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Intelのノート向け233MHz MMX Pentium「Tillamook」

●Tillamookの概要を発表前に明らかに

 米Intel社は、Pentium時代まで製品の開発コードネームに、無味乾燥なアルファベットと数字の組み合わせを使っていた。今のMMXテクノロジPentiumプロセッサの開発コードが「P55C」だったのは有名な話だ。しかし、ソフトメーカーがChicago(Windows 95)とか、Memphisとかかっこいいコードネームをつけて期待をあおっている時代に、いかにもデバイス屋らしい地味なコードネームもあるまいと考えたのだろう。今年、以降に登場するMPUのほとんどには、"ちゃんとした"コードネームをつけた。

 Intelが選んだのは同社が本拠を置くアメリカ西海岸の地名。初代PentiumIIの「Klamath(クラマス、オレゴン州の川)」とか、次世代64ビットMPU「Merced(マーセド、カリフォルニア州の川)」は有名だが、今度は「Tillamook(ティラモック、オレゴン州北西部の保養地)」が登場した。

 Tillamookというのは、Intelがノートパソコン向けに投入する次世代MMX Pentiumのこと。この名前は昨年後半から何度かニュースサイトにも登場していたが、インテルは133MHz版MMX Pentiumの発表と同時に、ようやくその概要を明らかにした。それによると、Tillamookは98年後半に投入されるMPUで、200MHzと233MHzが登場する。位置づけとしては、1月に発表した150/166MHzのモービル用MMX Pentiumの上位となるが、大きく違う点がある。それはTillamookが0.25ミクロンルールの製造技術で製造されることだ。

 現在のMMX PentiumやPentiumIIプロセッサは0.35ミクロンで製造されている。Tillamookは、Intelでは初めての0.25ミクロン製品となる。CMOSの場合、製造プロセス技術を微細化するというのはいいことづくめだ。同じダイ(半導体本体)サイズの中に納められるトランジスタの数が増え、より高速駆動が可能になり、しかも動作電圧を下げることができる。これはTillamookにどういう利点をもたらすかというと、ノート向けMPUにとってもっとも重大な問題である発熱量と電力消費を少なくできることを意味する。

●Tillamookの消費電力は5ワット程度か?

 MPUの熱と消費電力を左右するのは、基本的には駆動電圧とダイサイズと動作周波数の3つの要素だ。現在のモービルMMX Pentiumのコアの駆動電圧は2.45ボルトだが、Tillamookの場合はこれが2ボルト以下となる(I/Oパッドは3.3ボルトが2.5ボルトになる)。インテルはまだ正確な電圧は話せないというが、1.8ボルトだと見られている。もしかすると初期のバージョンではそれより高い可能性もあるかも知れないが、1.8ボルトより下になることはないだろう。Tillamookはダイサイズもまだ不明だが、0.35ミクロンのMMX Pentiumが141平方mmであることを考えると、80平方mm台にまで縮小する可能性がある。もしそうなら、TillamookのダイはMMXのないPentiumよりも小さくなることになる。

 さて、消費電力はダイサイズに動作電圧、動作周波数をかけるとおおざっぱな目安を得ることができる。Intelは、モバイルMMX Pentiumの166MHz版が7.7ワット、133MHz版が6.2ワットと発表している。Tillamookのダイサイズが85平方mmで1.8ボルトと仮定して、単純に現行MMX Pentiumに対する比率で考えると、周波数が233MHz版のTillamookの消費電力は5ワット以下となる。これは外れているかも知れないが「現在のMMX Pentiumよりかなり低い」とインテルでも言っている。

 これまで、ノートパソコンメーカーにとって、7ワット台のMMX Pentiumの発熱量というのは、じつに始末に困るものだった。以前、通常のアプローチの熱設計でノートパソコンに搭載できる限界は7ワット台と聞いたことがあるが、このクラスになると、サブノートに性能を落とさずに載せるのはほとんど不可能になる。メーカーとしては熱設計の容易さやサブノートへの搭載などを考えたら、せいぜい5ワット台程度にしてほしいというのが本音だ。そして、Tillamookはその要求に答えられる可能性がある。しかも、性能はPentiumアーキテクチャながら最大233MHzで、デスクトップとの性能ギャップもかなり埋められる。

 さて、Intelは今のところ、Tillamookの発売時期を97年の後半としか明かしていない。米国のニュースサイトでは9月と報じている記事がいくつかあるが、確実ではない。Intelは第3四半期中に出せるのが確実ならそういう言い方をしたがる企業だから、それを後半とぼかすのは、やはり初めての0.25ミクロンラインの立ち上げがどうなるか不鮮明だからではないだろうか。

●0.25ミクロンへの移行をノートで先行した理由

 今回注目されるのは、最新鋭プロセスで最初に製造するMPUがノート向けだけであることだ。「これまで最新のプロセスはハイエンドデスクトップだったが、今回はモービルが先行する」とインテルのマーケティング本部モービルプラットフォームマーケティングの木下正明マネージャーも、その点を強調する。PentiumIIの0.25ミクロン版は今の計画では来年だし、デスクトップ向けMMX Pentiumの0.25ミクロン版の計画も、今のところないという。

 今回、ノートで先行した理由のひとつは、インテルが主張するように、ノートとデスクトップの性能ギャップを埋める必要性が高いと同社が判断したためだろう。ほかに考えられるのは、歩留まりの問題だ。最新技術のラインは最初は歩留まりがよくない。そうすると、ダイサイズが大きくなるPentiumIIよりもMMX Pentiumの方が最初の段階では製造しやすい。とくに、Intelのように量を供給しなければならない場合は、これは大きな問題になるかも知れない。

