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ソニーとMicrosoftがデジタル音楽配信へ名乗り



●音楽配信をビジネスとして確立する

 デジタル音楽配信が、次の戦場になろうとしている。ソニーとMicrosoft--家電 とコンピュータ業界の両雄がこの市場に名乗りを上げる一方で、草の根のMP3ワール ドはますます盛り上がっている。RealNetworksはMP3陣営に参加、AT&Tもこの世界に 足場を築こうとしている。また、巨人IBMはソニー、そしてRealNetworksと手を組ん だ。はたしてこの混沌の果ての勝者はだれになるのか? 各社が目指しているのは何 か? そもそも、この市場はそれだけ大きくなるのだろうか?

 あと数年したら、音楽はレコード会社からネットを通じて買うのが当たり前になり、 CDショップはいらなくなる。これが、デジタル音楽配信のビジョンだ。デジタル音楽 配信というアイデア自体は、別に目新しいものではなく、以前から唱えられていた。 それに火がついたのは、言うまでもなくMP3の“予期せぬ”勃興だ。今や、MP3はイン ターネット上でSEXに次いでポピュラーなキーワードになったと言われるくらいだ。

 個人的にはMP3のこの混沌とした状況は非常に気に入っているし、楽しんでもいる。 しかし、この状況はそれほど長くは続かないだろう。それは、冒頭で触れたように、 デジタル音楽配信でのビジネスモデルを確立しようと、多くの大企業が進出してきた からだ。

 彼らに共通しているのは、デジタル音楽配信をビジネスとして確立することだ。レ コード会社がCDショップでCDを売るように、ネットを通じて音楽を売ることができる ようにする。つまり、音楽流通を根底から変えてしまうことを最終的には目論でいる。 今のMP3のようなゲリラ的な展開ではなく、お金になる音楽配信を考えているわけだ。

 デジタル音楽配信を視野に入れていた企業にとって、MP3の興隆はありがたくもあ り迷惑でもある。MP3でデジタル音楽配信に火がついたのはいいが、それが著作権問 題の泥沼に沈み、コンテンツを握るミュージックインダストリの反発を強める結果に なってしまっては困るというわけだ。だから、海賊配信の無法状態がこれ以上広がら ないうちになんとかコントロールしたいというのが、ここでビジネスをしたい企業の 共通した目的になっているようだ。

 ここでカギとなるのは著作権保護のシステムだ。暗号化と認証で、コンテンツを1 回だけコピーできるとか、ぜんぜんコピーできないとか、1週間だけ視聴できるとか、 柔軟に設定できるようにする。それにより、違法コピーを防いで音楽配信ができるよ うにするというわけだ。では、産まれたばかりのデジタル音楽配信市場を巡って各 社、とくにMicrosoftとソニーは何を考えているのだろう。


●Microsoftの戦略はやはりWindows

 “デジタル音楽配信の受け皿も、Windowsベースで”。

 この市場に向けたMicrosoftの戦略は、要約するとこうなる。Microsoftは、その第 1歩としてWindows Media Technologies 4.0のベータ版を4月13日に発表した。その要 (かなめ)は、コードネーム「MSAudio」と呼ばれる新しい圧縮技術だ。Microsoftの 発表によると、MSAudioはMP3の半分のデータ量で同レベルの音質を実現するという。 もっと詳しく言うと、MSAudioの64kbpsで、MP3の128kbpsと同等かそれ以上だと主張 している。圧縮率では、20対1(MP3は10対1)だそうだ。その通りなら、ポータブル プレーヤーを作った場合同じフラッシュメモリの量で2倍の曲を入れられることにな る。

 また、MicrosoftはWMT 4.0発表の前の週に開かれた開発者向けカンファレンス 「WinHEC 99」でも、「Microsoft And Digital Music」と題して、デジタル音楽配信 への取り組みについて、いくつか明らかにしている。まず、RIOのようなポータブル デジタルミュージックプレーヤーにも、Windows CEをプロモートしてゆくという。そ のために、Portable Player APIやコンテンツプロテクションシステム、セキュリ ティ、フォーマットコンバージョンのフィルタも用意するという。64MB程度のメモリ を搭載したプレーヤーが199ドル程度になると見る。

