大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

8年ぶりトップシェアを獲得したキヤノン販売の挑戦




品川のキヤノン販売本社

 パソコン用プリンタ市場で、キヤノンが8年ぶりのトップシェアを獲得した。

 3,500店舗の量販店のPOSデータを集計しているGfKジャパンの調査による2004年1〜12月のパソコン用プリンタのメーカー別シェアは、キヤノンが47.6%と、エプソンの46.3%を僅差でかわしトップシェアを獲得(シェアの数字は各メーカーの提供による)。

 一方、BCN総研の調べでは、インクジェットプリンタのカテゴリにおいては、エプソンの41.1%に対して、キヤノンは47.5%と、約6ポイントもの差をつけてのトップシェア獲得となった。

 毎年、エプソンとの熾烈な争いを続けながら、トップシェアに及ばなかったキヤノン。なぜ、2004年はキヤノンがトップシェアを獲得できたのか。


●過去6年の積み重ねが花開く

芦澤光二常務取締役

 キヤノン販売で、プリンタをはじめコンシューマ事業全体を統括している芦澤光二常務取締役は、「突然トップシェアを取れたわけではない。これまでの積み重ねが成果につながった」と振り返る。

 芦澤常務取締役によると、キヤノンが首位奪還を本気になって意識したのは、'99年のことだという。

 「それまでは写真画質で先行され、とてもエプソンに太刀打ちできる状態ではなかったというのが正直なところだった」と当時を振り返る。

 '99年、同社は初めて写真画質を打ち出した「BJ-F850」を国内市場に投入した。それまでのキヤノンのプリンタ事業戦略は、世界展開を強く意識したものであり、日本だけで先行していた写真画質機能を前面に打ち出した製品づくりよりも、普通紙印刷を前提としたいわばコストパフォーマンス追求型のものとなっていた。

 「コストパフォーマンスを追求するか、それとも写真画質の追求による高機能化を図るか。将来を見据えたときに、パソコン周辺機器としてのコンセプトだけに留まらず、デジタルカメラからのダイレクト印字などの需要を捉えるのならば、写真画質を追求するしか答えはなかった」

 プリンタ部門の担当者にとって、国内で勝てないということに対するジレンマが強まっていたことも、日本で高い評価を得ていた写真画質に踏み出した理由のひとつだっただろう。

 ここでキヤノンはプリンタ事業の舵を大きく切った。

 「この時点からキヤノンは、トップシェアを意識するようになった。8年間の戦いではなく、ここから6年間の戦いだったともいえる」と芦澤常務取締役は語る。

 F850では、初めて日本市場を意識した製品開発のためにプロジェクトチームが組まれたのである。

●写真画質で成果を上げ始める

実売価格2万円前後で投入された「F360」

 2000年、キヤノンは、1つの成果をあげた。

 それは、実売価格で2万円前後の普及価格帯の製品として投入したF360が、機種別でトップシェアを獲得したのである。印字速度、価格、写真画質をバランスよく実現した製品で、増えつつあった買い換え需要を的確に捉えたことがトップシェアの要因となった。

 「とにかくこの時は、みんなで喜んだ。単一機種とはいえ、トップシェアを意識してから初の一位。これで勢いがつきはじめた」

 そして、2002年、キヤノンは大きな挑戦に挑んだ。写真画質で真っ正面から勝負を挑んだのである。

 メインキャラクターに、現在の長谷川京子さんを採用する一方で、カメラマンの立木義浩氏にも協力を仰ぎ、プロカメラマンが、写真のプリントにキヤノンのプリンタを使用していることを訴えた。これがハイアマチュアと呼ばれるカメラユーザー層の獲得につながったのだ。

 また、それまでは事務機を継承したデザインであったものを、コンシューマを意識したデザインへと一新。リビングに置いても遜色がないスタイルへと変化させた。

 結果は、年間シェア41%、そして、月次集計で初めてトップシェアをとるという実績も、この年にあげることができた。

 「8年前にナンバーワンシェアを取ったときのシェアにまで到達した。だが、まだ上にはエプソンがいた」

●2004年がトップシェアを取るチャンス

 2004年。キヤノンは、前年からの勢いを得て、1月以降、毎月、トップシェアを維持し続けてきた。だが、もっとも需要が集中する年末商戦で勝たない限り、年間シェアトップをとることができない。その緊張感のなかで、年末向けの製品を発表した。

 「今年がトップシェアを取るチャンスだ」

 芦澤常務取締役は、そう号令をかけた。それはキヤノン社内にも共通した意見だった。そのなかで発表したのが「一新」の言葉で示される2004年モデルであった。

 ボックス型の筐体、プリンタとしては異例の黒を基調としたデザインは、「一新」という言葉にふさわしいものだった。

 当初、芦澤常務は、このデザインに疑問を呈した。一見してプリンタに見えないデザインは、まず、プリンタと認知されるために余計なマーケティングを必要とするからだ。

 そこで、芦澤常務は数人の若手社員を会議室に集め、この試作機のデザインに対する率直な意見を聞いた。すると、すべての社員がこう答えた。

 「これならいけますよ」

 芦澤常務は、当初の反対意見を翻し、若手の意見を尊重した。

一新されたデザイン。写真は最上位モデルの「PIXUS iP8600」 こちらは売れ筋の「PIXUS iP4100」

 そうした経緯を経て登場したのが、マーケットに登場した、あのボックス型のデザインだった。このデザインは、回路機構の小型化、フロントローディング機構の採用など、開発部門の努力が実ったものだ。

