Microsoftに対抗できるか?
-Network Computer連合

●5社集まって一体なにをするの?

 月曜(5/20)のコラムで予告した通り、ついに、米Oracle社、米IBM社、米Sun Microsystems社、米Apple Computer社、米Netscape Communications社による「Network Computer(NC)」同盟が結成された。低価格の新しいコンピューティングデバイスの仕様を統一し、Wintelが支配するパソコンとは異なる市場を共同で切り開こうというアイデアだ。しかし、宗派も民族も異なるグループ同士の連合がよくそうであるように、この共同戦線にも、不鮮明でぎくしゃくした部分が多い。
 今回の5社の共同発表の内容は、まだ概略しか日本には伝わっていない。そこで、このコラムでは、発表資料や米国のニュースサイトの記事、それにこれまでの経緯をまじえて、合意の内容を点検してみたい。
 まず、Microsoft嫌いの5社が大連合したということで話題をさらっているわけだが、そのじつ、5社でNCをどう推進して行くのかは意外と明瞭ではない。5社でNCの標準仕様「NC Reference Profile 1」を策定、各社のNCで共通のアプリケーションが利用できるようにし、ライセンスも与えて行くことは決まった。しかし、ぎゃくに言えば決まっているのはそこまでで、仕様の詳細やNC対応サーバーソフトの互換性、NCの普及戦略や各社の製品など、肝心な部分は、まだ姿を描き出せるだけの中身が用意されていない。

●Oracle構想はそのまま

 まず、Oracleが提唱したオリジナルのNC構想について簡単に振り返ってみたい。
 NCはネットワークを前提とした情報機器で、ディスク系記憶装置を一切持たない。アプリケーションやOSは、原則としてネットワークからダウンロードし、ユーザーのデータの保存もサーバーで行なう。また、WebブラウザがOSのインタフェースとなり、アプリケーションの利用もすべてWebブラウザ上で行う。NCの形態もデスクトップ、ラップトップ、スクリーン付き電話、PDA、セットトップボックスなど、多様なモデルが計画されている。
 Oracleは、このコンセプトをベースに、英ARM社のMPU「ARM7500」と、英Acorn社と共同開発したリアルタイムOS「Oracle NCOS」をベースにしたシステムをプロトタイプとして公開していた。今回、OracleがNC製造メーカーにライセンスする「Oracle NC System Software Suite」にはNCOSが含まれ、ハードのインプリメンテーションもARMモデルをベースにしている。
 だが、Oracleと組んだ4社のうち、IBM、Sun、Appleはそれぞれ独自の端末をすでに開発している。では、それらの端末とNCとの関係はどうなるのだろうか。また、規格を策定する以外の、各社の役割や戦略はどうなっているのだろう。

●IBMはどこへ行く?

 いくつかのニュースサイトでは、共同発表時にIBMがNCのプロトタイプのデモを行ったことを報じている。これは、PowerPC 603をベースにしたディスクレスマシンで、Webサーフィンだけでなく、なんとオフィスプロセッサのAS/400のターミナル機能(!)もデモしたという。さらに、Lotus Notesのクライアント機能、CICS、DB2へのアクセスなども備えるそうだ。つまり、このマシンの狙いは、企業にある3,000万台のダムターミナルを置き換え、IBMホストとサーバーをオールラウンドにカバーする汎用クライアントとすることにあるわけだ。
 共同発表にIBM代表で出席したのが、ソフト部門を統括するジョン・トンプソン上級副社長というのも、このマシンの性格を表している。すなわち、これはIBMのハード部門が仕掛けたものではなく、ソフト部門のプロジェクトで産まれてきた可能性が高いということだ。
 また、このプロジェクトは昨年から「InterPersonal Computer(IPC)」という名前でウワサされていたもののひとつで、今回の発表のために新たに開発したものではない。IBMは、IPCの路線は変えずに、Oracleとすりあわせできるところだけを合わせていこうという考えでいるのだろう。★もっとも、IBMはIPCとしてさまざまなタイプを想定しているようなので、これだけで判断してしまうわけにはいかない。しかし、現状のIBMのアプローチを見る限り、Oracleの道とIBMの道に微妙なズレが感じられるのも確かだ。

●Sunはどこへ行った?

 共同発表だというのに、Sunは一体どこへ行ってしまったのだろう?
 というのは、今回の発表では、Sunの影が異常に薄いからだ。これは、発表会出席者の顔ぶれでも感じられる。各種ニュースを見ると、発表会に、Oracleはラリー・エリソン会長兼CEO、Appleはギルバート・アメリオ会長兼CEO、Netscapeはマーク・アンドリーセン技術担当副社長、IBMは最高幹部のトンプソン氏が出席したそうだ。しかし、Sunからは、報道を信じる限り、SunSoftのCEOのJanpeter Scheerder氏しか出席しなかったという。これが本当なら、他社の顔ぶれと比べてちょっと不釣り合いな感じがする。
 また、分社制を取るSunでは、Sunが全体的な戦略を、JavaSoftがJavaのプラットフォームを、そしてSunSoftがJavaの開発ツールなどを担当する。ということは、深読みすれば、これはSunがJavaベースのアプリケーションなどではNCに関与するが、それ以外の部分では積極的ではないことを意味しているのかも知れない。とくに、Sun自体が製造する予定の「Java Cliant」とNCの関係、そしてSunが開発中のJavaバーチャルマシンベースのOS「Kona」とNCOSの関係は微妙だ。

●Appleはなにをするのか?

