VAIOシリーズのフラッグシップPCとなる「VAIO type R」がフルモデルチェンジを行ない、その製品名を“type R master”と改めた。 VAIOのtype Rシリーズと言えば、常にハイエンドのコンポーネントを利用、コンパクトながら拡張性のあるタワー型ケースを採用、さらにはいち早く動画編集系のソフトウェアを標準でバンドルするなど、日本で販売されているデスクトップPCの中でもハイエンドに属する製品ということができる。 さらに、今回はインターフェイス、光学ドライブ部を分離したケース(アクセスユニット)に入れるなど、ユニークな仕組みを採用しているだけでなく、CPUにCore 2 ExtremeやCore 2 Duoを採用するなど“ハイエンドPCの王道”というコンセプトは引き続き継続しているようだ。今回は、こうしたVAIO type R masterを開発したエンジニアにお話を伺ってきた。 ●柔軟性を向上させるセパレート型というデザイン Q:今回のVAIO type R masterのコンセプトを教えてください。
戒能 我々がこれまでやってきたtype Rシリーズですが、ハイエンドということもありライバルとなる製品に比べてもケースにお金をかけてきました。同じタワー型であっても、化粧板にコストをかけてできるだけ高級感を出そうということに取り組んできましたが、今回のtype R masterの企画を始める段階で、本当に意味のあるフォームファクターで、もっと高級感を出せないか、それがスタートラインでした。 Q:それがセパレート型というアイディアなんですね。 戒能 デザイナーさんともずっと打ち合わせを続けてきたんですが、その中では実に奇抜なアイディアがいくつもでてきました。いくつかの候補の中からどれにしようかと話し合っていく中で浮上してきたのがセパレート型なんです。 デザイナーの多彩なアイデアを実現するために、メカ担当者はメカに対してものすごい要求がある。また、エレキ担当は電気周りの設計に対してもの すごい要求があったのですが、 それらを全部満たすために必要な要素は何か、またそうしたエレキやメカに自由度を持たせるために必要な要素は何か、と検討していくと、その結論としてできたのがセパレート型なんです。 Q:ユーザー側のメリットはなんでしょう? 戒能 セパレート型にすることで、設置の柔軟性が大幅に向上するという点にあると思います。例えば、縦置き、横置きの両方に対応できるというメリットがあります。通常のタワーケースを横置きすると、光学ドライブが横置きになってしまう。しかし、今回の製品では光学ドライブがアクセスユニット側にあるので、アクセスユニットはディスプレイの下において横置きで利用し、メインユニットは縦置きにして使うという使い方も可能です。 Q:実際のユーザーの利用環境とかは調査されましたか? 戒能 もちろん、我々も独自の方法で調査してみました。特にtype Rを買っていただいているようなお客様は、横置きも縦置きもどちらもいらっしゃることがわかりました。意外と多かったのが既存のビデオデッキなどのAV機器の下に横置きとか……。 そうしたユーザーの方には、今回の分離型はアピールできるのではないかと思っています。 ●ICHのUSBをアクセスユニットに引き回すというこだわり Q:今回アクセスユニットを分離させるにあたり、PCI Expressを利用していると伺いましたが……。 木樽 はい、そうです。今回こうしたセパレート型を検討するにあたり、中に通す信号として考えたのはPCI Expressです。もともとPCI Expressでは、こうしたセパレート型に利用することも検討されていましたし、将来の規格ではそうしたことも規格化されると聞いていましたので。ただ、現時点ではまだ標準規格ではないので、本当にやれるのか、まずはそこから検討していきました。信号を引っ張るのは大丈夫だろうけど、どんなケーブルで大丈夫なのかとか、まずはそのあたりからの検討を始めました。 Q:今のところは外部ケーブルの規格はないわけですが、当然独自のケーブルを作らないといけないわけですよね。 木樽 そうですね、自分である程度何とかしないといけないとは思っていました。