法林岳之のTelecom Watch
第2回:1997年3月編
「PHSデータ通信サービス開始前夜のあわただしさ」ほか


PHSデータ通信サービス開始前夜のあわただしさ

 3月の通信関連ニュースでは4月1日からデータ通信が始まることもあり、PHS関連のニュースが目についた。PHSというと、携帯電話に押され、どことなく「コギャルのおもちゃ」といった感が強かったが、データ通信サービスが始まることで、PHSを使うパソコンユーザーも一気に増えそうだ。現に、筆者の回りでもすでに携帯電話を持 っている人がデータ通信用としてPHSを購入する例が少なくない。かく言う筆者自身も編集担当のHさんも携帯電話を持ちながら、NTTパーソナルのPALDIO312Sを購入している。

 PHSの価格については、3月12日に一足早く『32kbpsデータ通信を実現する「PIAFS」対応PHS価格調査』というレポートで紹介しているが、NTTパーソナルでは、PIAFS対応端末が1万円、PCカードが1万円程度で落ち着いている。その後、Panasonic製やシャープ製の上位モデルなども登場し、サービス開始前に複数の端末を選ぶことができる環境を整えている。このあたりの充実ぶりはさすがと言えるだろう。

 一方、DDIポケット電話は昨年から14.4kbpsアナログモデムに着信できるメディア変換方式でサービスを実施していたが、4月からはISDN64kbps同期通信モードへのメディア変換およびPIAFSに対応したサービスを開始する。DDIポケット電話は、端末及びPCカードで、このアナログ14.4kbps、ISDN64kbps同期通信、PIAFSの3つの通信モードが利用できる新しい規格を“αDATA32”としている。

 αDATA32準拠の製品は、3月28日にようやく東芝から端末とPCカードの両方が発表されたものの、出荷は4月25日のため、4月1日のサービス拡大時点ではαDATA32のサービスをフルに使えないことになってしまった。αDATA32準拠の端末で、現在店頭に置いてあるのは三洋電機のPHS-P301のみ。ところが、これも別売の通信ユニットが出荷されていないため、αDATA32ならではの機能は、事実上利用できない。PCカードに至っては、東芝が発表した「IPC0004A」の出荷を待つしかないのだ。αDATAは幅広い環境で通信ができるというメリットがあるが、端末がなければどうしようもない。まさに『絵に描いた餅』の状態だ。4月以降のDDIポケット電話の頑張りに期待したい。

 さて、端末とPCカードが揃っても、接続先がなくては意味がない。特に、PIAFSの場合は接続先もPIAFSに対応しなければならないため、プロバイダやパソコン通信サービスの対応状況が気になるところだ。プロバイダについては、前述の3月12日のレポートでも触れているが、大手を中心に20社程度が対応を表明。4月1日の時点では10社程度がサービスを開始したようだ。3月31日にはNIFTY-Serveが全国11カ所にPIAFS対応アクセスポイントを設置することを発表し、4月1日にはアクセスポイントの電話番号も公開した。ただ、裏の事情を暴露してしまうと、プロバイダやパソコン通信サービスを提供する側もPIAFS対応のアクセスポイントを設置するのは容易ではない。ホスト側に使われる機材の価格が高いため、収益率が高くない中小のプロバイダはそう簡単に手を出せないのだ。投資に見合うだけのアクセスが見込めるかどうかをしっかりと見極めなければならない。今後のPIAFS対応端末の売れ行きも含め、各社の動向を注視しておきたい。

 また、3月27日にはセイコー電子工業が同社のISDNルータをPIAFS対応にする試用版ソフトを無償で配布し始めた。ISDNルータはSOHO(Small Office Home Office)市場などで注目を集めている製品だが、いち早くPIAFS対応にしたのはPIAFSがリモートアクセスに使われることを想定しているためのようだ。筆者自身もPIAFSによるリモートアクセスには注目しており、今後はISDNターミナルアダプタやISDNルータでPIAFSに対応する製品が増えることになると予測している。

【関連記事】
□32kbpsデータ通信を実現する「PIAFS」対応PHS価格調査
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970312/piafs.htm
□東芝、DDIの「αDATA32」対応のPHSとPCカードを発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970328/toshiba.htm,br> □ニフティ、4月1日からPIAFS対応のアクセスポイントを全国11箇所に設置
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970331/nifty.htm
□SII、SOHO向けルータ「NS-2480-20/21」用PIAFS対応試用版ソフトを無償配布
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970327/sii.htm


