられたが、まとめると、イノベーションにおいては、顧客とは現在の課題に取り組むだけでなく、長期展望を持って先を見ること、必要であれば社内だけでなく他社、ベンチャーなどからも積極的に技術を取り入れて協業すること、そしてとにかくトップのマネジメントとコミットメント、リーダシップ、信念や集中、継続が重要であるといった点が共通していた。
また、協業は当たり前になっているものの他社との差別化に繋がっているが故のデータシェアの難しさや、実際にそれを話し合うための場では俯瞰できる人が出てこないといった課題も実際のビジネスにはあり、CICにはそのような壁を越える取り組みの場としての役割も期待されるという。石塚センター長は議論を受けて、半分以上のプロジェクトは来期も継続し、よりビジネスの視点を取り入れて取り組むと語った。
社会的価値が第一
最後にNII所長の喜連川優氏が講演を行なった。 喜連川氏は、大学間や近い業種の企業、あるいは隣あった研究室などは仲が悪いことも多いが、原則として「面白くてどきどきする」のは境界であり、モデレーションの役割が大学共同利用機関にあるのではないかと講演を始めた。「Societal Benefit first(社会的価値第一)」のメッセージを中心に置けば、周辺で共同で取り組めることはいくらでもあり、日本が勝つモデルは産学連携だと述べた。
また、中国で「Mobike」という乗り捨て可能なレンタル自転車ビジネスや、各社のEVを体験したことを紹介。「やんちゃな若者と緩和」が重要だと実感したそうで、CICでももうちょっと若者を取り込み、活躍できるフレームワーク構築が次年度以降の課題ではないかと考えているという。
国土交通省は「i-Construction」という枠組みで建設現場の生産性革命を起こそうとしている。日本は公共投資が減っているが、インフラ維持経費は増大している。土木領域でIT活用がそれほど進んでいなかったことが不思議で面白いと思っており、本来は民間がやるべきことだと感じたという。
このあと喜連川氏は世界の都市ランキングに東京が3位になったこと、学術論文や採用における課題などさまざまな話題を挙げて、これからの最大の問題は「Digital Transparency」だと述べた。
日本IBM取締役専務執行役員のキャメロン・アート氏は「ビジネスネットワークによって、社会問題を解決することで日本は世界をリードしていけると確信している。企業も互いに切磋琢磨していく。CICはその素晴らしい仕組みの場であり、コグニティブを活用していける」とシンポジウムを締めくくった。