その昔、僕らが学生の時代には、カセットテープにアナログディスクの曲をダビングし、友人同士でどの曲がいい、俺は○○のファンだ、などと言いながら、ウォークマンで互いの曲を聴かせ合ったり、友人の家に持ち寄って聴いたものだ。 その後、カセットテープの役割はMDとなったが、今はどうやって音楽の情報を交換しているのだろう。やはり、iPodやネットワークウォークマンに置き換わっているのだろうか? しかし、iPodやネットワークウォークマンでできないことがある。それは「ちょっとこのアルバム聴いてみなよ」とか、「お気に入りの曲を集めてみたんだけど、聴いてみる?」といった、友人同士でのカジュアルコピーだ。 カジュアルコピーと言うと、昨今は「手軽な違法コピー」といった意味でも使われるが、本来は悪意のないコピー全般を言う。これを悪意無く、しかも音楽ビジネスに対して悪い影響のないコピーまで制限してしまうと、音楽が口コミで広がっていくスピードや範囲が制限され、音楽文化を広げていく上でむしろマイナスではないだろうか。 そんなことを考えている人は決して少なくないようだ。まだαテストが7月に始まったばかりという「BEatBuddy」というサービスは、友人同士でMDを交換しながらお気に入りの曲を紹介し合ったのと同じように、インターネットを使って、しかもセキュアにコミュニケーションしようという新しい試みだ。 しかも著作権関連で思い浮かぶいくつかの懸念もクリアされている。 ●著作権付きの楽曲もアップロード可能 BEatBuddyのサービスを簡単に紹介しよう。 BEatBuddyの基本システムはSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を元にしている。リアル社会の友人を会員に誘ったり、BEatBuddyに登録している他ユーザーと友人になって、情報を共有するのである。 共有する情報はMP3あるいはMIDIのデータで、DRMなどで暗号化されていないデータならば、1ファイル30MBの制限内で自由にアップロードできる。そして好みの曲を自由な順番で並べたプレイリスト(BEatBuddyでは、これをチャンネルという)を作り、「PC Watch 今週のお勧め音楽チャンネル」といったタイトルを付けた上で公開。 友人は知り合いのアップロードした曲やチャンネルを、ストリーミングで(ダウンロードは不可)再生する。再生にはAdobe Flashが使われており、ストリーミングの楽曲を盗んでローカルファイルに保存することは基本的にできない。 少し視点を変えると、SNSで友人登録されている人たちに、自分オリジナルのインターネットラジオチャンネルを提供するようなものとも考えられる。
“そんな方法じゃ、著作権管理団体に文句を言われるのでは?”と思う人もいることだろう。実際、初めてこのサービスのコンセプトを聞いた時には、そのように思った。しかし、実はこのサービス、サービス内容の詳細をJASRACにも申請済みで、著作権の扱いに関して問題なしとのお墨付きをもらっているという。 では、なぜ権利上の問題が起きないのだろうか? BEatBuddyが問題なしとされた一番大きな理由は、GracenoteのMusic IDを用いているためだ。Music IDは楽曲の中身を分析し、どの楽曲なのかを特定するサービス。BEatBuddyは現時点でMP3とMIDIのみのアップロードに対応しているが、アップロードされたデータをGracenoteに問い合わせ、著作権の有無などどんな素性の楽曲なのかを特定する。
その上ですべての音楽データはサーバ上にのみ保管し、セキュアに暗号化されたストリームデータとしてのみ、再生可能にする。友人に貸し出したMDをデジタルコピーできないように、BEatBuddyで紹介された楽曲もデジタルコピーして自分が使い慣れたプレーヤーソフトで再生することはできない。 ●知らない曲を知る機会を増やしてくれるBEatBuddy みんなで曲を紹介し合うことはできても、BEatBuddyのシステムを経由してデジタルコピーの連鎖を生み出すことはできない。故に音楽市場の活性化にはつながっても、不正利用の温床にはならないと判断したのだろう。 実際、BEatBuddyにアクセスすることで、自分では購入しない新しい曲、新しいアーティストを知ることが多くなった。音楽情報に対して特別にアンテナを張り巡らせておかなくとも、いろいろな人物の作成したチャンネルを聴いているうちに、自然に知らない何かを発見している。 このサービスを利用するまでは、ヒーリング音楽や邦楽には全く興味がなかったが、BEatBuddyを通じて知ったアーティストのCDをすでに5枚ほど購入した。