山田祥平のRe:config.sys

Vistaのお気に召すまま




 世の中の多くの人は、PCの起動には、ある程度の時間がかかるものだと思っている。メモ1つとるのに2分は待てない。だから、PCは文房具になれないと思いこんでいる。パワーユーザーが聞けば笑ってしまうような勘違いだが、彼らは真剣だ。

●鳴り物入りの新機能「ファストブート」

 電源を入れれば約数秒でTVが写る。Windowsを起動しなくても、DVDやCDが楽しめる。ちょっと前まで、こんな機能をセールスポイントにするメーカー製PCがたくさんあった。普通の人は、PCを使わないときには、シャットダウンしてしまうのだ。だから、次回の起動にはある程度の時間がかかる。そしてそれが待てない。だから、数秒でTVやDVDが楽しめることが十分訴求ポイントになり得たわけだ。

 Windows Vistaでは、「ファストブート」と呼ばれる機能が用意され、電源ボタンを入れると数秒で利用できるようになり、PCの前で待つことがなく、TVのように利用できるようになるという。 この機能はWindows Vista開発完了を受けて2006年11月に開催された記者説明会でも、かなり声高に披露されている。

 さて、この「ファストブート」という新機能、Windows XPにはなかった画期的な新機能かというと決してそうではない。Windows XPでも、スタンバイとそこからの復帰を繰り返して使っていたユーザーにとっては、今までと、何も違わないからだ。そして、今までと何も違わないのに新しい名前がついた。それが「ファストブート」だ。

 Vistaの名誉のために、ちょっとだけ補足しておくと、XP時代に「スタンバイ」と呼ばれていた機能名はもう使われなくなった。新しい機能名は「スリープ」だ。そしてXP時代の単なるスタンバイよりもずっと進化している。

 まず、「スリープ」は、デスクトップPCとノートPCで挙動が異なる。Vistaの電源プランは、「バランス」、「省電力」、「高パフォーマンス」の3種類が用意されているが、デフォルトの「バランス」なら、ノートPCでは、バッテリ駆動時のアイドル15分後、電源接続時1時間後にスリープに移行し、1,080分後、すなわち18時間後に休止状態に移行する。さらにデフォルトのバッテリ切れレベルは残り5%で、そこに達するとやはり休止状態に移行する。

 一方、デスクトップPCでは、「ハイブリッドスリープ」と呼ばれる、それこそ新機能が追加されていて、スリープへの移行時に休止状態用のハイバネートファイルが同時に生成される。これは、万が一、スリープ中に、電源ケーブルが抜かれるようなことがあっても、その復帰に支障をきたさないためだ。無停電電源としてのバッテリを持たないデスクトップPCならではの機能といえるだろう。もし、スリープ移行時の状態が保たれていれば数秒で復帰できるし、それができない場合は、ハイバネートファイルが読み込まれ、その場合は復帰に数十秒を要するものの、最初からブートするよりはずっと短時間でPCが使える状態になる。

●電源ボタンはスリープボタン

 さらに、XPのスタートメニューには「終了オプション」と呼ばれるコマンドリンクがあり、ここをクリックすることで「コンピュータの電源を切る」ためのダイアログボックスが表示され、そこで、「スタンバイ」、「電源を切る」、「再起動」を選択することができた。これらを並べられたら、PCでの作業終了後であれば「電源を切る」というのが普通の振る舞いだろう。実際、多くの一般ユーザーはそうしてきた。

 Vistaでは、このコマンドリンクはなくなり、まさに電源ボタンがスタートメニュー内に設けられた。そして、このボタンをクリックすると、有無を言わさずスリープ状態に移行する。

 PCに装備された物理的な電源ボタンを押したときには、デスクトップPCではシャットダウン、ノートPCではスリープに移行と、振る舞いが異なる。また、“LIDクローズ”時、すなわち、ノートPCの液晶ディスプレイを閉じたときにもスリープに移行する。これらの振る舞いがデフォルトとなっている。

 これらのデフォルト設定のおかげで、世の中の多くのユーザーは、PCを再起動することがあまりなくなるに違いない。そして、次回に電源を入れたときの復帰の早さに、やっぱりVistaはすごいと思うはずだ。まして、「ファストブート」なんて名前までつけられているのだから、新機能と信じて疑わないにちがいない。世の中というのはそういうものだ。どうせなら、デスクトップPCの電源ボタン押し下げ時のデフォルトもスリープにすればよかったのにと思うのだが、これは、ノートPCと違って電源ファンの回転をゼロにはできず、騒音を発生してしまうデスクトップPCへの配慮だろう。

●PCを携帯電話のように使う

 いずれにしても、世の中の多くのユーザーは、道具を買ったままの状態で使う。使いやすいように設定をカスタマイズしたりはしない。カスタマイズはパワーユーザーだけに許された特権なのだ。自由奔放なカスタマイズを許すと、今度は、サポートがたいへんになる。企業や学校で使われるPCでは、こうしたカスタマイズが禁止されていることも少なくない。カスタマイズという努力投資によってROI(投資対効果)を増やすよりも、させないことによってTCO(総保有コスト)を下げることが重要なのだ。個人が使う個人の道具として、どうかとも思うが、数値を並べて計算すれば、それで正解だということなんだろう。

