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レノボ、ThinkPadのキーボード設計へのこだわりを開発者が語る

ThinkPadのキーボード

11月13日 開催



 レノボ・ジャパン株式会社は13日、報道関係者を対象に、ThinkPadで採用されているキーボード設計へ取り組みについて説明会を実施した。

レノボ・ジャパン 堀内光雄氏

 レノボ・ジャパンのノートブック開発研究所 サブシステム技術 機構設計テクニカルマスターである堀内光雄副部長は冒頭、「キーボードに求められるのは、速く打てること、タイプミスが少ないこと、長時間使用しても疲れないことの3点に尽きる」とし、その実現のためには、「キーフィーリング(打鍵感覚)」、「キーキャップ形状、キー周辺形状」、「キーレイアウト」が大切な要素とした。

 同氏は、'84年に日本IBMに入社。'96年からThinkPadのキーボードの開発を担当。'98年に発売された「ThinkPad 600」以降のほぼすべてのThinkPadで、キーボード開発に携わっているという。

 「デスクトップPCであれば、10mmの厚みをキーボード部分に割り当てられるが、最近のノートPCで許されるのは6mm程度。そのなかで、良いキーボードの設計が求められている」とする。

●最も重視する打鍵感覚

 一般的に良いキーボードを実現する要素として、最も重要とされるのは打鍵感覚。「だが、この部分こそ、最も難しいもの」とする。

 ThinkPadのキーストロークは2.5mm。キーボードでは、このストロークの間に、キーを押しはじめる「スタートポイント」、力が加わる「ピークフォース」、緩い力で押し下げる「ボトムフォース」を経て、最後に「エンドポイント」に向かうという曲線を描くことになる。

 ピークフォースの曲線度合によって指への疲労感を軽減でき、ボトムフォースのポイントで指にやさしいキーの押し下げが可能になる。そして、ピークフォースとボトムフォースの間には、ネガティブスロープと呼ばれる曲線が存在し、この曲線形状が、程良いクリック感をもたらすという。

 さらに、エンドポイントからキーが戻る曲線も重要だと堀内氏は指摘。「キーボードでの入力は、押す時間が半分、戻る時間が半分。戻りを考慮しないと、悪いキーボードになる。一般的に切れすぎるキーボードと言われるものが、戻りを考慮しないキーボードだ」とした。

 また、ピークフォースの荷重ポイントを高めると重いキーボードになり、下げると弱い力で押せるものになる。重いキーボードでは指への負担が大きく、軽いキーボードでは誤入力が増えやすいという特徴が出る。極端な例をいうと、蛍光灯のスイッチのようにワンタイム操作のものは、ピークフォース、ボトムフォース、エンドポイントを結ぶ曲線が垂直に近くなる。また、ピアノの鍵盤のように、連続して叩くものは、フォースカーブが指数関数的にエンドポイントに向かう曲線になる。

 「キーボードのボトムフォースからエンドポイントへの曲線は、鍵盤のよう指数関数的な曲線にすることが望ましい」と堀内氏は語る。

 ピークフォースとボトムフォース、エンドポイントとのバランスが、キーボードのタッチを左右するというわけだ。

 これらのポイントは、ラバーの形状で変えることができるという。

 同社では、さまざまな形状のラバーを試作して、キーフィーリング特性の曲線を調査。最適なクリックレシオを導き出して、打鍵感覚の向上に取り組んでいるという。

打鍵感覚特性。ThinkPadでは、こうした曲線を描くという 打鍵感覚を左右するのはラバー形状だという キーボードの下にあるラバー。これが打鍵感覚には重要だ

●打鍵感覚に加え、バランスも重要な要素

 だが、堀内氏はこうも語る。

 「最も重要と言えるのは打鍵感覚だが、これだけを良くすればいいキーボードになるというわけではない。クルマも、一般的にはエンジンが最も重要と言われるが、シャーシ、サスペンション、ハンドル、ブレーキといったバランスがあって、初めて良いクルマになる。キーボードもこれを同じ」として、「個人的には、打鍵感覚だけに留まらずに、他の要素も重要だと捉えている」とした。

