■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
NEC矢野薫社長 |
NECのPC事業が1つの転機を迎えようとしている。2008年度のPC事業は国内に関しては黒字化したものの、海外PC事業は赤字だ。同社は業績悪化の要因の1つになっていた東南アジア地域のPC事業を、7月には撤退することを公表しており、これにより、同社のPC事業は国内に特化した体制となる。決算発表で「損失止血」(NEC矢野薫社長)と表現した、海外PC事業からの撤退は、そのまま黒字体質の土壌づくりにつながる。
この動きは、NECのPC事業の立ち位置を大きく変化させることになりそうだ。5月12日にNECが発表した2008年度におけるPC事業の業績は、6.4%減の250万台。1月30日に発表した通期計画の250万台は達成したものの、期初目標の275万台は下回り、前年実績の267万台を下回るマイナス成長となった。
特に、第4四半期(2009年1~3月)の出荷台数は、前年同期比24.1%減という大幅な前年割れ。第3四半期までは前年実績を上回る形で推移していたのに比べると、その停滞ぶりが際立つ。
「2008年11月以降、企業向けPCの需要減速が顕著に見られた。大手企業、中堅企業などでの導入案件の先送りなど、2009年に入ってからは企業向け市場全体では、前年同期比3割減、4割減とさえも言われているほどの減速感がある。期初目標必達を下ろしたくない気持ちは強かったが、予想を上回る市況の悪化は、それを余儀なくさせた。国内PC事業の黒字必達を前提に数字を見直し、1月公表値の目標達成を目指した」と、NECパーソナルプロダクツの高塚栄取締役執行役員常務は語る。
NECパーソナルプロダクツ高塚栄取締役執行役員常務 |
NECのPC事業は、従来型の販売台数拡大を最優先とした積極戦略から、大きく舵を切ったと感じざるを得ない。それは、市況の変化を的確に捉え、第3四半期までの前年実績を上回る実績から、第4四半期には、出荷台数を大幅に絞り込み、一気に前年を大きく下回る年間目標へとシフトしながらも、利益確保を優先したことだ。
NECは、国内トップシェアへのこだわりを強く持っている。それは今も変わらない。それだけに、瞬間風速とはいえ、第4四半期の前年同期に比べて4分の3にまで出荷台数を削減し、第4四半期の市場全体の前年同期比18.3%減(JEITA調べ)の成長率よりも、大幅に出荷計画を落としたのは、異例ともいえる決断だ。ここ数年のシェア維持の施策からは、最低でも市場全体の成長率維持が至上命令だったからだ。
そして、数の確保が利益獲得の近道といわれるPC業界において、数を追わないNECの決断は、海外事業からの撤退という形でも表面化している。先に触れたように、NECはマレーシアに本社を置くNECコンピューターズ・アジアパシフィックを清算。東南アジア向けのPCの生産、販売から撤退する。2009年3月期の売上高は約45億円。年間出荷台数は10万台弱と、規模は全体の5%程度に留まる。
NECは、東南アジアのPC事業からの撤退の前に、2000年には北米、2006年には欧州でのコンシューマPC事業の撤退を発表。2009年中には欧州の企業向けPC事業からも撤退する。つまり、今回の東南アジアからの撤退発表は、海外PC事業からの全面撤退を意味し、今後は、国内PC事業にだけ特化したビジネスを行なうことになる。今年度下期からは、国内一本化の体制が明確となるだろう。
東芝や富士通が、海外向けPC事業戦略を強化し、東芝が年間1,000万台以上、富士通が年間734万台の出荷実績を誇るのに対して、NECは、その3分の1から4分の1にあたる、国内向けの250万台の出荷規模を前提とした形で、PC事業を推進することになる。
もちろん、台数を追求しなければ、黒字を確保できないというわけではない。年間74万台の出荷に留まるパナソニックのPC事業は、'99年以来、約10年間に渡り黒字化を維持。モバイル用途、堅牢PCに特化した付加価値戦略、ニッチ戦略の最たるものとして成功を納めている。
NECのPC事業は、国内市場への集中戦略とともに、国内市場で求められる付加価値製品の創出によって、利益を確保する体制へと、歩みを明確にシフトしたといってもいいわけだ。「日本電気」が、まさにその名の通りに、日本市場に特化したPC事業へと収れんしたといえる。
アジアからの撤退はマイナス要素に見えるが、実は、これによって日本市場にPC事業を特化することは、NECが日本市場に合致したPCをより作りやすい環境になったという見方もできる。例えば、PCでTVを視聴するという利用は、日本以外の市場では、主要な用途とはなっていない。ディスプレイ一体型PCの普及も日本が先行している。
また、企業向けPCにおいても、持ち運んで利用するモバイル用途の小型軽量ノートPCの導入は、日本市場が先進的であり、さらに4:3の画角にこだわっているのは、やはり日本の企業ユーザーならではの特徴といえる。官公庁向けに引き続き需要が根強いFDDやシリアルインターフェイスの搭載といった要件への対応も、やはり日本ならではのものだ。こうした日本のユーザーに合致した製品を、優先的に開発、生産することができるのが、これからのNECの強みとなる。
NECでは、4月1日付けで、PC事業などを統括するパーソナルソリューションビジネスユニットに、新事業開発グループを組織化。PC、携帯電話、通信関連部門を横断した新製品の企画や、新市場開拓を担う。
同グループの役割は、PCと携帯電話の融合領域における新たな事業の立ち上げ、スマートフォン領域における新商品の開発、ソリューション部隊との連携による業種対応端末の商品企画を通じた、新世代端末とサービスを組み合わせた新たなビジネスモデルの創出となっているが、実際には、それだけに留まらず、既存のPC製品群に対して、携帯電話事業で培った技術やノウハウの応用、無線技術をいかに応用するかといったことも可能になる。つまり、この点でも、NECのPC事業は、国内にフォーカスした施策を展開できることになる。
PC-9801 |
もともとNECは、PC-9800シリーズという日本固有のPCアーテキクチャーによって、市場で圧倒的な強みを発揮してきた経緯がある。その歴史を振り返っても、NECがPC事業で強みを発揮できるのは、グローバルでのPCづくりではなく、日本の市場に根ざしたPC事業であるといえる。PC-9800シリーズから、DOS/Vアーテキチャーへと主力機種を転換して10年が経過した。その10年間の試行錯誤の末、NECのPC事業は、国内特化という原点に改めて戻ったとはいえはしまいか。
もちろん、当時は国内独自仕様であり、現在の国際標準仕様の環境とは大きく異なる。さらに、利益率も大きく異なる。だが、10年をかけた体質転換によって、国際標準仕様の薄利の環境でも、NECは黒字化を維持できる体質へと転換させてきた。とはいえ、国内に事業を集中させたという点では、均衡縮小という側面は避けられないだろう。
2009年度のPC事業計画は、出荷台数は前年並みの250万台。さらに、減収を見込みながらも、ローコストオペレーションによって黒字化を目指す。その一方で、国内トップシェアメーカーとしての立場から、フルラインナップの品揃えは、常に求められることになるだろう。国内特化戦略は、多品種少量型のビジネスを余儀なくされる。
NECが、PC事業を拡大させるためには、次の一手が必要となるのは明らかだ。国内市場でいかに出荷台数、販売金額を増やすか、そして、利益率を高めることができるか、新たな知恵の絞りどころではある。そして、国内市場に特化したからこそ投入できる、挑戦的な新製品の登場にも期待したい。
(2009年 5月 18日)