「日本AMDは以前の日本AMDじゃない、すでに新しい会社だ」。これは筆者に対してあるPC業界関係者が2005年に言ってきた科白だ。実は、報道陣にもそのことを強く印象づけられる出来事があった。それが日本AMDが2006年の年初に行なった記者会見だ。そこに居並んでいた日本AMDの幹部は、吉沢取締役をのぞき、全員昨年の年頭に行なわれた記者会見にはいなかった新しい顔ぶれだったからだ。 変わったのは人だけではない。PC業界関係者の多くが、日本AMDのコーポレートカルチャーが変わり、新しいことに積極的にチャレンジするアグレッシブな会社になっていると指摘する。なぜそうしたコーポレートカルチャーの変化が起きたのだろうか? その鍵を握る人物こそ、日本AMDのデビット・ユーゼ新社長なのだ。 ●良くも悪くも日本的な会社だった以前の日本AMD 日本AMDの社長に対して正式な形でインタビューを行なうのは筆者にとって初めての経験ではない。前に日本AMDの社長にインタビューを行なったのは、2001年10月というちょうどWindows XPがリリースされたタイミングだった。当時AMDは、Athlon XPをリリースした時で、モデルナンバーについて話題が集中していた時だ。 その時に日本AMDの社長を務めていたのは、現在マイクロソフトで副社長を務めている堺和夫氏だった。インタビューでは、モデルナンバーの是非などについてお話を伺ったことを覚えている。堺氏は、日本AMDが設立された時からのメンバーで、長い間日本AMDの社長を務め、米国本社の副社長にも任命されるなど、日本のみならず東アジア全体にも責任を持つほどの地位を米国本社でも占めていた時期もあった。 堺氏時代の日本AMDに関して、筆者がいつも思っていたのは、あまり外資系っぽくない外資系企業だな、というものだ。実はこれについて、以前の広報担当者と話をしたことがあるのだが、その担当者は「たぶん社長のカラーでしょうね、彼は米国に行っても日本の食事を常に求めるぐらい日本人ですから」と言っていたのをよく覚えている。よい意味で日本社会にとけ込んだ、バランスに優れた日本法人というのが、多くの関係者の率直な感想だったのではないだろうか。 だが、物事はよい面と悪い面があって、日本的であるということは、外資系企業によく見られるアグレッシブさが足りないということの裏返しでもある。「日本AMDはインテルほどにはアグレッシブではないよね」ということは、当時よく業界関係者から聞いた話だ。 だが、ユーゼ氏就任以降、そのAMDがアグレッシブになってきたように見える。果たしてユーゼ氏は、どういう経営者で、どういうビジョンで日本AMDを経営していくのか。そのあたりを聞いてみたくて、今回のインタビューに臨んだという訳だ。長い前置きになってしまったが、そうした背景があることを前提に以下のインタビューをぜひ読んで頂きたい。 ●まずは負け犬根性を返上することから始めた新しい日本AMDへの道 Q: 昨年(2005年)の5月にデルをお辞めになり、日本AMDへと転職されました。なぜ、日本AMDへ移られたのですか。 ユーゼ氏:いくつかの理由がありますが、私個人が新しいチャレンジに積極的であるということがあります。私にとってデルで製品を販売するという仕事は、さほど挑戦的な仕事ではありませんでした。そんな時に、AMDの経営陣から、Opteronという魅力的な製品をラージエンタープライズのお客様に販売するという新しい仕事をオファーされ、非常に挑戦的な選択肢に見えたのです。私はビジネスマンとして、顧客が望んでいらっしゃる製品を提供し、喜んでいただける仕事をしたいと思っていたのです。 Q: 日本AMDに来て最初にやったことは何ですか。 ユーゼ氏:まずは、状況を把握し分析することを行ないました。市場の状況や、他社との競争などについてです。そうすることにより、競合他社と我々のギャップは何であるかが見えてきました。そこで、そのギャップを埋めるための戦略を立て、その戦略に沿ってリソース配分を見直しました。 次に取り組んだのは、企業文化を変えることでした。これまで日本AMDは強力な競合他社と競争する中で、疲れ果てていました。そのために、社員の中に「我々は常にナンバーツーでよいんだ」というメンタリティが定着してしまっていたのです。ですが、私はそれはダメだと考えました。常にナンバーワンになろうという意識を持っていなければ、競争に勝ち抜くことはできないからです。 私は社員を前にこう語りかけました。「皆さんが勝つことを信じられれば、私も勝てると思えるようになります」と。私はAMDがそれができる強力な企業であると信じています。 Q: しかし、AMDの競合他社、つまりインテルは非常に強力な競合相手です。財務面でも、リソース面でも、インテルとAMDの差は非常に大きいというのは厳然とした事実です。