 そして、両面印刷機能、DVD/CD印刷機能など、昨年までの製品ではオプションで提供していた主要な機能の多くを、標準で提供した。もちろん、新染料インクの採用により、高い写真画質を実現するといった機能面での強化も見逃せない要素のひとつだ。

 芦澤常務は、「これまではエプソンに写真画質で先行されたり、機能面で出遅れたりといったことがあった。しかし、この年末商戦向けの製品では、負けるところが1つもなかったと自負している」と胸を張る。それだけ自信を持って投入した製品だったのだ。

 商戦の前哨戦となる10月。ここではエプソンが先行した。一時、社内には「年末は、今年もエプソンにやられるのか」という空気も漂った。しかし、店頭を担当する現場からは、「例年とは違う」という報告があがってきていた。

 「カタログの減り方を見ると、キヤノンの方が圧倒的に早い」、「まずキヤノンを見てから、エプソンを見に行く客が多い」

 まさにキヤノンに注目が集まっていることの証だった。

 もうひとつ、出足の鈍さとは裏腹に、芦澤常務が商戦の行方に自信を持っていた要因があった。それは、店員にキヤノンファンが多いということだった。

 キヤノン販売では、「辻説法」の呼称で、ショップの閉店後に店員に商品説明会をこまめに開催している。今回の商戦では、全国の販売店を対象に、延べ700回もの説明会を実施してきた。この製品説明後に、店員が自分用のプリンタとして、PIXUSを購入していく例が多かったというのだ。

 「私が知る限り、店員を対象にしたキヤノンのシェアは9割。こんなことは、過去には、デジカメの初代IXY DIGITALを投入した時だけ」と芦澤常務は話す。

 店員がキヤノンのファンであれば、店頭で機種選定に迷っている顧客に対して、自信を持ってキヤノンを薦めてくれるはずである。インクジェットプリンタの商戦動向を見ると、10月から11月前半までは指名購入が多いのが通常だが、11月中旬以降は「浮動層」ともいえるユーザーが増える。ここに、店員をファンにしたキヤノンの強みが発揮されたというわけだ。

 もちろん、広告宣伝費を例年よりも約20%増加し、店頭支援も強化したことも販売を後押しした。

 商戦の前哨戦のキヤノン不利の様相は、商戦が本格化するに伴って変化してきた。そして、11月末には、それが数字となって表れた。週次集計で、いよいよキヤノンのシェアがエプソンを逆転したのである。

●トップシェアを取ることの意義とは

 キヤノン販売の村瀬治男社長は、1月28日に開催したアナリスト対象の中期経営計画の方針説明会のなかで、「インプットからアウトプットまで、一気通貫で製品を揃えているのはキヤノンだけ。これらのすべての製品でトップシェアを維持する」と宣言した。

 芦澤常務も、「一度取ったトップシェアは渡さない」と語る。

 年間トップシェアを維持したものの、市場の3割を占める複合機ではエプソンが圧倒的なシェアを獲得している。複合機までを含めた完全制覇という次なる目標もあるだろう。

 だが、こうした目標とは別に、芦澤常務は、別の見方を示す。

 「今年はカメラの良さを訴えたい」

 いまや、プリンタとデジタルカメラの結びつきは切っても切れない。カメラの利用拡大が、プリンタ利用の拡大に直結するのは明らかだ。

 医学博士である佐藤富雄氏の著書に『「撮る」だけで心と身体が若返る』(KKベストセラーズ)がある。昨年9月に刊行された話題の本である。芦澤常務はこの本を取り出して、写真を撮ることで健康になるといった効果があることを訴える。

 「この本のなかでは、美しいものを見ることで心に潤いをもたらし、シャッターを押すときの緊張感、構図を考えるとことでの思考、そして、写真を撮るために山登りをしたり、機材を持ち歩いたりといったことが健康につながる、という内容を記している。こうしたカメラそのものが持つ良さを訴えることが、メーカー、販社がやるべき役割だろう」

 そして、「こうした訴えはトップシェアだからこそ、多くの人が耳を傾けてくれる。だから、トップェアは譲らない」と芦澤常務は改めて強調する。

 トップシェアだからこそ、市場を創造し、リードする役割があると語る。キヤノンがトップシェアにこだわる理由はそこにある。

□関連記事
【1月27日】キヤノン販売、2004年は増収増益(DC)
〜インクジェットプリンタで8年ぶりの国内トップシェア
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/other/2005/01/27/840.html
【1月14日】BCN AWARD 2005発表
〜キヤノンがエプソンを逆転
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0114/bcn.htm
【2004年11月12日】BCN、年末に向けたインクジェット市場動向を発表(DC)
〜トップシェアはキヤノンが単体機、エプソンは複合機で住み分け
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/accessories/2004/11/12/447.html

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(2005年2月1日)

[Text by 大河原克行]


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