2005年6月に、社団法人 日本経済団体連合会(経団連)は、産業基盤を支える高度な情報通信人材(高度ICT人材)の育成を強化を促す意見書を発表した。ITが社会/経済のあらゆる部分で活用されるインフラとなりつつある状況に対し、それを支える人材が不足しており、これを育成することが急務であるという内容だ。 従来わが国の大学教育は、学術的な内容に傾きがちで、産業界のニーズに応えられていない、という状況に基づき、産官学が連携して即戦力の人材を育成しようという提言である。 ●産官学連携のネットワーク演習 これを受けて大阪大学大学院情報科学研究科は、文部科学省の「魅力ある大学院教育」イニシアチブの支援を受けて、ソフトウェアデザイン工学高度人材育成コアと呼ばれるプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトの一環として、フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの協力の下、情報ネットワーク学専攻修士課程1年(M1)を対象に、情報ネットワーク演習IIとして、無線アドホックネットワーク演習を実施した(平成18年度)。 この無線アドホックネットワーク演習は、フリースケールが提供するZigBeeの評価キットを用いて、センサネットワークの構築、それに不可欠な組込みプログラミングの実習を行なうもの。その締めくくりとして、ZigBeeの評価キットを用いた無線ネットワーク・アプリケーション・コンテストが開催された。 このコンテストは、ZigBeeの評価キットを用いたネットワークを構築するだけでなく、どのような目的に利用するかというアイデア、その実用性、実際に構築したシステムの完成度のトータルで評価される。情報ネットワーク学専攻の25名が、3名~4名で構成される7つのグループに分かれて、それぞれがアイデアとプログラミングを競い合った。その発表会と表彰式がが先週の2月15日に開催された。 ●ZigBeeの特性を活かしたデモ 当日は、大阪大学大学院情報科学研究科の村上孝三教授による開会挨拶、フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの高橋恒雄社長による趣旨説明、大阪大学大学院情報科学研究科の若宮直紀助教授によるコンテストの進行説明に続き、7つのグループがそれぞれアプリケーションのプレゼンテーションを行ない、すべてのプレゼンテーション終了後、実際の動作デモを行なうという手順で進められた。
各グループのアプリケーションは、ZigBeeのメッシュネットワークをベースに、無線の接続強度をセンサー代わりに使ったもの、温度センサーや人感センサーを組み合わせたもの、などさまざま。肝心な時にデモがうまく動かないまま時間切れを迎えるグループもあるなど、悲喜こもごもであった。 そんな中、優勝と準優勝に表彰された2つのグループは、動作が堅実で安定していた。デモのシステムやホスト側ソフトの完成度も高く、このコンテストがアイデアや理論だけでなく、実際に動作する組込みソフトの演習であることをうかがわせた。 準優勝のグループ4(東野研)の「BOW HUMAN」は、ZigBeeによるメッシュネットワークを、登山の入山者管理や遭難救助に使おうというもの。固定のアクセスポイントだけでなく、入山者間でデータをやりとりし、入山者同士が遭遇したかどうかのデータを加えることで、山岳という広大なエリアをカバーしようというアイデアである。GPSと異なり双方向の通信であること、携帯電話と違って入山者同士が顔見知りである必要がないこと(互いに電話番号を知っている必要がないこと)が、ZigBeeを使うメリットの1つだろう。 優勝したグループ7(村上研)のアプリケーションは、エアホッケーゲームをZigBeeのワイヤレスネットワークで行なう「Wih」。2つのZigBeeアクセスポイントの間で、パドル代わりのZigBee端末を動かし、アクセスポイントとの位置関係を検出して、PC画面上のパドル位置に反映させる。このパドルの操作がエアホッケーに似ている、というわけだ。ちょっとした拡張で、たとえば東京と大阪など、遠隔地間でエアホッケーをする、ということもできるだろう。ちなみに、画面の上で移動するパドルと、ボールの様子は、ATARIの「PONG」を思い出させるが、PONGの誕生はM1の学生が生まれる10年以上前のことである。
通常ZigBeeは、無線接続強度が弱くなると、自動的に出力を上げ、安定した接続を保とうとする。だが、エアホッケーゲームのように、短距離に複数の無線機があり、ゲームが成立する程度に正確な位置情報を得ようとすると、出力補正がかえって邪魔になる(出力が補正された結果、位置の変化が捕捉できなくなる)。グループ7はこのことに気づき、出力補正をあえて無効にするという逆転の発想で、正確な位置情報の取得を行なっていた。グループ7は、デモが最も堅実に動作していたことに加え、こうした発想が評価されたのではないかと思う。 今回のコンテスト参加者は、WindowsやUNIX環境でのプログラミング経験はあるものの、組込みプログラミングの経験は、この演習が初めてだという。特にデバッグ環境の違いに最初はとまどったようだ。こうした演習を通じて、即戦力となる人材が輩出されることを期待したい。
□フリースケールのホームページ (2007年2月20日) [Reported by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
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