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後藤貴子の 米国ハイテク事情

ドットコム神話崩壊の裏にベンチャーキャピタリスト


●ドットコム神話の崩壊始まる

 「半導体系企業はベンチャーキャピタリスト(VC)から資金を集めるのが大変だ。この5年間に増えた半導体企業はほとんどない。ドットコムのようにファッショナブルではないからだ。」

 ある半導体関係の米国人がこう嘆いていた。この言葉は2つのことを示している。ひとつは起業でのVCの重要性、もうひとつは最近のVCファンドの流れがいかにドットコムに集中していたか。しかし、その流れが変わるかもしれない。VCにとって、ドットコムは“ファッショナブル”どころか、“デンジャラス”なものに変わりつつあるからだ。

 この5月、Boo.comというサイトが閉鎖した。できて間もない欧州のサイト。なのに、それは、米国のインターネット産業に大きな衝撃を与えた。ドットコム神話がついに崩れ始めたことを象徴していたからだ。

 ファッションポータルを目指していたBoo.comは、約1億3,500万ドル(約140億円)と超ビッグな初期投資を集め、サイト立ち上げ前から派手な広告キャンペーンを展開。米国のドットコム起業家やVCの注目を集めていた。

 ところが、そのサイトが突然閉鎖する。サイト立ち上げの遅れ、伸びない売上、その間にかさむ広告経費……Boo.comが抱えていた問題は他のドットコムと何も変わらない。だが、Boo.comが原資を食い尽くすスピードは、VCたちが許容できる範囲を超えていた。資金の追加を求められたVCたちは、立ち上げからわずか半年のサイトを閉じ、会社を他に売り払ってしまった。Boo.comの例は、いくら巨額を集めても、そのドットコムが将来も安泰という証拠にはならないこと、また、VCの見切りがどれだけ早いかを如実に示した。

 5月には、ほかにもいくつもの新興ドットコムが閉鎖した。6月下旬にはAmazon.comの資金も不足するとのアナリストの予測が出て、同社の株が20%近く下がった。CDNowも資金不足から合併企業または新たな投資家を探していると公表。交渉には予定より時間がかかっている。誰もがドットコム起業をし、誰もがドットコムにカネを出すという時代は終わりを告げた。

 この時期にドットコムがバタバタ倒れたのにはわけがある。Boo.comに限らず、IPO(新規株式公開)前の新興企業が突然、事業を中止する裏にはたいていの場合、VCがいる。VCはふつう、企業の立ち上げのときに数百万ドル出し、それから半年くらいして、新興企業が約束の売上などを達成していれば、もう数百万ドル出すという形で出資する。そのため、ドットコム株が軒並み高値をつけていた昨年の秋にビジネスを始めた多くの新興企業が、この4、5月に最初の成績評価を受ける時期を迎え、“落第”した者が追加資金をもらえずに倒産などに追い込まれたのだ。

●黒幕はベンチャーキャピタリスト

 このように、新興企業を誕生させるのも息の根を止めるのもVCの胸先三寸。しかし、VCはなぜもう少し続けさせてみないで、半年やそこらで起業家を切ってしまうのか。

 それは、VCが“起業ビジネス”をしているからだ。前回、米国のインキュベータは起業ビジネスだと書いた。VCでも、エンジェルでも、それは同じことだ。ベンチャーにカネがどんどん流れ込むのは起業がビジネスだから。ベンチャーがぐらつくとVCがすぐにカネを引き上げるのもまったく同じ理由だ。ビジネスにならないのにぐずぐず投資を続けていては自分が危ないから見切りも早いのだ。

 もっとも、かりにもVCが投資の専門家集団なら、そもそも初めから、成功する企業、危ない企業をもっと上手に見極めればいいはずだ。そうせずに、カネをばらまいては引っ込めることばかりしているのは、じつはVC自身も、それほど見極めがついていない証拠。つまり、VCも市場ムードに踊らされやすいというわけだ。