それでも、ユーゼ社長がインテルを追い越せると考えているのはどうしてですか。 ユーゼ氏:確かに、持っている資金の額やリソースという意味でインテルに劣っているのは事実です。ですが、それ以外の部分で我々がインテルに劣っている部分はありません。過去3年、AMDが成し遂げてきたことを見てください。我々は劣っているリソースを上手く活用し、Opteronという優れた製品をサーバー/ワークステーション市場に投入し、Athlon 64 X2をデスクトップPC市場に投入し、Turion 64をモバイルPC市場に投入してきました。問題は、資金やリソースの大小ではなく、優れた戦略を立て、効率よくリソースを利用し、そして効果的に資金を投資していく、それこそが重要なポイントなのです。 ●新しいリーダーシップのもとでマーケットリーダーを目指す Q: 我々としては、今年の年頭の記者会見で壇上に並んだ幹部の顔ぶれが、吉沢取締役以外みな変わっているのを見て、日本AMDは変わったんだという印象を受けました。そうした意味で、あなたの日本AMD改革はすでにかなり成し遂げられたということなのでしょうか。 ユーゼ氏:最初に述べておきたいのですが、私が日本AMDに来てから、誰一人として私の指示で辞めたことはないということです。すでに述べたように、私が日本AMDに来た時、社員は戦うことに疲れ果てていました。そうした時に、堺前会長から私へとリーダーシップの移行があり、その時を自分のキャリアの新しいステップだととらえて、日本AMDを去って行かれた方がいらっしゃったことは事実です。 私が来て日本AMDの企業文化は変わりました。堺前会長は、偉大なリーダーでしたが、もちろん私とは異なる個性をお持ちです。それまでの日本AMDの社員の中には、そうした堺さんのリーダーシップに慣れ親しんでいた方が多かった。実際、私へのリーダーシップの移行の後、ある方はそれになじまれましたが、そうでないかもいらっしゃいました。そうした方は、ご自分の新しいキャリアのために日本AMDを巣立って行かれたのです。ですが、そうした日本AMDを去られた方も今も日本AMDとはフレンドリーな関係にあります。私はそのことを誇りに思っています。 Q: すでに日本AMDの企業文化は変わったのですね。 ユーゼ氏:重要なことは、私と社員が同じ夢を共有することです。それが新しい企業文化を創ります。じゃあ、その夢は何なのかと言えば、いつの日か51%のシェアを獲得することです。 企業文化が変わるのは、私が来たから変わるということではなく、同じ目標を共有し、それを実現していくことなのです。我々はすでにテクノロジーリーダーです。今後は、それに加えてマーケットリーダーになっていきたいと考えています。 AMDでは、お客様第一主義という考え方を標榜しており、お客様が望む物を作り上げ、それを提供していけば、自然とマーケットリーダーになっていける、そうしたことが実現できると信じています。 ●フェアでオープンな競争を実現するための手段としての訴訟 Q: 日本AMDは昨年インテル株式会社に対する訴訟を提起しました。訴訟という手段に訴えるAMDのメリットは何でしょうか。 ユーゼ氏:非常にシンプルです。この訴訟で最も恩恵を得るのは消費者です。次いで、企業ユーザーの皆様、最後にAMDです。市場において、優れた技術革新やフェアな競争が行なわれていれば、その結果、価格下落などの形でエンドユーザーにメリットが持たらされるのです。 実際のところ、こうした訴訟をやったとしてもAMDが得られる恩恵はあまり大きくありません。訴訟には膨大なコストがかかりますから。しかし、エンドユーザーの皆様にメリットをもたらすためにはオープンな競争が必要なのです。そうした環境を実現するための手段なのです。 Q: 今回の訴訟は、公正取引委員会の勧告に基づいたものだと思います。裁判で有利に立つには、被害者となるOEMベンダが証言をしてくれるのかどうかがポイントになると思います。OEMベンダは法廷で証言してくれるでしょうか。 ユーゼ氏:我々が言っておきたいのは、ぜひ法廷で真実を証言して欲しいということです。それさえあれば、後は裁判所が違法であるか、適法であるのかを決定してくれるはずです。 私個人としては、この件について議論することは興味深いことではありますが、それは法律の専門家である弁護士の仕事であって、私の仕事ではありません。私の仕事は過去のことを振り返ることではなく、将来を見据えて戦略を立てていくことです。私や私のチームには競合他社の過去を思い返している余裕などありません。すべての時間は顧客のことを考えることに費やしたいのです。 Q: この訴訟というアクションは、インテルの手足を縛るという意味で、有効な作戦だと思います。 ユーゼ氏:1つ申し上げておきたいのは、フェアでオープンな競争がきちんと保証されていたら、AMDのマーケットシェアはもっと急激に上がったはずです。