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『Wii Fit』で見えてきたWiiの次のステップ




●Wiiのコンセプトと深く結びついたWii Fit

 任天堂は、『Wii』戦略の次のステップのカギとなるアプリケーション『Wii Fit』の概要を発表した。Wii Fitは、以前は“Wii Health”(ヘルスパック)と呼ばれていたソフトで、BMI(ボディ・マス・インデックス)指数の測定などによる健康管理と、フィットネスゲームを提供する。そのため、『Wiiバランスボード』と呼ばれる、体重計兼用のバランス入力デバイスを同梱する。Wiiバランスボードでは重量測定だけでなく、ボード上での体重移動を測定して、Wiiの入力に使うことができる。体重を使った、新しい入力インターフェイスデバイスだ。

Wii Fit。測定した人物のBMI指数が表示される BMI指数の変動も記録できる
Wiiバランスボード。このように乗って使う 足だけではなく、手をついて体を支えるなど、体重を利用して入力する

 任天堂は、ゲームショウであるE3のカンファレンスで、宮本茂氏(代表取締役専務)が紹介するメイントピックスに、Wii Fitを持ってきた。それは、Wii FitがWiiの今後を占うカギとなるアプリだからだ。Wii Fitの成否は、Wii戦略が任天堂の意図している方向へと進むかどうかを示す可能性が高い。

 Wii Fitは、Wiiというプラットフォームの本質に深く関わるアプリケーションだ。Wiiでは、(1)これまでゲーム機に触らなかった新しいユーザー層を掘り起こし、(2)毎日マシンに電源を入れて触ってもらうことを目的としており、そのために(3)マンマシンインターフェイスの改革にフォーカスし、(4)マシンにインストールするチャンネルという新しいアプリケーション形態も取り入れ、(5)ゲームと実用アプリの中間層までソフトの幅を広げようとしているからだ。Wii Fitはこのすべてにおいてカギとなる。

 その点で、同じ“Wii”を冠する任天堂のキラータイトルでも、Wii Fitはローンチタイトルの『Wii Sports』とは根源的な違いがある。Wii Sportsは、Wiiのマンマシンインターフェイスの改革というポイントを印象づけるためのタマだ。上の(1)の新ユーザーの引き込みと、(3)の新インターフェイスWiiリモコンのデモンストレーションの役を果たしている。しかし、形態としては依然としてゲームタイトルであり、それ以外の3つの項目を満たしてはいない。それに対して、Wii Fitは、上の全ての項目をカバーし、最終的にWiiのコンピュータとしての使われ方を広げることができる。

●毎日電源を入れさせることができるWii Fit

 今世代のゲーム機の戦略の最大のポイントは、3社とも「毎日電源を入れてもらうこと」にある。毎日マシンを立ち上げて使ってもらうことで、コモディティとして家庭に浸透する。そのために、アプローチは各社で異なるものの、3社とも伝統的なゲームプレイ以外の部分を強化し、ゲーム以外の用途でも毎日使ってもらえるように務めている。

 Wii Sportsは、カジュアルゲーマーを新たに掘り起こした。しかし、Wii Sportsなどのタイトルでは、そのユーザーが毎日電源を入れるようにさせることは難しい。任天堂としては、ユーザーが電源を入れる動機を生み出さなければならない。

 Wii Fitは、その点で理想的なアプリケーションだ。体重管理とフィットネスは、怠けると自分自身に対して罪悪感が生じる。そのため、スタートしたら、必ず毎日Wiiに電源を入れなければならなくなる。(2)の毎日触ってもらうための戦略に、これくらい合致したアプリは他にない。

 「ビリーズブートキャンプ」のようなハードなエクササイズではなく、誰でもできる軽いフィットネスに寄っているのもポイントだ。軽めのフィットネスで敷居を下げて、ゲームとしての楽しさでモチベーションを維持させる。

E3会場にてWii Fitを試す人々

●チャンネルがWiiのアプリの幅を広げる

 Wii Fitは、(4)のWiiチャンネル型のアプリケーションとなる。少なくともBMI値など健康データの測定とその結果表示のプログラムは、Wiiチャンネルとして利用できる。Wiiチャンネル型アプリは、基本的にWii内蔵フラッシュメモリにインストールされる。ディスクを入れることなく、Wiiのランチャー型インターフェイスから、チャンネルとして選択することで利用できる。

