アップルから、iTunesのコンテンツをHDTVで観るための製品となる「Apple TV」が発売された。Apple TVを利用することで、ユーザーはiTunesがインストールされているPCに保存されているコンテンツを手軽にリビングにあるHDTVなどを利用して楽しむことが可能になる。 リビングにおいてネットワークで他のiTunesライブラリを参照できる機能を持つため、DMA的な捉え方もされるApple TVだが、どちらかと言えばそれはApple TVの本質ではない。というのも、Apple TVはHDDを内蔵しており、1台のiTunesライブラリと同期して利用できるという機能を備えており、どちらかと言えば“据え置き型iPod”という表現が的確で、DMA的な機能は“おまけ”に過ぎないからだ。ただし、既存のiPodとは異なり、HDコンテンツに対応しているという特徴も備えている。 先週末にApple TVを入手したので、実際の製品を利用してその魅力や使い勝手などに迫っていきたい。 ●HDTVに接続可能なビデオiPodとiTunes対応DMAの2つの側面を持つApple TV Apple TV(以下本製品)は2つの側面をあわせ持ったデバイスとなっている。1つは、ネットワーク接続でiTunesのライブラリと同期可能なビデオiPodという側面で、もう1つがネットワーク経由で他のiTunesのライブラリをストリーム再生することができるというDMAとしての側面だ。
本製品には40GBのHDDが内蔵されている。ネットワークを介して本製品をiTunesがインストールされたPCと接続することで、iTunesのライブラリを本製品のHDDに同期することができる。つまり、本製品をHDTVに接続されたビデオiPodとして利用することができるのだ。現在のiPodのビデオ出力は、コンポジットのみとなっているので、HDTVへ出力した場合、コンテンツの再生はSD解像度のみとなる。しかし、本製品では、HDMI端子ないしはコンポーネント端子を備えており、HD解像度のコンテンツはHD解像度で再生することが可能になっている。この点が、iPodをHDTVに接続した場合との大きな違いになるだろう。 同期のやり方は、通常のiPodとほとんど同じで、iTunes側のライブラリすべてを同期するか、プレイリストに登録した必要なコンテンツだけを転送するかなどはiTunes側で選択することができる。このあたりの設定は、iPodになれているユーザーであれば何の違和感もなく実行できるだろう。 ただし、本製品はiPodとは違い、USBやIEEE 1394ではなくネットワークを介して接続するので、iTunesに接続する手順は、iPodとは異なっている。本製品は、背面にEthernetを備えているほか、IEEE 802.11n(ドラフト仕様)に対応した無線LAN機能を備えているので、IEEE 802.11n(ドラフト仕様)に対応した無線LANルーターや従来のIEEE 802.11a/b/gに対応した無線LANルーターを介して接続させることもできる。ネットワークを介して接続されたら、Apple TVを登録モードに設定しておくと、iTunesの側でApple TVを発見し、Apple TVに表示されている登録コードをiTunes側で入力することで登録が完了。あとはiPodと同じような感覚でコンテンツの同期を行なうことができるようになる。 また、本製品は、5台までのiTunesがインストールされたPCを登録し、iTunesライブラリに登録されたコンテンツをストリーム再生することができる。自分が利用しているPC以外にも、家族が利用しているPCのiTunesライブラリに登録されているコンテンツを再生したいというニーズにも十分応えることができる。
●HDMIとコンポーネント出力を備え、HD解像度に対応したTVで利用可能 基本的な仕組みがわかったところで、今度はApple TVのハードウェアについてみていこう。デザインは、アップルがPCとして発売しているMac Miniに似たデザインになっているが、光学ドライブを内蔵していないところが大きな違いで、かなり薄く仕上がっている。 背面に用意されているI/Oポートには、USB端子(保守用でデバイスなどを接続することはできない)、Ethernet、HDMI出力、コンポーネント出力、ライン出力、S/PDIF出力などが用意されている。TVとの接続にはHDMI出力かコンポーネント出力を利用するが、接続ケーブルはパッケージに用意されていないので、TV側の入力端子にあわせて接続ケーブルが必要になるので注意したい。TVにHDMI端子がなくDVI端子しかない場合にはHDMI→DVIケーブルが必要になるし、TVにD端子しかない場合にはコンポーネント→D端子ケーブルが必要になる。 なお、本製品ではSビデオ出力やコンポジットビデオ出力は用意されていないので、HDMI入力端子やコンポーネント入力端子などが用意されていないTVでは利用できないので注意したい。