 とりあえず、個人が個人用に自宅で使うPCには、こうした制限はない。ないにもかかわらず、多くのユーザーはカスタマイズをすることなく使う。したがって、Vistaのデフォルトであるスリープは、XP時代のスタンバイよりも、圧倒的に慣れ親しまれるようになるはずだ。ユーザーにとってはPCがほぼ無音になれば、電源を切った状態と同じだ。もっとも、世の中には、待機時の電力消費を気にして、ビデオデッキやTVでも、使わないときには電源コンセントを抜いてしまうユーザーもいるらしいから、なんともいえない。でも、そういうユーザーでも、携帯電話は、常に待ち受け状態で使うし、たとえ、電源を切ったとしても、携帯電話はスリープ状態に移行するだけだ。これで、PCもようやく携帯電話と似たような使い方ができるようにデフォルトが設定されたことになる。

●使われなければ新機能もタンスの肥やし

 PCの使われ方を左右するようなデフォルト設定は、まだ、ほかにもある。たとえば、デジタルカメラやメモリカードリーダを接続した場合、XPでは「スキャナとカメラウィザード」を使って画像のコピーをするようにナビゲートされていた。それを使った場合、デジカメ写真は、そのときに名前をつけたフォルダに格納されるにすぎなかった。

 Vistaでのデフォルト取込先フォルダは「ピクチャ」で、取り込み時にタグ名が要求され、「読み込んだ日+タグ」というフォルダ内に、「タグ+連番」という名前で画像ファイルがコピーされる。ここでRAWファイルがあれば、それも同時にコピーされる。

 ファイル名は変更しないこともできるが、デフォルトはあくまでも「タグ+連番」だ。そして、読み込み時には縦位置のデータは回転され(既存の画像ファイルの回転情報を読み取れないのが残念)、Vistaで新たに搭載された標準アプリである「Windowsフォトギャラリー」が起動する。

 これらの一連の作業によって、ユーザーは、写真の取り込み時に、知らず知らずのうちにファイルのしかるべきフォルダへの振り分けとタグ付加を同時に行なうことができる。XPの時代には、フォルダへの整理しかできなかったわけだが、ここでユーザーはタグをつけるという行為を自然に理解する。

 Windowsフォトギャラリーは、基本的にフォルダをまたいで写真をブラウズするようにできていて、画像を保存した特定のフォルダをあまり意識させないようになっている。複数のフォルダに分散したすべての写真が時系列に並び、タグや撮影日を指定して目的の画像をブラウズするのが自然にできるようになっている。

 こうしてタグをつけたり、ファイル名の一部にタグを含ませておくことで、Vistaのいたるところでお目にかかれる検索ボックスに、そのタグ名を入れれば、瞬時に探していた写真がリストアップされるというわけだ。Vistaの新機能として、タグを扱えるようにしただけでなく、タグをユーザーがきちんとつけるようにデフォルト設定がなされている。

 こうしておかなければ、積極的にタグを活用するユーザーは、一部のパワーユーザーだけになるだろう。ちなみにタグは、ファイルプロパティの一部として保存されるようだ。

 XP時代は、ファイルのプロパティでキーワードやコメントを入力しておいても、ファイルシステムに依存してその内容が保存されていたため、NTFS以外のストレージにコピーした時点で、それらの情報は消えてしまっていた。だが、Vistaのタグは、ファイル内部に埋め込まれ、FAT16やXP管理下のストレージなどを経由しても無くなることはない。XPのエクスプローラからは見えないがVistaのエクスプローラからは見える新しいプロパティフィールドだ(そういう意味では、XPではできなかったことができるようになった数少ない要素かもしれない)。

 デフォルトをどう設定するかは、R&Dの最終段階で重要なテーマになる。デフォルトの設定次第で、魅力的な機能が、イノベーションどころか、それこそタンスの肥やしになってしまう可能性もあるからだ。Vistaによって、XP時代にできなかったことができるようになるわけじゃない。でも、PCの進化と、人々のライフスタイルの変化に合わせて、いろいろな場面でのデフォルト設定が見直されている。それによって、PCの使われ方にも、大きな変化の兆しが現れるはずだ。たとえ、Vistaが “XP Ver.2”と揶揄されたとしても、それはそれでいいんじゃないか。今まではパワーユーザーだけが享受できていたPCの利便性を、一般のユーザーも享受できるようになるのなら、まさに、偉大なるマーケティングバージョンだ。そして、重要なことは、そのデフォルト設定が、パワーユーザーの工夫を阻止しないことであり、実際Vistaはそうなっている。だから、パワーユーザーには代わり映えしないように見えるのだ。

□ファストブートの解説
http://www.microsoft.com/japan/users/vista/special/002/01.mspx
□Impress Watch Windows Vista特集
http://www.watch.impress.co.jp/headline/vista/

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(2007年1月19日)

[Reported by 山田祥平]


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