第113回:FOMAには夢ではなく実用的なサービスを期待



 ある販売マニュアルの話。正義の味方ドコモP-in三銃士が、平和なモバイルタウンを守るため、Air、64、64Petitのエッジ兄弟をやっつける。そんなストーリーが展開する漫画(当然、P-in三銃士はベビーフェイスで描かれ、エッジ兄弟は頬に傷ある夜盗のような絵で登場する)が描かれている。その内容は、実に興味深い内容が満載だ。販売マニュアルなのだから、片方に特別有利な事しか書かれないのは当然だ。しかし、販売マニュアルにこれだけ凝った仕掛けができるほどお金をかけられるのはNTTドコモ以外にないだろう。

 そんなドコモP-in三銃士。1人はP-inマスターでもう1人はP-in Compact。さてもう1人はノーマルのP-inか? と思いきや、どうやらパナソニック製の新型カードらしい。メモリ内蔵で新機能を搭載した、詳細不明の新ヒーローなんだとか。はてさて、どんな新ヒーローなんだか。

 余談だが、NTTドコモから発表されたシグマリオンIIは、従来機と比較して大幅に高速化されており、同クラスの他製品と比較した安さや内蔵ソフトの実用度の高さなど、非常に良い製品だ。ただ一点だけ気を付けなければならないのは、シグマリオンIIのCFスロットで通信したい場合、ドコモP-in三銃士としか組み合わせられないことだ。C@rd H"64プチは認識しないように作られている(初代シグマリオンはどんなCFモデムカードも認識する)。

 さて、大活躍(?)のドコモP-in三銃士だが、NTTドコモがもっとも力を入れているハズのFOMAに関して、世間の評判はあまり芳しくない。それもそのハズだ。もともと、試験サービスとは言え、売り物であるはずのデータ通信は、速度に見合うだけの安いbit単価ではなかったのだから。価格面での不満が出るのは当然だ。今さら言っても遅いかもしれないが、NTTドコモは一般コンシューマへのFOMAの見せ方を間違ったと思う。


●サービス開始前から疑問の声が多かったFOMA

 昨年まで、いや今年の春まで、海外へ取材に行くと、外人のエグゼクティブからワイヤレスWANの分野で広帯域ネットワークのインフラが(日本で)立ち上がり、これによってネットワークアプリケーションのあり方が大きく変化する。また、端末に使われる各種デバイスに対する性能要求も大きくなるから、携帯電話向けデバイス市場には大きなビジネスチャンスが転がっている。そんな話を聞かされたものだ。

 そのたびに聞き返していたのが「次世代になってもbit単価は半分を少し下回る程度なのに、何十倍もの速度を活用したアプリケーションをどうやって使うのか?」ということだ。しかし、コンピュータ業界には携帯電話業界に詳しい人はあまりいない。彼らの論理は、最終的に「帯域が広がることこそが重要で、それによってエンドユーザーに魅力的なアプリケーションを提供すれば市場が広がり、自ずとコストの問題は解決する」という、非常にPC的な発想へと落ち着くのだった。

 こうした素朴な疑問に対して明確な意見を持っていたのは、WAPフォーラムのプレジデントを務めていた人物(失礼ながら名刺を紛失したため名前がわからない)だった。彼は「広帯域の接続が可能になるからといって、大量のストリームデータを交換する必要性は全くないし、そうしたアプリケーションは当面の間、流行しないと思う。なぜなら、携帯電話サービスのbit単価が、次世代で大幅に引き下げられるわけではない。次世代のメリットはデータよりも音声にある」と話していた。

 なぜなのか? 理由は簡単だ。bit単価が半分ちょっと“しか”安くならないというのは、速度が何十倍にもなるデータ通信での話。対して音声通信に使われるbitレートは次世代でも変わらないため、携帯電話会社からすれば音声サービスのコストは次世代に移行することで下がることになる。

 言い換えれば、同じ価格で音声通話サービスを提供すれば、FOMAは十分に普及が進めば、PDCよりも儲けられるサービスであり、かつ価格競争力も高いのだ。もちろん、次世代携帯電話はインフラ整備にかかる予算も、端末の値段も大きく異なるため、単純には比較できない。しかし、将来的に普及すれば有意なコスト差がなくなるだろうことを考えれば、FOMAは音声通話サービスを主な収入源とする電話会社にとってみれば、1音声通話ごとのコストを抑えられることの方が、遙かにメリットとして大きいだろう。

