後藤弘茂のWeekly海外ニュース

AMDがタブレットやサーバー、組み込み重視へと戦略を転換



●3つのCをターゲットに据えたAMD

 AMDは自社の戦略を大きくターンさせようとしている。AMDは、先週開催したアナリスト向けカンファレンス「Financial Analyst Day 2012」で、タブレットやクラウドサーバー、組み込みにフォーカスを移す方向性を明らかにした。脱PC市場を意味する転換であり、そのために、製品設計も変えて行くというストーリで、現在のコンピュータ市場の動向には即している。

 昨年(2011年)8月に新たにAMDのCEO兼社長に就任したRory Read氏(President and Chief Executive Officer, AMD)は、コンピュータ業界が3度目の新しい転換点にさしかかっていると説明。「コンバージェンスの時代」の急速な変化の始まっている領域として「3つのCが重要」だと語った。次の3点だ。

・コンシューマ化(Consumerization)
・クラウド(Cloud)
・コンバージェンス(Convergence)

AMDの新戦略は「3つのC」

 マーケティングタームを並べられると直観的ではないが、要はタブレットのようなコンシューマ向けのモバイル機器、クラウドを支えるWebサーバー、そして家電とコンピュータの技術の収れん(Convergence)のための組み込み製品に注力するという意味だ。多くのコンピュータ企業が似たようなことを言っており、業界の大きな潮流に乗っている。その意味では、方向性自体は間違えていない。

 そもそも、AMD自身、ATI Technologiesを買収した時には、コンバージェンスが重要なのでATIの資産が必要だったという説明をしていた。それが、いつのまにか置き去られてしまい、せっかくのATIの携帯電話やデジタル家電向けのチップやIPを売り払ってしまった。今回は、その時の構想を復活・発展させたとも言える。

3つのCへの取り組み

●UltrabookへはTrinityノートPCで対抗

 新ビジョンを掲げたとはいえ、AMDは既存のPCビジネスも維持しながらの2正面戦争となる。「コアビジネスを維持しつつ、もう1段階の浮上を狙う」とRead氏は説明する。実際にカンファレンスでは、グローバルビジネスを統括するLisa Su氏(Senior Vice President and General Manager, Global Business Units)が、1年置きに新製品を投入する従来通りの戦略のPC市場向けのロードマップを公開。また、PC分野でのヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)コンピューティングによるパフォーマンスの急伸を強調した。

AMD CPUの移行
PDF版はこちら

 例えば、Intelが積極的に打ち出している「Ultrabook」に対しては、2世代目のメインストリーム向けAPU(Accelerated Processing Unit)「Trinity(トリニティ)」によって、厚さ18mmの超薄型ノートPCを実現できることを謳い、試作ノートを公開した。これは、クアッドコアのTrinityをベースとしたリファレンスデザインで、17W TDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)。本体厚を12mmにし、価格レンジでは600ドル台から800ドル台を想定しているという。

AMDの薄型ノート向けソリューション

 AシリーズAPU(Llano:ラノ)の後継となるTrinityについては、Analyst Dayのタイミングでパッケージ写真も公開した。同APUのパッケージからは、ダイサイズが計算できる。下は、現行のLlanoとTrinityのパッケージを比較したものだ。2つのCPUのダイが、ほぼ同程度のサイズであることがわかる。Llanoのダイは228平方mmであるのに対して、Trinityは240平方mm前後かそれより少し下だと推定される。

 Llanoは4個のStars(K10/Hound)系CPUコア、4MBのL2キャッシュ、80個のVLIW(Very Long Instruction Word)5プロセッサ(合計400個の浮動小数点演算ユニット)のGPUコアを備える。それに対して、Trinityは4個のBulldozer系CPUコア(2モジュール)、4MBのL2キャッシュ、VLIW4系アーキテクチャのGPUコアを備える。どちらも同じ、GLOBALFOUNDRIESの32nm SOIプロセスだ。

TrinityとLlanoのパッケージ比較
PDF版はこちら
GLOBALFOUNDRIESのプロセスロードマップ
PDF版はこちら

 以前の記事でTrinityのL2サイズを間違えており、実際にはサーバー用のBulldozerモジュールと全く同じL2量だ。LlanoとTrinityでダイサイズがほぼ変わらない理由は、Bulldozerモジュールのサイズが、Stars系CPUコア2個分とほぼ同じサイズだからだ。同じ32nmプロセスなら、StarsからBulldozerに置き換えても、CPUコア自体のサイズはほぼ変わらない。

