笠原一輝のユビキタス情報局

Windows 10 Mobileを選んだ最大の理由はContinuum

~VAIO Phone Biz開発者インタビュー

左からVAIO株式会社 ビジネスユニット2 チーフセールスエンジニア 戸國英器氏、VAIO株式会社 ビジネスユニット2 兼 商品企画部ディレクター 林文祥氏、VAIO株式会社 商品企画部 商品企画担当 岩井剛氏

 VAIO株式会社は2月4日、Windowsスマートフォン「VAIO Phone Biz」を発表した。SoCにQualcommのSnapdragon 617(MSM8952)、3GBメモリと16GBのストレージ、そして5.5型のフルHD液晶を採用し、LTEモデム(LTE-A CA対応)と無線接続によるContinuum for Phonesに対応するスペックで、市場想定価格が5万円台の製品で、4月より販売開始を予定している。

 今回はこのVAIO Phone Bizの開発を担当した製品企画担当および設計担当エンジニアにお話を伺う機会を得たので、その模様をお伝えしていく。

2台目のビジネス向けのスマートフォンというユーセージモデルを意識したVAIO Phone Biz

 今回VAIOが発表したVAIO Phone Bizは、VAIOブランドが冠せられたスマートフォンとしては、昨年(2015年)の3月に日本通信が発表して販売した「VAIO Phone」に次いで2つ目の製品となる。

 日本通信が発売したVAIO Phoneは、発表前には大きな期待を集めたものの、実際発表されてみると、普通のAndroidスマートフォンであり、同じODMメーカーで製造された他メーカーの製品との類似性が指摘されたりなど、発表当初からあまり良い評判を得たとは言えない状況になってしまった。この点に関してVAIO株式会社 商品企画部 商品企画担当 岩井剛氏は「VAIO Phoneをやってみるまでは、我々はスマートフォンに関しては経験がほぼなかった。このため、日本通信と組んでVAIO Phoneを出したことは、良い意味でも悪い意味でも学習の機会となった。弊社としてはVAIO Phoneを出す上できちっとビジネスソリューションを組んだ上でやりたかったが、そうした商品像を明確にする前に出すことになってしまった。また、発表時期もVAIO Zの発表後ということで、VAIO Zのようなスマートフォンということでお客様の期待値が上がってしまっていたが、それに応えきることができなかった」と述べ、課題があったことを認識していたと説明する。

 このため、今回のVAIO Phone Bizでは、製品コンセプトやターゲットとなるユーザー層を明確に規定した。岩井氏によれば「ターゲットにしているのは、ビジネスパーソナルと呼ばれるような企業内個人。大企業でのBYODだったり、中小企業でビジネスとパーソナルユース半々に使うビジネスユーザーで、AndroidやiOSのスマートフォンを置き替えるというよりは、会社から支給される業務端末やサブ機としてビジネスに使うことを想定している」とのことで、現在MNOキャリアのAndroidやiOSのスマートフォンを持っているが、ビジネス向けのスマートフォンとしてはそれには満足できず、2台目のビジネス向けスマートフォンが欲しいと考えているユーザー層がターゲットだという。

 実際、Windows 10 Mobileの最大の特徴は、ビジネス用途に強いというところにある。例えば標準でOffice Mobile(Word、Excel、PowerPoint)が入っていることもそうだし、Microsoftのサブスクリプション型OfficeとなるOffice 365との親和性が非常に高いのも特徴の1つとなっている。例えば、法人向けOffice 365(BusinessやEnterpriseなどのビジネス向けプラン)を契約しているユーザーであれば、Windows 10 Mobileのスマートフォンを利用することで、OneDrive for BusinessやSkype for Businessといったクラウドサービス、さらにはOfficeアプリケーションなどが、PCと同じようにスマートフォンでも利用できる。もちろん近年MicrosoftはAndroidやiOSのサポートも積極的に行なうようになっているので、AndroidやiOSのデバイスでも利用できるが、Microsoft純正プラットフォームであるWindows 10 Mobileが最も快適に利用できるのだ。

 iOSやAndroidといったパーソナル向けスマートフォンではSNSや電子書籍などを楽しみ、2台目のVAIO Phone Bizではビジネスに活用する、そうした使い方が今回VAIOがイメージしているユーセージモデルということになるだろう。

VAIO Phone Biz。5.5型のFHDディスプレイを搭載し、Snapdragon 617/3GBメモリ/16GBストレージというスペックで、市場想定価格は5万円台
VAIO Phone Bizの背面、アルミニウムの素材を利用している底面カバー

