山田祥平のRe:config.sys

あれから13年の冴子先生




 Office 2010の一般向け発売が始まった。各社のプリインストール機も順次出荷が開始される。日本における一般ユーザーのOfficeは、その多くがプリインストールによるものだ。発表会には各社の幹部が集まり、一致団結して、今後の普及を祈念した。10社の代表が参列したが全員が自社製のノートPCを抱えていたのは印象的な演出だった。

●プリインストールだからこそのバージョンアップ

 今のところ、Office 2010をプリインストールしたPCは、19社から424機種が発売される予定になっている。プリインストールというと、これまでは、Word、Excel、OutlookのセットであるOffice Personalが一般的なものだったが、ここ数年は +PowerPointというプリインストールセットをよく見かけるようになった。PowerPointはビジネスプレゼンテーションのみならず、家庭においても便利なソフトなので、その要求が強かったのだろう。PCを購入したらWordやExcelはついてきたが、会社で使っているPowerPointがなく、市販のパッケージを買おうとしたら、かなりの高価格にあきらめるというパターンは少なくなかったに違いない。

 Office 2010では、今まではなかったOffice Home and Business 2010というセットが用意される。これは、Word、Excel、Outlookで構成されるOffice Personalの内容に、PowerPointとOneNoteが加わった構成だ。

 興味深いのはプリインストール機19社424機種のうち、315機種、すなわち約75%もの機種がOffice Home and Business 2010となっている点だ。マイクロソフトの営業努力が実ったからか、逆に、各PCベンダーの要求にしたがってできたパッケージなのか、いずれにしても、PowerPointが身近な存在になるのはいいことだし、OneNoteというきわめて優れたソフトが手に入るというのもうれしい。いくらよいという話を伝えて聞いていても、なかなか単体パッケージを量販店で購入するというまでには、踏み切れないものだからだ。PCの使い道を拡げるという点で、この2つのアプリケーション、特にOneNoteは大きく貢献するだろう。

 別の言い方をすれば、今の日本のコンシューマは、PCをソフトウェア込みのものとしてとらえるようになってしまった。まるで辞書を満載した電子辞書のようだ。そこが、iPhoneやiPadと大きく異なる点だ。iPhoneやiPodは、音楽やアプリというソフトウェアをどんどん追加し、自分仕様に育てていくという、かつて、PCで当たり前だったモデルをリスタートさせた。でも、肝心のPCは、買ったらそのままライフスタイルを終えるまで使い続けるというモデルになってしまった。いわゆるアプリケーション満載・幕の内状態のPCが当たり前の日本では特にそうだ。アップルがiLifeのようなアプリスイートをMacにつけるようになったのに似ているが、その先のどこかでボタンの掛け違いが起こってしまっている。

 欧米に比べて日本のソフトウェアパッケージはとても高価だった。20年くらい前に、Windows 3.0を使っていた頃は、海外性の最新Windows用アプリを使うのがおもしろくて仕方がなく、米国のPC雑誌の広告を見てはFAXで注文して入手していたものだ。それでも、日本で類似のソフトを購入するより安上がりだった。20ドル、30ドル出せば、かなりおもしろいソフトが手に入ったのだ。そもそも類似のソフトさえ日本で見つけるのは難しかった。だから夢中でソフトの英語レビューを読み、注文するソフトを物色していた。

 そのくらいソフトが安かった米国でも、今や、量販店のソフトウェア売り場は閑散としている。もう、ソフトはパッケージの時代ではないということなのだろう。Vistaが7になっても、Officeが2007から2010になっても、手元の環境を積極的にバージョンアップしようと思うユーザーは多くない。次の買い換えのときに、気がついたら新しいOSやOfficeが入っていたという感覚だ。だからこそ、プリインストールはマイクロソフトにとって、とても重要なビジネスだ。そこに気を抜けるはずもない。

●安心して使える完成度の高さ

 Office 2010は、2009年7月に公開されたテクニカルプレビューを経て、11月のPDCでベータ版が完成したことがアナウンスされたのを機に、手元の環境で評価を始めた。そして2010年2月のRC、そして4月にRTMだ。

 驚くのは、ベータ版を使い始めてからRC、RTMとバイナリを更新しても、その使い勝手はほとんど変わらず、それどころかベータの段階から困ったことが一度もなかった点だ。正確にいえば、Accessの帳票の印刷時に、白紙が最後に排出される不具合があったが、それはRTMでも起こる現象で、理由は今もわからない。

 こうした不具合を、その程度のこととするか、深刻な不具合と見るかは難しいところだが、完成度の高いベータ版から、気がつかないような部分の不具合検証を重ねてのRCと、きわめて慎重にプロダクト管理を進めるマイクロソフトには、ちょっとした凄みを感じる。ややもすれば、Office 2010は、2007のサービスパック3だと揶揄されることもあるOffice 2010だが、Windows 7がそうだったように、大きな変化をユーザーに許容させることが難しいフェイズに入っているのだろう。Office 2007では排除されていたファイルメニューが2010で復活したことが、それを象徴している。

 職業柄、かなり多くのソフトウェアに接するチャンスがあるのだが、けっこうな頻度で、とても人間が考えたとは思えない使い勝手のものに遭遇する。あるいは、れっきとした製品版なのに、3秒で不具合を発見してしまうといったこともある。そうしたソフトウェアに比べれば、リボンのGUIはそれなりに考えられている。いや、妥協の産物ともいえるかもしれない。

 Office 2010は、2007で導入されたリボンのGUIを、頑なに守り、それを今後の標準に誘導しようとしている。そして、そのこだわりは、Windows用のソフトウェアでは、できる限り、リボンのGUIを使ってほしいという願いでもある。

 Windows 7に含まれるペイントなどがリボンのGUIを採用したのと同様に、その他のソフトウェアでもサードベンダーが積極的に使って欲しいと思っているにちがいない。

 たぶん、マイクロソフトは、いつまでもマウスがポインティングデバイスの王道として使われ続けるとは思っていないのだろう。その先にあるのがタッチのGUIかどうかはともかく、我々が慣れ親しんできたメニューやツールバーとボタンのGUIに、多少のてこ入れを、今、しておかなければ、将来、操作方法が多様化したり、コペルニクス的展開があったときに、クラシカルなGUIが足かせになって自滅しかねない。Office 2007でお披露目、企業ユーザーがそっぽを向き、2010で本気を見せると、彼らがようやく重い腰を上げる。絶妙なタイミングだ。

 よくも悪くもOffice 2010は、クラウドとうまく連携しながら永く永く使われる記念碑的な製品となるだろう。その先にあるのは、もう、単機能アプリケーションを集めたスイートではないように思う。