ご承知のように、ネットブックの仕様はIntelとMicrosoftからいろいろな制限が付けられている。具体的な規定の内容は第三者に公開されていないが、これを守ることと引き替えに、CPUやOSなどが安く提供され、低価格が実現されているのだ。 ほとんどのネットブックが、ビデオ機能にIntel GMA950を使っており、低い能力に甘んじているのもこのためだ。独立したGPUを搭載すると、Intelが規定している“Netbook”の規定から外れてしまうらしい。 ところが、Atomプロセッサを搭載しながら、独立したGPUも搭載したノートPCが存在する。ASUSTeKの「N10Jc」である。正確に言えばネットブックに属する製品と言えるのか微妙ではあるが、MicrosoftのULCPC規定には合致しているようだ。 N10Jcは、ネットブックに独立したGPUが乗るとどのような実力を示すかという疑問に答えてくれる製品であり、非常に興味のあるところだ。早速レビューしてみたい。 ●ネットブック+α N10Jcの仕様は、Atom N270(1.60GHz)、メモリ1GB(最大2GB)、Intel 945GSE+ICH7Mチップセット、10.2型1,024×600ドット(WSVGA)、HDD 160GB、IEEE802.11b/g/n、Bluetooth V2.0+EDR、そしてWindows XP Home Edition SP3(ULCPC版)と、多くのHDD搭載型ネットブックとほぼ同じスペックだ。ところが、いくつかの部分でパワーアップされており、ネットブックの不満点が解消されている。 1)Gigabit Ethernet対応 有線LAN端子は、Gigabit Ethernetに対応している。ネットトップでは一部Gigabit Ethernetに対応しているものはあるが、ネットブックでGigabit Ethernetに対応するのは珍しい。第6回でNASの話を書いたとき、ネットブック側のLAN端子がEthernetなので速度面での問題点を指摘しておいたが、これならNASと併用しても十分その能力を活かすことができるかもしれない。 2)指紋認証 趣味で使うノートPCならあまり気にしない部分だが、ビジネス用途だとどうしてもパスワードだけではセキュリティ面で問題となる。企業向けノートPCの多くが搭載している指紋認証は必須だろう。仕事用PCとしてネットブックを使う際の不安の1つをこれで解消できる。 3)ExpressCard/34スロット ネットブックは、一部の機種を除きUSB端子以外の拡張端子を備えていないが、N10JcはExpressCard/34スロットを備えている。通信カードやストレージ、インターフェイスなど、システムの拡張性で優れている。 4)GeForce 9300M GS 極めつけが、GeForce 9300M GS(256MB)という独立したGPUを搭載していることだ。ミニD-Sub15ピンはもちろん、何とHDMIポートまで備えている。前々から筆者としては、デジタルのディスプレイ出力を持っていない点が、ネットブックの最大の弱点だと思っている。画質面でどれぐらい差があるのか興味津々だ。
更に細かい点としては、スピーカーに「Altec Lansing Technologies」のXdB低音域拡張技術を採用したネオジウム・スピーカーを使っていたり、ヘッドフォン出力がS/P DIF共用タイプになっているなど、音に関するこだわりもなかなかのものと思われる。 上記の部分は従来のネットブックには無い機能ばかりで、N10Jcが、気合の入った製品であることがわかる。ネットブックという枠にとらわれることなく、Atomプロセッサを搭載したノートPCの限界を追求した製品と言って良いだろう。 気になるバッテリ駆動時間は最長で約7時間。サイズは276×198×29~37mm(幅×奥行き×高さ)で、10.2型の液晶パネルを搭載した機種としては平均的と言ったところ。重量は1.55kgと重く、ネットブックとしたは最重量級だろう。前置きが長くなったが、ここからは実際に使った感想を書きたい。
●ファーストインプレッション まず、全体的に高級感がある。天板はシャンパンゴールド、液晶の周りはピアノ調ブラック、ヒンジの部分はグラファイト、そしてHDDやパワーのランプが高輝度ブルーLEDなど、デザインにもこだわった印象だ。 液晶パネルが10.2型ということもあり、全体的に作りはゆったりしている。逆にゆったりしている分、液晶パネルの周りに余裕があり過ぎるのが残念な部分だ。できればパネルはもう一ランク上のサイズで、解像度も1,280×768ドット(WXGA)クラスが欲しいなどと、無いものねだりをしてしまう。パネルは光沢タイプで、多少写り込みがあるものの、筆者がこれまで触ったネットブックの中では一番品質が良いように思う。静止画も動画も明るくコントラストが高い。とてもきれいな映りだ。 キーボードは幅がある分打ちやすい。ただ少したわんだ感じがある。キートップは、一般的なもので、もう少し高級感が欲しかった。他の部分が高級感がある分、キーボードに関しては今一歩こだわりが感じられなかったのは残念だ。タッチパッドはEee PC 901-Xとは違い表面がツルツルしている。好みもあるだろうが操作し易い。 裏側はネジ3本外せば簡単に2.5インチHDDとSO-DIMMスロットにアクセスできる。もちろんメーカー保証外になるが、SSD搭載やメモリ2GB化も容易だ。 160GBのHDDはCドライブ87GB、Dドライブ62GBに初めからパーティションが切られている。My Documentsなどの設定は、デフォルトのままで、Dドライブには設定されていない。デフォルトのファイルシステムがFAT32というのも珍しい。多分、速度を優先したのだと思われる。NTFSへの変換は、デスクトップに「NTFS converterへのショートカット」があるので、必要であればこれをクリックすれば変換が開始される。 