 だが、デスクトップ版のMMX Pentiumで0.25ミクロン版を出さないのは電圧などの技術的な要因だけでなく、戦略的な要素も強いのではないだろうか。0.25ミクロンで作れば、パイプラインの段数が少ないPentiumでもある程度までは高速化する。デスクトップで266MHzや300MHzのMMX Pentiumも夢ではない。しかし、Intelとしては98年に入ったら本格的にMMX PentiumからPentium IIへの移行を促すつもりでいるわけで、そのためには、MMX Pentiumをむやみに強化したくないのは当然だ。

 思い出せば、486からPentiumへの移行の時もこれと同じ状況だった。IntelはPentiumの90/100MHz版と同時にDX4を発表したが、DX4はノートフォーカスと位置づけた。当時インテルに取材した時は、それはPentiumへの移行を促すためだと言っていた。今回も、同じ判断ではないだろうか。ただし、これは現在の状況での話であり、もし、AMD-K6とかが予想外の成功を収め、しかも生産体制の問題などでIntel側はPentiumIIへの移行に時間がかかりそうな事態になったとしたら、MMX Pentiumデスクトップの0.25版も出すかも知れない。

●0.25ミクロン移行では熾烈なレース

 また、今回Intelは、製品を出す前にその概要を明らかにした。それは、おそらく0.25ミクロンへの移行を具体的な形でアピールしたいためだろう。現在、半導体業界は0.25ミクロンへの移行レースを繰り広げている。以前は微細化ではメモリが先行してロジック系がそれに遅れる形だったが、今では時間差はほとんどなくなっている。むしろロジック系のメーカーの方が、けっこう熱心だったりする。たとえば、米AMD社は0.25プロセスのAMD-K6のサンプルを第3四半期に出し、第4四半期には量産に入ると発表している。AMDは0.25ミクロンで300MHz版を投入する上、「次世代のK7とK6の間に、機能面の強化を図ったK6の改良版を投入することも検討している」という。AMDは0.25ではK6のダイサイズは68平方mmになると見積もっており、同社はただダイを縮小するだけでなく空いたスペースを利用してモジュールやキャッシュメモリを追加する方向も考えていると見られる。Intelとしても、こうしたコンペティタの0.25移行宣言を見守るわけにはいかないわけだ。

 Tillamookは、Intelにとってモバイル・モジュールの採用を促進させるという効果もあるだろう。Intelはノート向けにMPUとキャッシュ、それにチップセットのうちのCPU-PCIブリッジチップ(ノースブリッジ)をボードにまとめたモジュールを発表、MMX Pentiumからは従来のPPGAとTCPに加えて、このモバイル・モジュールでも提供している。このモジュールの利点は、MPUの世代間に渡ってノートの設計を変えずに移行を容易にすることにある。つまり、PCメーカーが、MMX Pentiumでモバイル・モジュールを採用すれば、Tillamookとそのあとに続くモバイルPentiumIIまで容易に移行できるというわけだ。

●PentiumIIのモバイル版は発熱が問題になる可能性も

 Intelは、今回、モバイルPentium IIを98年の前半に出すことも明確にした。これは、0.25ミクロン版Pentium IIであるコード名Deschutesのモバイル版だろう。Deschutesはデスクトップでは300MHz以上の性能で登場すると言われているが、モバイル版の動作周波数はそれより低くなるかも知れない。それは熱設計の問題だ。

 Deschutesの駆動電圧は、Tillamookと同様の1.8ボルト程度だと見られる。しかし、ダイサイズはずっと大きく、おそらく120平方mm程度ではないかと予想される。そうすると、消費電力もどうしても大きくなる。先ほどの要領で乱暴に試算すると、266MHzのモバイルDeschutesで、MPU本体の消費電力がMMX Pentiumの166MHzと同程度になる。もちろん、Intelが消費電力を下げるための技術をいろいろ加える可能性があるため、実際には出るまではわからないが、ともかくDeschutesではノートへの搭載がTillamookほど簡単ではないのは確かだ。最初は266MHz止まりで、300MHzが出せるのは低消費電力策を強化した2世代目になる可能性もある。

 こうしたことを考えると、ノートパソコンではPentium IIへの移行は98年中には完全には進まないだろう。Intelは、デスクトップではPentium IIへの移行を98年末までにはほぼ終えるつもりだと思われるが、ノートではTillamookが98年を通じてエントリーレベルやミッドレンジのノートやサブノートで使われることになるだろう。ちょうどPentium時代の前半、ノートパソコンでは486やDX4が主流になったのと同じ状況になるのではないだろうか。ただし、今の0.35ミクロンMMX Pentiumと比べると、Tillamookの方が消費電力と熱ので魅力が大きいので、0.35ミクロンMMX PentiumはTillamookに取って代わられる可能性もある。Intelはおそらく0.25ミクロンのラインの歩留まりが向上したら、150/166MHz版の現行の0.35ミクロンMMX Pentiumを、置き換えるための低速版(166MHzなど)Tillamookも出すかも知れない。

 ただし、ハイエンドでは着実にモバイルDeschutesが浸透するだろう。Deschutesノートでは、IntelはAGPももたらすつもりだ。これは米S3社がノートパソコン用に開発したグラフィックスチップ「ViRGE/MX」がすでにAGPに対応していることなどで推測できる。S3の予測では、98年の前半には4000ドル台のノートパソコンにAGPが搭載されるとしている。ただし、AGPを加えた場合は、ノースブリッジまで搭載しているモバイル・モジュールも変更が必要になる可能性が高いだろう。

 デスクトップで今後展開するすさまじいMPU高速化の波。その波は、どうやらノートパソコンにも波及することになりそうだ。

('97/5/22)

[Reported by 後藤 弘茂]


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