●4年越しの構想の具現化となるHome
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、先週米サンフランシスコで開催されたGDC(Game Developers Conference)のキーノートスピーチで、PLAYSTATION 3(PS3)の新オンラインサービス「Home」を発表した。2007年秋から提供されるHomeはPS3にとって、ブレイクスルーとなる可能性を秘めている。まだ疑問符は多く残っているものの、SCEが、PS3のハードではなく、ソフトウェアとサービスの面で明確な戦略を打ち出して来た、その意味は大きい。 Homeについては、すでにGame Watchなどでレポートされているので説明は簡単にしたい。 Homeは、ユーザーに3Dの仮想世界での生活を提供するオンラインサービスだ。映画「マトリックス(The Matrix)」で人々が仮想世界に生きるように、Homeではユーザーがネットワーク上の仮想世界に入り込む。仮想世界の中で、他のユーザーと交流し、ゲームをしたり映画や音楽を楽しんだりできる、というのが概念だ。 SCEIの久夛良木健氏(SCEI グループCEO兼代表取締役会長)は2003年のインタビューで、Cell Broadband Engine(Cell B.E.)によってマトリックスの仮想世界に入り込めるようになる、という構想を語っていたが、まさにその構想の具現化だ。もっとも、まだかなり初期的なレベルだが。
実際のHomeでは、ユーザーは自分の分身である3Dキャラクター「アバター(avatar)」としてHomeの仮想世界に入る。Homeの仮想世界は、現実世界のような物理がシミュレートされている。Homeの中には自分の家(Home)があり、公共のスペースや、ゲームセンターや映画館のようなスペースがあり、企業などが提供するテナントも存在できる。ユーザー同士は音声またはテキストでチャットできるので、mixi(米国ならMySpace)のようなソーシャルコミュニティも成り立つ。また、YouTubeのようなユーザー参加型サービスも取り込むことを考えている。言ってみれば、mixiやYouTubeその他のオンラインサービスを統合して、3D仮想世界のインターフェイスを被せたポータルサービスだ。Homeと各サービスやコンテンツは連携するので、例えば、Homeで出会った他のユーザーとチャットをして、そのままオンラインゲームに一緒に入るといったことが可能になる。 ●Second Life旋風にうまく乗ったHomeのアナウンス ゲーム業界以外の、日本の一般人から見ると、やや唐突に見えるHomeの3D仮想空間だが、米国から見るとじつにわかりやすい戦略だ。なぜなら、Homeの前に「Second Life(セカンドライフ)」という先駆があるからだ。 Second Lifeは米Linden Labが提供するオンライン“ゲーム”だ。実際にはゲームではなく、Homeと同じ3D仮想世界の生活シミュレーション的なサービスとなっている。仮想世界にアバターとしてユーザーが住み、さまざまな活動を行なうことができる。そのため、米国ではHomeを見ると誰もがSecond Lifeを連想する。GDCで会った米国の業界関係者も、口々に「これはSecond Lifeだ」とHomeを評していた。 しかし、Homeの戦略としてのうまさは、Second Lifeにうまく乗っかった点にある。なぜなら、欧米では過去2年ほど、Second Life旋風が吹き荒れていたからだ。 通常、オンラインゲームはゲームメディア以外の通常メディアでは、ほとんど取り上げられない。ところが、Second Lifeは、一般の新聞やTVなど通常のメディアで盛んに取り上げられた。オンラインゲームで、ここまで一般メディアに取り上げられたタイトルはこれまでなかった。 3D仮想空間でのバーチャルライフという点が、一般メディアにとって、新奇でありながら一見分かりやすく、興味を引いた点だろう。仮想世界の中で、結婚したり、現実の金を稼ぐユーザーが出たことで、さらに話題に火が付いた。そして、大企業がSecond Lifeに次々に広告やテナントを出したことで、より話題が拡大した。ゲーム自体というより、メディアのフィーバー振りがSecond Lifeを盛り上げた雰囲気がある。その結果、GDCが行なわれた米国では、Second Lifeは、ゲームに関係がない一般人にもよく知られた存在になっていた。 Homeは、こうして、ちょうど盛り上がっているSecond Lifeに乗っかった。そのため、欧米の一般メディアにとっては非常に分かりやすくキャッチーなネタになった。実際に、Homeはさまざまなメディアで取り上げられており、対メディアでは確実な効果があったものと推定される。もっとも、複数の業界関係者によるとHomeのプロジェクトが始まったのは2年~2年半前で、Second Lifeがちょうど話題となり始めるか、その直前の頃。Second Lifeが話題になったから急きょ始めたというわけではなさそうだ。 いずれにせよ、こうした背景から、Homeは米国ではPS3戦略のいい発展として受け止められている雰囲気がある。少なくとも、バッドニュースが連続していたこれまでとは、報道の雰囲気が違う。もっとも、Second Life旋風から外れた日本では、問題は別で、Homeは米国ほどの重要度では受け止められないだろう。 ●スノウ・クラッシュがキーワード Second Life型のネットワーク上の仮想世界サービスは、Second Lifeで初めて産み出されたものではない。日本でも、富士通の「Habitat(ハビタット)」ではるか以前に同じ性格のサービスは提供されていた。 Second LifeやHomeが何が違うかというと、まず仮想世界のリアル度。コンピュータパフォーマンスとネットワークの進化によって、初めて可能になった現実性の高い仮想世界がメディアの興味を引き、ユーザー層を拡大している。 