我々の製品は優れており、顧客の望むような製品を提供してきましたが、そうはなりませんでした。そうしたことから、我々はフェアでオープンな競争を求めてるのです。 ●今夏にTurion 64 X2でモバイル市場でも大反攻を開始する Q: 日本市場にいる我々からすれば、米国のシリコンベンダは米国のニーズを優先させ、日本のニーズに応えてくれていないのではという不満があります。日本AMDという現地法人のトップとして、その点をどうお考えになりますか。 ユーゼ氏:日本市場は依然として世界で2番目に大きな市場です。そして、モバイルでは日本は世界をリードしていますし、今後立ち上がるであろうデジタルライフスタイルの市場でも同様です。今後もモバイルやデジタルライフにおいて日本は引き続き中心的な役割を果たしていけるようにしたい、それが私のゴールです。 Q: ですが、例えばモバイル市場では、主に日本がメインターゲットとなっている低電圧版や超低電圧版のCPUというのをAMDはラインナップしていません。OEMベンダにとっても、日本のユーザーにとっても、別の選択肢となるAMDの低電圧版や超低電圧版CPUが必要だと思いますが、いかがでしょう。? ユーゼ氏:問題なのは、そうした製品がマスマーケット向けの製品であるかどうかなのです。日本市場においても、低電圧版や超低電圧版のCPUは5~7%程度の市場でしかないニッチな製品なのです。 もちろん、私たちも日本のユーザーの皆様方がそうした製品を欲しておられることは理解していますし、将来的にはAMDもその市場にコミットメントしきたいと考えていますが、まずはマスマーケットでAMDの製品が受け入れられることが最初のステップになります。すでにリリースしているTurion 64や、デュアルコア版のTurion 64 X2をまずは市場に浸透させたいのです。そしてその後のステップとして低電圧版、さらにその後のステップとして超低電圧版という形でステップバイステップで進めていきたいと考えているのです。 ご存じの通り、弊社のリソースは競合他社に比べると限られています。だからこそ、どのプロジェクトに優先してリソースを割り当てていくという優先順位付けは非常に重要になります。過去数年間において、AMDの経営陣はこの点で正しい判断をしてきました。その中で、まずはメインストリームのTurion 64を優先させてきた、そういうことだと理解していただきたいです。 我々は今、Turion 64 X2の立ち上げに大きな力を注いでます。たしかに競合他社のモバイルPC向けのブランド戦略は強力ですが、我々はTurion 64 X2は彼らにチャレンジできる非常に強力な製品だと信じています。現在我々は多くの大手OEMベンダと話をしており、きっと多くの製品がこの夏に登場することになると思います。 ただ、近い将来にAMDの低電圧版や超低電圧版のCPUを日本のユーザーの皆様にお届けすることも可能だろうと考えています。その時には、我々の低電圧版や超低電圧版CPUはきっと競合他社を上回って見せますよ。 Q: 数年前に構想が明らかにされたJEL(Japan Engineering Lab、ジェル)の進捗状況はどうでしょうか。 ユーゼ氏:将来のプランに関して、あまり詳しいことをお話できないのが残念なんですが、AMDは日本のOEMベンダと次世代CPUについての研究開発で協力していくことを非常に重視しています。AMDでは、日本政府や日本のOEMベンダと日本発のCPU技術についての意見を交換しています。それは日本だけでなく、中国やインドでも同様の取り組みを行なっており、その地域に適した技術を次世代CPUに取り込んでいきたい、そんな取り組みを行なっているのです。 また、すでに昨年の暮れには、開発コードネームで「Yamato」と呼ぶモバイルプラットフォームを公開しました。Yamatoは、非常に強力なプラットフォームで、競合他社のそれを十分上回る可能性を秘めていると考えています。 ●エンドユーザーに選択の自由を与えるAMD Live! Q: AMDは、今年のInternational CESにおいて、「AMD Live!」のブランドを従来のプロユースだけでなく、コンシューマユースにも拡大することを発表しました。インテルもViiv Technologyを展開するなど、この分野に対する注目度は増してきています。AMD Live!のビジョンに関して教えてください。 ユーゼ氏:最初に言っておきたいことは、我々は競合他社の戦略に対してリアクションしているのではないということです。AMDはこうしたジャンルに関して独自のプランを持っており、すでにAMD Live!を2年間も展開してきたというのはその何よりの証拠です。AMDは、AMD Live!で新しいデジタルライフスタイルを提案していくつもりです。例えば、AMD Live!