年末商戦の量販店では、例年通り、インクジェットプリンタ売り場が活況を呈している。 出荷ベースでは、前年同期比5%減といったマイナス成長だが、それでも売り場の賑やかさは変わらない。 そして、キヤノンとエプソンの一騎打ちの様相は、2006年も例年通り、やはり変わってはいない。 10月から11月までの序盤戦、そして12月上旬の中盤戦にかけては、両社ががっぷりと四つに組んだ争いを展開しているからだ。 それはデータからも明らかである。 BCNの調べによると、10月のインクジェットプリンタのメーカー別シェアは、キヤノンが45.2%に対して、エプソンは44.7%。11月には、キヤノンが47.2%に対して、エプソンが43.3%とキヤノンがやや優勢。 一方、GfKジャパンの調べによると、10月はエプソンの49.8%に対して、キヤノンが46.9%。11月はエプソンの49.7%に対して、キヤノンは47.5%と、こちらはエプソンが優勢。 2つの調査は、いずれもPOSデータを直接集計したものであり、販売実態をそのまま反映しているが、それぞれ調査対象店舗の違いが、こうした差に表れている。 取得店舗の差が順位の差になるという、この2つのデータからも、両社のシェア争いが熾烈であることがわかるだろう。 12月に入ってからも、同様に、僅差での両社のシェア争いが続いている。 ●販売店向けの教育に力を注いだ前哨戦 キヤノンとエプソンは、9月26日に、同日に新製品を発表。2006年も、そこから争いの火蓋が切って落とされた。
まず、最初の取り組みは、販売店に対する支援策だった。 エプソンは、製品発表直後から、東京、名古屋、大阪などの主要都市での販売店向け製品内覧会を開催したほか、販売店の開店前、閉店後の時間帯を利用して、直接、店舗に出向いた店員向け勉強会を開催。これまでに1,200店舗以上での教育を終了している。 「エプソン製品のアドバンテージと、ユーザーへのベネフィットをしっかりとご理解いただき、より販売店が売りやすい環境整備につとめた」と語るのは、エプソン販売コンシューマ事業部長 田場博己取締役。 「PCを利用したことがないユーザーでも、デジタルカメラさえあれば、簡単にプリントアウトができること、また、地上デジタル放送で配信されるデータをプリントアウトできる『テレプリパ』によるTVプリンティングの新たな機能を、2006年の新製品の特徴として訴えた」と語る。 TVプリンティング機能では、松下電器の薄型TV「VIERA」との連動提案も実施。薄型TV売り場で、エプソンのインクジェットプリンタ最上位機となる「PM-T990」を同時展示。また、一部店舗では、逆に、プリンタ売り場に、VIERAを持ち込んだデモストレーションも行なっている。
「TVプリンティング機能は、まずは認知度を高めることが最重要。実売にこだわるよりも、TVプリンティング=エプソンというイメージの定着に力を注ぎたい」と語る。 テレプリパに特化した販促ツールを作成するなど、新機能のアピールに余念がないほか、12月に入ってからは、年末商戦本格化にあわせてPOP類の強化を図るなど、細かい施策にも取り組んでいる。 一方、販売店支援という意味では、キヤノンは、大規模な投資を展開している。 キヤノンマーケティングジャパンでは、「辻説法」の名称で、開店前、開店後の店頭での店員教育を2001年秋から行なってきたが、2005年から、全国をキャラバンするトレーラーを2台用意。「キャラバン辻説法」と称して、全国各地の販売店を訪問してきた。2006年はこれを4台に拡大。これまでに240店舗2,350人を越える店員への説明会を実施してきた。
「複合機が主力となってきたことで、店頭に商品を持ち込んで説明会を行なうという点でも、規模が大きくなり、説明用の機器の設置にも時間がかかるようになっていた。忙しい店員の時間を最小限にすること、店舗運営の邪魔にならないようにすることなどを目的に、店舗の駐車場などに設置して、空いた時間にきていただき、製品説明を聞いてもらうようにしたのがキャラバン辻説法。インクジェットプリンタだけでなく、フォトプリンタやコンパクトデジカメ、デジタル一眼レフカメラ、ビデオカメラなどに関しても、一緒に説明をすることが可能になった」(キヤノンマーケティングジャパン 芦澤光二専務取締役)という。 キャラバン辻説法は、時間を効率的に利用できるとして販売店にも好評で、キヤノンにとって大きな武器となっている。 「主力のMP600は、発売わずか1カ月で、機種別トップシェアを獲得する垂直立ち上げに成功。当初、目標に掲げていた単一機種での20%のシェア突破を維持している。これも店員がキヤノンのファンになっていただき、お客に対して、十分な製品説明をしていただいていることが要因」(キヤノンMJ 芦澤専務)と、ここでもキャラバン辻説法の効果が生きていると判断している。
●シェア争いからソリューションへ このようにシェア争いは、例年通りに熾烈を極めているが、両社トップが異口同音に語るのは、意外にも、製品の機能そのものを前面に出すマーケティングよりも、使い勝手や利用環境にフォーカスを当てたマーケティングへと転換しはじめていることだ。結果として、シェアそのものを競う現状とは裏腹に、市場全体の底上げを狙う施策が相次いでいる。 キヤノンの場合は、「デジタルフォトソリューション」として、写真を中心としたさまざまな活用提案を開始。とくに、2006年の年末商戦では、「ENJOY PHOTO」をキーワードとしてマーケティング展開を前面に打ち出している。 一方、エプソンでも、TVプリンティング機能をはじめとして、PCを介さずにプリントアウトするダイレクトプリンティングによる使い勝手の良さを訴求。TV CMでも、例年のような製品機能重視型のものから、利用提案型へと内容を変更している。 各社がこうしたマーケティングへと転換した背景には、いくつかの理由がある。 1つは、インクジェットプリンタにおける2社の寡占状況が続いていることだ。 どちらも40%以上のシェアを獲得しているという特異な市場環境において、これ以上、両社のいずれかがシェアを伸ばすという戦略に打って出た場合、あとは価格戦略という状況に陥らざるを得ない。プリンタ本体そのものの利益率が低い中で、それを引き下げてまで、シェアを伸ばすことは両社にとって得策ではないからだ。 そして、もう1つは、国内プリンタ市場がほぼ飽和状態となり、今後飛躍的な市場拡大が見込めない中で、事業を維持、拡大するにはソリューションが重要であるとの考えがあるからだ。 デジタルカメラからのダイレクト印字やTVプリンティング機能も、それが浸透したことによって、プリンタ本体の年間出荷台数が飛躍的に増加するという見方は、両社ともにしていない。むしろ、これらの機能によって、いかにインクカートリッジを消費してもらうかといった方に重点を置いているのだ。 プリンタ事業の収益モデルは、インクカートリッジで稼ぐというもの。つまり、1台あたりのプリンタに対して、どれだけのインクカートリッジを消費してもらうかが、収益確保の鍵となる。 インクジェットプリンタは、約5年で、80%以上のユーザーが新製品に買い換えるという。つまり、プリンタ本体を販売した単年度のシェア競争を重視するよりも、売ったプリンタに対して、3~5年に渡って、どれだけインクカートリッジを消費してもらうかの方が、収益という観点では重要なのだ。 キヤノンMJの試算によると、ホームプリント枚数は、2006年の24億枚から、2010年には50億枚には倍増するという。これは、家庭におけるデジカメの普及と高機能化、さらにはデジタルTVの普及によるTVプリンティング利用の増加などが背景にあるからだ。だが、この成長ほど、プリンタ本体の台数は伸びないと見ている。むしろ横ばいか、若干の増加という程度だ。 キヤノンは、デジカメとの連動提案で、ホームプリントの枚数を着実に増やそうという戦略に打って出ている。キヤノンが得意とするカメラとの連動がプリント枚数増加の鍵と判断しているからだ。 2006年からエプソンは、米国などで一般化しているKGサイズのプリント提案を開始しているが、これも、将来的なプリンティング需要の増大を見越して、日米の写真用紙の共通化によるコストダウン、あるいは大型化することでのインクカートリッジの消費率を引き上げるという施策に捉えられないこともない。 インクジェットプリンタ市場が成熟する中で、主要プリンタメーカーのマーケティング施策も大きく変化してきている。 戦いのステージは、製品本体のシェア争いから、ソリューションを軸とした利用シーンにおける戦いへと、静かにシフトしはじめているのは確かだ。
□関連記事 (2006年12月18日) [Text by 大河原克行]
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