 また、「最初に担当したThinkPad 600では、クリックフィーリングでは高い完成度があるが、組立や分解に時間がかかり、部品を交換する際に他の部品を傷つけることもある。二度と作りたくないキーボード」とも語る。

 堀内氏は「打鍵感覚」とともに、冒頭に触れた「キーキャップ形状、キー周辺形状」、「キーレイアウト」が重要だとする。これらへのこだわりこそが、ThinkPadのキーボードの完成度を高めているといっていい。

●なぜ、スロープを採用しているのか

 まずは、「キーキャップ形状、キー周辺形状」を見てみよう。

 現在、ノートPCのキーボードのほぼすべてが、X状のシザーズ(パンタグラフ)の構造を採用。キーキャップを押すと、シザーズがラバードームを押し、メンブレンシート回路で電気的接続が行なわれ、入力信号が伝わる仕組みとなっている。

 「デスクトップでは、シリンダータイプと呼ばれる方式が採用されているが、これは、ストロークの余裕が取れる場合に適したもの。だが、ノートPCにおける薄型キーボードでは、シリンダーの長さを確保できず、押す部分によってはキーキャップが激しく傾き、正確な入力ができない。シザーズタイプでは、キーキャップの端を押しても、Xリンク形状と、スタビライザーの仕組みを活用し、全体が一緒に下がるようにしている」という。

 また、日本語キーボードの場合、94のキーが搭載されており、原始的な仕組みでは94本の配線と共通線と95本の配線が必要となる。これを、センス側と、ドライブ側とを検出する9×9のスイッチマトリックスの手法とすることで、81個のキーをカバー。これにより、配線数を大幅に削減している。

ノートPCの多くに採用している、X状のシザーズ(パンタグラフ)の構造のキーボード Xリンク型の形状とスタビライザーの仕組みを活用して、上下に安定動作するようにしている 配線数を劇的に減少させたスイッチマトリックス構造の概念図

 一方、ThinkPadキーキャップの断面は、手前のスロープが長く、手のひらで押す部分は狭い構造になっている。

 この構造を選択したのは、実は、入力のしやすさにこだわっているためだ。

 押す部分が広いと、一緒に手前のキーを押してしまうことが多くなるというのが同社の検証の結果だ。また、ファンクションキーは、押した時に爪が筐体部分に当たらないように、バリア部分を階段状に削るという工夫が凝らされている。さらに、スペースキーを親指で押す際に、パームレストにスロープが無いと、同様に指の腹が当たりやすくる。

 「ファンクションキーは、爪の先端のための空間を確保し、スペースキーにおいては、指の腹が当たらないようにする。パームレストの部分は、HDD/メモリ/バッテリなど、比較的四角いものが入る。そのため、どうしても四角くしたくなる。妥協したくなるような時もあるが、そこは我慢して、スロープを確保している。こうした配慮は、PCショップの店頭で、端っこから展示されているPCのスペースキーを、親指で押すとすぐにわかる。PCを購入するときにチェックするポイントにしてほしい」と語る。

 加えて、ESCキーとF1キーの間には、背の高いバリアを配置している。これも、キーとキーの真ん中を不用意に押してしまった場合には、どちらも押されないようにする工夫だという。

 ESCキーを押すはずが、F1キーを押してしまってヘルプが立ち上がり、それを戻すという動作によって、作業が滞るということを避けるためのこだわりだという。

ESCキーとF1キーの間には、背の高いバリアを配置している。 文字キーがすり鉢状の形状なのに対して、スペースキーは蒲鉾型。ここにもこだわりがある。

●こだわり抜いたキーレイアウト

 「キーレイアウト」へのこだわりも強い。

 デスクトップのキーボード同様、4ブロックに分け、さらに、ESCキーの前後幅を広げるほか、カーソルキーをキーボードの全体の形状からキー半分ほどを飛び出した構造としている。

 なかには、「ろ」キーとSHIFTキーの間に上方向のカーソルキーを入れているメーカーもあるが、「これは絶対にやらない」と堀内氏は語る。「SHIFTを押すつもりが、上方向のカーソルキーを押してしまい。そこから別のキーを入力して、作業が停止してしまうということにもなりかねない。私は絶対という言葉は使わないが、これをやれと言われたら、会社を辞める」と断言した。

