山田祥平のRe:config.sys

Google Reader停止で知る読む側の論理、読まれる側の論理

 Googleから、2005年からサービスを提供してきたGoogle Readerを7月1日で終了する旨のアナウンスがあった。気になるサイトを登録しておき、更新概要を知ってサイトを訪問するスタイルは、ブックマークを片っ端から開いていくブラウズのスタイルに大きな変革を与えたが、それももう終わりだ。これからぼくらはどうすればいいのだろうか。

Google Reader代替としてのFeedlyをチェック

 Google Readerは、RSSリーダーのカテゴリに属するアプリケーションだ。RSSは、RDF Site Summaryの頭文字で、Webサイトの概要を構造化したメタデータの仕様だ。それを購読することで、本来はそれぞれまったく異なるサイト構成を、統一された見かけで一覧できる。もちろん何を送るか、どの程度を送るかは、RSSを作る側に委ねられるので、RSSリーダーを使ったところで、すべてのサイトが美しく正規化されるわけではない。中にはPRや広告情報もいっしょに格納されている場合も散見され、コンテンツとはいったい何なのかと考えさせられることもある。

 それでも便利なことには間違いなく、個人的にもずいぶん依存してきた。そして、Google Readerは、常用している全プラットフォームで欠かすことのできない存在でもあった。

 そのGoogle Readerがサービスを終了するというので、とりあえずは、代替手段を探す必要がある。調べてみると、Feedlyというサービスの評判がよさそうだ。残念ながら常用ブラウザのInternet Explorerではサポートされていないのだが、Chrome拡張として提供され、AndroidやiOS用にもアプリが提供されている。

 Google Readerへの登録済みサイトと同期し、同じようにサイトの更新情報に基づき、新しい情報をザッピングしていける。シンプルだったGoogle Readerよりも、GUIがリッチで、操作性も悪くない。Windows 8のタッチ操作との親和性も高い。ルック&フィールに関しては好みに依存するだろうけれど、とりあえずは満足して使っている。ただ、レンダリング処理が多少重いようで、非力なクライアントでは反応が鈍くイラッとさせられることもある。

つぶやきをRSSのように使うサイトアカウント

 RSSを使うようになる前は、ちょっと時間に余裕ができるたびに、ブックマークに登録しておいた頻繁に更新されるサイトを巡回し、新しいコンテンツが公開されていないかどうかを自分の目でチェックしていた。当然、情報の入手先に偏りも出てくる。

 今なお、ブラウザのブックマークには大量のサイトが登録されているのだが、RSSリーダーを使うようになってからは、あまりブックマークを使うことはなくなってしまった。継続的に読みたいというサイトの多くはRSSをサポートしているので、ほとんどの場合、Google Readerに登録して、それに目を通していれば、それですむようになったからだ。

 今では、ブックマークバーに「超お気に入り」としてのいくつかのサイトを登録し、そこをクリックする程度で、Google Readerは、その「超お気に入り」の1つとなってしまっている。ある程度フォルダ分類された大量のお気に入りには、あまりアクセスすることがなくなってしまったのだ。せっかくWindows 8になって、複数PCのお気に入りが同期するようになったのに、時すでに遅しだ。

 過去に読んだ何らかの情報にたどりつきたいときも、どこかで見たはずと、Googleで検索すればたいていヒットする。そういう意味では、特定の情報がどこにあったかということは重要な問題ではなくなりつつあるわけだ。

 それに、Google Readerに登録しているサイトは、Twitterで知ったものも少なくない。それによって偶然知ることになるサイトも増えた。そんなサイトはかつてはお気に入りに登録していたものだが、その登録先が変わっただけだ。

 TwitterやFacebookなどのSNSが浸透するにつれて、個人的なRSS依存の状況も少し変わってきた。自分が登録しておいたサイトからの配信情報ではなく、誰かほかの人が見つけたコンテンツに誘導されるパターンが多くなってきた。偶然性はさらに高まる。そして、そこには、キュレーションと呼ばれる概念が介在する。送り手が生成したコンテンツ情報を片っ端から一覧するのと異なり、種々雑多な情報の中から、誰かが何らかの基準で選んだものだけがリストアップされる。