 膨大な赤字を抱えて青息吐息のAppleが、Oracleとの共同戦線に投入するタマはPippinだ。AppleはR&Dの削減と製品ラインナップの整理を迫られているため、新しいハードウェアを開発する余裕はほとんどない。そこで、サードパーティがかつぐPippinをNC対応にすることで、急場をしのぐという戦略だと見られる。
 しかし、Pippinは既存のMacintoshとある程度互換性を取るためにOSはやや大きく、またCD-ROMドライブを備えるなど低コスト化が難しい構造となっている。となると、NCの普及シナリオのひとつである、インターネットプロバイダが大量購入してユーザーにレンタルするようなパターンでは採用は望みにくい。それに、現状では製造メーカーもそれほど強力ではない。さらに、販売では、NCである部分を強調すると、Pippinの特長が薄れてしまうというジレンマを抱えることになりかねない。

●Netscapeの役割は?

 5社連合でのNetscapeの役割とは一体何だろう?
 これもわかりにくい要素のひとつだ。Netscapeが、インターネット端末向けに軽量ブラウザを開発しているという噂は以前からあった。しかし、今回、その製品を、NC向けにOracleのブラウザの代わりとして提供するというアナウンスはなかった。また、NCにサービスを提供するには、NC対応サーバーソフトが必要になる。そうするとサーバーソフトビジネスでも、NetscapeはOracleとかち合う可能性がある。製品分野で重複する部分が多いOracleとNetscape。両社がNC連合の中でどうやって役割を分担して行くのか、調整は難しいような気がする。

●NC同士の互換性はどうなるのか?

 こうしてみると、NCと言っても、各社の戦略はバラバラだ。OracleはARMベースのモデルを推進し、IBMはIPCを、SunはJavaプロセッサなどを搭載したJava Cliantを、アップルはPippinをそれぞれNCとして提供する可能性が高いだろう。これらは、それぞれMPUやOSが異なる。では、その上での互換性はどうなるのだろうか。
 基本的なコンセプトでは、これでも互換性は取れる。ブラウザの上で、プラットフォームインディペンデントなJavaアプリケーションを実行することで、ブラウザの下のOSやMPUの違いは隠してしまうからだ。しかし、今回の発表でサポートされたMacromediaのShockwaveなどの拡張は、プレイヤソフトを各MPUに移植する必要が出る。また、プレイヤソフトをサーバーからNCに送る場合に、対応するMPUを識別する仕組みも必要となる。
 だが、アプリケーション以上に問題なのは、サーバーソフトの互換性だ。OracleのNC、IPC、Java Cliantは、対応サーバーソフトが原則として必要となる。そして、NCの場合、ハードではそれほど儲からず、利益を生み出すのはサーバーソフトとサービスなので、この部分の調整は微妙な問題になる可能性がある。もしかすると、それぞれのアーキテクチャごとに、クライアントとサーバーを組み合わせないと使えないことになるかも知れない。
 ちなみに、AppleのPIPPINの場合は、OSなどはCD-ROMからロードするため、NCへの対応はかなり容易だ。おそらく、CD-ROM一枚用意して、NC互換のクライアントソフトを提供すればすむということになる。

●Oracle版NCは誰が作るのか?

 ソフトメーカーであるOracleの場合、Oracle仕様のNCの製造はライセンスメーカーが行う。ここで名前が挙がっているのは、以前からアナウンスしていたAcornに加え、赤井電機、船井電機、ユニデン、IDEA、Olivetti、Wyse Technology、Nokia、SunRiver Data Systemsなどだ。Oracle構想の問題点として、これまで指摘され続けて来たのは、NC製造に有力なメーカーが名乗りを挙げていないことだった。今回のメンツを見る限り、この疑問は完全に払拭されてはいない。規模としては中堅どころまでの企業が多く、コンピュータと家電いずれの分野でも超大手が欠けている。
 もちろん、これらのメーカーがNC時代のコンパックに化ける可能性もおおいにあるが、現時点では力量に疑問符はつく。NCのサポートメーカーには、富士通、日立製作所、NEC、東芝など日本のコンピュータ大手の名前もあるが、これらはNCを企業ユーザーに提供するソリューションサービスでの参加。つまり、自分では作るリスクは犯さないが市場に足掛かりはつくっておくという、悪く言えば、腰が引けた格好だ。

●誰がNCを買うのか?

 さらに大きな問題はユーザーだ。既存のユーザーの端末を置き換えるIBMはいいとして、OracleのNCは誰が買うのか。
 その疑問に対して、エリソン氏はあるインターネットプロバイダからすでに200万台のオーダーが入ったと答えたと、いくつかのニュースが伝えている。エリソン氏は、以前からコンシューマ市場でのNCは、プロバイダが一括購入して対応サーバーのサービスとセットでレンタルするだろうと語っていた。しかし、その場合はNCよりももっと単機能で低価格なインターネット端末と競合することになる。また、現実に、大手の電気通信会社やプロバイダでNCのサポーターリストに名前が挙がっているのは、日本のNTT以外はほとんどない。

 こうやって冷静に眺めてみると、じつは、NCを巡る状況はそれほどドラマティックに変わったわけではないことがわかる。標準規格を策定するという以外は、各社がそれぞれの事業戦略を明かしたに過ぎない。むしろ、ようやく反Wintel連合で話を始められる段階に来たというレベルだ。
 発表会では、エリソン氏が、もうMicrosoftにはNCに対応するしか選択の道はないと息巻いたと報道されている。しかし、NCがMicrosoftにとって本当の悪夢になるには、まだまだ戦略を固める必要があるだろう。だが、この連合によって、NCを始めとするインターネット端末の現実性が一段高まったことも事実だ。

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('96/5/23)


[Reported by 後藤 弘茂]


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