特に、SD解像度にのみ対応したブラウン管TVなどの場合では、最初からHDMI端子はもちろん、コンポーネント端子も用意されていない場合がほとんどなので注意したい。 なお、本製品が対応している出力フォーマットは下記のようになっている。 1080i(60/50Hz) 日本で発売されているHDTVであれば、いずれのフォーマットも対応しているだろうから問題ないと思うが、ブラウン管TVなどではコンポーネント端子が用意されていても480p(日本的な言い方をするならD2出力)までしか対応していない場合などもあるため、用意されているなかで最適なものを選べばいいだろう。なお、間違った表示モードに設定してもリモコンで「Menu」と「+」ボタンを同時に押すことで、表示設定モードになり、いくつかの設定を表示してくれるので、自分のTVで表示可能なモードが表示されたときにリモコンを操作して設定することができるようになっているので安心だ。 本製品の操作は、付属のApple Remoteコントローラを利用して行なう。このApple Remoteコントローラは、第6世代iPod用として販売されているものと同じリモコンで、真ん中に再生キー相当のエンターキーがある十字キーとメニューボタンで操作するという、スイッチが6つしかないシンプルなものとなっている。iPodの操作体系に慣れ親しんでいるユーザーであれば違和感なく利用することができるだろう。 リモコンの使い勝手だが、筆者は普段iPodを利用しているため、割と違和感なく馴染むことができたが、日本の家電のリモコンのように、さまざまなスイッチが用意されている方が操作しやすいと考えているユーザーには物足りないかもしれない。もっとも、本製品は、iTunesがインストールされているPCが利用する際の大前提となるので、すでにユーザーはiPodのユーザーインターフェイスに慣れ親しんでいる可能性は高い。 なお、本製品は電源スイッチがない。基本的に電源をつなげたら、電源はずっと入りっぱなしで、電源を切ることはできない。ただし、リモコンで再生/一時停止のボタンを長押しすることで、スタンバイモードへ移行させることが可能で、必要のない時にはスタンバイモードへ移行させておくといいだろう。気になる消費電力だが、動画再生時で18~19W、スタンバイ時で15W程度となっている。スタンバイでもほとんど消費電力が変わらないので、基本的にはディスプレイ出力をOFFにしているだけと考えた方がいい。なお、内部にはファンも用意されているようだが、動作している時には特に騒音などは気にならなかった。しかし本体はかなり熱くなるので、本製品の上に物を置いたりはしないほうがいいだろう。 ●MPEG-2やAVIに未対応などビデオの対応フォーマットには不満が残る 内蔵のHDDに同期したコンテンツを再生する場合、iTunesがインストールされたPC上のコンテンツをストリーム再生する場合に限らず、本製品では次のような形式のコンテンツを再生することができる。 【表1】Apple TVで再生できるコンテンツ
音楽ファイルと静止画に関しては、ほとんどのユーザーが不満を感じることはないだろう。Windowsユーザーとしては、WMA(Windows Media Audio)に対応してくれていればさらによかったが、それとてiTunes側でAACへの一括変換が可能であるので、特に大きな問題はないだろう。静止画に関しても、現状ではユーザー側で作成した静止画(つまりはデジタルカメラで撮影した画像)はほとんどがJPEGであるので、この仕様で特に大きな問題はないだろう。 しかし、動画に関してはH.264(MPEG-4 AVC)とMPEG-4だけというのは日本のユーザーにはかなり不満な仕様と言っていいのではないだろうか。Windowsユーザーにせよ、Mac OSユーザーにせよ、現在PC上で一般的に利用されている動画形式はなんといってもMPEG-2とAVIであることは論を待たないだろう。既にユーザーのHDDには、これらの形式の動画ファイルがたくさんあるはずだ。それらも本製品で楽しみたいと考えるのは当然のニーズではないだろうか。また、日本で動画の配信形式で主流となりつつあるのは、Windows Media DRMで保護されたWMVファイルだ。もっとも、WMV形式は事実上Windows上でしか使えない形式と言ってもよく、Mac OSのユーザーには使えないといってもよい形式なので、これと互換性がないことは致し方ないかもしれない。 仮にユーザーがこれらの形式のファイルを本製品で楽しもうと思えば、まずTMPGEncのようなエンコーダソフトウェアを利用してH.264かMPEG-4形式にエンコードしなければならない。ところが、現状のPCの処理能力では、MPEG-2からH.264などにエンコードするにはものすごく時間がかかる。コンテンツの長さやビットレートなどによって変わるが、30分のMPEG-2ファイルをH.264にエンコードすれば軽く数時間はかかる。しかも、いちいちエンコーダソフトウェアを利用して、1つのコンテンツごとに設定を行なうという面倒な手順もこなす必要がある。やっぱり素直にMPEG-2やAVIに対応してくれればいいのにと思わざるを得ない。 日本市場でiPodが受け入れられた背景には、標準でMP3に対応していたということの要素はかなり大きかったのではないかと筆者は考えている。ソニーのネットワークウォークマンが初期はATRAC3のみ対応で、MP3を転送できず、そのことに消費者がNoを突きつけたのに対して、MP3を標準でサポートしたiPodが消費者に受け入れられたという構図である。初期の段階では日本ではiTunes Storeのサービスが行なわれていなかった背景を考えても、やはりそうした標準フォーマットと言えるMP3に対応していたことがiPodの強みとなっていたはずだ。そうしたことを考えると、MPEG-2やAVIに対応していないと言うことは、日本市場で本製品を展開する上でiPodがMP3に対応していたことの逆の状況で障害になると思う。 もっとも、このあたりはソフトウェアの改善で十分対応可能なはずだ。H.264をデコードする性能をもっているのだから、MPEG-2のデコードはハードウェア的に十分可能なはず。今後のソフトウェアアップデートに期待したいところだ。
●iTunes Storeで購入したプレミアムコンテンツをHDTVで再生できる しかし、本製品の動画機能の別の側面に目を向けると、別の魅力が見えてくる。具体的には、iTunes Storeで販売されているプレミアムコンテンツ(著作権ありの有料コンテンツ)を、本製品でそのまま再生可能なことだ。iTunes Storeでは、Fairplayでコンテンツ保護されたプレミアムコンテンツが販売されており、ユーザーはiTunes Storeでクレジットカードなどを利用して決済することで、自分のiTunesにダウンロードしてビデオを楽しむことができる。 ダウンロードしたコンテンツは、本製品に同期してローカルHDDに転送しても再生できるほか、他のiTunes PCにあるものも再生することができる。例えば、iTunes Storeで視聴したいコンテンツを見つけた場合、決済して自分のPCにダウンロードしておけば、本製品を利用してリビングにあるTVで楽しむことができるということだ。音楽ビデオぐらいならPCで観てもいいが、映画のようなコンテンツなら、やはりリビングのTVでゆっくり見たいだろう。そうしたニーズに応えることができるということだ。なお、本製品を利用して直接購入はできない、クレジットカードの入力などが必要なことを考えると、PC上のiTunesですべて操作するというコンセプトは正しいと思う。
ただし、ダウンロード購入できるコンテンツが豊富かと言われれば、それには疑問もある。今のところ日本のiTunes Storeでは、販売されている動画コンテンツは音楽ビデオが中心になっており、アップルのスティーブ・ジョブスCEOが経営する映画スタジオのPixarが提供するショートアニメーションがあるぐらいで、ハリウッド映画のような魅力的なコンテンツはほとんど用意されていない。従って、仕組みはあるが、実際には筆者が述べたような利用シーンは今のところ実現されていないというのが残念なところだ。 しかし、米国に目を向ければ、すでにiTunes Storeを通じて、ハリウッド映画のようなコンテンツが提供されており、しかも一部はHDコンテンツとして提供されている。そのほかにも、TV局がiTunes Storeを通じてコンテンツを提供するということも行なわれているなど充実してきている。ぜひとも日本でもそうしたサービスが開始されることに期待したい。 ●iTunesのライブラリをそのまま再生できる 冒頭でも述べたように、他のiTunesライブラリにネットワーク越しに接続して、コンテンツをストリーム再生できる機能は、どちらかと言えばおまけ機能と述べたとおりだが、それでもすでに家庭内に複数のiTunesライブラリを構築しているユーザーには便利な機能と言えるだろう。 ネットワーク越しにコンテンツを再生できる機器と言えば、DLNAガイドラインに準拠したDMAやMedia Center Extenderの機能を持つXbox 360などが思い浮かぶが、それらとの比較をしてみたい。 【表2】Xbox 360、ルームリンクとの機能比較
表を見てわかるように、DMAとして機能を比較するとすでに指摘したように動画再生の機能としては、明らかにDLNAガイドライン対応DMAやXbox 360などに劣っていると言わざるを得ない。 しかし、他のDMAにはない本製品のアドバンテージと言えるのは、AACやApple LosslessといったiTunesで標準的にサポートされているファイルに対応していることだ。また、Fairplayで保護されているAACにも対応しているので、iTunes Storeで購入した音楽ファイルを再生できる点もメリットと言える。 もう1つ指摘しておきたいのは、本製品はiTunesのプレイリストをそのまま利用できることだ。筆者もそうだが、おそらく多くの読者ははすでにHDDの中に多数の音楽ファイルを保存していると思うが、それも20GB、30GBとなってくると、目的の曲を探すのも一苦労だ。幸いなことに、本製品では、目的の曲を探すのは他の製品に比べて楽にできる。リストの下の方にスクロールするとき、リモコンの矢印キーを押しっぱなしにすると、途中で加速がかかりかなり高速にリストの下の方まで移動できる(このあたりはiPodと一緒で非常によくできている)。しかし、それでも、曲やアーチストの並び順はアルファベット(abcdef……)の後に日本語で、かつ日本語の並びは一応読みの順になるのだが、正しく判別されていないものもあるので、やや探しにくい。
そうした時に便利なのは、プレイリストだ。よく聴く曲などをプレイリストにしておけば、いちいち目的の曲を探しに行く必要もなくなる。iTunes用に作ったプレイリストはiTunesでのみ利用可能で、DLNAガイドラインに対応したDMAやXbox 360などからは読み出すことができないのだ。しかし、本製品はiTunesのプレイリストをそのまま読み出し、プレイリストに登録した曲をそのまま再生することができるので非常に便利だ。 このように、本製品の既存のDMAに対するアドバンテージは、やはりiTunesのライブラリをそのまま読み出すことができる、これに尽きるのではないだろうか。 ●魅力的な製品となるかどうかはiTunes Storeのコンテンツ次第 以上のように、本製品はMPEG-2やAVIなどのPCで一般的に利用されている形式の動画を再生することができないという課題を抱えてはいるものの、ユーザーのPC上に構築されているiTunesライブラリをローカルHDDに同期させて再生したり、ネットワーク上でストリーム再生したりという使い方ができる点、さらには、普段使い慣れているiPodと似たインターフェイスで操作できる点は、すでにiPodを利用しているユーザーにとって大きなメリットと言えるのではないだろうか。 ただ、本製品の本当の魅力は、HDMIを利用してHDTVに接続し、iTunes Storeを通じて入手したHDコンテンツを再生できるという点にあり、オーディオや写真などの機能は“おまけ”と言っても過言ではない(もしオーディオだけでよいならiPodをHDTVにつないでも同じだからだ)。しかし、今のところその魅力があまり見えてこないのは、すでに指摘したように、日本のiTunes Storeであまり魅力的な動画コンテンツが提供されていないというところに理由があると思う。もし、iTunes Storeを通じて魅力的なコンテンツがたくさん提供されるようになれば、本製品は手軽にHDコンテンツを楽しむデバイスとして非常に魅力的な存在になりうる。例えば、BDやHD DVDなどで提供されているHDコンテンツが、iTunes Storeを経由してダウンロード購入できるようになれば、ユーザーはメディアを買わなくとも簡単にHDコンテンツを楽しむことができるようになり、そのメリットは計り知れないと言える。 こればかりは、“鶏が先か、卵が先か”の論と一緒で、本製品がリリースされなければ、iTunes Storeはコンテンツ所有者にとって魅力的な存在にならないし、iTunes Storeにコンテンツがそろわなければ本製品は魅力的ではないという堂々巡りになってしまう。そこで、本製品が“鶏”となるべく投入されたと考えることは可能だろう。 だとしたら、当面は日本のiTunes Storeのコンテンツがそろうまでのつなぎとして、ぜひMPEG-2やAVIなどのサポートは希望したいものだ。そうなれば、とりあえずDMAとして利用することができるので、iTunes Store経由のコンテンツなくともMP3が理由でiPodが普及したように、本製品がコンテンツに先行して普及するということが可能になる。そして、それによりコンテンツ所有者がiTunes Storeを魅力的な配信プラットフォームだと考え、コンテンツの提供を開始するという好循環を生む可能性はあると思う。 以上のことを踏まえて、どんなユーザーが本製品を購入すればいいかと言えば、やはりすでにiPodを所有しており、AACやApple Losslessのような主に本製品でしか扱えない形式のコンテンツをiTunesのライブラリに登録しており、いちいちiPodをTVにつながなくてもiTunesライブラリをリビングのTVで楽しみたいというユーザーは十分検討する余地がある。 ただ、その場合ネックになるのは36,800円という価格だろう。同じぐらいだせば、iPodの80GB版にも手が届くぐらいで、HDコンテンツを再生できるという機能が今のところあまり機能していない現状を考えるとやや高いなと思わざるを得ない。しかし、今後日本のiTunes Storeの展開次第で有望なHDコンテンツの再生環境という動画機能を評価できるのであれば、決して高いということはないのではないだろうか。 □関連記事 (2007年3月29日) [Reported by 笠原一輝]
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