元麻布春男の週刊PCホットライン

DIVXの終焉



■ 返却不要なレンタルDVD!?

 6月16日、DIVXの運営会社であるDigital Video Express LPがひっそりと活動を停止した。DIVXって何? と思う読者がいても無理はない。日本はおろかカナダですら利用できない、米国以外では全く利用できないものだったからだ。簡単に説明するとDIVXというのは、DVD-Videoの一種の派生型。コンセプトは返却不要なレンタルビデオのようなものである。

 安価(4.5ドル程度)で販売されるタイトルには、通常のDVD(DIVXと区別するためOpen DVDとも呼ばれる)にはない暗号化が施されており、専用のプレーヤー(DIVXプレーヤー)でしか再生できない。しかもタイトルは、最初に再生した時から48時間は自由に再生できるものの、それを越えると再生不可能になる。再生期間が終わった時点でタイトルを不燃ゴミとして捨てても良いし、一般のDVDと同じように自由に再生できる権利を購入してもよい(権利を購入し、永久に見ることが可能になったものをDIVX Silverと呼ぶが、DIVX SilverであってもOpen DVDプレーヤーでは再生できない)。

 DIVXプレーヤーには、このためのモデム機能を内蔵しており、電話回線経由で支払い情報と暗号鍵を交換する仕組みになっている。早い話、4.5ドルで2日間見ることが可能で、返却しなくて良いレンタルDVDといった感じのものだった(ちなみに、PCベースでDIVXを見る方法は、筆者の知る限りない)。

■ Open DVDユーザーが猛反発

 ところがこのDIVX、最初から好調な滑り出しをしたわけではない。Open DVDから1年近くリリースが遅れたこともあり、その間にOpen DVDを購入したユーザーから猛反発を受けたのである。もしDIVXが成功して、流通するDVDタイトルがDIVXばかりになってしまったら、すでに購入したDVDプレーヤーは、何の役にも立たなくなってしまう。実際、DIVXが登場した直後は、FOXなど一部の映画会社がDIVXでしかタイトルを出さない方針だったことも(その後FOXは両方のフォーマットでタイトルをリリースすることとなったが、DIVX優先の感は否めなかった)、消費者の危機感を強めたように思う。

 また、DIVXの推進母体である運営会社のDigital Video Express LPが、大手家電チェーン店であるCircuit Cityとロサンジェルスの法律事務所共同出資である点で、他の流通業者の反発を買った。DIVXタイトルは、Circuit Cityでは購入できるものの、The Best Buyなど他の家電チェーン、あるいはVirginやHMVといったタイトル販売店(レコード店チェーン)では買えなかったのである。

 結局、特定の販売店が推す独自の規格であることに端を発して、インターネットを主とした草の根の強い反発、他の販売店チェーンの冷淡な態度がDIVXの足元をすくった最大の原因だろう。DIVXプレーヤーが通常のDVDプレーヤーより高かったことも失敗の原因と言われるが、店頭での価格差は20~30ドル程度に過ぎず(もちろんCircuit Cityの場合)、それほど大きな差だったとは思えない(むしろ映画を収めた大半のOpen DVDが20ドル前後で販売されていることを考えると、DIVXの4.5ドルが高かったのかもしれない)。Open DVDとDIVXが、かつてのVHS対ベータマックスの戦いになぞらえられ、マイノリティ(DIVX)につくと最後に損をするのは消費者だ、みたいなキャンペーンになってしまったことが、死命を決したのではないだろうか。

 だが筆者は、DIVXのアイデア自体は、それほど悪くなかったのではないかと思っている。手元にあるDVDタイトルなど、まだ100枚程度に過ぎないが、すでに置き場所に困り始めている。それに何より、1回しか見ないタイトルも結構多いのである。1回見るだけの権利を買うDIVXなら、見終わったら惜しげも無く捨てられるのに、と思うことは少なくない。もしDIVXが、通常のDVDプレーヤーに安価なモジュールを後付けする形で実現できていたら、少なくとも消費者の反発は買わなかったのではないだろうか。そして、違った運命を歩んだのではないかと思えてならない。

 良くわからないのは、DIVXが特定企業による独自の技術であることが及ぼした影響だ。もちろん、他の家電チェーンにとって、ライバルが後ろ盾になっている技術を担ぎたくないことは良くわかる。だが、一般の消費者にとって、そのことのデメリットがどれほどのことか、というと疑問なのである。今回のように、独自技術を担いでいた会社が運営を停止すると、たちまち困る、というのはデメリットとしてわかりやすい。が、世の中には1社のみの独自技術で普及しているものなどいくらでもある。たとえばゲーム専用機はみなそうだし、PC関連分野でもZipがそうだ。これらが、特定企業の独占であるという理由で、米国で売れない、という話など聞いたことがない。これもダイエットコーラを飲みつつ、平気で大量のアイスクリームを食べる矛盾した米国を物語る逸話なのだろうか。

■ きれいな退場

 それはともかくDigital Video Express LPの活動停止で感心したのは、既存の顧客に対する誠実さだ。既存の顧客には、すべて一律に100ドルを払い戻す上、DIVX Silverに関しては、追加で支払った権利料はすべて払い戻しに応じるのである。DIVXプレーヤーが機能的にはOpen DVDプレーヤーの完全なスーパーセット(DIVXプレーヤーはOpen DVDプレーヤーとして完全に機能する)であることを考えると、100ドルの払い戻しがあれば、おそらく同じクラスのOpen DVDプレーヤーを購入するより割安になるハズだ。Circuit Cityという、直接消費者に接する企業が関与していたせいかもしれないが、なかなかの太っ腹である。AV業界には過去にも消えていったフォーマットは、Lカセット、VHDなどの例を出すまでもなく、山ほどある。が、これだけ優雅な最後を迎えたものは、かつてなかったハズだ。他のメーカーにも見習って欲しいものである。

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[Text by 元麻布春男]


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