●カラッポの「eガバメント」を立ち上げるクリントン
「ハイスピード、ハイテク、ユーザフレンドリーな○○○」--うわー、凡庸なキャッチ! でも、「○○○」に入る文字はちょっとひねりが利いている。ここに入るのはパソコンやソフトの名ではなく、「米政府」なのだ。
クリントン政権は、今後、米政府は「eガバメント(e-government:電子政府)」を目指すと発表した。それが「ハイスピード、ハイテク、ユーザフレンドリーな政府」の意味。
でも、じゃ「eガバメント」って何? というと、じつはこれが見事なくらいカラッポだ。eガバメントのアイデアを賞金5万ドルで募集しているのが、それを如実に示している。
6月末、クリントン氏は米国大統領の歴史で初めて、法案承認を電子署名で行ない、同じく、恒例となっている毎週の国民へのスピーチを初めてウェブキャストした。その演説で明らかにしたのが、このeガバメント構想だ。
クリントン&ゴアのコンビはこれまでも「情報ハイウェイ」整備、「デジタル経済」立国、「デジタルデバイド」解消、など次々と目新しいフレーズを繰り出してきた。その最後を飾るのがeガバメントで、情報技術の力で「民主主義の輪を広げ、もっと国民のニーズにレスポンシブな政府」を作るのだという。
しかし、演説で明らかにした内容は、
1. firstgov.govというサイトを立ち上げ、これを2万ページに及ぶ政府関連サイトのポータルにする
2. 政府の補助金交付や調達の入札参加をここから申し込めるようにする
3. eガバメントのアイデアを賞金5万ドルで募集する
この3つだけで、どう見ても実質的内容は決まっていない状態だ。「e」の本家、米国が打ち出したのだからさぞ先進的な政府案なのでは、と思うととんだ肩すかしを食う。しかもサイト作りは起業家が行ない、税金は使わないことを強調してもいる。ヒトもカネもかけていない、かけたくない--eガバメントは今の段階ではそれが本音の、ただのプロパガンダなのだ。
では、なぜそんな段階で大風呂敷を広げ、今年中にサイトを立ち上げると、見せかけの実績作りだけを急いでいるのか。なぜ、プロパガンダが必要なのか。
●狙いは民主党政権の存続?
今、米国は大統領選の真っ最中だが、そもそも8年前、クリントン&ゴア政権が誕生したのは、彼らに、若く、新鮮で、ハイテクに強いイメージがあったからだ。再選時の選挙やスキャンダルを乗り越えたのも、そのイメージが、ハイテク/インターネット景気に沸く米国とリンクしていたからだ。
そこで、クリントン氏、ゴア氏、民主党はこのグッドイメージを今後も利用し続けるために、eガバメントという新しいキーワードを持ち出したのだ。
というのも、クリントン&ゴアの前まで、米民主党は危機的状態にあった。共和党が12年も政権を維持して半ば“政権党”化し、クリントン氏が出馬したときも、初めは当選は難しいと思われていた。それを覆したのが、先に書いたクリントン&ゴア氏のハイテク通イメージだ。
もちろん、米国のハイテク/インターネット業界に詳しい人なら誰でも知っているように、クリントン政権がこの産業の成長に直接貢献した実績は特になく、好景気とのリンクは偶然に過ぎない。
でも重要なのは、一般国民の目には、「e」なクリントン政権のおかげで米国が、“世界一の米国”の地位を取り戻せたと映っているということだ。今、米国民はeパワーで米国の繁栄が続くという夢の中にどっぷり浸っている。だからその夢を利用することは、米国の政治家にとってポリティカリーコレクト(政治的に正しい)なこと。おそらく、クリントン氏、ゴア氏、民主党は、eガバメント構想を次のように利用したいのだろう。
まず今年で大統領職を離れるクリントン氏は、米国にeパワーを与えた功績を自分のものとして刻み、eガバメント最初の大統領として名を残したい。また、次期大統領候補のゴア氏としては、eパワーをこれからも推進できる政府を作れるのは自分だと強調し、選挙戦に利用したい。
なぜなら、8年前はニューフェイスだったゴア氏も、今では“現政権”の垢にまみれており、ハイテクの擁護者としての顔も、シリコンバレーからの献金額でブッシュ候補に負けるなど、非常に危うい。ところがこれからはeガバメントだと今のうちに打ち上げておけば、その正統な後継者はゴア氏ということになる。
それから民主党は、この機に、支持層を強化したい。福祉などの社会政策を重視する民主党は、小さな政府を望む中流以上の国民や企業には、本来、あまり好かれない。それで、“レーガンデモクラット(共和党のレーガン氏に投票した、おもに中流階級以上の元民主党支持者)”なども現れて弱体化していた。ところがもし、米国の繁栄存続にはeガバメントが必要だ、それには民主党だという主張が通れば、レーガンデモクラットや企業が民主党に(もう一度)鞍替えするかもしれない。
共和党大会でのブッシュ氏の演説には、テクノロジーとかデジタルとかいう言葉はほとんど出てこなかった。民主党大会はきっと、もっとこれらの言葉を強調したものになるだろう。
■インターネットを生んだeガバメント構想
でも、じゃあ、eガバメント構想は民主党だけのもので、クリントン政権の創作なのか。そうじゃない。じつは、インターネット興隆の前から、eガバメント構想はあった。
どういうことかというと、今のインターネットもeコマースも、元はと言えば米政府がいろいろな政府活動の電子化のために構想したもの。そしてその構想が今のように花開いたのも、米政府が膨大なカネを長年にわたってつぎこんできた結果なのだ。
例えばインターネットそのものが、国防省のARPA(Advanced Research Project Agency)ネットが母体だったのはよく知られている。政府の資金で活動するARPAのネットが、やはり政府の資金を受けるNSF(National Science Foundation)に発展的に引き継がれ、初期のインターネットのバックボーンとなった。
また、米政府は、インターネットが興隆する前から、いろいろな調達をオンラインで行なう構想を立て、そのシステム作りに資金を投入してきた。それがCALS(Continuous Acquisition and Life-cycle Support:生産・調達・運用支援統合情報システム)というシステムだ。CALSは、最初は軍需用として研究開発されたが、やがて軍事以外の調達や私企業間の取引にも利用する構想に発展した。
そしてCALS実現のために、文書データを記述する言語規格のSGML(Standard Generalized Mark-up Language)などの標準化が進められ、これが、今インターネット標準となっているHTMLのアイデアのもととなった。
つまり、米政府はずっと前から電子化を進め、常にeガバメントを目指してきていたのだ。また、インターネットなどが発展したのも、米政府の資金のおかげなのだ。つまり一見、民間でインターネットが盛り上がって、その状況を受けてようやく政府がeガバメントなんて言い出したように見えるが、それは逆。米政府の長い努力が背景にあって、今の電脳社会があるというわけ。
ということは、米政府がeガバメントを唱えるのは、じつはすごく当然のことなのだ。
[Text by 後藤貴子]