左側は、GMA950/GeForce 9300M GS切替えスイッチ、HDMI、USB×2、無線LANとBluetoothのON/OFFスイッチが並ぶ。GMA950/GeForce 9300M GS切替えスイッチは、GPUを使うとどうしても消費電力がアップするので、長時間バッテリ駆動にしたい時などはGMA950へ切替える。ただリブートが必要になるのが面倒なところだ。またHDMIはGeForce 9300M GS作動時のみ機能する。右側はGigabit Ethernet、ミニD-Sub15ピン、USB×1、マイク入力、ヘッドフォンとS/PDIFの共用出力、そしてExpressCard/34スロット。 正面はメディアリーダー、各種アクセスランプ、左右にスピーカーを配置している。背面はバッテリのみだ。 また、Windowsの起動音、普段聞きなれているEee PC 901-Xより明らかに音がよく、広がりもある。Altec Lansing Technologiesの効果だろうか。
そしてもう1つ面白い機能として「Express Gate」が挙げられる。通常は電源ボタンをONにするとWindowsが起動するのだが、その代わりにその横のボタンを押すと約8秒で高速起動するLinuxが立ち上がる。Webブラウザ、音楽プレーヤー、写真ビューア、チャット、Skypeなどが即使える。もちろん日本語対応だ。ただ筆者的な使い方だと、Atomプロセッサは消費電力が少ないこともあり、普段はスリープしているので、Windowsへの復帰も速い。従ってあまりメリットは感じなかった。ただ、Windowsに飽きた時、たまに触ってみると違ったマシンを触っているかの雰囲気を味わえるという遊び方はある。 ●NVIDIA GeForce 9300M GSの実力は? GeForce 9300M GSの主なスペックは、ストリームプロセッサが16基、コアクロック400MHz、シェーダークロック800MHz、メモリクロック600MHz、最大メモリ256MB、メモリインターフェース64bit、メモリ帯域幅9.6GB/秒、テクスチャフィルレート32憶/秒などとなっている。そしてPureVideo HDに対応している。普通のネットブックでは重くて見られなかったHD動画もGPUのアシストがあるので楽々と再生可能だ。もちろんVistaのAeroや、DirectX 10もOK。現代的なノートPCの水準に達している。 N10Jcの実力は、GMA950の能力に足を引っ張られているネットブックとは大きな差がある。HDBenchのスコアをご覧頂ければわかると思うが、約2倍近く速くなってる。外部ディスプレイへ接続し、1,600×1,050ドットなどの高解像度で表示しても動きが良く、気持ちいい。その効果は歴然だ。NVIDIAコントロールパネルで確認したところ、GPUへの接続はPCI Express x1となっている。x16による接続でないのは残念だが、それでもこれだけの差が出れば文句無しだ。
試しにUSB接続タイプの地デジチューナ、バッファローの「DT-H30/U2」を接続し、DPモードにしたところ、9300M GSは普通に表示。他のアプリケーションを動かしても割と滑らかに表示していた。動画支援機能が効いているようだ。やはりAtomプロセッサでもGPUを搭載すれば地デジも楽々表示できるのが判明した。はじめからわかりきった答えとは言え、目の当たりに見ると愕然とする。対してGMA950ではCPU使用率が高い上に、別のアプリケーションを動かすと即表示が停止してしまう。 年末年始、N10JcをEee PC 901-Xの代わりに使っていたが、打ちやすいキーボード、広くきれいな画面、ストレスの無い動画再生で手軽に地デジと、なかなか調子よく満足度は非常に高い。もはや液晶ディスプレイの縦方向が600ドットであること以外、ネットブックを使っていると感じさせる部分は無く、一般的なノートPCを扱っているようだ。 不満点があるとすれば、先に書いたキーボードの質感と、本体の左側にファンがある関係なのか少し振動することと、もう少しスピーカの音量が大きくなると更によくなる感じだ。 ●N10Jcはネットブックの未来像か このN10Jc、もともとはN10Jという型番で、Windows Vistaを搭載、メモリ2GBで実売価格は99,800円前後だった。正直なところ、ネットブック+αと言ってもこの価格はあまり物欲を刺激する値段では無かったと思う。 ところが、Windows XP Home Edition SP3に変え、メモリを1GBに減らしたN10Jcは64,800円(Amazon調べ)。一般的なネットブックは5万円前後なので、1万円強を追加するだけで、ワンランク上の環境が得られると思えば、超お買い得だ。 これらの機能はネットブックに後からは付けられないし、仮に追加できたとしても1万円強では絶対収まらない。モバイル中心だと大きさと重量が厳しいが、机での使用が中心でワンランク上のネットブックを探している人にはお勧めと言えよう。 以上のように、N10Jcは通常のネットブックとは一段階異なる能力を発揮している。逆に言えば、ネットブックを制約から解き放ってやれば、Atom搭載ノートは、まだまだ発展する可能性を持っているということだ。 MicrosoftやIntelは、もっとネットブックへの制約を緩めて、その本来の実力が発揮できるようにしてほしいと思う。そうすれば、ネットブックはもっと魅力的な製品になれる。現在のネットブックへの制約は、通常のノートPCとの棲み分けを考えてのものと思うが、無理な制限は設けなくても、個々の特徴や用途によって自然と棲み分けはできていくのではないだろうか。 □関連記事 (2009年1月6日) [Reported by 本城網彦]
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