 この理由の第一は、VCがお金を集め運用する構造が、株式市場の構造と同じだからだろう。個人などの小口投資家は証券会社を通して株式市場で企業に投資するが、企業や裕福な個人はVCを通して新興企業に投資する。例えば日本の芸能人やスポーツ選手などは土地や株に投資をするが、米国ではVCに出資する。また企業も余剰金をVCに投資する。個人や企業が自分でVCを作る場合も多い。そこには“起業ビジネス市場”とでもいうものが出来上がっている。



 つまり起業ビジネス市場におけるVCの役割は、いわば株式市場における証券会社のようなもの。株式市場と同じく、VCにも、投資家たちの意向に流されやすい構造がある。

 株式市場の場合は、業界ウォッチャーにはずっと前から内容の予測がついていたにもかかわらず、Microsoft分割命令が実際に出て初めて個人投資家が動いて、それが暴落の引き金になった(前々回「株価低迷でMicrosoftに「チャンス」到来!」参照)。

 それと同様のことが起業ビジネス市場でも起きる。ドットコムがいいとなれば、わっと投資家の財布のヒモがゆるみ、危ないとなればわっと締まりやすい。今回の場合で言えば、4月の株暴落で新興企業のIPOのタイミングが遠のいて、投資家が資金を回収できるチャンスも遠のいたため、ヒモが急に締まったわけだ。

 それに、カネ余りだという理由で個人や企業が作るVC自体、ハイテクやインターネットの動向に特に詳しいわけではない。

 さらに、VCは自分でハイリスクハイリターンのベット(賭け金)を高くしてしまい、そのため、リスクがリターンを上回るかどうか、より早く決断しなければならなくなった。

 ドットコムブームでは、アイデア以外何も持たないベンチャー企業が増え、またドットコム同士の競争も激しくなって、最初から広告などに巨額が必要になった。代わりに新ビジネスが当たれば、見返りも大きい。

 つまり、もともとVCはハイリスクハイリターンを追ってはいるのだが、ドットコムブームにより、その振幅がはるかに大きくなった。そこでVCはリスクヘッジのために、より多くの企業に資金をばらまき、より早い回収を図るようになった。そのために、新興企業も早いビジネススピードを求められるようになり、めまぐるしいネットタイムが生まれたわけだ。

■今後は--ネットタイムが遅くなり、ハイテク起業家に投資が回る?

 いずれにせよ、ドットコム神話の崩壊で、VCも、儲かるどころか投資した金のかなりの部分が消えるという痛手を被った。それではこれは本物のドットコムの崩壊、米経済のバブル崩壊となるのだろうか。

 そうではない。

 まず、VCを中心としてこれまで成功してきた米経済の構造は崩壊していない。VCが資金の追加をストップしたぐらいで潰れているのは自転車操業状態が一番ひどかったドットコムだけだ。ある程度の事業を回すのに成功したドットコムは残っているし、まだ駆け出していない起業マインドの持ち主、すなわち新興企業予備軍はちゃんといる。それからVCの投資欲も衰えてはいない。好景気の中で、自らがVCの会社を興したり、VCの出資に加わりたい金持ちはまだまだ大勢いる。つまり、ドットコムは必ず儲かるという神話はなくなったが、ドットコム全体がダメになるわけではない。

 また、VCが財布のひもを締めることでネットタイムが少し遅くなり、むしろドットコムが地に足つけて成長できるようになるともいえる。これまで新興ドットコムが自転車操業に陥りやすかったのは、ネットタイムで他社と競っていたからだ。そこで皆が経費節減で派手な広告などを控えるようになれば、知名度アップは遅れるかもしれないが、倒れるドットコムも減る。つまりバブルははじけずに適当にガスが抜かれるだけというわけだ。

 ただ、冒頭の半導体関係者が嘆いていたように、これまでVCの目はドットコムに偏りすぎていた。今後は、それが通信や半導体など、技術の裏付けのあるハイテク系にも戻ってくるかもしれない。シリコンバレーではこのチャンスを逃すなと、ハイテク起業家がVCへのプレゼンテーション攻勢をかけているまっ最中に違いない。

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp