年内に日本に参入するビジネスSNS「LinkedIn」



 PCとインターネットの世界は、とかく“IT業界”と一括りにされがちだが、意外にそこにいる人も、関係者の考え方も異なる事が多い。PCといってもマイクロプロセッサやPCアーキテクチャの話と、OSやアプリケーションの話は全く違うし、インターネットの世界もサービスかインフラか、同じサービスでもタイプによって大きく違う。

 例えば、スマートフォンに関連してSNSを取材していると、そこに集まっている人たちは意外にPC関係の人間がいない。直接仕事として関わっていないだけでなく、PC関連の取材仲間や関連する企業の従業員などは、SNSの使い始めが遅かったり、IDだけ取得して最近まで放置していたという例も多かった。

 もちろん、この業界にいる人たちは日常的にPCやスマートフォンを使い、インターネットサービスを使いこなして仕事をしている人がほとんど。使い始めるとSNSユーザーとして定着している人も少なくないが、その活性度の高さというとさほど高くない事が多いと思う。Impress Watchの中でも、本来ならSNSはInternet Watchで扱うべき題材なのだろう。

 しかし、今やネットワークサービスとPC、スマートフォンは切っても切れない間柄だ。今も昔もコミュニケーションツールとしてのパーソナルコンピュータの役割は大きい。SNSはPCにしろ、スマートフォンにしろ、個人が使うコンピュータを考える上で重要な題材であることは、誰もが認めるところだろう。

 さて、そんな事を考えながら代官山駅近くにあるデジタルガレージを訪れた。デジタルガレージの創設者であり、マサチューセッツ工科大学(IT)メディア/ラボの所長に就任したばかりの伊藤穣一氏に、年内の日本参入が表明されているLinkedInについての話をするためだ。

 LinkedInは日本で“再就職のためのSNS”と紹介された経緯もあり、個人が職探しを行なうためのサービスという捉えられ方をしている。そう、私生活を含めパーソナリティを前面に出しながら、友人たちとのコンセンサスを深めていくFacebookとはひと味違う、ビジネスSNSという触れ込みのサービスである。今週に入ってからブロガーを集めたミーティングを開くなど、LinkedInの日本での活動は活発になってきたところだ。

 しかし伊藤氏は「LinkedInは仕事の効率を高めるための道具であって、SNSではないんですよ。ソーシャルグラフは活用しますが、あくまでもビジネスの力を高める効果を狙ってるんです。また職探しにも利用できますが、それだけが目的ではありません」と話す。

 今回は伊藤氏とのミーティング内容から概要を拾いながら、とかく日本では誤解されがちなLinkedInについて取り上げたい。

●パーソナルではなくビジネス上のソーシャルグラフを可視化
Linkedinのホームページ

 映画「ソーシャルネットワーク」を観た方ならば、あるいはその元になった本を読んだ方ならば、Facebookが仕事に関わる情報や考え方について共有/コンセンサスを取るためのサービスではないことを既にご存知の事だろう。

 Facebookも機能が充実してきたことで、グループ機能や情報の開示範囲をコントロールするなどしてビジネスに活用することは可能になってきている。しかし、実際に使い始めてみると、組織の中で仕事をしている人間にとって許容しがたい現象に直面しはじめる。

 「Facebookはインターネットの中に作られた、個人のための新しいコミュニケーションのネットワーク。昔でいうNIFTY-serveやPC VANのようなPC通信の世界ですよね。ザッカーバーグは意識して、自分が作りたい仮想的な社会システムを作っています。しかし、仕事で使う道具としては、そこが邪魔になることもある」(伊藤氏)。

 Facebookを本気で使いはじめると、自然に普段の日常的な行動や写真、動画などを発信することになるが、発信しているのは自分だけではない。自分では情報発信の範囲を制限し、プライベートとプライベート外を区別しているつもりでも、完全に分離すること難しい。

 例えば知人がアップロードした飲み会での写真に、自分がタグを付けられることもある。タグ付けは禁止することもできる。しかし「タグ付けを禁止していると“なぜタグを付けちゃだめなんだ”という空気になることもある。上司、部下、家族、学校。それぞれでの顔、写真が全部一緒になってしまいがち」(伊藤氏)。なのは、ライフスタイルのすべてを記録するFacebookの困った一面だ。