 これは、Wii Fitの使い方を考えれば当然の流れだ。使う度にディスクを入れ替えるのでは、継続して使ってくれるユーザーが限られるからだ。少なくともBMI測定は、思い立った時に、手軽にチャンネルの中から選んで使えなければ、Wii Fitは成り立たない。

 Wiiでは、このチャンネル型アプリという新形態も重要なカギとなっている。伝統的なゲームの制約は、ディスクメディアで提供される点にある。本体にプログラムを持つチャンネル型では、ディスクベースのタイトルと異なり、より気軽に日常的に使うことができる。PCからすれば当たり前の話だが、これは、今世代のゲーム機の大きな改革点となっている。

 Wii Fitはディスクから導入する可能性が高いが、チャンネル型アプリは基本的にはネットワーク経由が主体となる。流通コストがかからないため、タイトルとして一定のボリュームを持たなくてもいい。リアルタイムにアップデートが可能で、ゲームである必要もない。任天堂の岩田聡代表取締役社長は、Wii発売の直前に次のように語っていた。

任天堂の岩田聡氏

 「チャンネルの仕組みで提供できるものには、ほとんど娯楽度のない実用的なところから、ゲームのような100%娯楽のところまでの、中間があると考えています」、「チャンネルのアプローチでは、ネットにつながっているからこそできることがある。ネット経由でディストリビューションして、どんどん早いサイクルで更新する。そういう形で、お客様と作り手がつながっているからできるサービス、できる面白さがあるはずです」

 Wii Fitは、一応はゲームとしての体裁を整えているが、実態としては限りなく実用アプリに近い。ニンテンドーDSのブレイクスルーとなった『脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)』より、さらに実用へと振っている。(5)の実用アプリの領域へと広げる戦略の先兵となるものだ。Wii Fitを載せたWiiは、ヘルスコンピュータにほかならない。

●マンマシンインターフェイスの革新がWiiのポイント

 Wii Fitが示した、もう1つの重要なポイントは、Wiiの本質が“マンマシンインターフェイスの改革”にあることを再度明確にしたことだ。任天堂の岩田氏は、昨年(2006年)末のインタビューで次のように語っていた。

Wiiリモコン

 「Wiiのリモコンも、コンセプトはDSのペンと非常に近いものです。どうしたらお客様の数が増えるのかを考えたという意味では共通。そしてお客さんを増やすキーは、お客さんと機械の間の距離をいかに近づけるかにある。それは、マンマシンインターフェイスをより直感的にすること。これが共通のコンセプトです」

 Wiiのコンセプトの核心は、コンピュータへのマンマシンインターフェイスの改革にある。そうした視点で見ると、Wii Fitの別な側面が見えてくる。

 Wii FitのWiiバランスボードは、従来的な見方で言えば、ゲーム機のオプション入力デバイスに過ぎない。ガンコントローラやスティック同様の機器だ。しかし、Wiiのコンセプトを考えると、そうではない。Wiiバランスボードは、マンマシンインターフェイスの改革の次のステップであることがわかってくる。

 おそらく、Wiiでは、Wiiリモコンという1つの新しい入力デバイスを標準でつけて、それでマンマシンインターフェイスの改革が終わり、ということにならない。Wii Fitでは、アプリケーション毎にインターフェイスデバイスも積極的に変革して行こうとしているように見える。これは、携帯機であるニンテンドーDSでは難しいアプローチだ。

 このことは、Wiiではハードの主役が、入力装置にあることを明確に示している。Xbox 360とPS3では、コンピュータ本体が主役で、入力デバイスは脇役的な雰囲気だ。しかし、Wiiの場合はそうではなく、TVにつながるボックス自体よりコントローラが主役だ。実際、岩田氏も、開発リソースを、マンマシンインターフェイスに振り向けたと語っていた。そして、そのコンセプトはWii発売後の今も継続されている。

 Wii Fitも、基本的なコンセプトのスタート地点は、おそらくマンマシンインターフェイスの改革にあったと推測される。「ヘルスメータがインターフェイスになれば、きっと面白い」という発想が、かなり早い段階にあったと思われる。アイデアの原点がインターフェイス部分にあるとしたら、同様のインターフェイス改革の試みは、今後も繰り返されるだろう。

●マンマシンインターフェイスの改革でコンピュータとして使われる

 Wiiリモコンでリモコンのメタファを借り、Wiiバランスボードでヘルスメータのメタファを借りた任天堂。人間が馴染んだ既存のツールのメタファを借りたインターフェイスとすることで、何が起ころうとしているのか。ニンテンドーDSの事例を見ると、ある程度の予想はできる。

 ニンテンドーDSは、ノートブックとペンのメタファを借りて、マンマシンインターフェイスの改革を行なった。その結果、現在のニンテンドーDSのユーセージは、PDAや電子ブックに近い使われ方にまで広がっている。以前なら、書籍として出たり、PDA向けアプリだったようなコンテンツが、日本では、ニンテンドーDSに載っているからだ。ニンテンドーDS自体のコンセプトはゲーム機であるものの、今では、モバイルコンピュータの役割も果たしている。

 コンピュータハードとして見た場合、ニンテンドーDSはライバルPSPと比べてずっと非力だ。それなのに、ニンテンドーDSの方がよりマスにアピールするコンピュータとして確立しつつある。コンピュータとしてハックされるのはPSPだが、カジュアルにコンピュータとして使われるのはニンテンドーDSという状況だ。

 このことが示すのは、コンピューティングパフォーマンスを増すよりも、マンマシンインターフェイスを改革した方がコンピュータとして使われる、ということかもしれない。これが、任天堂の意図していたところかどうかはともかく、日本市場での流れはそうなっている。

 同じ図式が当てはまるとすると、Wiiの戦略の行き着く先は、直観的なインターフェイスによってコンピュータとして活用されることだ。実際、Wii Fitのやろうとしていることは、Intelが唱えるデジタルヘルスと基本的なコンセプトは変わらない。もちろん、IntelがIntel Developer Forum(IDF)などで見せるデジタルヘルスのデモの方がずっと高度なことを行なっている。しかし、ヘルスコンピュータをマスに普及させる力は、おそらく任天堂の方が強い。

●時代に合った? ユーザーインターフェイスの改革

 任天堂のユーザーインターフェイス改革路線がうまく行っている理由の1つは、時代がマッチしているからかもしれない。興味深いのは、他にも同じように、インターフェイスの改革で、成功しつつある事例が直近にあることだ。それはApple Computerの携帯電話「iPhone」だ。

 iPhoneのポイントも、マンマシンインターフェイスの改革にある。ミニアルファベットキーボードを載せた米国のスマートフォン(PDA機能融合型の高機能携帯電話)に対して、タッチパネルで直観的操作するiPhoneは、そのユーザーインターフェイスで評価されている。例えば、先週、米サンノゼで開催されたメモリカンファレンス「MEMCOM07 San Jose」でキーノートスピーチを行なったCEA(Consumer Electronics Association)のTodd Thibodeaux氏(Sr. Vice President, Industry Relations)は「iPhoneのインターフェイスは革新的で大きな飛躍」と高く評価した。iPhoneの勢いがいつまで続くかわからないが、そのユーザーインターフェイスがショックを与えていることは確かだ。

 皮肉なことに、iPhoneの価格(4GB版が499ドル、8GB版が599ドル)は、PS3の価格(60GB版が499ドル、80GB版が599ドル)と同列。久夛良木健氏(現 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)名誉会長兼ソニー シニア・テクノロジー・アドバイザー)は、以前、AppleのロゴをつければPS3が高くても売れるだろうと語っていた。iPhoneが売れ続けるとしたら、まさにその予言の通りの現象となる。そして、iPhoneの源にあるのは、Appleのブランド力だけでなく、任天堂と同じユーザーインターフェイスへのこだわりだ。

 もちろん、インターフェイスの改革には、コンピュータの性能や技術が伴わなければならない。例えば、初期のグラフィカルユーザーインターフェイス(GUI)は、レスポンスが悪くて使いにくかった。結局、今は、コンピューティングパフォーマンスのボトムライン(底辺)が一定水準に達し、インターフェイス回りの技術も成熟したため、マンマシンインターフェイスの改革へと振ってもバランスが取れるということかもしれない。だとすれば、任天堂はうまくその波をつかみつつあることになる。

 とはいえ、任天堂にも死角がある。それは開発リソースの厚みであり、おそらく、それのためにWii Fitに象徴されるWii新戦略の展開は、かなりスローペースだ。任天堂にしても、ラクラクと乗り切っているわけではない。よくよく見ると、かなり危ういバランスで走っている。

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【2006年12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(3)
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【2006年12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(2)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1207/kaigai325.htm
【2006年12月6日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(1)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1206/kaigai324.htm

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(2007年7月25日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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