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Wiiの死角はソフトウェア開発リソース




●3つのエリアに開発リソースを割く任天堂

 任天堂の、『Wii』戦略の次の手が見えてきた。

Wii Fit

 Wiiでは、マンマシンインターフェイスの改革と、ハードにインストールするチャンネル型アプリケーションによって、新しいユーザーを開拓、定着させようとしている。任天堂は、そのためのカギとなるアプリケーション『Wii Fit』の概要を発表した。Wii Fitでは健康管理とフィットネスがゲームになる。Wii Fitに象徴される、従来はゲームでなかった領域をエンターテイメントに取り込むアプリこそ、Wiiの今後を切り開くカギとなる。

 対するSCEは、PLAYSTATION 3(PS3)でコンピューティングパラダイムの変革を展望しつつ、当面は家庭のメディアセンターとしての充実を目指す。一方、MicrosoftはXbox 360ではXNAによるプログラミングモデルの拡充と改革に力点を置く。3社3様のコンピュータとしてのアプローチの中では、任天堂が好調のように見える。

 しかし、任天堂の戦略にも、もちろん死角はある。任天堂の弱点は、おそらく、ソフトウェア開発リソースの量にある。

 任天堂のWii戦略のジレンマは、従来型のゲームも期待される通りに作り続けなければならないことだ。任天堂は、Wii Fitのような新戦略だけに集中することはできない。また、サードーパーティを呼び戻すための努力も欠かせない。

 そのため、任天堂は、(1)任天堂クオリティのゲーム開発にリソースを投入しつつ、(2)新しい層を開拓するためのチャンネル型アプリの開発を行ない、(3)加えてサードパーティへの開発サポートにもリソースを割かなければならない。つまり、任天堂には、自社ゲーム開発だけに集中していた以前と比べると、3重のリソースが必要になっている。

 最大のハードルは任天堂にそれだけの開発リソースがあるのか、リソースを増やして管理できるのか、負荷に見合うだけリソースを増やせるのか、という点につきる。そして、現在のペースを見ると、その点にどうしてもクエスチョンがついてしまう。Wii改革の重要な要であるWiiチャンネルの充実のペースが、どう見ても遅いからだ。

●もっと充実させる必要があるWiiチャンネル

 Wii Fitは確かに切り札だが、Wii Fitがアピールする層は限られる。すべての家庭が、健康管理に強い関心を持っているわけではない。そのため、任天堂は、Wii Fitだけでなく、さまざまなチャンネルサービスを揃えて、より多方面にアピールする態勢を整えなければならない。ニュース、天気予報、投票という、今のWiiチャンネルのラインナップ(デフォルトでハードに入っているチャンネルは除く)は、充実しているとはとても言えない。

充実が期待されるWiiチャンネル

 任天堂にしても、現在のWiiチャンネルのラインナップで、多くのユーザーに、毎日Wiiを立ち上げてもらえると期待しているわけではないだろう。任天堂自身も、Wiiチャンネルの仕掛けをもっと充実させる必要を感じているに違いない。

 今のところ、任天堂にはニンテンドーDSという成功事例があり、Wii自体の目新しさがまだ続いているため、Wiiの新戦略のペースの遅さは隠蔽されている。しかし、Wii戦略のこの部分の遅れは、Wiiの目的とする新ユーザー層の定着に深く関わるため、実は問題が大きい。

 マンマシンインターフェイスの改革は、一見してわかりやすく、新ユーザーを惹きつける力が強い。しかし、せっかく獲得した新ユーザーを定着させる術がなければ、一過性のものとして終わってしまう。任天堂としては、いつの間にかWiiがTVから外され、リビングルームの片隅でほこりをかぶる事態は避けたい。そのため、本来なら、矢継ぎ早にWiiチャンネルを揃えて行かなければならないはずだが、現状ではそうなっていない。

 また、サードパーティのデベロッパからすると、任天堂の開発サポートにも難があるという。サポートの内容は格段に向上したものの、まだ十分とは言い難いという。今春のGDC(Game Developers Conference)の時点では、Wiiリモコンの動作検出にしても、ゲームを作り込もうとすると、やはり自前で測定しなければならないという話が出ていた。実際には、Wiiタイトルをきちんと作ろうとすると、手間はかなりかかってしまうという。

 こうした状況を見ると、任天堂の中ではゲーム、チャンネル、開発サポートで、開発リソースをどうアロケートするかで、かなり苦しんでいると推定される。例えば、チャンネルを1つ立ち上げようとすればゲームが遅れ、ゲームに中核要員を割けば開発サポートが手薄になるといった状況かもしれない。任天堂にとっては、新旧どちらのユーザーも、開発者も大切なので、リソースの配分は難しい。

●ストレージに見えるWiiのシンクライアント路線

2006年9月のWii Previewで示された、シンクライアントとしてのWii

 チャンネルコンテンツの充実といった展開を行なう場合の、Wiiのハードとしての弱点の1つは、内蔵するストレージの量だ。Wiiは512MBのフラッシュメモリを内蔵ストレージとして搭載している。このストレージ空間に、チャンネル型アプリケーションとそのデータ、そしてダウンロードゲームや諸々のデータをすべて納める仕組みになっている。当然、常駐のチャンネルアプリケーションを増やせば増やすほど、内蔵フラッシュのメモリスペースが消費される。

 そのため、Wiiのチャンネル型のアプリケーション/サービスのプランでは、プログラムとデータ量の多いプランはどうしても制約される。データ量はグラフィックス表現とある程度相関関係にあるため、アプリの表現力が制約される。現在のWiiチャンネルを見ても、データとコードをできる限り抑えている。

 もっとも、Wiiの本当の狙いからすれば、現在のストレージ量でも十分かもしれない。というのは、Wiiチャンネルの背後には、Wiiをシンクライアントにする構想があるからだ。シンクライアントでは、バックエンドのサーバー側にプログラムやデータがあり、クライアントはユーザーインターフェイスとして機能する。任天堂の岩田聡代表取締役社長は、Wii発売の直前に次のように語っていた。

 「今回のWiiは、HDDにどんどん貯め込んでという構造ではないんです。そういう意味では、ネットの向こうにいくらでも大容量のディスクがある。技術的にいえばシンクライアントですね。クライアント側はうんと軽くして、UI(ユーザーインターフェイス)をしっかりパワフルに処理できるだけの能力があれば、そこから先はサーバー側でいくらでもできるんで。そういう考え方で、相当面白いサービスができるんじゃないかと思います。

 (ネットワークの)帯域が広がり、サーバーサイドに持てるコンピューティングパワーが広がると、より大それたことがシンクライアントで出来るわけです。実際、AJAXを使ったページがブラウザの上で動いていますから」

 実際、現在のWiiチャンネルはいずれもネットワーク依存型のアプリケーションだ。これを進めて、よりサーバー側のポーションを大きくしたシンクライアント化して行けば、Wiiローカルに持つストレージはミニマムのままで、どんどんリッチなコンテンツを提供できるようになる。ユーザーデータも含めたデータはサーバー上にあり、サーバークライアント間でコンピューティングを分散するスタイルとなる。参加型の市場調査ゲームである『みんなで投票チャンネル』などは、リアルタイム性はないが、コンセプト的にはまさにこのラインにある。

 しかし、Wiiのポジションと、ワールドワイドのネットワーク環境は、まだシンクライアント型のサービスを安定して提供できるところまで届いていない。皮肉なことに、Wiiが開拓したカジュアルなゲーマー(それには年配層も含まれる)には、それほどネットアクティブではない人口がかなり含まれると推測される。Wiiをネットに接続せずに使うユーザーも、ある程度の割合で存在するはずだ。そして、今後開拓する層も同様だろう。例えば、Wii Fitをネットワーク依存にはできないはずだ。

 こうした状況にあるため、Wiiをシンクライアントへと完全にシフトさせるのは、先のフェイズだと推測される。しばらくは、内蔵ストレージに頼る必要があるだろう。そう考えると、512MBという量はある種の制約になるかもれない。

●低価格化が急速に進んだフラッシュメモリ

 ちなみに、Xbox 360とPS3はどちらも、発売以来、HDDストレージを増量したバージョンを出している。今世代では、ゲームコンソールは短サイクルでスペックの強化が行なわれている。では、任天堂もWii内蔵フラッシュメモリを、同様に短サイクルで増量するのだろうか。

 単純にコストを考えた場合、フラッシュの方がHDDより容量単価の下降カーブが急激だ。より速いペースで価格が下がって行く。Wiiが搭載するNANDフラッシュメモリのコストは、2003年以降は、平均すると毎年50%のペースで下がっている。1年で、同容量のNANDフラッシュの価格は半分になる。理由は簡単で、NANDフラッシュでは1年でチップの容量が2倍になっているからだ。その点では、Wiiのフラッシュは増量しやすい。

 任天堂がWiiに512MBのフラッシュメモリを搭載することを明らかにしたのは、発売1年半前の2005年5月のE3。任天堂は、もちろん、Wiiのハードウェアスペックを決定する際に、この価格下降を含んだはずだ。つまり、Wiiの製造に入る1年数カ月後のフラッシュの価格が、50%以下になることを前提として512MBというスペックを決めたと推測される。

 ここで、任天堂にとって不幸だったのは、512MBというスペックを決めたのが、2006年のNANDフラッシュメモリの価格急落の前だったことだろう。もし、今、任天堂がWiiを送り出すとしたら、間違いなくWiiは1GB以上のフラッシュを載せていたはずだ。なぜなら、フラッシュメモリのコストがそれだけ落ちたからだ。

 台湾ベースの調査会社DRAMeXchangeが6月に台北で行なったDRAMeXchange CompuForumでは、フラッシュの価格急落が示された。それによると、昨年(2006年)の第1四半期からWiiを発売した第4四半期までの間に、NANDフラッシュの16Gb(2GB)品や8Gb(1GB)品は50%以下にASPが下がり、今年(2007年)第1四半期には、さらにそこから半値程度に下落している。16Gb(2GB)品のNANDフラッシュの今年第1四半期の価格は、昨年(2006年)同時期の4Gb(512MB)品の価格とほぼ同レベルだ。任天堂がフラッシュコストの1/2の低下を含んでいたとしても、実際のフラッシュの価格はそれをはるかに超えて下落した。

 もちろん、その分、任天堂の内部ではフラッシュの調達コストは下がったはずだ。しかし、Wiiのハードウェアスペックについては、その恩恵は受けていない。1GBを載せてもコストは予定と変わらないはずだが、512MBのままだ。

 それなら、適時、NANDフラッシュチップを大容量品に載せ替えて行けばいいと思うかもしれない。しかし、そうは行かない。現在のNANDフラッシュでは、簡単に大容量のチップに載せ替えることができないからだ。

●載せ替えが難しいNANDフラッシュメモリチップ

 写真1は、先週、米サンノゼで開催されたメモリカンファレンス「MEMCOM07 San Jose」での、フラッシュコントローラメーカーの台湾Phisonのプレゼンだ。フラッシュメモリを大容量品に変えると、ホスト側のファームウェアとソフトウェアにかなりの変更が必要となることが示されている。例えば、メモリセルのバッドブロックのマネージメントといったレベルからの修正が必要で、作業量は非常に多いという。

 Wiiの内部を見ると、4Gb(512MB)のNANDフラッシュチップ(写真2)は、GPU+コアロジックLSIである「Hollywood(ハリウッド)」に直結されているように見える。となると、AMD(旧ATI)またはフラッシュコントローラIPのベンダと協力して、ファームとソフトの対応を行なう必要があると推定される。


【写真1】台湾Phisonのプレゼン 【写真2】マザーボード背面に配置されたSamsung Semiconductorの4GbのNANDフラッシュチップ

 HDDの場合はドライブ側にコントローラチップがあり、インターフェイスが規格化されているため簡単に載せ替えることができる。しかし、フラッシュメモリをチップセットに直結し、オンマザーボードで据えた場合は簡単にスワップができない。つまり、Xbox 360とPS3は簡単にストレージの量を変えることができるが、Wiiは簡単にはできない。そのため、任天堂がWiiのフラッシュメモリの搭載量を増やすとしたら、それはハードのある程度の節目になる可能性が高い。

 また、フラッシュチップを切り替えるには、今はあまりいい時期ではない。NANDフラッシュの価格が当面は下がらないからだ。NANDフラッシュは、プロセス技術の移行と、iPhone発売とiPodのモデルチェンジが近づいているために、需給がきつくなり(DRAMeXchangeによるとiPodとiPhoneでNAND生産量の25%を占めるという)価格が上昇しつつある。もともと、フラッシュは家電での使用が多いため、季節変動で年の後半は価格が上がる傾向がある。また、フラッシュとDRAMの両方を製造するメーカーは、Windows Vista前に特需を見込んでDRAMにラインを多めに割り当てたと言われる。

 こうした事情から、フラッシュの価格はしばらくは低下が期待できない。ラフに言うと2006年から2007年頭までにフラッシュの価格が急落した分は、2007年中に価格が下がらないことで吸収されてしまう。任天堂にとってきれいなシナリオは、2008年前半に再びフラッシュ価格が動くことを見越して大容量品へとジャンプすることかもしれない。もちろん、フラッシュ価格に構わず大容量に切り替える可能性もあるし、逆に4Gb品の供給がストップするまで現在の容量を維持するかもしれない。

 Wii全体の流れを考えると、この世代はスペックを据え置いて、早めにハード世代のサイクルを回す可能性も高い。今世代のゲーム機で、共通に言えることは、5年毎のハード世代交代のサイクルは、おそらく継続されないだろうということだ。ハードの世代交代は行なわれるが、そのサイクルが5年で他機と同期する必要はなくなる。

 それにはいくつかの理由はあるが、サイクルは長くも短くもなり得る。ソフトウェア層の作り方が変わったため、後方互換を取りながらハードを発展させることが容易になったからだ。そして、おそらくWiiについていれば、サイクルは短くなるだろう。もちろん、Wii戦略がこのまま成功すればの話だが。

□関連記事
【7月25日】【海外】『Wii Fit』で見えてきた任天堂のWiiの次のステップ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0725/kaigai374.htm
【2006年12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(4)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1212/kaigai327.htm
【2006年12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(3)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1211/kaigai326.htm
【2006年12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(2)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1207/kaigai325.htm
【2006年12月6日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(1)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1206/kaigai324.htm

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(2007年7月27日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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