 Facebookは個人的なツールという認識は、例えばいくつかの大手企業が、社内からのFacebookへのアクセスを制限するといった形でも表面化している。もちろん、Facebookを仕事に使っているという人もいるだろう。例えば筆者のように組織に所属していない場合、Facebookは仕事のツールにもなり得る。小規模なグループで作業する場合も同じかもしれない。もしくは“Facebookのアカウントを個人的な用途には用いず、自分のキャリアアップ”に用いる場合もあるだろう。

 一方、LinkedInの目的はライフスタイルを記録して、友人との関係を深めることではない。自分活用のための道具だ。LinkedInは仕事上のつきあいがある知人たちに見せたい自分のステータスメンテナンスしておき、自分がどんな能力、経験を持っているのかを知ってもらうことができる。

 その点ではSNS的ではあるし、初期の段階で既存のSNSからコネクションをインポートすることも可能だが、使い方は大きく違う。個人的な飲み会の話や写真も、もちろん出てこない。それらはすべてノイズになってしまうからだ。

 その代わりに仕事上の人と人との関わりが見える。特に会社に所属して仕事をしている人は、同じ社内、同じ事業部、あるいは同じ業種の他社の人、外注したい業務を担ってくれるサービスを提供している人たちといった切り口で、人の関係図を見ることができる。

 こうした人間関係図をソーシャルグラフと言うが、友人や家族などとのソーシャルグラフと、仕事上のソーシャルグラフは、その形も切り口も違う。LinkedInは後者の、仕事上のソーシャルグラフが可視化できる。

●職探し支援ツールではない?

 LinkedInが日本に紹介されたとき、職探し支援のサービスと言われたのには、米国特有事情がある。景気動向などによって一時解雇が日常的にあり、仕事人としての能力はあっても適しているとされるポストがなければ職を失うことも少なくない。そんな米国では人材の流動性が高いため、LinkedInで自分の能力やステータスを記し、企業はそれらを用いて人材を捜す。

 実際、転職先を捜したり、失業者が自分の経験を活かせるポストを捜すといった機能をLinkedInは備えているのので「職探し支援サービスではない」と言えば嘘になる。しかし、それだけではないのもまた事実だ。

 特定の能力や経験を持った人材を捜すケースは、何も人材雇用の時だけではない。大きな会社であれば、従業員全員の能力は誰も把握できない。中途入社で働いていた同僚が、実は昔は意外な経歴を持っていた、なんてこともある。

 しかしLinkedInを積極的に導入すると、社内に意外な経験を持つ人材を発見できたり、あるいはいつも一緒に仕事をしている仲間が、どうしても会いたかった相手と懇意にしている様子が見えてくる。

 LinkedInを使うと、直接の関係(コネクション)がある相手はファースト、ファーストが関係を持っている人はセカンドといったように人のリストが見える。例えばユーザーインターフェイスの設計が得意な人を検索すると、実は自分が懇意にしている人がコネクションを持っていた、といったことも判る。そこで「この人を紹介してくれないか?」と依頼し、相手が了承すればセカンド、あるいはサードの人たちともコネクションを持てるようになる。

 見つけた相手の職歴や経験したプロジェクト、あるいは場合によってはどんなヘッドハンターから誘いを受けてきたか、といったことも(本人が公開していれば)知ることができ、さらには仕事上のコネクションを持っている相手も見ることができる。周りに仕事の評判を聞くこともできるだろうし、履歴を精査することで「この人なら大丈夫そうだ」と当たりを付けることも可能だ。

 外注先を捜すにしろ、社内で適任者を捜すにしろ、“仕事に特化したソーシャルグラフ”を使いこなす。この部分に特化することが、LinkedInの特徴でありプライベートな人間関係を構築するSNSとは最も大きな違いだ。

 「誰が誰と仕事上の関係を持っているかだけでなく、誰と誰は仕事上の接点はない、といった見方をする人も出始めている。ユーザー数が増えるほど、新たな使い方の発見があるだろう」(伊藤氏)。