こうしたコンピュータ上の、リアル度の高い仮想世界は「メタヴァース(The Metaverse)」と呼ばれることが多い。この名称は、現実世界であるユニヴァース(The Universe)に対して、メタ的な仮想世界であることを示している。ニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)氏のSF小説「スノウ・クラッシュ(Snow Crash)」に出てきた用語で、ここ数年はSecond Lifeのようなサービスも含めて広く使われるようになりつつある。 メタヴァースとしてのHomeには、PCベースのSecond Lifeと異なる点が多数ある。 よく指摘されるSecond Lifeの難点は、3DのPCゲームである点だ。ゲームスタイルとしてのSecond Lifeは、従来ゲームをプレイしていなかった層に強くアピールする。ところがSecond Life自体はPCゲームで、ハードを揃えたり、今のPCゲームにつきもののソフトウェアのインストール作業があり、それなりに敷居が高い。 それに対して、Homeは全てのPS3ユーザーに対して無償のダウンロードサービスとして提供される。つまり、PS3を買ってネットワークにつなげさえすれば、誰でも簡単に入ることができる。そのため、従来PCゲームをやらなかった層でも簡単に入ることができる。 Homeが狙うようなソーシャル性のあるネットワークサービスは、『ネットワーク効果』が効きやすい。ネットワーク効果では、多くの人が使うようになればなるほど、そのサービスの利用価値が増え、ユーザーも増える。例えば、携帯電話は、持つ人が増えれば増えるほど利用価値が増え、ユーザー数が雪だるま式に増えた。最近の好例は「mixi」で、ネットワーク効果で1,000万ユーザーにまで膨れあがった。 Homeの場合も、PS3のデフォルトのサービスとすることでネットワーク効果が効きやすい。ユーザー数の母体が多ければ、ネットワーク効果がドライブされるからだ。mixiのためにPCを買う人がいるなら、HomeのためのPS3を買うユーザーがどんどん出てもおかしくはない。 ハードウェアプラットフォームが均質なPS3であることも技術的には大きな利点だ。グラフィックス性能は一定なので、その中で最大限のグラフィックスにすることができる。これはCPU性能についても同様だ。あるゲーム開発者は、「Homeの中ではいたるところでムービーが流れている。あれは、SPU(Synergistic Processor Unit)を多数備えて、動画デコードを並列にできるPS3のパワーをうまく活かしている」と指摘していた。 ●Liveと同じものを直観的にわかりやすく見せる もっとも、Homeで提供するサービスの多くは、MicrosoftがXbox Liveで提供しているものに近い。ただし、Homeでは、それがメタヴァースの直観的なものに置き換えられている。例えば、メッセージ交換はアバター同士での対話となる。Xbox Liveではゲームプレイヤのゲーム上での実績がリストで示されるが、Homeではこれがゲームのトロフィに置き換えられる。実際に、ユーザーがどう受け止めるかは、まだわからないが、メタヴァースのHomeが直観的でわかりやすいとして浸透すれば、SCEにとって可能性は広がる。 コミュニティ型のサービスは、ユーザーをプラットフォームに固着させるのにも役立つ。Homeがソーシャルなコミュニティとして浸透すれば、mixiに固着するのと同じように、Homeに固着するユーザーが出てくる可能性がある。 ビジネスモデルが広がるのもHomeの強みだ。Second Lifeも企業のテナントを集めているが、Homeも同じことが可能だ。ネットワーク効果でユーザー数がどんどん増え、ユーザーのアクティブ度も高まれば、企業広告などが期待できる。また、ユーザーが服や家具をHomeの中で買えば、その分のアイテム課金での売上げが入ることになる。メタヴァースによる直観的なインターフェイスによって、従来アクティブでなかったユーザーが、オンラインコンテンツサービスなどに親しむなら、そうしたサービスの売上げも期待できるようになる。 PS3にとってHomeは、イメージ的に次世代感を与えることができるという点で重要なサービスだ。その点で、Xbox 360との差別化を図ることもできる。 ●課題は多いがリターンも大きいHome SCEのHomeの目下の最大の問題は、同社がこれをPS3発売時に整えて提供できなかったことだ。ゲーム機の場合、ハードの完成から発売までの短い期間でソフトウェアを揃えなければならないため、本格的なソフトウェアやサービスを同期させることは難しい。しかし、Xbox 360というベクトルが似ている強力なライバル(日本以外の市場で)がいる状態で、このタイムラグは痛い。秋までの間にXbox 360がPS3を引き離してしまう可能性もある。 また、SCEが今秋までに、Homeを完成させることができるかどうかもチャレンジだ。膨大な量のソフトウェア開発が必要となる。SCEはPS3のローンチタイトル向けには、オンラインゲーミングのためのAPIをMicrosoft並に揃えることもできなかった。 しかし、SCEがPS3上でのソフトウェアとサービスをどういった方向へ向けるか、その戦略を打ち出して来た意味は大きい。もし、Home戦略が本当に成功するなら、SCEは新しいユーザー層と、ユーザーの固着、新しいビジネスモデルといった、目指しているものを全て手に入れることになる。 しかし、Homeが成功すればしたで、SCEは一種のジレンマを抱えることになる。また、Microsoftも、Homeをただ見ているだけとは限らない。次のコラムでは、そのあたりをレポートしたい。 □関連記事 (2007年3月12日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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