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第72回 : 低消費電力プロセッサ成功の鍵は提案と価格



 先週、記事の中でFusionOneの紹介をしたが、1つ間違った情報を記述してしまった。記事中ではPalmがサポート“されている”と書いたが、これは英語サイトでの話。日本語サイトでのサポートは来年になるようだ。期待して接続した読者にお詫びする。

 さて、本日は東洋最大と言われるトレードショウのPC World Expo初日でもある。パーム・コンピューティング、ハンドスプリング、ソニー、シャープ、日本ヒューレット・パッカード、カシオなどがハンドヘルド端末を会場に並べる予定だが、一方でノートPCもCrusoe搭載機の発表が一巡し、はじめて一同に会する場でもある。
 残念ながら別の取材でダラスにいたため、プレスミーティングには参加できなかったが、マイクロプロセッサフォーラムではIntelも超低消費電力プロセッサの開発ロードマップを示したようだ。

 機会良く“低消費電力”をキーワードに、ノートPCベンダー各社がどのような製品開発に取り組んだのか。Crusoe搭載機の話題をまとめながら、これらの製品の成功の鍵を探ってみたい。


●ベンダーの自由がユーザーの自由に反映されているか

 近年の高速プロセッサがもたらした高TDP(熱設計電力)が、ノートPCの設計に悪影響を及ぼしていると、何度もこの連載の中で話してきた。しかし、先週のマイクロプロセッサフォーラムでIntelが低TDP戦略を打ち出す直前まで、IntelはTDPについて重要であるとしながらも「それはシステム設計者に関係する数値であり、エンドユーザーには関係ない」とコメントしてきた。

 そのIntelが、急に方針の転換を行ない新しい戦略を打ち出したのは、後藤弘茂氏のレポートにもある通りだ。Intelを変えたのは、彼らの顧客である主に日本のPCベンダーがTransmetaのCrusoe搭載機を続けざまに投入してきたからだ。

 製品開発力に勝る日本の企業が、その力を背景にCrusoeを用いて新しいタイプのPCを提案しているうちはまだいい。しかし、そうした試行錯誤の中からヒット商品が生まれ、顧客ニーズの方向性が明らかになってくると、そのムーブメントがさらに広がっていく可能性もある。そこに追いついてきた台湾ベンダーが安価な製品をタイミング良く投入したりすれば、ノートPCのトレンドは一気に転換する可能性もある。

 最近、近しい人に「消費電力でIntelを虐めるねぇ」と言われたが、実のところIntelを批判する気持ちはほとんど持っていなかった。実際、平均消費電力を下げることに力を注ぐがTDPには妥協する、という彼らのアプローチは、現状のノートPC市場にマッチした戦略だと思う(もちろん、その市場を誘導してきたのは彼ら自身であるわけで、ある意味当然ではあるが)。

 しかし、それは現在のノートPC市場のみを見た時だ。持ち歩く道具としてノートPCを考えたとき、まだまだ不完全で使いにくく、完全には賛成できない部分(たとえばバッテリーライフ、重さ、価格、サイズなど)もあるわけで、新しい使い方の提案を行ない、それを新しい市場として拡大していくためには、現状を打破するきっかけが必要だ。

 その“きっかけ”が、TDPを下げることではないだろうか。TDP引き下げはノートPCベンダーにアイデアを盛り込む自由を与える。その自由をどのように使うかはベンダー次第だ。従来型のPCに対してサイズとバッテリ寿命などのメリットを与えるという手法もあるだろう。またパソコンの枠を越えたデジタル機器として設計することもできるかもしれない。

 それらベンダー側の提案すべてが、ユーザーに受け入れられるものではないかもしれないが、中には新しいノートPCカテゴリを作り出すパワーを持ったものも出てくるはずだ。ベンダーが、TDP低下による自由をうまくユーザーベネフィットに転換できれば、我々ユーザーも間接的に自由を手にすることができる。

 ソニーはその答えとして、Intel製プロセッサ搭載が難しくなりシリーズ存続が危ぶまれたVAIOノートC1シリーズの継続と、デジタルビデオカメラとPC、ネットワークコミュニケーションサービスを融合させたVAIOノートGTシリーズの発表を行なった。

 富士通のLOOXはDDIポケットのH"INを採用し、送信時全角1,000文字、受信時全角2,500文字のPメールDXの自動受信機能やエッジ向けコンテンツサービスをPC本体と融合させている。エッジリンクはPHSの低消費電力という特徴を活かして、常に基地局とのリンクを張っているためダイヤルアップ時の接続レスポンスがいいことも使いやすさを向上させている。

 また、両社とも独自のソフトウェアでユーザーに対して積極的に使い方の提案を行なっているのも評価できるポイントだ。

 このほかの企業も、低消費電力を活かした製品の提案が続々登場してくるだろう。NECは本日、Crusoeと反射型TFTカラー液晶パネルを組み合わせたLaVie MXを発表した。現時点での反射型TFTカラー液晶パネルの実用性は、詳細な検証が必要となるだろうが、低消費電力を活かした製品の登場が期待できる。


●提案と同時に大切なのが価格

 もっとも、低消費電力プロセッサですべてがバラ色になるとは言い切れない部分もある。ご存じのように、消費電力とプロセッサパワーは相関関係にあり、同じ技術でより高速なプロセッサを製造すれば一般に消費電力は上がってしまう。

 さまざまな省電力機能により、消費電力の平均値は下げることが可能になっているが、TDPは駆動電圧の制御を工夫するなどである程度は下げる努力が行なわれているものの、基本的には駆動電圧と回路規模、駆動周波数などで決定付けられてしまうのだ。なかでも駆動電圧の引き下げは大きな意味を持つ。

 一般に半導体回路は駆動電圧が高いほど高速に動かしやすい。IntelのSpeedStepやAMDのPowerNow!、トランスメタのLongRunといった技術は、そうした特性を利用して消費電力を下げる技術だ。しかし、TDPは最も高速に動かしている時の値が採用される。したがって、低TDPのプロセッサを作るためには、より高速に動作するプロセッサに対して、速度が遅くなったとしてもあえて低電圧で駆動しなければならない。

 しかし、ユーザー心理としてみれば、遅いプロセッサが高速なプロセッサと同じ値段では食指が動きにくい。ノートPCは使い方に合わせて選ぶ道具、と主張したところで、プロセッサ速度に敏感になっている現在のユーザーを説き伏せるのは難しいと思う。

 また、最終的な製品が持ち歩きを前提としていたり、特定用途へ利用を提案するものであるほど汎用性は下がってしまう。サイズが小さかったり、特定用途向けに特化させた製品が、汎用的な製品よりも安くできるかと言えば、必ずしもそうではなくむしろ逆のケースが多いはずだ。

 これらのことから、低消費電力プロセッサを活かした市場を作るためには、市場を形成し流通量が多くなるまでの間、プロセッサベンダーもPCベンダーも、ある程度痛みを伴なう戦略的な価格付けがなされなければならないだろう。

 たとえば富士通のLOOXは16万円程度から入手することができる。完全に“サブ”として割り切って使うにはこれでも高い、と思う読者もいるかもしれないが、企業努力の成果を十分に感じさせる価格だと思う。PCとアピアランスの中間地点にバランスを見つけた製品として評価したい。

[Text by 本田雅一]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp