家庭内でのネットワーク接続で最も大きな問題となるのは、クライアントPCまでの最後のセグメントだ。光ファイバやADSLでインターネットを家庭に引き込んだ後、家中のPCや家電製品(AV機器、ゲーム機など)にインターネット接続をあまねく行き渡らせる、最終的な接続手段のことである。事務所や会社では、Ethernetケーブルを引き回し、机の島ごとにハブを置く、といったスタイルが珍しくない。が、家庭でそれをやるには、ケーブルの処理が問題となる。 現在、この問題を解決する方法として、最も広く使われているのは無線LANだ。無線で飛ばしてしまえば、もはやケーブルを引き回すことは不要。見た目もスッキリする。 無線LANの問題は、設定の複雑さとセキュリティにある。無線LANを利用するには、最低でもESS-IDとWEPキーの設定が必要になる。多くの場合、セキュリティを強化するため、WEPに代えてTKIPやAESといった、より高度な暗号化を利用しているだろう。こうした設定をきちんと行なわないと無線LANの利用は難しい。 最近は無線LANの設定を自動化するツールの利用などが行なわれているが、どのホスト(アクセスポイント)と、クライアントの組み合わせでも利用できるものはない。せっかく強力な暗号化機能を利用したいと考えても、PDAやAV機器など、PC以外のクライアントを利用するため、暗号化機能で妥協する、ということも珍しくない。 PCで無線LANの設定が難しい本質的な理由の1つは、無線LANの設定がOSの管理下にあるという点にある。PCカードやUSBモジュールといった無線LAN機器内で設定が閉じていないから、必ず製品には、ドライバやユーティリティを収めたCD-ROMが添付される。OSで管理されているということは、設定データは書き換え可能なHDD上にあるということであり、クラッシュなどの事故で簡単に設定情報が失われてしまう危険性が潜んでいる。 また、無線という目に見えないメディアを利用するため、接続がうまくいかない、接続できてもデータレートが低い場合に、その原因をつかみにくい、ということもある。住居の構造によっては、電波の届きにくいエリアが生じることも、無線LANの難点の1つだろう。 ●無線LANの弱みをカバーするPLC こうした無線LANの弱点を克服しつつ、新規の配線工事などを必要としないネットワーク技術がいくつか提案されている。1つは、屋内の電話線(必ずしも電話局に接続されている必要はない)を利用したもの、もう1つは屋内の電力線を利用したものだ。いずれも、どの家庭にも必ずある既存のケーブルでデータ通信を行なおうというものだが、電話線がすべての家の、すべての部屋にあるとは限らない(特に古い住宅など)のに対し、コンセントのない部屋はないという点に、電力線を利用したデータ通信(PLC、Power Line Communications)の優位性がある。 この電力線を通信に利用しようというアイデアは、比較的古くから存在するが、利用する周波数帯域が限られていた(10KHz~450KHz、高速電力線搬送通信に関する研究会報告書案より)ため、利用可能なデータレート(通信速度)も限られていた。最近話題になっているPLCは、利用する周波数帯域を短波帯(2MHz~30MHz、同)へ拡大することで、データレートをブロードバンドが利用可能な数Mbps~数百Mbpsへ拡張しようというものである。 ただ、利用周波数帯域を拡大したことで、PLCが発するノイズの周波数帯も拡大する。これが、短波ラジオ、アマチュア無線、電波天文観測、医療機器、各種精密機械へ悪影響を及ぼす可能性があることが指摘され、大きな議論となった。そこで、わが国の電波行政を統括する総務省は、約1年にわたり「高速電力線搬送通信に関する研究会」を開催、PLCと他の無線機器の共存条件について検討を行ない、共存条件の取りまとめを行なった。 この共存条件に基づき、2006年10月の総務省令改正でPLCの事実上の解禁を行なったため、現在わが国で合法的にPLC機器を利用することができる。