未決定だったOSをWindows 10 Mobileに決定した鍵はContinuum

 ビジネスパーソナルをターゲットにしているのなら、すんなりOSはWindows 10 Mobileに決まったのかと言えば、実はそうでもないらしい。VAIO株式会社 ビジネスユニット2 兼 商品企画部ディレクター 林文祥氏によれば「現在のQualcommのプラットフォームは、Android、Windowsどちらにも対応できる。このため、プロジェクトが始まった当初はどちらに決めたということはなかった」との通りで、当初はAndroidになるか、Windowsにするかは五分五分というところだったのだという。

 だが、あることをきっかけに急速にWindowsにすることに傾いていった。「昨年のゴールデンウィークに行なわれたBuildで、Windows 10 MobileのContinuum for Phonesの機能の説明があった。そこで説明されていた仕組みを理解して、弊社のスマートフォンに必要な機能はこれだと決断し、急速にWindows採用に傾いていった」(林氏)と、その決定の鍵はContinuum for Phonesにあったという。Continuum for Phonesは、既に本連載でも何度か紹介している通り、スマートフォンから無線ないしは有線で外部ディスプレイに接続し、スマートフォンをまるでPCのように使う機能のことだ。この機能はWindows 10 Mobileのみが実現している機能で、AndroidやiOSには類似の機能が今のところない。PCメーカーのVAIOとしては、それがキラーアプリケーションになると考えるのは納得がいく話だ。

 その後、PCメーカーとして密接な関係にあるMicrosoftと話し合いを重ね、OSをWindows 10 Mobileにターゲットを決め、ターゲットをビジネスユーザーにするというところもMicrosoft側とすりあわせてプロジェクトを進めていったのだという。さらに、ちょうどNTTドコモも法人向けに販売できるWindowsスマートフォンを探しており、3社のコラボレーションとして話が進んでいったと林氏は説明した。

 なお、今回の製品の販路は、VAIO自身のオンラインストアであるVAIOストアやMVNO各社(取材時点ではBIGLOBEが既に決定とのこと)、量販店といった一般消費者向けの販路のほか、NTTドコモの法人ビジネス本部とダイワボウ情報システムといった法人向けの販路という2つのチャネルを活用して販売が行なわれる予定だ。

NTTドコモの回線に最適化しCAにも対応、ビジネス用途を意識してIOTも取得予定

 そうしたこともあり、今回の製品は、LTEモデムの無線部分などはNTTドコモの回線にフォーカスした設計がされている。サポートしているバンドは以下の通りだ。

【表1】対応バンド
バンド1(2.1GHz)バンド3(1.8GHz)バンド6(800MHz)バンド8(900MHz)バンド11(1.5GHz)バンド19(800MHz)バンド21(1.5GHz)
NTTドコモ回線LTE/3GLTE3G--LTE/3GLTE
ソフトバンク回線LTE/3G--LTE/3G3G--

 NTTドコモのLTEバンドとしては、バンド1/3/19/21の4つに対応しており、それに加えて3Gでのバンド6(800MHz)に対応しており、幅広くサポートしているのが特徴だ。また、ソフトバンクモバイルの回線向けにはバンド8/11に対応している。

 それに加えて、LTE-Advancedで規定されているCA(キャリアアグリゲーション、複数の帯域を束ねて通信する方式のこと)にも対応しており、バンド1+19、バンド1+21、バンド3+19の3つのCAの組み合わせを、NTTドコモの回線でサポートしている。一般的なSIMフリーのスマートフォンの場合、バンド1/3/19/21に対応しているというのは一般的だが、CAにまで対応している端末は多くない。林氏は「SIMフリーの端末の場合、海外で販売しているモデルをそのまま国内に持ち込み認定を取得したという製品が少なくない。そうした製品と差別化するために、CA対応は必要だと考えて実装した」とする。VAIO Phone Bizは国内で販売されることを前提に設計されたため、国内のCAの状況などに合わせた設計が施すことが可能になったわけだ。

 なお、このVAIO Phone Bizは、SIMカードが2枚入る構成になっている。Micro SIMが1枚、Nano SIMが1枚入る構造になっている(いわゆるデュアルSIM構成)。ただし、Nano SIMのスロットは、microSDカードと排他になっており、どちらか1つしか入らない構造になっている。ただし、2枚のSIMを入れた場合でも、LTE+LTEという構成では利用できず、LTE+GSMないしは3G+GSMと、必ず1枚のSIMカードはGSMモードでしか使うことができない。日本ではGSMは通信キャリアが利用していないので、実質的には日本ではMicro SIMないしはNano SIMのどちらかしか利用できない。かつ、microSDカードを利用する場合には、Nano SIMとは排他になるので、VAIOとしてはMicro SIM+microSDカードという組み合わせで使われるだろうと想定し、公式にはMicro SIMカードのみのサポートとしている。

