米ロサンゼルスで開催されたMicrosoftのソフトウェア開発者向けカンファレンスProfessional Developers Conference 2009(PDC09)の3日目は基調講演が設定されておらず、朝8時半からソフトウェアのプロに向けたセッションが詰め込まれている。
そんな中、シリコンバレーではGoogleがChrome OSを発表。開発の遅れからβ版も含めて“実際のモノ”は出せないという状況だったが、事前に約束していた通りにChrome OSの発表を行なった。PDC09のプレスルームでもかなり多くの人が、Chrome OS発表のWebcastに注目していた。
Chrome OSそのものは、予想されたものに近い、ブラウザベースですべてのインターフェイスを実装し、アプリケーションはすべてWebベース。HTML5とCSS3.0によってリッチインターネットアプリケーション(RIA)を作成できるなら、シンプルにWebブラウザ中心のソフトウェア基盤だけで十分じゃないか、というGoogleらしい提案だ。
しかしGoogleらしいと言えば、パートナーを集めてChrome OSを中心にしたソフトウェアのエコシステムを作ろうとか、他社のアプリケーションを使うためのプラットフォームにしようといった、横のつながりを強化するような考え方がないのもGoogleらしい。シンプルで既存の複雑なコンピュータシステムに辟易している向きには素晴らしい提案とも言えるが、一方では奥行きや広がりはあまりなさそうだ。
Chrome OSの悪口を書こうというのではない。MicrosoftとGoogleはここ数年、常に比較され続けてきた。おそらくChrome OSも、各メディアでWindows対抗製品として評価され、クラウド時代の新たな枠組みを生み出すトップエッジの企業として評価されると思うが、Windowsの対抗馬というのは少々過大評価に過ぎる印象もあるのではないだろうか。
● Microsoftが過小評価されがちな理由
一方でMicrosoftは良いソリューションを提供しているにもかかわらず、過小評価されることが多い。PDC09で発表されたWindows Azureは、これから市場で揉まれながら育っていく新しい製品だが、一方でパートナーとともに成長する戦略を徹底するMicrosoftの強みを活かしている。
盤石というわけではないが、さりとてMicrosoftに匹敵するライバルがいるか、というと、少々答えに窮する。今や世界最大のサーバソフトウェアとなっているMicrosoftが提供する環境が、そのままクラウドの中で扱えることの意味は、IT業界に身を置く者なら強くかんじているはずだ。
多くの顧客の要求に応じ、多様なパートナーのビジネスを支えねばならないMicrosoftは、Googleほど身軽には動けないという事情もあって一般のPCユーザーから見ると遠い存在に見えてしまいがちだ。我々情報を伝える側にも問題があるのだと思うが、一方でMicrosoftは、以前ほどのエンドユーザーに対する訴求力を失ってきているように思う。
そのようなことを考えながら、Twitterに「新しい枠組みの中でのMicrosoftの強さは半端じゃない感じだけど、一般ユーザーから見るとかなり遠くに行ってしまった感じ。一般の人から見るとMSよりGoogleの方が凄く見えるんだろうなぁ」とつぶやいたところ、多くの人が“え、Googleの方が凄いんじゃないの?”という応答を返した。
もちろん、GoogleにはMicrosoftよりも優れた面があるが、GoogleとMicrosoftが競っている部分は、ごく一部でしかない。GoogleもAppEngineなどでMicrosoftの本丸に近い部分でのビジネスもやってはいるが、全体として両者は事業全体の規模も製品がカバーする領域もかなりの差がある。
この関係は昔、MicrosoftがWindowsでIBMに挑戦した時代を彷彿とさせる。あらゆるコンピュータ技術に関する研究開発と圧倒的なインストールベースを持ち、優良な顧客とパートナーを大量に抱えたIBMと、PCという新しい産業の萌芽でトップエッジにいたMicrosoftは比較にならないほど規模に違いがあったが、IBMは過小評価され、Microsoftも過大評価されがちだった。
当時のMicrosoftは挑戦者であり、消費者サイドに立って新しい技術を(時にそれが未完成であっても)次々に素早く出していた。その目線は消費者に近く、ITのプロフェッショナルではない一般のPCマニアの目から見ても、(好き嫌いは別にして)若さと実行力があると見えたのだ。
もちろん、MicrosoftとIBMが置かれている状況は同じではないから、歴史が繰り返すわけではない。しかし、Microsoftは自分たち自身が、広い意味でのパーソナルコンピュータ(スマートフォンなども含む)のユーザーから、どのように見えているのかを今一度、考えた方がいいように思う。
PDC09での開発パートナーが発した“熱気”は、Microsoftのパートナーには届いているが、一般のPC好きや将来のコンピュータサイエンスを支えていく可能性のあるテクノロジマニアには届きづらい。これは実にもったいないことだ。Winodws 7が堅実なスタートを切った今、Microsoftはもう少しわかりやすい形で、自社の優れた面を知ってもらう必要があろう。
● コンシューマサービスの改善が鍵
これはWeb系のPC媒体に関係している人なら誰もが気づいていることだが、昨今のMicrosoftは一般のPCユーザーからの注目度が大幅に下がっている。以前はタイトルに「Microsoftが~」とあると、大きな注目を集めていた。ところが今では「Googleが~」と入っていなければビューが集まらない。
ボトムアップで新しいソフトを生み出していたMicrosoftは、いつしかパーソナルユーザーから遠い位置にいる自分とは関係のない世界の会社に見えてしまっているのが原因だと考えられる。
筆者が特にMicrosoftの弱い部分と感じるのは、コンシューマ向けネットワークサービスと、ユーザーがもっとも日常的に接するメールクライアントの不出来だ。PDCで発表された一連のエンタープライズ向けソリューションや開発環境のすばらしさに比べると、これらは月に対するスッポンのようだ。