同じようにハイスピードの信号をデジタルで流しているDVIのケーブルを利用してテスト基板を実際に作ってみて、あ、意外といけそうだなと。 Q:この中にはどういう信号を流しているのですか? 木樽 このケーブルの中にはPCI Express、USB 2.0、アナログオーディオを流しています。 Q:PCI Expressは何レーンですか? また、USBはなぜ入っているのですか? PCI ExpressからUSBへの変換チップを搭載した方が楽だと思いますが……。 木樽 PCI Express x1なんで、1レーンです。ただ、PCI Expressもただ単に流しただけだと、減衰してしまうので、そのままだと使い物になりません。そこで、メインユニット側でイコライザーをかけて信号を補正してあげることで減衰しないようにしています。
メインユニットからアクセスユニットへ行く信号、逆にアクセスユニットからメインユニットに入ってくる信号をイコライザーの回路を利用して補正することで、PCI Expressの仕様を満たせるようにしているのです。 USBの信号をわざわざ通しているのは、キーボードとかマウスなどのレガシーデバイスをBIOSセットアップなどのWindowsが動いていないような環境でも確実に動かすためです。実際、PCI Express-PCIのブリッジチップを利用してアクセスユニット内にPCIバ スを作り、PCIのUSBコントローラーを搭載しています。アクセスユニット側に装着しているBluetoothレシーバやカードリーダなどは、そこに接続されています。しかし、これだと、サウスブリッジとなるICH8に入っているUSBコントローラとは異なり、BIOS側から確実にコントロールできない。そこで、キーボードやマウスを接続することを前提にしたアクセスユニットの後ろ側のUSBポートは、メインユニット内のICH8からケーブルを引っ張ってきているのです。 石井 ですので、BIOSソフトウェアの設計にあたり、そのあたりのことは注意して設計しました。type R masterではこの製品用にBIOSをできるだけカスタマイズしたものを利用しています。例えば、BluetoothのLEDの制御をBIOSから行なっています。今回はアクセスユニット側にLEDを用意したので、それをWindows上のON/OFFするユーティリティから出された信号をアクセスユニット側に送って制御したりしています。
Q:ちなみに、本体側にPS/2ポートがついていますが、これって何に使うんですか? 戒能 もちろん、キーボードとマウスです。市販されているノートPC用のキーボード/マウス分岐アダプタを利用することでPS/2マウスとキーボードの両方を使えます。type Rシリーズは意外と買い換えとか、買い増しのユーザー様が多いのです。そうしたユーザーの方からこれまで使い慣れたキーボードやマウスを使いたいという要望が多いので、今回メインユニット側に用意しました。 木樽 1つだけ注意点として、キーボード/マウス分岐アダプタを接続する場合、マウスと書いてあるところにキーボードを、キーボードと書いてあるところにマウスを接続する必要があります。というのも、ノートPCではすでにキーボードがありますから、PS/2ポートには標準でマウスを接続しますよね。ところが本製品では標準がキーボードなんで、ノートPCとは配線が逆になっているのです。このため、逆に接続してください(笑)。 Q:ところで、このメインユニットとアクセスユニットのケーブルの長さはどのくらいですか? 木樽 1.8mです。我々がテストした段階では4mぐらいまでは大丈夫でした。テスト段階では10mぐらいまではテストしたんですが、さすがにそれは無理でしたね。 戒能 もし4mのケーブルが欲しいという意見が多ければ、将来何らかの形でケーブルを提供していくことも考えたいと思っています。補修部品のような形での提供になってしまうかもしれませんが、要望が多ければぜひ検討したいです。 ●特殊なBTXマザーボードを採用したことで、デュアルGPUもたぶん? 可能 Q:ところで、このメインユニットの方ですが、BTXなんですよね。なぜ、ATXではなく、BTXなんでしょうか?
