大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

年3回の新製品投入を見直す富士通のPC新戦略

~ユビキタスデバイスで2020年に2,000万台を目指す

富士通 齋藤邦彰執行役員常務

 富士通のPC事業が1つの転換点を迎えているようだ。2013年度から、年3回に渡ってラインナップを一新する新製品投入をとりやめ、明確な機能強化を図った製品だけを投入する手法へと移行。また、カラーバリエーションの絞り込みや、ターゲットを明確化した製品投入、さらにはハードウェアに組み込んだソリューション提案やカスタマイズ提案といった取り組みを加速している。

 2013年度は、2回に渡る出荷台数の上方修正を経て、前年度を上回る実績を達成。さらに黒字転換も達成したことで、筋肉質な体制作りにも手応えを得ているという。

 一方で、同社では、一時は年間1,000万台のPC出荷計画を掲げていたが、このほど新たに、PC、タブレット、スマートフォンを含めたユビキタスフロントデバイスで、2020年までに年間2,000万台の出荷を目指す計画を明らかにした。富士通の齋藤邦彰執行役員常務に、富士通の新たなPC事業の姿勢について、また、2014年度のPC事業の取り組み、そして、2020年度2,000万台の構想について聞いた。

--2013年度の富士通のPC事業を、どのように自己評価しますか。

【齋藤】ご存知のように、2013年度は、Windows XPのサポート終了の影響や、消費増税前の駆け込み需要があり、国内PC市場には、大きな需要の波が訪れました。Windows XPの買い替え需要に関しては、法人市場では第2四半期から一気に需要が高まりましたし、1月後半からは個人市場における消費増税前の駆け込み需要も顕在化しました。もう1つ付け加えるのならば、2月になって、ソニーがPC事業を売却すると発表したことで、量販店の間では、それを埋めるための商品が欲しいという声が出てきました。

 そうした市場環境において、富士通は「波の中の大きな波に乗れた」と言えるのではないでしょうか。量販店ルートにおけるシェアも上昇していますし、企業向けにおいてもシェアは高まって、販売単価も上昇しています。

--富士通が「波に乗れた」理由は何ですか。

【齋藤】最大の理由は、「MADE IN JAPAN」であることだと言えます。これだけ大きく需要が変動すると、柔軟な生産体制を持っていること、短期間に供給できる力を持っている方が、明らかに優位です。当社はノートPCを島根富士通で生産し、デスクトップPCは福島県の富士通アイソテックで、タブレットは兵庫県の富士通周辺機で生産しています。

島根富士通
富士通アイソテック
富士通周辺機

 海外で生産しているメーカーは、海外生産拠点で部品を仕入れて、生産して、それを船で運んでくるわけですから、急激な需要変化に対応することができません。2013年度第4四半期は、とにかくモノが無くなりましたから、量販店でも、早く納品できるメーカーの製品を優先して取り扱うようになりました。

 結果として、他社から富士通に流れたケースも多かったと言えます。ある量販店では、一気に4ポイントも富士通のシェアが向上しましたからね。急激な需要変動に対して、富士通は機会損失がほとんどなかったとも言えます。富士通の特徴の1つは、「疾風(はやて)」でもありますが、2013年度はその強みが十分発揮できたというわけです。

--国内生産というと、これまでは「品質」の高さが前面に出ていましたね。むしろ、今回は、「納期」が強みになったと。

【齋藤】もちろん品質も強みの1つです。ただ、これは大前提と言えるものですからね(笑)。MADE IN JAPANの品質の高さは、もはや当たり前。ユーザー企業の声を聞くと、「品質面では、国内生産の方が10倍安心できる」という言い方をされる方もいる。別の情報システム部門のお客様は、「海外生産したPCは、我々が一度ソフトウェアのインストール作業をしないと怖くて現場に渡せない」とも言っています。箱を開けた時に動くかどうかが不安。いわば着荷不良率の差が、とにかく大きいのがその理由だと言っています。富士通のPCであれば、そうした心配はないとお墨付きをいただいているわけです。もう1つ、MADE IN JAPANの強みが発揮できた部分があります。それはカスタマイズの点ですね。

--カスタマイズでの強みとは?