 ただ、話を聞いた彼が米国人だったから、ここまで割り切った話になったのかも知れない。日本では、現実問題として利用可能なチャンネル数の問題がある。bit単価は使用周波数帯が高くなれば下げることができるが、FOMAではCDMAベースの通信方式を利用することで電波の利用効率を上げなければならない事情もあるからだ。

 そして今年春、実際に試験サービスが開始される直前になってくると、さまざまな調査会社がFOMAの実体について各所に意見を求めるようになっていた。実は私自身、特に携帯電話の専門家ではないにも関わらず、3カ所からミーティングの要請を受けたほどだ。携帯電話市場をターゲットに活動している人のところには、さらに多くの人が取材に出かけたに違いない。

 こうした市場調査の担当者も、やはり「どの人に聞いても、ほとんどが疑問の声ばかりだった」と口を揃えていた。採算性、ユーザーニーズなど、あらゆる面で疑問が挙がっていたという。

 しかしご存知のように、FOMA試験サービスの直前から開始初期段階まで、多くのマスコミはFOMAに対して強い期待感と、日本の経済を牽引する重要なサービスとして取り上げた。このあたりのNTTドコモの世論の引っ張り方は、本当に上手だとは思うが、かといってFOMAの本質が変化するわけでもない。


●FOMAはドコモもユーザーも現実を直視すべき

 なにも僕は“FOMAが優れていない”言うわけではない。しかし、実力以上に期待を持たせるやり方は好まない。NTTドコモはこれまで、携帯電話に最低限必要な通信速度(約10kbps)の何十倍もの帯域を与える理由として、動画や音楽の配信を行なったり、タイムリーに遠隔地の様子をモニターできる、といった、リッチなストリームメディアでの活用を前面に押し出してきていた。おそらく、そうしたアプリケーションこそが、エンドユーザーの求めるものだと考えたに違いない。

 しかし、本当にそれが答えなのか?

 たとえば、NTTドコモは、FOMA試験サービス向けに動画配信サービスの「M-stage visual」を提供しているが、このサービスが魅力的だとは全く思わない。なぜわざわざ、bit単価の高い携帯電話のインフラを通じて、動画配信を受ける必要があるのか? 限定されたニッチに対するソリューションでしかないのは明らかだ。

 NTTドコモはFOMAのパケット料金をiモードの1/6に引き下げたが、そこに通そうとしているデータのサイズは、それよりもずっと大きい。iモードの良さは手軽に使える点にあると個人的には考えているが、値段を気にして使わなければならないならば、それはもう気軽に外出先で楽しめるコンテンツとは言えない。

 そもそも、携帯電話とは何なのか? 当たり前のことだが、いつでもどこでも、音声通話を利用できる事が携帯電話の良さだったのではないか。ユーザーのニーズは、音声通話にある。それに加えて何か別のサービスで商売をする時に、必需ではないが便利なサービスを安価に提供することは難しくない(iモードの例)。しかし、必需ではないが便利なサービスに対して、必需である音声通話サービスと同等のコストを支払わせることは非常に難しい。

 NTTドコモは、そしてエンドユーザーである我々も、携帯電話とそのインフラが、生活必需品になりつつあるワイヤレス音声通話のために作られたものであり、高速のデータ通信はあくまでもアドオンで提供されるサービスであることを、再度見直す必要があるのではないだろうか。

 便利で高機能ならば何でもいいというわけではない。かつてのISDNのように、エンドユーザーニーズを無視した通信キャリア側の自己満足サービスにFOMAがなってしまってはならない。少なくとも携帯電話のインフラとしては、従来のPDCよりも遙かに優れているのは間違いないのだ。原点に立ち返って評価をするべきだろう。

 そうした意味では、より低コストに従来のインフラ(cdmaOne)をベースに次世代への移行を段階的に行なえるQUALCOMMの技術には注目したいが、cdmaOneを採用するKDDIの資本体質はNTTドコモと比較すると極端に弱い。こちらも急激に勢力を伸ばすのは難しいと考えられる。

 個人的にどちらかを応援するつもりは全くないが、携帯電話市場の景気減速を阻止するためにも、市場からの期待感が強いNTTドコモには、コストとサービスの質、コンテンツの作り方などを見直した、現実的なプランで本サービスへと移行していってもらいたいものだ。現実的とは、PDCよりも優れたbit単価をベースにした音声通話収入の利益率改善と、1/6に設定されたデータ通信単価に見合う使い方の提案とコンテンツだ。派手な幻想を描かなければ、それは決して難しいことではない。

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[Text by 本田雅一]


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