第114回:破壊的な商品力を持ってしまったsigmarionII



 かつて大きく市場が伸長すると期待されていたPDAは、昨年、Palm OS搭載機の登場などで活況を呈したものの、今年に入って思うように業績を伸ばせていない。しかし、まだ“てのひら”コンピュータはいい方だ。Windows CE搭載キーボード付きPDAの標準化セットであるHandheld PC(H/PC)は一部に根強い需要があるものの、細々と販売が続けられている状況だ。高性能で知られるStrongARM搭載の日本ヒューレット・パッカードJornada 720/710は、このカテゴリでトップを走っているが、そのJornadaでさえ好調とは言い難い。

 そんな状況の中、NTTドコモが投入したH/PC「sigmarionII(シグマリオンII)」は、これまでで最も高性能かつ高機能でありながら、同クラスの製品としては圧倒的に低い価格を実現している。しかし、魅力的過ぎるこの製品は、今のH/PC市場にはあまりにも破壊的力を持ちすぎた製品と言えるかも知れない。


●価格と機能の均整が取れた秀作ではある

sigmarionII
 sigmarionと言えば、シルバーの特徴的なフォルム、ゼロハリバートンのブランド力といった面が強調され気味だが、人気を呼んだ秘密はなんと言ってもその価格だろう。同程度の性能を持つ他社製品と比較して、圧倒的に安価な上、通信用にP-in Comp@ctを同時購入するとさらに安価に入手できた。

 H/PCが成功しなかった理由は多々考えられる。ノートPCのバッテリ寿命や性能が大幅に向上したこともその一因だろうが、一方、H/PC自身の商品性の問題もあったと考えられる。H/PCの価格は高いものでは10万円に達した(廉価版は低価格だがそれでも7万円を切る程度)が、ローエンドのノートPCを伺う10万円という価格は、H/PCが持つ機能性に見合わなかったのかもしれない。僕はH/PCそのものの使い勝手や利便性は、決して低いものではないと思うが、ユーザーのH/PCに対する印象はメール端末+個人情報管理ツール+α程度と判断していたのかもしれない。


 新製品のsigmarionIIは、それまでのコンピュータ機器とは一線を画すデザインはほぼそのままに、高性能化やH/PC 2000規格への対応を図りつつ、価格は5万円を切っている。H/PCという商品が持つバリューとして10万円は適当でなかったかもしれないが、5万円であれば支払う価値ありと判断する人もいるだろう。価格と機能のバランスが取れた製品であるとは言える。


●H/PC中、最速クラスの性能

 実際に触れたsigmarionIIは、驚くほど高速化されたことで、従来機のもたつき感はほとんど感じなくなった。新たに採用されたプロセッサは従来の166MHzに対して200MHzと高クロック化が図られているほか、処理パイプラインを2本に拡張するなどの改良が与えられており、2倍近い速度を誇る。

 Windows CE自身の最適化がsigmarionIIが採用しているMIPS系と、Jornada 720/710、iPAQで採用されているARM系では異なるため、実際に動作させたときの速度はほぼ同等だが、プロセッサ単体のピーク性能はsigmarionIIのVR4131の方が高いほど。

 一方、H/PCの仕様上の上限に達しているメインメモリはそのままに、さらにストレージエリアを拡大するために16MBのフラッシュメモリを搭載している。このフラッシュメモリは、Windows CE上からはコンパクトフラッシュなどの拡張メモリと同様に認識されている。このメモリを活用することでメインメモリ上でデータ用に割り当てるメモリを節約することが可能だ。細かな点だがコンパクトフラッシュのスロット裏が、従来は少し出っ張っていたのが、完全にフラットになった点も好印象である。

 内蔵されるソフトウェアも便利だ。特に気に入ったのは、Wake on Radioという機能。これはメールなどを送信する際、通信ができないエリアにいる場合でも、通信可能なエリアに移動すると自動的に起動してメールの送受信を行なってくれるというものだ。P-in Comp@ctやP-in Masterを利用しているユーザーには朗報と言える。

 従来と同じキーボードは大人でも十分に使えるサイズで、全体に優れたH/PCと言えるだろう。少なくとも、現行製品の中ではトップの機能性と性能を持っている。またH/PC対応のソフトウェアはARM用よりもMIPS用の方が(現段階では)充実しており、そうした意味でもJornada 720/710よりも使いやすいと言える。


●破壊されてしまう可能性があるH/PC市場

 もっとも、あなたがH/PCというパッケージを気に入っているなら、sigmarionIIは必ずしも歓迎すべき存在ではないかもしれない。

 先週お伝えしたように、sigmarionIIではDDIポケットのC@rd H"64 petitを利用することはできない。今後登場予定のコンパクトフラッシュ版AirH"が利用できるか否かは不明だが、いずれにしろ正式なサポートは得られない。NTTドコモでは「競合関係にあるDDIポケットの製品をサポートするメリットがないため利用できなくしている」と話している。なお、DDIポケット以外の製品に関しては、利用制限はかけていないとのことだ。

 この点はNTTドコモの考え方(H/PCの周辺機器として携帯電話/PHSを使うというよりも、携帯電話/PHSを活用するためのH/PCあるいはPDAという考え方)からすれば、妥当な措置だ(決して褒められたものではないとは思うが)。

 ただ、エンドユーザーの視点からすれば妥当な価格設定に見えたとしても、ほかの製造者から見ると別の事情が考えられる。現在はH/PCの新規開発を行なっていないあるベンダーの技術者は、sigmarionII程度の機能を持つH/PCを、大々的にプロモートしながら5万円を切る価格で販売するのは不可能だと断言。損をしてまで価格競争をすることはできないと言う。

 正常な利益……、即ち製品の開発費、販売管理費、次期製品への開発投資などに加え、企業としての利潤を得られない価格で市場を席巻する製品が登場してしまうと、H/PCそのものの市場が破壊されてしまう可能性がある。特にsigmarionIIの場合、商品単体の力も他社と比較して高いことから、その可能性はより高いと言える。

 NTTドコモ製の携帯電話やPHSで通信してもらうことで最終的な利益を得る構造なのであれば、これはsigmarionIIの競合他社には絶対にマネのできないことだ。H/PCのベンダーが、NTTドコモの競合となるほかの携帯電話/PHSキャリアに売り込めばいい、あるいはNTTドコモに対してsigmarionIIを製造するNECよりも魅力的な条件を出せばいい、という意見を聞いたことがあるが、そうした議論は本質的ではない。

 H/PC市場は、いずれ消えてしまう小さな市場なのかも知れない。実際、マイクロソフトはH/PC 2000を最後に、今後H/PCのコンポーネントをアップデートする予定はないと聞く。しかし、それでも細々と市場を形成していれば、コンポーネント価格の低下と共に、エンドユーザーに受け入れられる価格と性能を実現できる日が来たのかも知れないが、今となっては難しい。

 sigmarionIIは、さまざまな面で破壊的なほど強力な商品力を持った製品であると思う。

□間連記事
【8月21日】【本田】FOMAには夢ではなく実用的なサービスを期待
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010821/mobile113.htm
【8月21日】ドコモ、Windows for Handheld PC 2000搭載の「sigmarionII」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010821/docomo.htm

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[Text by 本田雅一]


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