現在PCのメインメモリとして幅広く使われているDRAMは、'60年代にIBMで開発されたものだ。汎用品としてのDRAMチップを初めて製品化したのがIntelで、'70年のことである。以来、DRAMは「産業のコメ」と言われるほど普及した。 その原動力となったのは、なんといっても構造が単純なため高集積が可能で、ビット単価が安いことだ。1つのセルを1個のトランジスタと電荷を蓄えるキャパシタで構成可能なDRAMは、トランジスタのみでデータを保持するSRAMに比べ、セルサイズが小さい。加えて、書き換え回数や読み出し回数に制限がなく、そこそこ高速であることもDRAMのメリットだ。最近では、同じようにセル構造が単純なNANDフラッシュメモリが集積度やビット単価、さらには製造プロセスの微細化で上回るようになったが、書き換え可能回数に制限があるというだけでも、PCの主記憶には使えない。 だが、だからといってDRAMはメモリデバイスとして理想的なデバイスではない。電源を切ってしまうとデータが消えてしまうこと(揮発性メモリ)、読み出し回数に制限がなくとも1度データを読み出すとデータが破壊されるため、次の読み出しに備えてプリチャージする必要があること(破壊読み出し)、読み出しをしなくても徐々にキャパシタから電荷が失われていくため、それを補う動作が必要になること(リフレッシュ動作)などは、DRAMの代表的な欠点だ。すべてをトランジスタで構成するSRAMに比べ、ロジックデバイスに統合しにくい(DRAM混載が難しい)、という問題もある。こうした欠点にもかかわらず、DRAMが広く使われてきたのは、前者、すなわちメリットの方がデメリットを上回ってきたからだ。 理想的なメモリデバイスは、高集積に耐えるシンプルなセル構造でビット単価が安く、データは電源を落としても消えず(リフレッシュやプリチャージも不要)、アクセスが高速で、読み出や書き込み回数に制約がなく、低消費電力で、ロジック回路との混載が容易で、動作環境を問わないもの、ということになる。残念ながら、今のところこうした理想のメモリはまだ開発されていないが、それを目指した研究・開発は続けられている。そして、近年になってそれを目指した次世代メモリデバイスがポツポツと製品化されるようになってきた。 ●MRAMとは何か? そんな次世代メモリデバイスの1つが「MRAM」だ。MRAMとはMagnetoresistive RAM(磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)の略で、その名前の通り、磁気によりデータを記憶するメモリデバイスである。製品としての歴史は浅く、2006年7月に世界で初めてフリースケールセミコンダクタが商用出荷を始めた。ここでは2007年7月31日にフリースケールセミコンダクタが開催したMRAMに関するセミナーの内容を中心に、MRAMについてまとめておきたいと思う。 MRAMを簡単にいえば、DRAMのキャパシタの代わりに磁気デバイスを使ったメモリデバイスだ。DRAMのキャパシタに相当する部分をMTJ(Magnetic Tunnel Junction)と呼び、記憶セルの最小構成単位は1つのMTJと1つのトランジスタとなる。極めてシンプルな構成であり、高集積度を実現することが可能だ。 MTJの基本構造は、酸化アルミニウム製のトンネルバリアで仕切られた2つの磁性体層があり、片側の磁性体層の磁化方向が固定されているのに対し、もう片方の磁性体層は電流により向きを変えることができる。この磁性体は、2層の磁化方向が同一の場合は電気抵抗が小さく、磁化方向が逆向きの場合は電気抵抗が大きいという特性を持っており、それにより前者がゼロを、後者が1を表す。 磁化方向の変化は電源を切っても保持されるためデータは不揮発で、データ保持期間は20年以上とされる。また、電子の移動等を伴わないため、経年変化が小さく、事実上読み出し、書き換え回数に制限がない。データを読み出しても、磁性体の磁化方向に変化が生じるわけではないので、読み出しは非破壊であり、DRAMで欠かせないプリチャージのような動作は不要だ。もちろんリフレッシュも要らない。
記録に磁性体を用いるため、宇宙線によるソフトエラーが生じないというメリットもある。さらに温度特性が優れており、一般コンシューマー向け(使用環境0℃~70℃)、産業向け(-40℃~105℃)、さらに拡張産業仕様として耐温度150℃も可能だという。実験室レベルでは、150℃の環境で連続使用20年の加速度テストもクリアしている。 読み出し時間と書き換え時間はほぼ等しく、現在出荷されている製品で35nsだが、製造プロセスの微細化等により20ns程度まで高速化できる道筋はついているらしい。DRAMのアクセス速度が50ns~100ns程度であることに比べて高速だ(このため現在のDRAMは内部のバンク数を4~8に増やしフェッチサイズを大きくすることで外部インターフェイスの高速化に対応している)。 