映画などの映像コンテンツに比べ、あまりに膨大な数が生まれている音楽作品の中から手探りで新しい世界を覗くには大きな労力が必要になる。 このため、学校を卒業して仕事をし始めると、どうしても自分の趣味の範囲内でしか新しい情報を取り入れなくなってしまうものだ。しかし、誰か別の音楽好きのフィルタを通して手軽に新しい音楽に触れることで、新しい音楽を手軽に体感できる。 BEatBuddy経由での楽曲情報交換では、曲データのデジタルコピーが行なえない一方で、オンラインのCDストア(具体的にはamazon)とは上手に連携を取ってくれる。気に入った楽曲が収録されたCDをamazonで検索できるのはもちろん、自分の紹介している曲をBEatBuddyのリンクを通じてamazonから購入すると、ユーザーが登録してあるアフィリエイトIDに紹介料が入る(ただし、当然ながらamazonのアフィリエイトIDはあらかじめ取得しておかなければならない)。 ●新しい音楽コミュニティ形成の黎明期 BEatBuddyはいわば音楽を中心にしたSNS(ソーシャルネットワークシステム)だ。現在αテストということもあって、機能的には不完全な部分も少なくなく、ユーザー数はさほど増えているわけではない。 たとえば登録ユーザー同士のメッセージ機能はつい最近までなく、他ユーザーのチャンネルにコメントを残す機能なども、運用開始後に付け加えられたものだ。音楽に関する話題が雪だるま式に広がっていくような、劇的なダイナミズムを生み出すシステムには至っていない。 とはいえ、今後の改良によって有望なサービスに成長する可能性はある。あるいは、音楽を中心としたコミュニティを構築するための、1つの方向性を示しているとはいえるだろう。 音楽を中心にしたSNSは、ほかにも「recommuni」があるが、こちらはDRMなしの音楽配信を基礎にしており、“音楽を購入するならばお買い物サイトを紹介します。音楽データの配信はやりません”というスタンスのBEatBuddyとはかなり立ち位置が異なる。recommuniの場合、著作権者に確認を取り、配信を許可してくれたところのみ有償配信(ただしDRMはなし)という形態のため、どうしてもメジャー系音楽は入って来にくい。その代わりに、インディーズ系音楽の楽曲情報の交換は活発だ。 あくまでも個人的な印象で、本来の各サイトの目的は違うのだろうが、recommuniがインディーズ音楽好きや音楽を演奏する人のためのSNSなのに対して、BEatBuddyはもう少し間口が広く、同じ趣味の人間同士で紹介し合っても楽しく、趣味が異なる人の選ぶ音楽を楽しんで、そこから自分の音楽的趣味を広げていくSNSという感じだ。 iTunes StoreのiMixをSNS的にしたものと言い換えられるかもしれない。 ただしαサービスということもあるが、BEatBuddyはまだ成長過程にあるサービスである。ユーザー数もまだ少なく、Recommuniのように管理者にメールを出せば紹介メールを出してもらえるということもない。 また、アップロードのユーザーインターフェイスが煩雑だったり、同じ趣味の人間が語り合うクローズなコミュニティを開くこともできないなど、まだまだ積み残しは多い。
それでも今回、この話題を取り上げてみたのは、1つの事例として、新しい流れを作りそうな予感がしたからだ。音楽をベースにしたSNSは、まだ始まったばかりで大盛況という事態には至っていない。 一番基本的な部分の問題(著作権のクリア、メジャーレーベルの楽曲の扱いなど)をクリアする方法が難しいからだ。BEatBuddyはMusic IDサービスによる楽曲の自動判定とセキュアなストリーム配信によってクリアできることを証明した。 ハードルをクリアする手法をBEatBuddyが示したことで、また別の新しいサービスを生み出す、あるいは既存のSNSに音楽的コミュニティを作る機能が加わるかもしれない。たとえばmixiで、みんなが簡単に最近のお気に入り曲を紹介し合い、それをストリームで聴けたらどうだろう? 友達のプレイリストなら、時間制限なしにストリームで聴けるのだ。 将来的な高速ワイヤレスWAN時代なども見据えると、このモデルの将来性はさらに広がるような気がしてならない。
□BEatBuddyのホームページ (2007年9月11日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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