 では、なぜ1つのSIMスロットを無効にせず残したのかと言えば「海外に渡航した場合、片方に日本のSIMカードを入れGSMで通話待ち受けをして、もう1つに海外のプリペイドSIMを入れて通信するなどのニーズがあると考えた」(林氏)とのこと。なお、日本でも、2つのSIMカードを入れておいて、切り替えて使うことは可能だという。かつ、再起動するなどの面倒な手順を経なくても切り替えられるとのことなので、2つのMVNOのSIMカードを切り替えて利用したいというユーザーがいれば、メーカーサポート外ながらそうした使い方もできる。

 また、VAIO Phone Bizは、NTTドコモのIOT(相互接続性試験、デバイスが通信キャリアの回線で問題なく通信することを検証する試験のこと、キャリアから販売されている端末はみなこのIOTをパスしている)の検証を行なっている最中だという。試験にパスすれば、正式にドコモのIOTを取得した端末となることが可能だという。現在MVNOの通信キャリア向けとして販売されているSIMフリーのスマートフォンに関してはNTTドコモのIOTを通っているものはほとんどないが、本製品は取得する予定だ。

 VAIO株式会社 ビジネスユニット2 チーフセールスエンジニア 戸國英器氏によれば「端末がどこでもNTTドコモの回線に繋がるという安心感を、お客様となる企業ユーザー様にお届けするためにIOTを通すことにした」と説明する。IOTは実施するだけでかなりのコストがかかるテストだということでも知られており、それを実施しようというのだから、VAIOが本気でビジネス市場に対してVAIO Phone Bizを販売しようと考えているということが伺えるだろう。

ContinuumがSnapdragon 617で正式にサポートされた背景にはVAIOとMicrosoftのコラボが……

 OSをWindows 10 Mobileに決める契機となったContinuumだが、その実装は実はかなり大変だったという。林氏によれば「SoCはQualcommのSnapdragon 617(MSM8952)にしようと考えていた。もちろんその上位版となるSnapdragon 810/808にするという選択肢もあったが、プレミアム製品向けのそれらを採用すると製品の価格がビジネス向けという価格帯ではなくなってしまう。我々としては製品をQualcommの言うハイエンド向けの価格帯に収めたかったので、617で行こうと決めていた」とのこと。

 QualcommのSoCはSnapdragon 810/808はプレミアムセグメント向け、Snapdragon 617はハイエンド向け(メインストリームよりはやや上という意味)と位置付けられている。いずれもSoC単体の価格は未公表だが、それぞれそれに併せた値段付けがされていると考えるられる。実際最終製品で見てみると、Snapdragon 808を搭載したLumia 950が579ドル(1ドル=120円換算で約7万円)、Snapdragon 810を搭載したLumia 950 XLが649ドル(1ドル=120円換算で約7万8千円)という価格設定になっており、決して安価な価格帯ではない。それに対してVAIO Phone Bizは5万円台という価格、つまり米ドルにすれば400ドル前後の価格を目指していたため、Snapdragon 810/808はターゲットには入っていなかったということだろう。

 そんなVAIOにとって最大の問題は、当初MicrosoftがSnapdragon 617ではContinuumを正式にサポートしないと言っていたことだろう。林氏は「QualcommからはSnapdragon 617でも性能的にいけるという説明があった、しかし、その後MicrosoftからSnapdragon 617ではContinuumの対応はせず、プレミアム向けのSnapdragon 810/808でのみ対応するとアナウンスがあった。このVAIO Phone Bizを世に出すにはContinuumの機能は必須だと考えていたので、Microsoftに働きかけ、開発機をMicrosoftの米国と台湾の拠点に、そしてQualcommにも送って協力してもらった。その結果、Microsoft側で、プレミアムSKUのワイヤレスの機能と差がないと確認できて、正式サポートに至った」と説明する。

 これには若干の説明が必要だろう。当初MicrosoftがSnapdragon 810/808でしかContinuumには対応しないと説明していたのはよく知られている事実だ。林氏が言うようにQualcomm側では無線であればSnapdragon 617でも対応できるとしていたのは事実だが、採用するOEMメーカーもなく、Microsoft自身の端末であるLumiaにSnapdragon 617を搭載した製品の計画がなかったことなどがあって、対応は見送られていたのだ(実際、Microsoftに取ってみれば、正式サポートと謳いたくても試す環境もなければ正式サポートとは言えないだろう)。

 そこで、VAIOはMicrosoft側に働きかけてSnapdragon 617の正式サポートを一緒にやりましょうと提案したのだという。こういう時に、VAIOがソニー時代に培った“人と人の関係”というのが効いてくる。実際、Microsoft、特に日本マイクロソフトから見れば、かつては東芝に次いで日本で2番目に大きな顧客だったわけで、今は規模こそだいぶ小さくなってしまったがその当時の人と人の関係は今でも生きていると考えられる。それがうまく働いたということではないだろうか。

