今年もすでに3/4が終わり、最後の四半期に突入した。世界的な話題のトップは、リーマン・ブラザースの破綻に端を発した金融危機で間違いない。PC分野で最も話題になったのは、ネットブックと通称される安価なミニノートPCであろう。 実質的に販売がスタートしたのは今年に入ってからであるにもかかわらず、累計出荷数(ワールドワイド)は1,000万台を軽く越えそうだ(1,500万台近い?)。国内でも20%近いシェアを得ていると言われている。おそらくこの分野における今年最大のヒット商品だろう。ここにきて東芝、NECと国内ベンダーの参入もあったほか、ASUSはEee PCに続々と新モデルやバリエーションを追加中、日本HPは値下げと話題に事欠かない。 金融危機により不景気に突入するのが避けられないとしたら、2009年は今年以上にこうした低価格ミニノートPCがスポットライトを浴びる可能性もある。IntelのミニノートPCプラットフォームであるネットブックばかりが売れるようになって業績は大丈夫? という声もなくはないが、売れる商品がないより、安くてもある方がずっといいに決まっている。Intelの業績的には、Atomのダイサイズの小ささを考えると、Celeronが売れるよりよほど利益は出るのではないかという気もする。 では2009年のミニノートPCはどうなるのか。Intelは次世代のネットブックについて具体的な構想を明らかにしていない。先日開催された台湾のIDFで、Menlowの次のプラットフォームとなるMoorestownが動くところを初めて公開したが、台湾に現物を持ち込んだのではなく、ムービーでの公開。初めてのシリコンが動いた、というレベルだから、製品が登場するまでまだ1年くらいはかかるだろう。MoorestownのCPUであるLincroftはMID専用ではないとIntelは言うが、そのフォーカスがネットブックより小型のMIDにあるのは明らかだ。
常識的に考えると、来年のネットブックはデュアルコアのAtomになるのだろう。デスクトップ(ネットトップ)向けには、デュアルコア化されたAtomを採用したIntel純正のマザーボードとして、すでにD945GCLF2がリリースされている。このD945GCLF2に搭載されているAtom 330のネットブック版(N370? )がリリースされれば、それをそのまま採用すれば良い。 ネットトップ向けのシングルコアプロセッサであるAtom 230のTDPが4Wだったのに対し、デュアルコアのAtom 330のTDPは8Wになった。これがネットブック向けにも当てはまるとすれば、Atom N270のTDP 2.5Wがデュアルコア化して5Wになってもそれほど大きな問題とは思えない。ネットブックのチップセットである945GSEのTDPが4W、South BridgeのICH7-Mが1.5Wで、全部合わせても10.5W。過去には超低電圧版CPU単体のTDPが10Wを越えていたこともあるのだ。実際、D945GCLF2でも、冷却ファンがついているのはチップセットの945GC(TDP 18W)で、Atom 330はパッシブヒートシンクだけで済んでいる。TDP 3.3WのICH7にはヒートシンクさえ付いていない(130nmプロセスのICH7はダイ面積が大きいので熱密度は低い)。
では性能はどれくらい向上するのか。図1はIntelが公表しているデスクトップPC(ネットトップ含む)向け低価格プロセッサの性能比較で、いわゆるOffice SuiteやWebブラウジング、電子メールなど、デュアルコア化の恩恵が受けにくいアプリケーションの性能向上はわずかになっている。その一方でマルチスレッドに対応したWinSAT(Windows Vistaに内蔵されている性能評価ツール)では、それなりに高い性能を示す。これらのグラフから、IntelとしてはAtomがほぼCeleronに匹敵する性能を持つと主張しているわけだ。 とはいえ、たとえデュアルコアになったとしても、Atomを搭載したPCですべての用がまかなえるわけではない。ネットブックやネットトップでやりたくない作業の1つにビデオのエンコードが挙げられる。ビデオのエンコードというと、比較的デュアルコア、マルチコアに適した作業と言われており、デュアルコア化したAtomならイケルのではないかとの期待も生まれる。が、現実はなかなか難しいようだ。 とりあえずビデオエンコードのテストを行なうために、現時点で唯一のAtom 330搭載マザーボードであるD945GCLF2ベースのシステム(構成は表1参照)を用意した。D945GCLF2は、Mini-ITXフォームファクタのマザーボードで、上述したようにチップセット(North Bridge)にファン付きヒートシンクが装着されている。筆者が購入したのはハズレだったようで、この冷却ファンが一定回転数に達するまで、ファンとファンに給電するケーブルがこすれてノイズが生じる。一定回転数に達した後も、ファンの音が結構うるさく、別のヒートシンクに換えたいと思うほどだ。 【表1】Atom 330システムの構成