ISDN関連新製品は一段落か

 さて、引越シーズンも一段落したためか、ISDNターミナルアダプタはそれほど大きな動きがない。ただ、すでに発表済みで、3月に入ってから出荷された製品もある。たとえば、アレクソン(旧三双電機)のMP/128kbps対応ISDNターミナルアダプタ「ALEX-128/HG DSU」もそのひとつだ。3月26日のニュースで取り上げているが、3月に出荷されたのはDSU内蔵モデルで、DSUなしのモデルは4月に出荷される予定だ。アナログ回りの機能に定評があるアレクソンの最上位モデルだけにかなり期待が持てる製品で、実売価格も3万9800円と手頃。1台で何役も使いたいユーザーにはお勧めできる製品だ。

 また、3月5日には、NTTがISDN PCカードを窓口で販売することを発表した。V.110/38.4kbps非同期通信、非同期/同期PPP変換による64kbps同期通信モードに対応した製品で、価格は3万9800円となっている。他社も同様の価格を付けているが、NTT窓口ではほぼ標準小売価格通りの価格で購入しなければならないため、あまりメリットはない。もし、ISDN PCカードが購入したければ、NECやアイ・オー・データ機器、ビー・ユー・ジーなどが販売する製品を購入した方がお買得だろう。

【関連記事】
□アレクソン、MP対応したターミナルアダプタ、ALEX-128/HGシリーズを発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970326/alexon.htm
□NTT、ISDN PCカードを3月5日からNTT窓口で販売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970305/ntt.htm


56kbpsモデムの標準化は再び混沌とする?

 さて、3月のニュースの中で、最もインパクトが大きかったのは米Hayes Microcomputer Productsによる米Cardinal Technologiesの買収だ。Hayesと言えば、ATコマンドを開発したことでも知られる老舗メーカーで、国内では緑電子がMidori-Hayesブランドとして製品を販売している。数年前のChapter11騒ぎの影響でトップシェアは米U.S.Roboticsに譲ったものの、昨年もシェア世界2位を確保しており、徐々に業績は上向いていると聞く。一方、Cardinalは中堅クラスのメーカーだが、U.S.Roboticsなどとともにx2 Technologyを使った56kbpsモデムを開発している。また、昨年末には国産モデムメーカーの老舗でもあるオムロンと業務提携し、ISDNターミナルアダプタやモデムに使われるDSPを共同開発することを発表した。

 前回の通信関連ニュースでは、56kbpsモデムの規格は「米Rockwell Internationalや米Lucent Technologyが提唱する『K56flex』、U.S.RoboticsやCardinalが提唱する『x2』という2つに集約された」「標準化の業界団体"OPEN56K Forum"が設立され、U.S.Roboticsが米3COMに買収されたため、x2陣営は苦しい」ということをお伝えした。しかし、その後、PC本体メーカーのPackard Bell NECやGateway 2000などが相次いでx2のサポートを表明。そして、HayesのCardinal買収により、かなり状況が異なってきたのだ。

 HayesはすでにK56flex対応製品の出荷を決めているが、今回の買収により、子会社のPractical Peripheralブランドでx2対応製品を発売することを検討しているそうだ。また、同社は通信規格の標準化の場において、常に強い発言力を得ているため、同社の出方次第ではOPEN 56K Forumの審議の行方がどうなるかがまったく分からなくなってしまった。

 x2とK56flexという2つの規格の争いは、通信機器業界を中心に、非常に面白い勢力分布図を作ることになってしまった。というのは、両陣営に属する企業の名前を見るとよくわかる。まず、K56flex陣営にはモデムチップセットメーカーの上位2社であるRockwellとLucent、ルータの上位2社である米Ascend Communicationsと米CiscoSystemsが属している。これに対し、x2陣営はモデムメーカーの上位2社であるU.S.RoboticsとHayes、PC本体メーカー大手のDELLとPackard Bell NEC、Gateway2000の3社が属する。つまり、モデムチップメーカーとモデムメーカーの上位2社がそれぞれ別の規格を支持、ルータとPC本体の上位メーカーも別々の規格を支持することになったわけだ。

 さらに、3月にはU.S.Roboticsが従来製品からのアップグレードサービスを開始し、K56flex陣営もHayesやMotorolaが56kbpsモデムを出荷し始めたため、市場には2つの規格が混在することになってしまった。日本ではまだ正式に対応製品が出荷されていないため、影響はないが、U.S.Roboticsの日本法人、オムロンとCardinalの提携などの話を考え合わせれば、日本でも同様の争いが起きることになるかもしれない。時期は早ければ夏のボーナス商戦前だろうか。最後に笑うのはどのメーカーか。今後も継続して各社の動向をWatchしたい。

【関連記事】
□米Hayes社、x2技術の開発で知られる米Cardinal社を買収
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970317/hayes.htm

[Text by 法林岳之]


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