カーソルキーはキー半分ぐらいはみ出しても、操作性を優先した。 ちなみに他社では、「ろ」のキーと「SHIFT」キーの間にカーソルキーが存在するものもある。

いまや排水構造はキーボードには必須の技術。機種によって排水口の数が違う

 ThinkPadのキーボードでは、黒地にピュアホワイトの文字によるキートップを使用しているが、ここにもこだわりがあるという。

 「文字を銀色にすると高級感が出るが、視認性が悪くなる。ThinkPadはプロが使う道具としての使い勝手を追求している製品。高級感よりも、使い勝手を選択した」と語る。

 そのほか、ThinkPad 600から搭載したバスタブ構造や、排水口もキーボードの機能には重要に要素だという。

 「ThinkPadでは、2カ所以上の排水口を設けている。防滴処理をしていることで、コーヒーや水がかかっても、まずは焦らないで対処できる」とした。

●ポインティングデバイスも重要な要素に

 また、堀内氏は、良いキーボードを実現するもう1つの要素として、ポインティングデバイスとの組み合わせを挙げた。

 ThinkPadでは、トラックポイントとの組み合わせがそれに当たる。

 「トラックポイントは、最大の特徴として、ホームポジションから手を動かさずに操作できることにある。また、指を前後、左右に移動させる必要がないこと、指をデバイスからはなすことなくドラッグ操作やスクロール操作ができるという特徴があるほか、触れただけでポインターが動くことがない、キーボード並のフィーリングを持ったクリックボタンであるという点も大きい特徴だ」と語る。

 トラックポイントは、X軸、Y軸方向を検出するために、ひずみセンサーを採用。前後左右の4カ所に配置したセンサーを、セラミックプレートに下から装着。微細なデータを収集する抵抗値変化センサー回路で、圧縮、引っ張りなどのデータをアナログ信号として抽出し、信号比較回路および増幅回路、A/D変換回路で処理。システム回路にデジタル信号として送出したのちに、デジタル信号を処理し、画面にカーソル表示する動作原理になっている。

 ひずみセンサー回路は、当初は、8bit処理だったものを、10bitに進化させることで、ドリフトを軽減することに成功したという。

 なお、現在、トラックポイントのラバーキャップには、標準装備のソフトドームタイプに加え、予備品としてソフトリムタイプ、レガシータイプを用意しており、個人の好みで選択できるようにしている。

トラックポイントの最大の特徴はホームポジョンから手を動かすことなく操作できること トラックポイントのラバーキャップは、好みで選択可能

●進化するThinkPadのキーボード

 最後に堀内氏は、今後のThinkPadのキーボードの進化について説明した。

 「今のフィーリングは悪くないが、もう少しなんとかしたいとは思っている。もう少し、キレがあってもいいだろう。半年から1年先には、ちょっと違うぞ、と言われるようなキーボードを出したい。また、耐久性の追求も必要だ。今でも、キーボードの耐久性には完璧な自信があるが、爪で叩かれた際には、まだ改善の余地があり、キーキャップの耐久性、耐磨耗性を改善していく必要がある」とした。

 なお、キーボードの耐久試験は、1秒間に高速に叩き、1カ月かけて実施するレベルとなっており、「100万とか、200万回といった回数をはるかに越える打鍵試験に達する」という。

 最後に堀内氏は、「ThinkPadで採用している今日現在のキーボードは、トータルバランスでは優れている。だが、今作っているキーボードは、さらに良くなると考えている。キーボードが変わったな、と感じたら、それが今日、お話ししたものだと思ってほしい」と、今後もThinkPadのキーボードが進化していくことを示した。

□レノボ・ジャパンのホームページ
http://www.lenovo.com/jp/
□関連記事
【2005年10月5日】レノボ、新シリーズ「Z」発表会で、こだわりを強調
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1005/lenovo3.htm
【'98年5月18日】IBM ThinkPad 600 ファーストインプレッション
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980518/tp600.htm

(2007年11月14日)

[Reported by 大河原克行]

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