が、厚生労働省がPLC機器と医療機器を併用した場合の影響への注意を呼びかける文書を出したり、アマチュア無線家115名が原告となり、2006年12月7日にPLC機器の認可差し止めを要求したPLC行政訴訟を起こすなど、到底議論が収まったとは言えない状況にある。 こうした中、PLCに対応した機器が12月上旬から、一般の販売店で売られるようになった。いわば見切り発車的な製品のリリースだが、少なくとも現時点においてPLC機器を利用することは違法ではない。侃々諤々の中スタートを切ったPLC機器は、果たしてどんなものなのか、テストしてみることにした。 ●設定が容易なPLCアダプタ 今回利用したPLC機器は、パナソニックのBL-PA100KT。PLCアダプタ(PCLモデム)を2個1セットにしたスタートパックだ。スペックとしては、物理層レベルでの最大通信速度が190Mbpsということになっているが、実効通信速度はUDPで80Mbps、TCPで55Mbpsとされているから、ユーザーの実使用時における最大データレートは55Mbps程度と考えて良いだろう。 気になるのは箱の外に黄色い注意書きがあり、「本製品は、高周波利用設備のため無線設備の近傍で使用した場合、継続的かつ重大な妨害を与えることがあります。その場合、電波法に基づき妨害を除去する必要な措置をとることを命じられることがあります。」と書かれていること。
箱を開けると、中には2台のPLCモデムと電源ケーブル、取り扱い説明書が収められているものの、これまでこの種のデバイスにつきものだったCD-ROMの姿が見えない。2台のPLCアダプタは、工場出荷時に1台がマスター(無線LANでいうアクセスポイント)、もう1台がターミナル(クライアント)として設定され、ペアリングも完了している。2台のネットワークなら、マスター側をブロードバンドルーターやモデムに接続し、ターミナル側をPCに接続すればすぐに使い始めることが可能で、一切の設定が不要だ。 3台目以降のPLCアダプタを追加する場合も、PLCアダプタのボタンを押すことで設定が完了するため、PCなどからの設定を行なう必要がない。このあたりは、設定が機器内で完結してしまうPLCアダプタの長所だろう。家電大手であるパナソニックが製品化に積極的になる理由も、このあたりではないかと思われる。 PLCアダプタ自体はかなり小型で、おおよそデスクトップPC向けマウスを一回り大きくしたサイズ。前面にPLC、LAN、MASTERのインジケータ、背面に電源とEthernet(10/100BASE-TX対応)のソケット、マスター/ターミナル切り替えスイッチ(工場出荷時にマスター設定されているアダプタにはMASTERのシールが貼られている)、ペアリング情報をリセットするCLEAR SETTINGスイッチが設けられている。
3台目以降のアダプタを追加する場合は、追加するアダプタの設定をCLEAR SETTINGスイッチでクリアし(マスター側はクリアしない)、その後でマスター側とターミナル側のSETUPボタンを押し、マスターにターミナルの情報を追加登録する。登録に用いるSETUPボタンは、アダプタの上部に用意されている。このSETUPボタンのもう1つの使い方として、利用中に1秒程度押すことで、PLCネットワークの速度を計測することができる。インジケーターの点灯が1つなら10Mbps以下、2つなら10Mbps~30Mbps、3つ全部点灯すれば30Mbps以上というわけだ。 ●干渉を受けやすいが速度は実用的 さて、基本的に1つのPLCネットワークに存在できるマスターは1台のみ。ここに最大15台(推奨値)のターミナルを接続することが可能だ。ターミナルアダプタには、1台のPCを接続できるだけでなく、スイッチングHubを接続することで、最大8台のクライアントが接続できる。家庭のネットワークには十分な接続台数だ。