大塚 最大の理由は放熱です。今回の製品を企画するにあたり、やっぱりできるだけ静かな製品を作りたいというのがありました。PCでの騒音と言えば、みなさんCPUファンを静かにと思われるかもしれませんが、今回の製品ではCore 2 Extreme/Core 2 Duoを利用しているので、実際にはCPUはそんなに問題ではありませんでした。むしろ問題になったのはGPUとHDDなんです。そこで、全体のエアフローを考えていくとBTXがよいソリューションではないかということになったのです。 戒能 そうですね、そこでマザーボードもインテル様にお願いして、我々のためのオリジナルマザーボードを起こしてもらいました。見ていただくとわかりますが、通常のBTXマザーボードでは、I/Oパネルのすぐ横がPCI Express x16のスロットになっていますが、このマザーボードでは、1スロット分おいてPCI Express x16になっています。これは、2スロット分を消費するヒートシンクを持ったビデオカードを入れるためにこうした仕様にしているのです。 Q:あれ、でも実際の製品には1スロットのヒートシンクしか必要のないGeForce 7600 GTとGSですよね? 戒能 そうです、なのでこれは保証が切れたあとの将来のアップグレード用、ということで(笑)。 木樽 あと、PCIスロットの間に用意されているPCI Express x4スロットは、スロットの後ろに切れ目が入っているユニバーサルタイプを利用しています。そんな人がいるかどうかはわかりませんが、一応ATIのCrossFireのビデオカードを使うことができます。そのために、カードもフルサイズのものが挿せるようにしてあります。もちろん弊社で保証することはできないので、保証の範囲外の使い方ということになりますが……。 ●HDDケースにダンパーを入れることで前面アクセス可能でも静音を実現 Q:今回はBTXということで、前面に吸気ファンが2つ、電源に排気ファンが1つということですか? 大塚 そうです。今回の製品はメインユニットも、アクセスユニットも横幅が430mmになっています。ご存じのようにこの幅はAVラックにも入る幅ということで考えられていますので、仮にラックに入れられた場合、横側は壁になって吸気用としては使えないということも前提に考える必要がありました。そこで、BTXであれば前面から吸って、それを後ろまできれいに流すことができる。そうしたこともBTXを採用したもう1つの理由です。 Q:BTXというと、コスト的にはATXよりもやや割高というイメージがありますが? 大塚 弊社のように静音を実現するために結局スクラッチからヒートシンクを設計してしまうPCメーカーにしてみれば、結局のところATXでもBTXでもそんなにコストは変わりません。むしろ、GPUを効率よく冷却できたりなどのメリットがありますので、トータルで見ればコストは安いぐらいだと思います。 Q:もう1つの騒音源であるHDDはどのように静音化されたのですか? 大塚 まず大前提としてあったのは、アクセスユニットをファンレスにしようということです。アクセスユニットにある回るものは、光学ドライブぐらいでそれ以外には回るものは採用しないことで、静音を実現しています。 もう1つは、メインユニット側にあるHDDのケースを工夫することです。本当は、HDDはメインユニットの奥に入れてしまえば静音を実現することができるのですが、ユーザー様の利便性を考えると前面に用意して気軽に交換できるようにしたい。しかし、そのままだとHDDの音がダイレクトに前に出ていってしまう可能性があります。 HDDの騒音には大きくわけて2つの種類があります。1つは円盤の回転に起因する低周波の音。そしてもう1つがそれに起因して起こる天板からの高周波の音。その2つを下げればよいのです。そこで、それらを低減するために、HDDをケースで囲み、ケース内部にはダンパーとなるゴムを入れています。そうしたことを施すことで、前面にHDDがあってもユーザー様にダイレクトに音が届かないようになっているのです。
大塚 そうですね、HDDの騒音の中で最も大きいシーク音も低減できるので効果は大きいと思います。もう1つの工夫として、メインユニットの蓋の裏側に小さな穴が空いていることです。この穴は入口の穴が小さくて、中に空洞があるような構造になっています。この仕組みはヘルムホルツ共鳴という原理を利用したもので、特定の周波数の音が入るとそれを消すような仕組みになっているのです。ちょうど、学校の音楽室の壁にある穴のような吸音構造です。
Q:たかがHDDの音、されどHDDの音ですね。 戒能 我々企画の側でもお客様にいろいろ調査してみると、以前のtype Rで「静か」とおっしゃられる方と「うるさい」とおっしゃられる方が半々なんですね。そこで、理由を調べていくと、うるさいと感じているユーザー様のほとんどはHDDを最大の4台まで増設していることがわかってきました。それならということで、今回のモデルではHDDを4台入れても静かな製品にしたい、そういう意図を持って設計してもらいました。 Q:確かに前面からHDDを交換できるのはRAID 5での利用シーンなどを考えると便利ですね。