【齋藤】富士通では、「カスタムメイドプラスサービス」を提供しています。これは、お客様の要望に合わせて専用仕様で設計したり、製造したり、あるいは工場において、一括でキッティングを行なったり、カラー変更、お客様企業のロゴを印刷するといった対応などが含まれます。生保向けの専用タブレットなどはその最たるものだといえます。

 これも、国内生産であるからこそ、柔軟に、そして迅速に対応できます。2012年度は生保会社向けの大型案件がありましたので、それにリソースを割いたこともあり、カスタマイズのほとんどが大型案件でしたが、2013年度実績では、約1,000社の企業を対象にカスタマイズ対応を行ないました。平均すると1社あたり約200台規模での受注となりますが、中には数十台規模のカスタマイズ受注にも応じています。数が少ない案件でも、積極的なカスタマイズ対応を行なったのが2013年度の実績だといえます。

 MADE IN JAPANによって、短納期、品質、カスタマイズという点で他社の追随を許さなかった。そして、これまで以上に、お客様の信頼を勝ち得た手応えもあった。こうした時期だからこそ、富士通は頼れると。そこに、「波に乗れた」という意味があります。

--一方で為替変動の影響も大きな1年でしたね。

【齋藤】1ドル80円台だったものが、短期間で100円以上と、実に20%も変動したわけですから、その影響は少なくありません。円安に振れたことで、海外からドル建てで多くの部品を調達している我々としては、どうしても最終価格に転嫁せざるを得ないところもありました。もしかしたら他社よりも価格上昇率が高くなった部分があるかもしれない。また、一括商談の場合には、事前に納入価格が決まっているわけですから、そこでも厳しい部分がありました。

 しかし、量販店市場ではシェアを拡大することができましたし、通期でも黒字化しました。為替の影響は最小化できたと考えています。

--2013年度の富士通のPC事業の手の打ち方を見ているといくつかの特徴があります。1つは、女性向けの「Floral Kiss」を投入し、ターゲットを明確化した戦略が始まりました。これは、2014年春モデルでもアクティブシニアを対象にした「GRANNOTE」の投入につながっていますね。また、年間を通じてカラーバリエーションを絞り込んだり、2013年春モデルからラインナップを一新することも取りやめた。つまり、「絞り込み」がキーワードになっていたと感じますが。

「Floral Kiss」
「GRANNOTE」

【齋藤】それは否定しません。ご指摘のように、2013年は、春モデル、夏モデル、秋冬モデルという年間3回の新製品投入サイクルにも全くこだわりませんでした。実際、2013年春モデル以降は、新製品によってラインナップを一新するという手法は見送っています。また、Floral Kissのような新たなターゲット型製品の投入も開始しています。

 なぜこうした取り組みを開始したのかと言いますと、その根底にあるのは、お客様に価値を与えられる「とき」、お客様に価値を与えられる「もの」、お客様に価値を与えられる「こと」だけに、フォーカスしていこうということなのです。

 これまでのように、自動的に年3回、新製品を出すことが、本当にお客様にとっていいのか。CPUの種類と、HDDの容量を変えれば、新製品として通用するという手法でいいのか。そう考えると改善の余地が大いにあると思ったわけです。とにかく新製品を出す、というのではなく、今回の新製品の変えたところはここ、だからこう良くなったとお客様に対して言える。そうした製品だけを投入していく。ここは、2013年に大きく舵を切った部分だと言えます。

 Floral KissやGRANNOTEも、単に女性向け、アクティブシニア向けという製品を作ったのではなく、それを利用することで心地良いとか、気分が上がるとか、長時間使っていても疲れない、そして、世界一の評価を得ているサポートセンターを活用することで安心して、利用できる。お客様がやりたいことに到達できるというところにフォーカスしたわけです。今回、Floral Kissの新製品を投入しました。少し時間が開いてしまいましたが、この進化ならば、我々が目指す観点からメリットを伝えることができる。そう判断して、満を持して投入したわけです。

 Floral KissやGRANNOTEでは、こういう使い方をしたら世界一のPCであるということを明確に示したいです。何に使うか分からないが、とにかく安いPCとは考え方が違う製品です。これからもこうした明確な強みを発揮できる製品群を広げていきたいですね。ただ、Floral KissやGRANNOTEのような製品に関して、次の具体的な計画をお話ししてるわけではありませんよ(笑)。

 そして、カラーバリエーションについても、ここまで多くの色が必要なのかというところから改めて考えてみました。機種ごとに人気色の分布が激しいということや、量販店にとっても在庫管理の負担も考慮し、その結果、カラーバリエーションを絞り込んだわけです。

 2014年度も、こうした考え方は変えないつもりです。

--それはやはり「絞り込み」ということですか。

【齋藤】正確にいうと、今までの延長線上のやり方を考え直そうという動きだと言えます。今後、PCが無くなるんじゃないかという議論も出ている中で、我々自身がPCというものを改めて見直さなくてはならない。しかし、PCはみんな使っているし、使っている人は減っていない。量販店店頭を見ても、2台目、3台目の需要ではタブレットを購入していますが、1台目としてはやはりPCを購入しています。未だに、タブレットよりも、PCを使っている時間の方が多いという人が大半ではないでしょうか。そうした中で、我々の方向性を改めて考えた1年だったと言えます。