 Microsoftは、PCをそうしたダウンローダブルなデジタル音楽のプレーヤーや、プ レーヤーのホストにするためのソフト環境を用意すると述べた。具体的には、デジタ ルコンテンツを統合的に管理する「DCM(Digital Content Management)」という ツールをOSで用意して、画像や音楽をトータルに管理できるようにする。音楽ファイ ルのデータベースを、どのアプリケーションからも利用できるようになるという。こ のDCMは、2000年に登場するWindows 98ベースの次期コンシューマ向けOS「Consumer Windows in 2000」に入る予定だ。

 さらに、Microsoftは、Windowsベースでバーチャルジュークボックスを作るという 構想も明らかにした。これは、ハードディスクに500~2,000時間分の音楽を蓄積し、 インターネットやホームネットワークへのコネクションを持つデジタルAV機器だ。OS は、WindowsかWindows CEを使うが、PCを意識させない機器になるという。また、こ れはMicrosoftのホームネットワーク構想「Universal Plug and Play(UPnP)」の接 続機能も持ち、音楽データを他の機器からも利用できるようにするそうだ。


●ソニーはメモリースティックで

 ソニーは、この世界で最強のプレーヤーだ。それは、家電と音楽コンテンツの両方 を握っているからだ。同社は、今年に入ってから徐々に音楽配信の戦略を明らかにし 始めた。同社のデジタル音楽配信戦略の要(かなめ)となるのは、『メモリース ティック』だ。そう、あのムラサキ色のソニー独自の小型ICメモリー。ソニーは、あ れに著作権保護をしたデジタル音楽コンテンツをダウンロードするという戦略を取る。 つまり、メモリースティックウォークマンが登場するわけだ。

 PC Watchでも報じているが、同社は今年2月に、メモリースティックに最適なオーディオ圧縮技術として「ATRAC3」を開発することを発表した。ソニーの発表によると、64MB(年内登場予定)のメモリースティックに1時間以上(長時間モードなら2時間)記録できるという。また、ソニーは音楽コンテンツの著作権を保護する技術として「MagicGate」を開発することを発表。これは、コンテンツを暗号化し、MagicGateに対応した機器以外で再生できないようにする仕組みだ。また、MagicGate対応のコンテンツをPCで管理する技術「OpenMG」も用意するという。ソニーはさらに今月、米IBM社と提携、デジタル音楽の著作権保護管理技術で協力すると発表した。

 ソニーは技術面で準備を進めるだけでなく、会社の機構そのものもデジタル音楽配信を睨んで再編してしまった。同社が3月に発表した企業改革では、ソニー・ミュージックエンタテインメントをソニー本体の100%子会社に吸収したが、これはコンテンツをグループ内で活用できるようにするためだ。どうやら、ソニーが音楽配信に向けて大きく舵を切ったことだけは確かなようだ。


●ソニーとMicrosoftが組まなかった

 さて、ここで注目すべきなのはソニーとMicrosoftが“組まなかった”ことだ。ソ ニーとMicrosoftは、昨年、デジタルTVという家電とコンピュータの融合を象徴する 分野で提携を発表した。この提携にはデジタル音楽配信が含まれていたわけではない が、両社がそのまま仲良く提携を発展させていれば、この分野での提携だってありえ たはずだ。しかし、現状では両社は異なる規格を掲げて対峙した(ように見える)状 態だ。デジタルTV分野にしても、あれから成果は聞こえてこない状況で、両社の仲は かなり疑わしい。デジタル音楽配信での構図は、両社の冷え切った仲を象徴するよう に見える。もっとも、Microsoftも今回の発表は、交渉のカードという可能性もあり、 まだわからない。

 ソニーとMicrosoftが自社フォーマットを発表する一方では、MP3陣営も著作権保護 の策定へと向かっている。MP3がこの勢いで広まるとなかなか無視できない。そのた め、まだこのフォーマット争いの結果がどうなるかは見当がつかない。いずれにせよ、 コンテンツを握るレコード会社の支持を得られなければ成り立たない。

 ポータブルプレーヤーの方はどうかというと、こちらはハードウェアロジックで MP3デコードをやっているわけではないので、実際にはDSPに食わせるファームなどを 入れ替えれば、デコードだけはできるようになるだろう。複数のフォーマットに対応 することも可能だ。著作権保護の仕組みへの対応や、場合によってはメモリース ティックのサポートなどが必要になるが、MP3と新フォーマットの両対応は技術的に は可能だろう。


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('99年4月23日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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