HotmailはGmailどころか、Yahoo!メールなどほとんどのWebメールサービスに対して機能とユーザーインターフェイスの両面で劣っているにもかかわらず、Microsoftはここ何年もまともな改善をしていない。
Bingは北米で使う分には面白いのだが、日本ではその成果を発揮できる状況にないし、Windows Passportと紐付けられたブログサービスなどは機能は良いものの、シンプルさに欠ける面もみられ、ユーザーの獲得にいまひとつ貢献していないようだ。SkyDriveはなかなか良いサービスだと思うが、連携する各サービスの人気が高まってこなければ、SkyDrive自身の良さも発揮しづらい。Windows Liveは個々のサービスの質が低いわけではなく、むしろ優れた面もあるのに、サービス全体としてうまくまとまっていないというのが正直な印象だ。
さらに追い打ちをかけるように、ダウンロードで提供を開始したWindows Live Mailは、それまで提供していたOutlook ExpressやWindowsメールを大きく下回る不出来で、正直驚かされた。何しろバージョンアップしていながら、ユーザー体験のレベルは以前より下がっていたのだから驚きだ。
ところで、昨年のPDCではWindows Azureに付随するサービスとして、Live Servicesというものがアナウンスされていた。Windows Liveは”Windows”と銘打ちながら、Windowsとの連携度はいまひとつだったが、Azureの元に再構築されるというなら期待しようと思っていた方も多いと思う。
しかし、今回のPDCではLive ServicesはAzureの全体像を説明する図から外されている。Microsoftはこの件を「単にパートナーや企業顧客向けへAzureを紹介する上で、メッセージを絞り込む必要があったため」と説明している。Microsoft CSAのレイ・オジー氏は「来年の春にはWindows Liveも一新する」と基調講演で話したので、何らかの準備は進めているのだろう。
ちなみにWindows LiveはWindows開発チームと統合され、Windows 7の開発を率いたスティーブン・シノフスキー氏が統括している。単なるMSNサービスの延長線上にしか見えなかったWindows Liveが、本当に“ソフトウェア+サービス”という枠組みのすばらしさを具現化したものになるのかどうか、来年春ごろと目されているWindows Liveの改善に注目したい。
● OfficeチームはOutlookが“どのように見えているか”を意識した方がいい
もう1つ、PDC09期間中にパブリックβ版の配布を開始したOfficeチームも、もう少しエンドユーザーからの見え方を気にすべきだと思う。
Office 2010そのものの品質は、パフォーマンスとユーザーインターフェイスの両面で従来の製品を超える優れたものになっている。全体としてリボンインターフェイスの使い方が洗練され、各アプリケーションの起動速度が大幅に高速化されている。また、Share Point Workplace(前バージョンでGrooveと呼ばれていたもの)の完成度が上がっているのも印象的だった。Office 2010には64bit版も用意されており、Microsoftの“今度こそ64bitに”という意気込みも伝わってくる。
ただ、これまでのOfficeがそうだったように、Outlookに関しては賛成できない部分が多い。機能の面ではメッセージのスレッドを自動的にまとめたり、メールにかかわる個人にまつわる情報をまとめて表示してくれる機能など注目すべき点はいくつかある。しかし、もっと基本的な部分での問題が解消されていない。それはExchange Serverを使っていないユーザーがOutlookを使った時の体験レベルが(Exchangeユーザーに比べ)著しく低いという問題だ。
Outlook 2010は機能としてIMAPやPOP、WebCal、CalDAVにも対応し、インターネット標準に一通り対応した万能型の情報クライアントということになっているが、実際には機能の多くがExchangeを前提に実装されており、Exchangeにつながっているか否かによって(Outlookに対する)印象が大きく変わる。
この件をMicrosoftの担当者と話していていつも思うのだが、問題の根っこはなかなか深い。製品の企画や開発に関わっている人も含め、ほとんどの関係者がExchangeの下でしか使っていないため、何がそんなに不満なのか本質的な面で理解できないのだと思う。
ところが、一方でOutlookがバンドルされたPCがたくさん販売されており、ユーザーはOutlookを使ってインターネットを使ったり、カレンダーや連絡先といった個人情報の管理を行なおうと挑戦し、あきらめてしまう。
Office 2010へのプレス向けの質疑応答セッションで「Outlook 2010のスレッドをまとめる機能(カンバセーション機能)が、関係ないメールも1つにまとめてしまってかえって使いづらい」と質問が飛ぶと、会場のあちこちから「俺も同じだ」「俺の質問もそれに近い」と相次いで声が上がった。
実はOutlook 2010のカンバセーション機能は、メールのメッセージID(メッセージ個々に付けられるユニークなID)を分析して作っているのではなく、よく似たタイトルを見てまとめ表示しているのだ。このため「よろしくお願いします」といったタイトルのメッセージには、大量に関連するメッセージが紐付いてまとめ表示されてしまう。
その理由についてMicrosoftは「この機能はExchange Serverで管理しているカンバセーションIDを用いて実現しているため」と答えた。IMAPやPOPでOutlookを使っていると、このカンバセーションIDは付かないため、正しく機能しないのである。
もちろん、そんなことは開発元なのだから先刻承知のはず。それでも問題ないとしてしまうところに、Outlookが抱える問題の根っこがある。
多くの個人ユーザーはExchangeを使う環境にはない。HotmailがExchangeベースなら、それでも救われるが、実際にはExchangeサーバの環境を一般ユーザーが体験することはないのだ。Outlookがパーソナルユーザーからどう見られているのか、Microsoft(とOutlookをバンドルして販売しているPCメーカー)は、もう少し真剣に考えてみるべきだろう。
(2009年 11月 21日)