早速使ってみることにしたいのだが、マニュアルなどと一緒に、「快適にお使いいただくために」と書かれた1枚の注意書きが入っていることに気がついた。これによると、PLCアダプタの推奨される接続方法は、 1. PLCアダプタは壁のコンセントに直結すること となっている。 ハッキリ言って、これは厳しい。筆者の仕事部屋のコンセントは、様々な電子機器類やACアダプタで、すでに満杯だ。このうちの1カ所をPLCアダプタ専用にするため空けるというのは、不可能とは言わないまでも、相当に苦労する。一般家庭でも、コンセントがタンスなどの家具の裏、ということは少なくないだろう。 ということで、残念ながら筆者は、PLCアダプタについて理想的な環境を提供できそうにない。ようやく提供できたのは、仕事部屋(マスター側)は、壁のコンセントから1mの延長ケーブルを介してPLCアダプタのACケーブルを接続(延長ケーブルに接続されるのはPLCアダプタのみ)、別室(ターミナル側)は、壁のコンセントに直接、PLCアダプタのACケーブルを接続という環境だ。 問題は、別室のPLCアダプタをどのコンセントに接続するか、ということ。2カ所のコンセントをテストしてみたが、1カ所はインジケータ1つ点灯(このコンセントをAと呼ぶことにする)、もう1カ所が2つ点灯(こちらをBと呼ぶ)という状況であった。どうやら利用するコンセントにより、かなり通信速度の影響を受けるようだ。コンセントは、いずれも差し込み口が2つあり、片方にPLCアダプタを直接挿し、もう片方にノイズフィルタ付き電源タップを接続し、こちらにテスト用のPCなど、その他の電気機器を接続する、という条件である。 この別室と仕事部屋の間では、無線LANを利用することもできる。比較のために無線LANを利用して961MB(1,008,084,996bytes)のMPEG-2ファイルをコピーすると、IEEE 802.11a(W52)の場合で7分57秒、IEEE 802.11gで12分16秒かかった。同じファイルをPLCネットワーク経由でコピーすると、コンセントAの場合17分14秒、コンセントBが10分36秒であった。筆者の環境では、802.11gと同等で、802.11aには及ばない、という印象だが、これは住宅環境に大きく左右されるものと思われる。 気になる他の電気機器との共存だが、やはり注意書きに書かれていた推奨される接続方法を守った方が良いようだ。ターミナル側のアダプタを電源タップ(こちらはノイズフィルターはない)上に移し、同じタップにテストに用いたPC(NECのLaVie J)のACアダプタを挿すだけで、PLCのネットワーク接続は維持できなくなる。条件の悪いコンセントAでは、PLCアダプタとは別系統のノイズフィルタ付き電源タップであっても、デジタルカメラ用リチウムイオン電池の急速充電器を挿すだけで通信ができなくなってしまった。短波無線機など、他の無線機器に影響を与えやすいのと同様、他の電気機器からの影響も受けやすいようだ。 ●今後は高速化や安定化に期待 確かにPLCアダプタは、PCによる面倒な設定なしに動作するという点で使いやすい。条件が良ければ802.11g程度の通信速度も期待できる。だが、壁のコンセントを1つ占有するというのは、残りの差し込み口により多くの電気機器がぶら下がるという点も含めて、使いにくい。利用するコンセントにより通信速度が大きく変動してしまうのも厄介で、これでは場所により電波の受信感度が変わり、通信速度が影響を受ける無線LANと同じである。設置場所の自由度は、それほど高くない。 現在のPLCアダプタは、工事不要にするため、分電盤にフィルタなどを用いていない。PLCのデータは128bit AESによる暗号化が行なわれているから、分電盤経由で他へ漏れた信号の内容が読み取られる恐れはないものの、信号自体は外部へ広がっているものと思われる。その影響を小さくするには、ある程度出力を絞らざるを得ないし、そうすると離れたコンセントでの通信速度が低下することも避けられない、ということなのだろう。 電源ラインとはいえ、やはり有線でつなぐからには、無線LANでは実現しないような広帯域の実現、あるいは現状のデータレートを維持したままで、外部への影響を完全に遮断するなど、もうひと息のブレークスルーが欲しいところだ。 □パナソニックのホームページ (2006年12月14日) [Reported by 元麻布春男]
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