●LinkedInを通す事で変化する情報の景色

 また伊藤氏は、LinkedInを通す事で、情報の見え方が変化すると指摘した。LinkedInにはLinkedIn Todayというニュースのアグリゲーション/サービス(複数ソースのニュースをひとまとめに見せるサービス)を提供している。この機能とLinkedInのフィルタ機能、それにTwitterとの連動機能を用いると、目の前に見える景色が大きく変わるというのだ。

 「例えばAppleが何かの発表をした時、LinkedIn上でつながりのあるMicrosoftの従業員たちがTwitteでどんな反応をしていたか。同じMicrosoftでもマーケティングの人間、開発の人間でも反応は違うだろう。そうした職務上の立場の違いによるニュースへの反応の変化を見る事もできる」(伊藤氏)。

 よく似た機能はFacebookをはじめ、他のネットワークサービスでも見られるものだが、LinkedInは仕事上の人間関係に特化している事がプラスになっている。伊藤氏は「FacebookやTwitterではたくさんの友達を集めようとする人が多いが、LinkedInではコネクションの数は問題にならない。より正確な情報、コネクションを得るために、質の高い関係に絞り込む事でツールとしての価値が高まる」と話す。

 一方、日本ではLinkedInのような“仕事上のコネ”が可視化されることを嫌う人が多いのではないかといった見方もある。特に自営業の人などは、自分のコネクションが見えてしまうことで、競合する同業者に仕事を奪われるのではないかという漠然とした不安を持つことがあっても不思議ではない。

 しかし伊藤氏は「名刺を集めて整理し、人同士のネットワークを駆使して仕事をするケースは、米国よりも日本の方が多い。LinkedInが生まれた背景には、そういった人同士のネットワークが米国では希薄だったから、ということもある」と、むしろ日本向きだとの見解を示した。

 「単なる連絡先管理であれば、誰も一生懸命に使うことはない。実際に役立つ道具が揃っているから、みんな一生懸命、自分のステータスをアップデートするんですよ。自分のステータスのメンテナンスをしっかりしていれば、自分自身に良い影響が戻ってくる。きっかけを掴めば、北米よりもむしろ普及する速度は速いかもしれない」。

●組織のフラット化に役立つ企業向けツールの側面も

 筆者自身、しばらくLinkedInを使ってみた。IDそのものは何年も前に取得していたが、日本人とのコネクションが増えたのは、この数カ月である。それまでは海外の人たちとのつながりはほとんどだった。

 本格的に使い始めて興味深かったのが、相互評価の仕組みがあることだ。LinkedInを通じて一緒に仕事をした、あるいはミーティングを持ったという相手を相互評価しコメントを残せる。ネットオークションの評価のようなものだが、こうした仕組みがあることで、より一生懸命に成果を求めて働くという側面もあるだろう。

 また筆者のように個人で働いている人間には必要はないが、所属している組織の長の動向が自動的に情報としてフィードされている事があるという。例えば会った事がない自社のCEOの情報フィードに対して、何らかのアクションを起こしてコネクションのリクエストを出すことだってできる。

 こうした関係が増殖していくと、人事戦略とは無関係にリレーションが成長し、社内の枠組みを超えた人脈形成やプロジェクトの発生を促すことができる。伊藤氏は海外事例であれば、いくらでも多くの事例があるそうだ。

 組織がフラットになり、人事が介入しなくとも人選の最適化ができるようになると、あるいは既存の企業システムの中では強い反発が出るかもしれない。しかし、それを乗り越えて企業がまるまるLinkedInの活用に乗り出しはじめれば、競争力を高めることもできると思う。

 また、個人の視点で見た場合も、自分のコネクションを他人に知られるリスクよりも、二次的、三次的なつながりを閲覧し、自分一人では解決できない問題に対処可能になる利点の方が大きいのではないだろうか。

 加えて仕事の関係をLinkedInに集約する事で、そのほかのプライベートなSNSに仕事上のつきあいがある人間とつながる必要がなくなる。プライベートとビジネスの中間的な使い方をFacebookでしてきた人は、よりFacebookを個人的なものに大きく振ることができる。

 なお、LinkedInはユーザーインターフェイスの日本語化を進めているところ。そう遠くないうちに、メインのユーザーインターフェイスには手が入ることになるだろう。

バックナンバー

(2011年 6月 20日)

[Text by 本田 雅一]