笠原一輝のユビキタス情報局

Wintel帝国崩壊の第一歩となるか、Google Chrome OSの衝撃



 ついにというべきか、それともようやくというべきか、GoogleがLinuxベースのOSとなる「Google Chrome OS」の存在を明らかにした。Googleの発表によれば、Google Chrome OSはLinuxをベースにしたもので、GmailなどGoogleのサービスを利用できるアプリケーションを標準で備えており、x86ないしはARMアーキテクチャのプロセッサ上で動作するという。

 このGoogle Chrome OSの登場で、“Wintel”という言葉で呼ばれてきたMicrosoftとIntelが市場を支配するPC市場に大きな変革の波がやってくるのだろうか。実はその変動は先月行なわれたCOMPUTEX TAIPEIからすでに始まっていたのだ。

●COMPUTEXに登場したx86アーキテクチャではないクラムシェル型デバイス

 今年のCOMPUTEX TAIPEIで最も印象に残ったことは、NVIDIAなどが展示したARMアーキテクチャのプロセッサを搭載したクラムシェル型携帯端末だった。有り体に言えば、ARM版ネットブックとでも言うべき製品で、それを見た時には「やっぱりこうきたか」というのが正直な感想だった。というのも、ARM陣営にとって、ネットブック市場は次に狙うべき市場であるからだ。

NVIDIAのTegraを搭載したPegatronの試作製品。ネットブックと同じフォームファクタを採用している【図1】液晶ディスプレイのサイズで分類した、x86/ARMアーキテクチャの各デバイス(筆者作成)

 図1は筆者が作成した主な携帯デバイスを液晶ディスプレイのサイズで整理した表になる。横軸が液晶ディスプレイのサイズ、上側がx86プロセッサを搭載したデバイス、下側がARMプロセッサを搭載したデバイスとなる。見てわかることは、x86プロセッサの方は7型程度が下限であり、ARMプロセッサの方は5型程度が上限ということだ。

 こうしたわかりやすい分類になっているのにもいくつかの理由がある。最大の要因は消費電力の問題だ。基本的にモバイル機器のサイズを規定しているのは液晶ディスプレイのサイズだ。ディスプレイが大きければ大きいほど、本体のサイズが大きくなるので、サイズが大きなバッテリが装着できるし、熱設計の面でも余裕ができる。このため、基本的にディスプレイのサイズが大きければ大きいほど、消費電力が多いプロセッサを採用できる。これが、設計者がモバイル機器を設計する上で、現在考慮すべきポイントとなる。逆に言えばその法則に沿ってみていけば、ある程度モバイル機器の傾向が理解できると言える。

 これまでの傾向では、処理能力は高いが消費電力も大きいx86プロセッサを7型以上の機器に、消費電力は低いが処理能力はあまり高くないARMプロセッサを5型以下の製品にということで棲み分けができていた。逆に言えば、それぞれのプロセッサにとってみれば、製品には採用されていない空白区があった、ということだ。

●ARMとx86、相互に担当分野の浸食が急速に進む

 だが、この棲み分けも徐々に崩壊しつつある。その最大の要因は、図1で黄色いマークで示した7~10型程度の液晶ディスプレイを搭載したネットブックと呼ばれるカテゴリが登場したからだ。

 この市場は、Intelが低消費電力かつ低価格なAtomプロセッサを投入し、MicrosoftがULCPC版Windowsという低価格版Windowsを投入することでできあがった市場だ。もともとのメーカー側の意図としてはGoogleやWindows Liveなどのクラウドサービスを利用することを前提にしたカテゴリの製品だったが、実際のところユーザーには“低価格なPC”というかたちで受け入れられ、急速に普及した。

 ネットブックはもともとクライアントの処理能力をあまり必要としないクラウドサービスを利用することを前提としているので、プロセッサの処理能力は低くてよい。このため、これまでは性能では勝負にならなかったARMアーキテクチャのプロセッサでも遜色が無くなってきているのだ。

 NVIDIAはここにTegraで勝負をかける。TegraにはARMアーキテクチャのアプリケーションプロセッサとGPUを内蔵している。クラウドサービスだけでなく、NVIDIA GPUによるHD動画の再生や3Dなどの付加価値をつけることで、Atomと勝負するのがNVIDIAのプランだ。この他にも、QualcommがSnapdragonというARMプロセッサを「スマートブック」として7~10型クラスのデバイスに投入する計画であることをすでに明らかにしている。

 おもしろいのはこの逆もあるということだ。Intelが計画しているMoorestown(ムーアズタウン)は、Menlowプラットフォーム(Atom Zシリーズ+Polusbo)の後継となる製品だが、この製品がターゲットにしているのは、これまでx86プロセッサが入っていけなかった5型以下の市場ということになる。IntelはMoorestownにおいてアイドル時の消費電力を1/50(当初は1/10がターゲットだったが、すでに1/50を実現したことがCOMPUTEXEで明らかにされている)にするなど消費電力が大幅に削減されており、5型以下のスマートフォンと呼ばれる市場にも対応が可能になる。