現在出荷されているMRAM製品は、SRAMの代替用で、SRAMとピン互換となっている。SRAMに比べるとバッテリバックアップが不要で、バイト単価が低いが、消費電力は数十%大きい。これは現行製品のSRAMに比べて、製造プロセスルールが大きいことが理由で、同じ製造プロセスであれば小さくできるという。少しずつ電荷がリークしていくDRAMに対し、原理的にMRAMは消費電力の点で優位だ。 この製造プロセスの問題は、MRAMが抱える問題の1つで、主に2つの要因が挙げられる。1つはMRAMの製造プロセスの本質的な問題で、MTJの材料が一般的なCMOSプロセスとの親和性が良くない。上述したようにMRAMの記憶セルは、1対のトランジスタとMTJで構成されるが、現在出荷されているMRAMはトランジスタ層を台湾のTSMCで処理し、そのウェハの上にアリゾナ州にあるフリースケールの自社工場でMTJ層を加えるという2段階仕上げとなっている。現在出荷されているMRAMの製造プロセスが0.18μm止まりなのは、こうした複雑な製造プロセスも一因だろう。 もう1つの要因は、MRAMというデバイスの歴史が浅く、市場がまだ大きく育っていないことだ。CISCとRISCの戦いでCISC(x86)が勝ち、あるいは液晶ディスプレイが当初言われていた以上に大型化できたのは、市場の大きさが大きな研究開発投資を可能にし、さまざまな技術革新を行なうことができたからだ。現時点でMRAMは商用デバイスとして1歳の誕生日を迎えたばかりのところで、40年近い歴史を持つDRAMとは比べようがない。
今出荷されている製品は、0.18μmプロセスの4Mbit MRAMで、2008年には0.13μmプロセスへのシュリンクと16Mbit MRAMの量産をしたいとしている。これを60nm~70nmプロセスで2Gbitまで大容量化しているDRAMや、50nmで16Gbitチップの実用化が間もなく始まるNANDフラッシュとはそれこそケタ違いで比べるべくもないが、それは当たり前のことなのである。 ●MRAMの可能性 現在、MRAMの重要なアプリケーションの1つは、車載用デバイスや航空宇宙用デバイスだが、これはMRAMが高温に耐える、ソフトエラーの心配がないといったMRAMの強みを生かせる分野であるからだ。温度耐久性を高めるには、あまり製造プロセスを微細化しない方が適している。こうしたニッチで市場を育てつつ、微細化を行なって高集積度化と低価格を行なって、だんだんより大きな市場(まずはNORフラッシュとSRAMの両方を1つで代替することだろう)を目指す、というのが今のMRAMの戦略だと考えられる。 この製造問題に加え、MRAMが持つもう1つの弱点は、外部の強磁界に弱いことだ。現在出荷されているMRAMは、パッケージ内部にシールドを持ち、日常的な利用で問題のない25Oe(エルステッド)の外部磁界の影響を受けないようになっている。だが、HDDのスピンドルモーターのような、強磁界を持つデバイスの上にポンと置かれると、MRAMは壊れてしまう。ここでいう壊れるは、単にデータが消えるのではなく、デバイスとして非可逆破壊してしまう、という意味である。極端な用途だが、HDD上のバッファメモリは、MRAMに不向きなアプリケーションの1つだろう。 というわけで、まだPC関連の製品でMRAMを見ることはなさそうだが、高速、高集積度(潜在的に)、不揮発といったMRAMの特徴は生かせるハズだ。外部磁気に弱いという問題にしても、10年後のPCにまだHDDが必要とされているかどうかも分からない。 これから数年後、半導体の製造プロセスが30nmを切るようになってくると、現在使われているようなセル構造を維持することは難しくなる。CPUのようなロジック製品ではトランジスタの3次元化が検討されているし、東芝はNANDフラッシュの3次元化を図るとしている。Samsungは次の40nm級プロセスからCTFと呼ばれる新しいセル方式を採用することを明らかにしている。既存の方式を延長するにせよ、MRAMのような全く新しいメモリデバイスの可能性を探るにせよ、大きな投資が必要になるし、大きな変動が起こっても不思議ではない。 現時点でのMRAMの製造プロセスは、45nm前後まではスケール可能だがその先は未知数だとされている。だが速度や集積度、不揮発など素性が良いだけに、材料面、製造プロセス面での技術革新があれば、大化けする可能性を秘めている。まだ歴史が浅いだけに、技術革新のタネは、引き出しにたくさん残っているハズであるからだ。
□Freescaleのホームページ (2007年8月7日) [Reported by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
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