 そして、各サイトは、RSSを配信すると同時に、TwitterやFacebookでも自サイトの更新情報を配信するようになった。これらのアカウントをフォローするなり、リストに登録しておけば、あたかもRSSのように使うことができる。むしろ、140字の制限があるTwitterは、RSSよりもさらに正規化された情報として、自由度の高いRSSよりも一覧性が高いかもしれない。

 HTMLのテーブルを段組用途に使ったり、見出しレベルを文字装飾のために使うなど、構造化言語としてのHTMLが破綻してしまったように、RSSもまた、さまざまな観点から破綻しつつあるといってもいい。Googleがサービス終了に至った経緯は知るよしもないが、今が潮時と考えたのかもしれない。ニュース同様、Google管理下でジェネレートされたコンテンツにPRやADが混ざり込むことをよしとしなかったのかもしれない。

見つけてもらうための工夫

 1981年にマガジンハウスから創刊され2007年に休刊した「ダカーポ」という情報誌があった。あまたの雑誌、新聞などの記事から注目すべきセンテンスを切り出し、号全体にザッと目を通せば、いわゆるマスコミで直近に話題になっていることを、だいたい把握したつもりになることができた。もっと知りたければ、そのソースにあたればいい。これは、今でいうところの「シェア」や「キュレーション」とも似ている。

 故・大宅壮一氏は「本は読むものではなく、引くものだよ」と言って、東京・世田谷区八幡山にある今の大宅文庫を遺した。種々雑多な雑誌を分け隔て無く整理保存、膨大な索引を作っている雑誌の図書館だ。「おんな」なんて索引項目から雑誌記事を検索できるのは、この図書館だけだった。

 大宅壮一氏は「口コミ」という造語の生みの親でもあるそうだが、ぼくがかつて情報誌のライターをしていた当時は、足繁く通ったものだ。たとえば首都圏の餃子専門店をピックアップしようなんて企画が持ち上がったときの下調べは、大宅文庫に行って過去に掲載された餃子に関する雑誌記事を片っ端から見ていくのが常套手段だったのだ。今ならGoogleで検索すればいいが、当時は、大宅文庫に行くのが手っ取り早かった。

 もちろん、検索結果には過去に自分が書いた記事もたくさんあった。こうして情報はシェアされ、形を変えて世の中に再、再々デビューした。TVのグルメ番組などのデータマン、クイズ番組、ニュースバラエティ番組の構成作家も、最初はここからスタートというパターンが多かったはずだ。

 今のインターネットで行なわれていることも、これと基本的には同じだ。いずれにしても、こうした状況変化によって、コンテンツの配信元は、見つけてもらうための、よりいっそうの工夫が必要になる。コンテンツがTwitterでシェアされたり、キュレーターアカウントが紹介するにも、オリジナルのコンテンツは誰かが発見しなければならない。おそらくは、シェアに熱心なアカウントも、これまでは、RSSリーダーに頼ってきたケースは多いのではないだろうか。

 個人的には、保険として、Google Readerの登録サイトのうち、Twitterアカウントを使って新規コンテンツ公開を告知しているものについては、Twitterのリストに登録する作業を始めている。その中でも特に興味深いサイトは、フォローして昇格させ、日常のタイムラインに混ぜるつもりだ。不便があるとしたら、今のところ、Twitterのタイムラインの未読既読が、複数の異なるプラットフォームで美しく同期できないところだろうか。この点についてはRSSリーダーが勝っている。

 そもそも、Twitterは、情報収集のためのツールなのか、コミュニケーションのためのツールなのかという議論もある。それを決めるのは使い手次第ではあるのだが、ぼく自身は、つぶやきには人格があると思っている。そこに生まれる違和感を、自分自身の中で、どう割り切るか。Google Readerサービス終了まで、あと3カ月。それまでには結論を出さなければなるまい。

(山田 祥平)