--富士通のPC事業にとって、2014年度は、何がポイントになってきますか。

【齋藤】2013年度は、Windows XPのサポート終了、消費増税という影響を受けて、PC需要を先食いしたことは間違いありません。言い換えれば、次の需要喚起の芽を育てなくてはならない。それは何か。短期的なポイントとしては、法人向けタブレット市場の拡大が挙げられるのではないでしょうか。そして、長期的にはウェアラブルデバイスが成長分野になってくると思います。今から、2015年度以降に花を咲かせるための準備をしっかりとやっていきたいですね。

--法人向けタブレット市場においては、富士通はどんな点が強みになりますか。

【齋藤】デバイスを富士通自らが設計、開発、生産している強みと、それに新たなソリューションを加えることができる強みだと言えます。例えば、手のひら静脈認証センサーを内蔵したタブレットや、紛失、盗難時に情報漏えいを防ぐリモートデータ消去ソリューション「CLEARSURE」といったソリューションが富士通にはあります。しかも、手のひら静脈認証センサーやCLEARSUREは、ソフトウェアだけの提案だけは実現できないもので、ハードウェアとの連動によって初めて実現できる。ここでも日本においてタブレットを自ら生産している強みが活かせます。

 こうした富士通独自の機能を、パックで提案するといったように、いくつものピースとなって揃ってきたタブレットを取り巻くソリューションを活かして、これまでの大企業を対象にしたビジネスから、中堅・中小企業向けの小規模ロット対応にも展開していきたいです。さらに、こうした取り組みの延長線上では、個人ユーザー向けにも富士通ならではのメリットの1つとして、タブレットソリューションとして提供できると考えています。

--タブレット領域では、2-in-1 PCの切り口もありますが。

【齋藤】そうですね。法人向けタブレット市場という観点から見ても、2-in-1 PCは、多くの力を注ぐ領域の1つになります。この分野の売上高はもっと伸びるでしょうね。むしろ、国内の法人向け2-in-1 PC市場の立ち上がりは、海外に比べても遅れていると感じています。実は、海外では、2-in-1 PCの比率が一気に高まってきました。その背景にあるのは、単に、タブレットでも、ノートPCでも使えるということではなく、想定しなかったようなアプリケーションへの広がりです。つまり、2-in-1 PCによって、今までできなかったことができるようになったという点です。

 その一例がタブレットを決済に利用するといった活用方法です。これまでの仕組みでは、来店したお客様が購入するものを決めて、それからレジまで移動してお金を支払っていました。しかし、2-in-1 PCを決済端末として利用することで、液晶着脱式2-in-1 PCのタブレット部分だけを取り外して、お客様のもとに持っていき、タブレットを使って商品の補足情報を提示しながら説明し、その場でクレジットカード決済までできます。お客様がいろいろ迷った末に、ようやく購入することを決めて商品をレジまで持ってくるのと、迷っているところに店員が行って最新のデバイスを活用しながら説明して、その場で決済して商品を購入してもらうのとは成約率がまったく違います。半分買う気になっている時に横に来て勧められると、買ってしまいますよね(笑)。こうした動きが北米の店舗でかなり注目を集めているのです。

 富士通では、現在、液晶着脱型の2-in-1 PCを2機種ラインナップしていますが、2014年度は、画面サイズのバリエーションも含めて、機種数はさらに増えていくことになるでしょう。サイズは上下方向に増やしたいと考えていますから、少なくとも倍増するという計算になりますね(笑)。また、コンバーチブル型も継続投入していきます。先頃も、Ultrabookのコンバーチブル型も投入したところです。

--個人向けの2-in-1 PCはどう考えていますか?

【齋藤】2-in-1 PCは、どうしても価格設定が高くなりますからね。一部の個人ユーザーにしか響かないというのが実態です。しかし、将来に向けて可能性がないわけではない。すでに教育分野でも2-in-1 PCを導入するといった動きが出ています。しかし、この分野に製品投入すると、かなり鍛えられますね(笑)。学生や生徒は、我々が想定しないような、思いもよらない使い方をする。それをクリアすることによって、胸を張って、世界に出せる品質のものへと進化させることができます。今は、とにかく鍛えられているところです(笑)。

--デバイスの取り組み以外の、サービス、ソリューションといったところではどんな展開をしていきますか。

【齋藤】富士通では、すでに「My Cloud」というクラウドサービスを展開していますが、これも今後、サービス内容を進化させていくことで、富士通ならではの差別化が図れると考えています。今は、写真やビデオの保存、共有、編集といったサービスに留まっていますが、将来的には、My Cloudを通じて、家電製品を始めとする家の中の「モノ」をネットワークで接続し、コンロトールできるようにしたい。私は、家の中をコントロールするのは、TVではなくて、PCやタブレットだと考えています。昨年(2013年)、My Cloudでは、エアコンのスイッチを消せるという提案をしましたが、将来的には、冷蔵庫が空になったら、My Cloudを通じて、自動的に注文するとか、HEMSにおいても、PCで管理すると毎月1,000円安くなるといった提案へと繋げたい。そうすれば、家にPCがないと不便になる、あるいはPCがない生活は考えられないという世界へと繋がるようになります。