●Google Chrome OSの登場で塗り変わる7~10型搭載デバイスのOS市場

 こうした現在の図1の状況をOSの観点から見たものが図2で、今後登場する予定のものを加えてみたのが図3ということになる。

【図2】モバイル機器のOSを、ディスプレイサイズで分類した図(筆者作成)【図3】図2に今後登場するOSを追加したもの(筆者作成)

 2つの新市場のうち、Moorestownによる5型以下のx86向けにはMoblin v2というLinuxベースのOSが採用されることになる。なお、厳密に言えばMoblinはOSではなく、Linux向けのアプリケーションプラットフォームとでも表現するのが正しい表現だろう。というのは、MoblinではLinuxのディストリビーションを固定しているのではなく、あくまで仕様だけを定めており、各OSベンダが自分のディストリビーションにMoblinの仕様を実装するという形で成り立っているからだ。

 もう1つの新市場、5型以上のARM向けには複数の選択肢がある。TegraのリファレンスOSをWindows CEとしており、COMPUTEXで展示された製品はほとんどがWindows CEベースになっていた。

 だが、やはり本命はGoogleのChrome OSであることは間違いないだろう。現時点ではどのような提供形態となるのは不明だが、Googleはそのリリースの中でChrome OSはオープンソースになると説明しており、Androidと同じようにライセンス料を取ることなく提供される可能性が高い。

 そして重要なことは、このGoogle Chrome OSがARM版だけでなく、x86版も提供されることだ。これにより、Google Chrome OSはMicrosoftが10月から提供する予定のWindows 7 Staterと競合することは明らかだ。

 現時点ではGoogle Chrome OSの詳細が明らかにされていない以上、機能の比較をすることはできない。ただ、それぞれの長所と短所を考えることは容易だ、なぜならそれぞれの長所と短所が裏返しだからだ。まずGoogle Chrome OSだが、長所はライセンス料がタダであることだろう。そして短所はWindowsアプリケーションが動作しないこと。逆にWindowsの方は短所はライセンス料が必要なことであり、長所はWindowsアプリケーションが動作することだ。

●税金型Microsoftには"広告型"Googleに対抗する術がない

 こうした、それぞれの長所短所がネットブックという市場にどのようにマッチしていくかが、勝負の分かれ目となるだろう。Windowsアプリケーションとの互換性の重要性は、クラウドサービスが今後どれだけ普及していくかに依存する。今後、よりクラウドサービスが普及していけば、ユーザーのローカルHDDにインストールしていくタイプのアプリケーションは減っていくだろう。そうなれば、Windowsアプリケーションとの互換性の重要性はどんどん下がっていくことになる。もちろん、その逆のストーリーも当然あり得るので、現時点ではなんとも言えない。

 もう1つの価格の方だが、こちらの方は明らかにMicrosoftの旗色が悪そうだ。なぜかと言えば、Google Chrome OSのOEMメーカーへの課金がないからだ。以前から何度も指摘しているが、このことはMicrosoftのビジネスモデルにとって非常に大きな脅威だ。

 MicrosoftのOSのビジネスモデルは筆者が“税金型”と呼んでいる製品ごとに課金していく仕組みであり、大なり小なり課金が発生することになる。これに対して、Googleの方は“広告型”であり、OSの開発コストはユーザーがWebを見たり、Gmailを使ったりすることにより生じるトラフィックから発生する広告収益でまかなわれる仕組みとなっている。このため、製品ごとには課金が発生せず、製品に載せられるコストはOEMメーカー側で行なうカスタマイズにより発生するコストだけということになる。

 残念ながら、この広告型モデルは今のところ最強だ。Microsoftがこれに対抗するには、Microsoftの方も広告型にする必要があるが、現在までのところMicrosoftがそれに成功していないのは明らかだ。Microsoftの決算を見ていても、いまだ最大の売り上げはこうした税金型からのものであり、仮に広告型に移行するとしても、かなりの出血は避けられないだろう。

 もちろん、Google Chrome OSを搭載した製品のリリースは2010年後半と、あと1年もあるので、今後Microsoftがそれに対抗するような施策を打つ可能性があるため、必ずしも成功が約束されているとは言わないが、すでに述べたようにMicrosoftが広告型へ移行するのが難しい以上、成功の可能性はかなり高いのではないかと筆者は考えている。

 そして、仮にネットブックのジャンルで成功を収めれば、10型以上のフルPCの市場にもGoogle Chrome OSが普及するというシナリオだって充分考えられるのではないだろうか。これは充分に“Wintel帝国の終わりの始まり”と表現するに十分なものだと思うのだがいかがだろうか。

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(2009年 7月 10日)

[Text by 笠原 一輝]