 実際、Windowsスマートフォンの開発を行なっているODMメーカーの関係者は「Snapdragon 617でContinuumのサポートが追加されたのはVAIOがMicrosoftに働きかけたからだ」と証言している。つまり、その結果としてVAIOだけでなく、ほかのベンダーもその恩恵を受けることができたというのが実情だというのだ。もっとも、誰がやったかはエンドユーザーにとっては問題ではなく、重要なことはプレミアムSKUのSoCだけでなく、Snapdragon 617のようなコストパフォーマンスが高いSoCでもContinuumが利用できるようになったということだ。これは素直に歓迎していいだろう。

 なお、Snapdragon 617はSoCとしてUSB 3.xには対応していないため、Continuumで利用できるのは無線方式の接続のみとなる(Snapdragon 810/808搭載製品では有線も可能)。VAIOからは無線で利用するためのMiracastアダプタは販売しないが、Actiontecから販売される予定の「Screen Beam Mini 2」のContinuum版で動作確認を行なっており、推奨環境に指定するという。Screen Beam Mini 2は、通常版とContinuum版(別記事)があり、Continuum版には電源とUSBケーブルのYケーブルがバンドルされており、USBキーボードやマウスをMiracastのレシーバー側に接続して利用できる。ほかのレシーバーだと性能的に十分でなかったりという場合もあるので、Continuumで利用したいユーザーはScreen Beam Mini 2 Continuumを検討してみるといいだろう。

VAIO Z Canvasの意匠を受け継ぐ背面のアルミ削り出しのカバー

 今回VAIOはVAIO Phone Bizを開発するにあたり、生産はODMメーカーの工場で行なっているが、設計は自社で行ないそのデザインをODMメーカーに持ち込む形にしている。その最大の特徴は、底面のカバーにある。今回はアルミを削り出したカバーになっているのだが、VAIOのプレミアム向けPCであるVAIO Z Canvasと共通の意匠となるVAIOらしいこだわりがあるカバーになっている。

左から背面カバーが削り出されていく途中のサンプル。アルミニウムの素材から削り出され、プラスチックのフレームが取り付けられ、最後に等されていくことになる。上下左右のコーナーはアルミ素材がそのまま残され剛性確保が目指されている

 例えば、アルミのカバーの場合、アンテナが無線を出すことができるようにするため、アンテナ部分を切り欠く必要がある。今夏のVAIO Phone Bizの場合は上下が切り欠いてあるのだが、コーナー部分も含めて全部切り欠くのではなく、左右のコーナーはアルミを残したままになっている。「コーナーまで切り欠いてそこをプラスチックにすればアンテナ部分のカバーを小さくできる。そうしたデザインもあり得たのだが、剛性を考えるとそれはできないとなった」(林氏)という。現在アンテナのカバー部分は13mm程度あるのだが、それを左右のコーナーまで持って行くと10mm程度にできそうだったそうだが、ビジネス向けということでひねりへの剛性を強くした方がいいという判断で、今回はこうしたデザインになったそうだ。

 また、非常に細かいことだが、VAIO Phone Bizのメモリは、Windowsスマートフォンとしては多めの3GBになっている(プレミアム向けのMicrosoft Lumia 950/950XLと同じ容量)。これは「開発当初はメモリは2GBでスタートした。しかし、Continuumをテストしていて、フルHDの画面を2画面で使っていると、2GBだと苦しいと判断した。現在のバージョンではかなり改善されているが、メモリは増やすことができないし、企業のお客様に長期間使って頂くとコストアップにはなるが3GBは必須だと考えた」(林氏)とのことだ。

 今回のVAIO Phone Bizのディスプレイは5.5型のフルHD(1,920×1,080ドット)で、Continuumで利用する場合にはその内蔵ディスプレイと外付けディスプレイのそれぞれにフルHDのディスプレイを出力することになる。SoCではGPUは内蔵で、ビデオメモリはメインメモリの一部を利用するシェアードメモリ方式になっている。このためビデオメモリでそれなりの容量を消費し、通常のアプリケーションに利用するメモリが足りなくなって性能が低下するということは十分考えられる。そう考えれば、3GBメモリの恩恵は、使い込めば使い込むほど感じることになるのではないだろうか。

 このように、VAIO Phone Bizは、ビジネス向けの機能や仕様にフォーカスした製品になっており、Continuum対応、FHDの液晶パネル、アルミ削り出しのボディなどの特徴を備えている。VAIOの岩井氏が言うように、ターゲットになるのはビジネスユーザーで既にiPhoneなりAndroidなりの個人のスマートフォンを持っていて、それとは別にビジネス向けのスマートフォンが必要というユーザーになるだろう。そうしたユーザーで、Office 365を使っていてそれと親和性の高いモバイルのデバイスが欲しいと考えていたユーザーであれば、十分検討に値する製品なのではないだろうか。

(笠原 一輝)