木樽 今回のチップセットに採用したIntel P965 ExpressのサウスブリッジであるICH8にはシリアルATAが6チャネルあるので、前面に4つのほかに、ケース内部に2つ増設できるようになっています。なので、合計6つまでHDDを内蔵させることができます。 戒能 もう1つのポイントとして、アクセスユニット側にもHDDを増設することができることがあると思います。アクセスユニット側にも、シリアルATAが2チャネル、パラレルATAが2チャネル、さらにベイとして5インチベイが2つ用意されています。うち1つはBlu-ray Discドライブに利用されていますが、もう1つは空いています。すでに、製品出荷の段階では電源、データケーブルは用意されているので、そこに、汎用のHDDベイを入れるなどしていただければ、HDD用として利用することは可能です、もちろんちょっとうるさくなってしまいますが(笑)。 ●何度も重ね塗りして実現されるユニークなアルミのフロントパネル Q:ケース自体のデザインも非常にユニークです。 篠原 今回シャシーにBTXを採用することを決めたので、どうしても前面に吸気口を設けといけません。つまり、何らかの形で前面に穴をあけないといけない。ただ、そのまま穴をあけると、やっぱり格好悪いですよね。そこでデザイナーと話しあって、斜めから吸気するようにしようということで、今のようなデザインを採用しました。 そうしたときに、前面のパネルを従来と同じようにプラスチックにすることも可能だったわけですが、こういうデザインでプラスチックにすると高級感がでないでどうしても安っぽく見えてしまうのです。また、もう1つのプラスチックの問題は触ったときの高級感もでないことがあげられます。そこで今回はアルミを素材として採用することにしたのです。 Q:このパネルはどういう形で整形するのですか? 色はどうやって塗るのでしょうか? 篠原 メインユニットは押し出し加工です。アクセスユニットはアルミの板材のプレス加工です。表面は、アルマイトというアルミ表面の酸化を防止する手法の過程で色をつけています。色のばらつきを管理するためにロボットでコントロールしているのですが、時間や環境によってばらつくことが多く、我々の基準に収まらないものがいくつもできてしまうなど、非常に歩留まりが悪いのが悩みの種です(苦笑)。 このパネルの色だしは本当に難しくて、ご覧いただく方向次第で色が変わってしまいますし、何よりもアルマイト時の微妙な条件の差によって色が変わってきてしまうのです。そこで、アクセスユニットに利用しているパネルは、2つに分割していますが、これは別々に用意するのではなく、一度塗った蓋を2つに切断して取り付けています。そうしないと色が合わなくなってしまうのです。 Q:本体とアクセスユニットの蓋は別々に製造するんですよね? 篠原 そうですね、だから厳密にいうと微妙に違って見えると思います(笑)。ただ、我々が設けた基準はクリアするものだけを利用しているので、大きく違って見えるということはないと思います。 細かいところですが、VAIOロゴに関しても細かく注意を払っています。従来の製品ではVAIOロゴはプレスで凹みを形成していました。この手法ですと、どうしてもロゴ周辺のラインを鋭く見せることが難しく、曇ったようになり、デザイン上、美しく見えません。プラスチックだとあまり気にならないのですが、今回のようにアルミのパネルだと非常に気になります。そこで、今回はレーザー加工して、VAIOロゴができるだけ美しく見えるように配慮しています。
Q:キーボードの蓋もこの蓋に合わせてパネルにしようという案は無かったのですか? 篠原 はい。パームレストは常に触れているところなので、肌触りのよさそうなもので、かつちょっと面白いものを選んでみました。 戒能 弊社のPCだと、ボードPCのtype Lはアルミのカバーを採用しています。あの製品に関しては耐アレルギーも考慮された塗装になっています。 Q:キーボードやマウスはワイヤレスではないのですね? ワイヤレスにしようという話は無かったのですか? 戒能 type Rを利用したユーザー様を調査してみると、長時間利用されている方が多いことがわかりました。となると、どうしてもバッテリ切れを気にしないといけないという問題があります。あともう1つはマウスをレーザーにしたかったということもあります。今回、最上位モデルに付属している24型ワイド液晶には、USBポートも含めたPC切替機の機能が用意されているので、それと合わせて利用するという意味でもワイヤードにしました。 あ、ちなみに、今回の24型ワイドは弊社のディスプレイ事業部の力作で、 オーバードライブ回路や、10bit多階調演算回路など を内蔵するなどして、より豊かな階調表現を出そうと努力していますので、ぜひ店頭などできれいさを確認してみてください。
□ソニーのホームページ (2006年10月3日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
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