BulldozerモジュールとLlanoの比較
PDF版はこちら

 そのため、ダイサイズ的には、TrinityはAMDのメインストリームCPUのサイズに収まっている。AMDの本来のメインストリームCPUのサイズは140平方mm前後だったが、現在はGPUコアも内蔵しているため、200平方mm台がメインストリームの領域となっている。ちなみに、AMDは、Trinityの浮動小数点演算の生パフォーマンスは、Llanoより30%ほど上がり800GFLOPS前後になるとAnalyst Dayで発表した。ダイサイズが同じでも浮動小数点演算パフォーマンスを引き上げることができるのは、GPUコアも含めて動作周波数を引き上げるためだと推測される。プロセスが微細化していないため、演算ユニットの数そのものを大幅に多くすることは難しいからだ。

AMD CPUのダイサイズ移行図
PDF版はこちら
APUの性能向上

●タブレットの波へはBobcat/Jaguarコアで対応

 AMDの従来のビジネス領域と、新しい3つのC領域は、実際にはモバイルコンピューティングのように区分が明瞭でない市場もある。現状では、AMDにとってノートPCと新モバイルデバイスは、地続きで同じアーキテクチャを適用する。また、サーバー市場は従来からのターゲットだ。AMDのフォーカスが、デスクトップからモバイル&サーバー、そしてその先の組み込みへと徐々に移動して行くと捕らえる方が正しいかもしれない。財務を担当するThomas Seifert氏(Senior Vice President and Chief Financial Officer)のプレゼンテーションが、その戦略を売り上げ的に示している。

タブレット分野への応用

 明瞭な点は、2010年から2011年でノートPCが成長していること。これは、AMDのトレンドというより、業界全体の流れだ。そして、AMDは2012年はその潮流に乗ってノートPCビジネスを拡大しようとしている。そのための方策の1つは、例えばUltrabookへの対抗だ。サーバーについては、AMDはOpteronで一時は市場のかなりの比率を占めたものの、2011年までにすっかり退潮してしまったことが示されている。サーバー注力の戦略は、新展開というより、成長市場で後退しているのを巻き返すという意味となる。

 組み込み系では、ゲーミングが急浮上している。今回のAnalyst Dayでは、エグゼクティブが何度も「ゲームコンソール」というキーワードを口にした。AMDは、任天堂の次世代コンソール「Wii U」にGPUを提供することを明らかにしているほか、Microsoftの「次期Xbox(Xbox 720とメディアでは呼ばれている)」にもGPUコアを提供すると言われている。ゲームコンソールは、AMDのIPビジネスにとって大きな柱であり、また、カスタムIPを提供するモデルのいい見本となっている。

 タブレットについては、AMDはデバイス的にはノートPCの延長に位置づけている。まず、現在のBobcat(ボブキャット)コアのBrazos(ブラゾス)のダイ(半導体本体)を超低電圧駆動させた「Hondo(ホンドー)」で対応する。Hondoは4.5WまでTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)を引き下げたバージョンだ(Brazosは9Wまで)。

 さらに、2013年には、28nmプロセスに移行し、CPUコアをBobcatから進化させた「Jaguar(ジャギュア)」に、GPUコアをGCN(Graphics Core Next)へと切り替えた「Temash(ティマッシュ)」を投入する。TemashはサウスブリッジチップにあたるFCHを統合したワンチップソリューションになる見込みだ。また、この世代ではメモリサポートもLPDDR系が加わる可能性がある。

 ちなみに、AMDは将来、2W以下のTDPの製品も投入するとアナウンスしている。

TDP 2W以下の製品の投入も検討

●サードパーティのIPを取りこむAMDの新モジュラー設計戦略

 今回のAnalyst Dayで、AMDはビジョンを提示したものの、あっと驚くような具体的な展開はなかった。3つのCへの方向転換に関する技術的な背景の説明は、やや薄かった。しかし、ところどころに、奥歯にモノが挟まったような表現があった。例えば、「命令セット回りをフレキシブルにする」、「製品の設計をシンセサイザブル(合成可能なもの)にする」、「サードパーティのIPを受け容れたSOCを作る」といった具合だ。