ネットトップの主要市場として想定されている新興国で使う分には、D945GCLF2の仕様で特に不足はないのかもしれないが、日本で使うには、アナログのみのディスプレイ出力がちょっと厳しい。わざわざアナログTVのエンコードチップ(Chrontel CH7021A)を貼るくらいなら、DVIでもつけといてくれればいいのに、と思ってしまう。どうしてもデジタル出力を使いたければ、PCIスロットにグラフィックスカードを挿すしかないが、そこまでするくらいなら、最初からDG45FCあたりのMini-ITXマザーボードにPentium DC E5200でも組み合わせた方がマシな気がする(熱的にケースが大きくなるかもしれないが)。おそらく、そう思わせるのがIntelの狙いなのだろう。 比較のために用意したのが表2の構成のシステム。一言で表せば、去年暮れのハイエンドに近い構成だ。比較としては違いすぎる気もするが、ほぼ同じ定格のCore 2 Quad Q9650が6万円を切り、「一般の人でも買えるハイエンド」になっていることを考えれば、そう無茶でもないとも思う。言うまでもないが、Atom 330が2コアとHyper-Threadingの論理4コアなのに対し、Core 2 Extreme QX9650は、実4コア構成となる。 【表2】比較用Core 2 Extremeシステムの構成
両方のシステムにインストールしたソフトウェアだが、OSはWindows XP SP3にした。ネットブック/ネットトップのOSとしては、VistaよりXPの方がポピュラーであるからだ。エンコードソフトは定評あるTMPGEnc 4.0 ExpressにVP6 Plug-inを加えたもの。さらにNorton Internet Security 2009もインストールしてある。余談になるが、これまで筆者はNorton Internet Securityをインストールしては1日と我慢できず、アンインストールしてきた。が、この2009年版については、今のところさしたる不満を感じないで済んでいる。 テストに使うデータだが、こちらで入手できる、HD動画(秒速5センチメートルというアニメーションの予告編、720p、45秒、WMV、8Mbps、24fps)を用いることにした。これをTMPGEncを使って、SD解像度(704×396)のMPEG-2あるいはFlash4(VP6)の動画に変換する。変換の際の設定は図2と図3の通りだ。
TMPGEncのMPEG-2エンコーダは非常に優秀で、プロセッサやGPUの最新の機能をいち早く取り入れることでも知られる。Atom 330でのエンコードにおいても、負荷はきれいに4つの論理プロセッサに分散される(図4)。それに対して、開発元であるOn2がライセンス提供していると思われるVP6のエンコーダはシングルスレッド対応のようだ(図5)。VP6はニコニコ動画でも使われているCODECで低ビットレート時の画質に定評があるが、On2にとってはもはや最新のCODECではない(最新はVP8)。改良するなら最新のVP8だろうから、VP6のエンコーダが改良され、マルチスレッド対応することはないと思われる
2つのプラットフォームを比較した結果は表3の通り。いずれのテストにおいてもCore 2 Extreme QX9650が3.5倍ほどの性能を示している。これは45秒の動画の変換だから、もし30分の動画を変換するのであれば、おおよそ40倍の時間がかかることになる。30分の動画をMPEG-2に変換する場合、QX9650が21分で終わるところ、Atom 330だと1時間10分以上かかる。VP6なら1時間16分対4時間14分だ。2時間の映画を丸ごと変換して、とか思うとさらにこの4倍。さすがにAtomではやりたくない。 【表3】45秒のHD動画(WMV)の変換に要した時間
おもしろいのはシングルスレッドアプリだと思われるVP6と、マルチスレッド対応のMPEG-2で、性能差の倍率がほとんど変わらないことだ。つまり1コア同士の比較と、物理2コア(論理4コア)対物理4コアの比較がほぼ同じ倍率になっているわけで、TMPGEncのエンコーダの優秀さがうかがえる。と同時に、うまく使えばAtomのHyper-Threadingは結構使えるのではないか、という期待も抱かせる。 この比較からもう1つ言えるのは、CPUの使用率が高いことは、必ずしも悪いことではない、ということだ。MPEG-2でのエンコードに比べVP6によるエンコードの方がCPUの使用率が低いが、言うまでもなくこれはVP6のエンコーダが2番目以降のコアをうまく利用できていないことを示している。これがVP6のエンコードに時間がかかる理由の1つだ。一定時間で同じ量の仕事をするのであればCPUの使用率は低い方が良いわけだが、CPUを使うことで仕事が早く終わる(あるいは一定時間内に多くの仕事ができる)のであれば、より多くCPUを使う方が基本的には正しい。 というわけでデュアルコアのAtomだが、工夫すれば面白い使い方がありそうだ。が、それがネットブックの用途と合致するかというと微妙な気がする。当然の結論ではあるが、デュアルコアになってもAtomはAtomであって、Core 2とは大きな差あり、その代用にはならないのだ。 幸か不幸か、ネットブックはディスプレイ解像度の縛りのおかげで、比較的動作が軽い。シングルコアのままで(性能を維持して)消費電力を下げるのと、デュアルコア化のどちらが嬉しいかと言われたら、前者かもしれない。しかし、おそらくそれはLincroftの役目。とりあえず2009年はデュアルコアと言われたら、まぁそれはそれでアリかも、というのが筆者の率直な感想だ。 □関連記事 (2008年10月24日) [Reported by 元麻布春男]
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