のビジョンにより、ある朝起きたら録画したコンテンツがポータブルプレイヤーに自動で転送されて通勤中の電車で見ることができるようになる、そういう新しい形を提案していくことになるでしょう。 重要なことは。AMDはAMD Live!において、エンドユーザーやOEMベンダに選択の自由を与えることができることです。競合他社のように、決まったCPU、決まったチップセット、決まったEthernetコントローラではなく、プラットフォームがATIでも、NVIDIAでも、SiSでも、VIAでも、ユーザーが望む限りそれは自由なのです。そして、それは大手OEMメーカー製のPCだけではありません、ホワイトボックスのPCももちろんサポートされますし、自作PCの世界でもAMD Live!ロゴのついたコンポーネントを利用していただくことで、AMD Live!の世界を楽しんでいただくことが可能です。 Q: 日本市場のニーズと米国市場のニーズは若干異なっていると思いますが、それに対する対応はどうされるのでしょうか。 ユーゼ氏:デジタルライフスタイルにおける使い方は米国でも、日本でもそんなに大きな違いはないと思います。 ですが、住宅環境という意味では大きく異なっています。ご存じのように米国家庭におけるリビングルームやベッドルームは米国とは大きく異なっています。このため、米国家庭に比べて小さいリビングルームを持つ日本の家庭にフィットするようなソリューションを用意しないといけない。具体的にはフォームファクタです。 仮にリビングルームにホームサーバーを置きたいと考えるのであれば、できる限り低ノイズで、低発熱のソリューションを用意する必要があると考えています。そうした時に、Turion 64 X2がそうしたマーケットでのニーズを満たしていくことができるのではないか、我々はそう考えています。 Q: OEMベンダにとって、AMD Live!を展開するメリットはなんでしょうか。誰もが知っている通り、競合他社はIntel Inside Programというわかりやすいメリット(リベートプログラム)をOEMベンダに提供しています。 ユーゼ氏:競合他社とAMD Live!の違いは、OEMベンダのブランド名を重要視しているということです。競合他社のやり方では、Viivやインテルのブランドの価値が上がっていっても、OEMベンダ自身のメリットにはなりません。そこで、AMD Live!では、OEMベンダが自社のブランド力をあげていくことを助けていきたいと考えています。具体的には、競合他社との差別化になるようなソフトウェアの開発を支援したりなど、エンドユーザーに違いが簡単にわかるようすることを手助けしていきたいのです。 また、競合他社はモバイル市場での展開を行なっていません。昨年モバイルPCの販売価格は25%も下がりました。なぜかと言えば、どれもこれも同じような製品になってしまって、差別化をすることが難しいため、価格競争になってしまったのです。そこで、AMDとしてはその市場でもAMD Live!を展開することで、OEMベンダの製品により高い付加価値を与えることができるようにしていきたいです。 Q: よくわかりました、最後に読者にメッセージをお願いします。 ユーゼ氏:これまでもそうであったように、AMDは顧客が求めるソリューションを提供していける企業であり続けたいと考えています。そしていつの日か勝者となり、ナンバーワンになってせみます。 ●エンドユーザーにメリットをもたらす良い意味での競争は大歓迎 インタビューをしていて非常に印象的だったのは、「ナンバーツーではいけない、常にナンバーワンを目指さなければ競争に勝つことができない」と繰り返しユーゼ氏が述べていることだ。これこそが、筆者が冒頭で定義した、どうして日本AMDはアグレッシブな企業になったか、ということの答えと言える。 とにもかくにもユーゼ氏は競争を欲していることはよくわかった。だからこそ、法廷闘争のようなアグレッシブな戦略もとるのだろうし、OEMベンダに対してもこれまで以上に積極的な営業活動を行なっているとも聞いている。 エンドユーザーにとって、この変貌はどのようなメリットをもたらすのかと問われれば、正直に言って筆者にもまだわからない。ただ1つ言えることは、競争が激化することは、長期的に見ればエンドユーザーにとって価格の下落という意味で大きなメリットがあるということだ。そうした意味で、日本AMDがアグレッシブに変貌を遂げるというのは歓迎してよいことだし、ぜひともインテルでさえもまだ提供できていない、日本のユーザーのニーズに本当にあったCPUということにも取り組んでいただきたいと期待したい。
(2006年5月19日) [Reported by 笠原一輝]
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