第23回 : ノートPCを企画する2つのパターン |
ところが今年はどうもパッとしない……ような予感がする。いや、それぞれに工夫を凝らした新製品は登場するとは思うし、ここに書けないレベルでの話であれば、様々な新製品が登場してくる見込みなのだが、アッと驚く製品というよりは、工夫に納得する渋めの製品が多いように思うのだ。
■ ノートPCを企画する2つのパターン
多少乱暴に分類すれば、ノートPCの製品を企画する際、ベンダーは大きく2つの選択肢の中から選んで仕様を決めている。
ひとつは多機能なベースとなるコンポーネントを設計しておき、新CPUが登場するごとに最新CPUへと載せ換え、メモリやハードディスク、場合によっては液晶パネルのサイズや解像度などにアレンジを加えて製品化する手法。
特にフルサイズのノートPCは、各部のモジュール化が進められ、それぞれのアセンブルモジュールは独立性が高い。またCPUベンダーのIntelも、自主的に消費電力などのスペックにガイドラインを定めて設計しているため、ベンダーは大きな変更を加えることなくCPUを交換することができるわけだ。このタイプのノートPCは、モバイルモジュールと呼ばれるCPUとチップセットの一部を搭載したモジュールをベースに設計されている場合もあり、その場合はモバイルモジュールを置き換えるだけでいい。
もう1つはノートPCを構成するコンポーネントが、今後どのように進化するのかをコンポーネントを提供するベンダーと細かく話し合い、そのスケジュールとスペックに合わせて製品そのものの企画を練る場合。コンパクトさを求められるサブノートPCに多い。
たとえば薄型ハードディスクの計画があったからこそVAIOノート505は企画されたはずだし、将来にわたって消費電力が低く抑えられることがわかっていたから各社はMMX Pentium採用機で薄型化、小型化を進めることができた。
価格の低さや最新スペックを求めるならば、前者の手法で作られた製品が優れる場合が多い。各種コンポーネントに使われるパーツは汎用品が多く、最新のパーツが出ればそれをいち早く採用できる上、設計や製造ラインの変更などをやり直す必要がないからだ。
以前は最新スペックを搭載するモデルには、かなり高いプレミアムが載せられていたが、現在はそんなことをしていると他社に足元をすくわれてしまう。直販系ベンダーはすでにかなり安くなってきているし、今後はあらゆる機種が一層低価格化されるだろう。一流メーカーの製品でも、台湾など生産コストが安い地域からOEMしていることが多い。すでにフルサイズノートは日本の製造メーカーの聖域ではなく、機能と素早い仕様変更、そして安さが求められる時代だ。
一方、技術面に興味を持つ読者は、後者のタイプを好むことだろう。より薄く、より軽くを求めるならば自然と専用設計になる。しかし、専用で設計するからには、何らかのきっかけが必要だ。様々な事情、制限をかいくぐって魅力的な製品開発を行なうためには、それなりに高いスキルとノウハウを持った技術者が設計に携わる必要がある。ところが、そうした技術者を用いて製品を作り上げるためには、当然ながらそれなりのコストがかかってしまう。
従って、年末商戦などの商戦期に一定以上の売り上げを見込めるか、もしくは何らかのブレークスルーがあることにより、ある程度長い期間にわたって設計の基本部分を共有化できる見込みがなければ、なかなか新しい設計の製品へと挑戦するのは難しい。
■ 様々な予定変更が設計者を悩ませた今年の夏
本来、今年の年末はノートPCの設計者たちが腕を振るう絶好の機会だった。CPUの製造プロセスが0.18ミクロンへと移行すること、その技術を用いてモバイルPentium IIIが製造されること、そしてモバイルPentium IIIが年末商戦で目玉になりうること、そしてPC業界全体におけるノートPCの販売比率が上向き続けていることなどが理由として挙げられる。
しかし残念なことに、ノートPCの成長は続いているものの、様々なCPUの仕様変更により、期待は裏切られることになる。以前にもお伝えしたように、モバイルPentium IIIの動作電圧が予定よりも高くなり、結果として当初予定していた消費電力よりも大きくなることが判明したからだ。
筆者の知る限り、低消費電力版のモバイルPentium IIIは1.1Vで400MHzの動作周波数を実現するはずだった。ところが低消費電力版は存在するものの、そのモバイルPentium IIIは1.35V動作になるという。よく知られているように、動作電圧の二乗が消費電力に比例するため、この0.25Vの差が動作時の発生熱量に大きな影響を与える。以前の計画では、通常版のモバイルPentium IIIが1.35Vで動作する予定だった(現在、通常版のモバイルPentium IIIは1.6V動作になると言われている)。
モバイルPentium IIIの発表直後であれば、なんとか小型・薄型のノートPCを設計することはできるだろうが、その後にクロックアップが行なわれ、そのたびに消費電力が拡大すると予想されるため、設計上の消費電力上限をいくつに設定すればいいのか。IntelはノートPCのタイプごとに、新しいガイドラインを配布しているが、モバイルPentium IIIの急なスペック変更の直後だけにメーカーはある程度マージンを大きく取って設計せざるを得ない。
実際、ノートPCの設計者に話を聞くと、消費電力が当初よりも大きくなったことが、開発を担当する者として一番ショックなことだったという。特にB5サブノートPCを設計するある開発者は「モバイルPentium IIIの変更さえ無ければ、驚くような製品を設計してみせた」と唇を噛む。
もちろん、Intelもそのままの位置に立ちすくむことはしないだろう。製造プロセスの改良により、より低い電圧でも動作するようにはなっていくはずだ。しかし、モバイルPentium IIIも同じ場所にとどまっているわけにはいかない。
IntelはかつてGeyservilleと呼んでいた省電力技術のSpeed Stepに対応するモバイルPentium IIIを、来年の第1四半期に投入する。実はSpeed Stepそのものも、本来は10月にモバイルPentium IIIとともに発表される予定だったのが来年にずれ込んだのだが、それはさておきSpeed Stepによって、モバイルPentium IIIの速度は600MHzに到達する。そしてその後は650MHz、700MHz、750MHzとクロック周波数を上げていく計画だ。
そうした周波数で動作するCPUは、いくらSpeed Stepと組み合わせるとはいえ、小型・薄型のノートPCにフィットするものになるとは想像しにくい。またSpeed Stepを利用する場合、AC駆動時の冷却手段を確保しなければならない。本体内に大型の冷却システムを内蔵させないためには、ドッキングステーションと組み合わせることを前提としなければならないだろう。
一縷の望みがあるとすれば、より低クロックなモバイルPentium IIIにSpeed Stepが採用されること、もしくは製造プロセスの進化をクロック周波数の向上ではなく動作電圧の低減へと利用してくれることだが、PCの価値がクロック周波数で決まってしまう現状では、ビジネスとしてそうした選択は行ないにくい。
すべてをIntelの責任にはできないが、Intel自身の大きな誤算がノートPCの進化そのものに影響を与えている点は否めない。こういう時は、先鋭的な設計よりも、ちょっとした機能の工夫や運用性の向上など、アイディアあふれる製品に期待したい時期である。年末の製品ではすぐに方針転換を行なうことはできないかも知れないが、来年の第1四半期ぐらいには、アイディアを詰め込んだ製品が登場し始めるだろう。
[Text by 本田雅一]