 まず、AMDは今回、自社のAPUにサードパーティのIPを取り込む路線を明らかにした。サーバーについては、特定タスクのアクセラレータを取り込む方向のようだ。ヘテロジニアス(異種混合)なAPUに、さらに異種のIPコアを取りこもうとしている。

異種のIPコアの取り込み

 AMDはこれまで、x86系CPUのような汎用品(量が出るASSP)とASSP(特定用途向け標準製品)を主に手がけてきた。Intel同様に、顧客や市場に合わせてカスタマイズした製品を多数揃えるのは苦手にしている。AMDは、そうした同社の態勢も変えて行こうとしている。SOC設計の方法論を取り入れるのがその方策で、設計フローや汎用ツールの利用などを進め、IPの再利用をしやすくするという。

IPの再利用をしやすくする手法

 この話は、AMDの製造戦略にも絡む。AMDは、今回、GLOBALFOUNDRIESとTSMCという、AMDが製造委託をしている2大ファウンドリにまたがって製造をできるようにして行くという方針を示唆した。ファウンドリ間での移植が容易な設計にする場合は、RTL(Register-Transfer Level)によるチューニング可能なシンセサイザブル設計にするのが一般的だ。実際に、AMDはBobcatコアについては、シンセサイザブルにしている。

 AMDはBulldozer系のパフォーマンスコアについても、同様のプランを持っているのかもしれない。もっとも、ARMのように他の半導体メーカーにRTLデータをライセンスして、顧客の半導体メーカーがカスタマイズやプロセス最適化を行なった製品を作ることができるようにするという話ではない。あくまでも、AMD自社内でだけの話だ。ただし、この路線をAMDが進むなら、展開としてコアIPの販売というARM型のビジネスモデルもあり得るかも知れない。

 さらに、AMDのMark Papermaster氏(Senior Vice President and Chief Technology Officer)は、同社が命令セットアーキテクチャ(ISA)の面でもフレキシブルにして行くと語った。ぼかした説明しか行なわなかったが、AMDがx86命令セットに固執しているわけではないことを示唆すると思われる。AMDは、ARMコアを採用する可能性があるとウワサされている。

●ほとんどの幹部が一新されたAMD

 AMDは過去1年数カ月の間に、新しい方向性を打ち立てようとしてきた。今回のAnalyst Dayは、そのお披露目だが、現状では、まだ具体的な方策の提示が足りず、ビジョンの具現化が完全には明瞭になっていない。これは、経営中枢にビジョンを煮詰めるだけの時間がなかったためと推測される。

 実際、AMDのトップエグゼクティブの顔ぶれは、全く変わってしまった。今回のAnalyst Dayに登場したトップエグゼクティブのほとんどが新顔だった。CEOだったDirk Meyer(ダーク・メイヤー)氏を含む、複数の幹部が過去1年半の間にAMDを去った。そのため、前回の2010年11月のAnalyst Dayの時とは、登壇者の顔ぶれが一新されている。

 CEO兼社長のRory Read氏は昨年8月に、CTOのMark Papermaster氏は10月にAMDに加わり、グローバルビジネスユニットのGeneral ManagerのSu氏に至っては今年(2012年)1月にAMDに加わったばかりだ。経営と技術とビジネスそれぞれのトップが、前回のAnalyst Dayから交替したことになる。

 午前中のエグゼクティブのセッションで最後に登場したThomas Seifert氏(Senior Vice President and Chief Financial Officer)は、Su氏から“ベテラン”と紹介されたのを受け、「2~3回のAnalyst Dayを経験しただけでベテランと呼ばれる(Seifert氏は2009と2010のAnalyst Dayに登場)」と冗談まじりに語った。この冗談が、AMDの揺れる経営陣の現状を象徴している。Seifert氏は2009年にAMDに加わった、一般的な企業なら新顔エグゼクティブだが、この日並んだAMD幹部の中では、ダントツにAMD歴が長い。こうした状態では、まだAMDの新プランを練り上げるまでに至らないのは当然だろう。