 富士通は、デバイスを持ち、ネットワークの事業をやり、クラウドも持っています。こうしたことをやるには、富士通が一番近いところにいます。

 2014年度はMy Cloudにはかなり力を入れていきます。HEMSの本格提案というところに行くまでにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、少しでも早い段階で、その分野に踏み出したいですね。

 さらにプラットフォームとして、富士通では、「FUJITSU Mobile Initiative」という体系を用意し、さまざまなサービスを法人向けにトータルソリューションとして提案できる体制を整えています。富士通の特徴は水平にさまざまなフォームファクタを広げていくのと同時に、垂直方向には、プラットフォームを通じて、さまざまなサービスを提供できる環境を広げている点にあります。これによって、より多くのお客様に、より深い満足度を提供することを目指しています。いずれも、富士通が持つこれまでの経験と資産をもとにした提案が強みとなります。まだまだやらなくてはならないことはたくさんありますね(笑)。

--2014年度のPC出荷台数は年間510万台と前年割れの計画ですね。かつては1,000万台の計画を掲げていた時期もありましたが。

【齋藤】確かに2014年度の出荷台数は前年割れの計画となっています。年間510万台の目標の中には、Windowsタブレットも入っています。しかし、出荷台数は前年割れでも、黒字は維持したい。

 昨年来、筋肉質を意識した改革に取り組んできましたが、その成果が試される1年でもあると言えます。そして、富士通にしか投入できないようなデバイスを出し続ける。今までと同様に、チャレンジし続ける姿勢は絶対に崩したくない。1,000万台の目標はまだ諦めていませんよ(笑)。

 ただ、これからは、PCとタブレット、スマートフォンの垣根がなくなってくるのではないでしょうか。タブレットでも、PCでも、SkypeやLyncを使えば、無料で通話ができたり、TV会議ができる。あと2年ぐらいすれば、スマートフォンとタブレット、PCを何台ずつ持っているのかという議論はあまり意味がなくなり、用途に合わせて使い分けていくということが一般化すると思っています。

 2020年には、500億個の「モノ」がネットワークに繋がると言われています。今、その代表格はPCとスマートフォンですが、これからは、それ以外のモノが繋がってきます。議論の中心はIoTで何台か、という話になってくるわけです。それならば、1,000万台のPCを目指すのではなく、ユビキタスフロントデバイス全体で2,000万台という数字を目指した方がいいのではないか。富士通もそこにフォーカスしたいと考えます。2020年には、ユビキタスフロントデバイスで2,000万台。これがこれから目指す到達点となります。

 元々、富士通が1,000万台のPC出荷を目指していた理由は、世界で戦う上で、最低限の購買力を持つという狙いがあったからです。しかし、CPUメーカーやOSメーカーは、IoTの領域から、スマートフォン、タブレット、PC、サーバーまでをターゲットにした事業展開を開始しています。プラットフォームが上から下まで統一してくると、PCにこだわる必要がありません。つまり、ユビキタスフロントデバイスで2,000万台ということの方が意味があると考えています。

--富士通では、PC、タブレット、スマートフォンの事業を組織的にも統合する動きを少しずつ進めていますね。

【齋藤】市場の変化やお客様のニーズに合わせて変化させています。2014年4月1日付けで、ユビキタスビジネス戦略本部の中に、国内向けユビキタス商品のフロント機能を明確化することを目的として、「第一ユビキタスフロントセンター」を、また、グローバル向けユビキタス商品のフロント機能を明確化する目的で、「第二ユビキタスフロントセンター」をそれぞれ設けました。社内ではUFCと呼んでいます。法人向けのPC、タブレット、スマートフォン、さらにはモバイルスイート製品を含めて担当する組織で、商品企画および市場開拓の役割も担います。

 また、従来のタブレット事業推進プロジェクト室を、タブレットプロダクト統括部へと格上げし、2-in-1を含めたタブレットの商品企画体制を強化しました。タブレットに関する動きを、これまで以上に小回りの効く体制で動かすのが狙いです。タブレットの領域において、お客様のニーズとデバイス、ソリューションをマッチングさせること、あるいはお客様からのフィードバックを素早く製品に反映させる体制がいよいよ整うわけです。

 これは、富士通が今まで売っていなかったものを売っていくということにも繋がります。タブレットの流れが加速する中で、お客様の要求を確実に捉え、手をつけていなかった市場にも果敢に攻めていく。2014年はそうしたことにも挑戦していきたいですね。

(大河原 克行)