●10日前から流れ始めた延期のウワサ
Microsoftは正式に「Windows Vista(Longhorn:ロングホーン)」の実質的な立ち上げが2007年1月にずれ込むことを明らかにした。2006年11月から提供は開始するものの、その時点でリリースされるのは検証や導入に時間がかかるボリュームライセンスの企業カスタマ向けのみ。体裁としては2006年中提供の形を保っているが、一般的な意味でのリリースは1月へとずれ込むことになる。 今回の延期については、先々週の中盤、米国で「Intel Developer Forum(IDF)」、ドイツで「CeBIT」が行われている最中から業界関係者にウワサが流れていた。 その時の情報は、Windows Vistaの発表自体は2006年中に行なわれるものの、最初は限られたSKU(Stock Keeping Unit=商品)だけの発表となり、売り物の新ユーザーエフェクト「Aero Glass」も有効にされないというものだった。Aero Glassを含めたVistaの実質的な立ち上げは2007年の頭になると伝えられた。その情報筋は、Premium以上のVistaがずれ込み、Vista Basicだけを出荷するのではないかと推測していた。 Windows Vista延期のウワサは、何度かあったが、今回は2段階出荷という具体性があり、確度が高かった。もともと、CeBITやIDFのようなイベント時は業界関係者による情報交換が活発になるため、確度の高い情報が流れることが多い。 ところが、確認を取り始めると、この情報が、PC業界内でもあまり出回っていないことがすぐにわかった。当然知っているべきベンダーが全く知らされておらず、かなり限定された情報であることが推測された。 おそらく、PCベンダーなどにとっては非常にネガティブな材料であるため、そこに情報を出せば、すぐにメディアに伝わってしまうとMicrosoftは判断したのだろう。逆に意外なベンダーが情報を持っており、影響が大きいデバイスのベンダーにだけ先行して情報を出した形跡があった。 いずれにせよ、先週の段階では、記事にできるほど明確に確認できる情報は得られなかった。それだけ、Microsoftが情報を絞り、事前に波紋が広がらないように気をつけていたことになる。ある業界関係者は、「Windows Vista Ready」プログラムの関係から、延期する場合は4月までに発表せざるを得ないだろうと言っていたが、その通りになった。 ●閉塞感の強いPC業界にとって打撃 この延期によって、Windows Vistaは2006年の年末商戦を逃したことになる。PCにとっての最大のセールス時期を見送る影響は大きい。特に、PC業界では、OSが2001年のWindows XPから据え置かれており、閉塞感が強い。そのため、特にハードウェア関係各社のWindows Vistaへの期待は大きかった。
面白いのは、ちょうど1週間の間に、日米で2つの大きな延期が発表されたことだ。先週は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がPLAYSTATION 3(PS3)の発売を“春”から11月にスリップさせたばかり。しかし、両社の期待製品の延期は、意外に対照的な部分が多い。 PS3の延期は、ゲーム業界内では、もう絶対に間に合わないだろうと誰もが思っている中で発表された。そういう意味では折り込み済み。逆に言えば、早く出されてもソフトウェアが開発できないため、業界関係者は遅れたこと自体にはむしろ安心している。もっとも、SDKのスケジュールなどについては安心はしていないが。 それに対して、Windows Vistaは、Microsoftがこのまま年末発売を強行するのではという観測が強かった中で発表された。そういう意味では、衝撃が大きかった。特に、PCメーカーなどハード業界は、Vistaを前提として製品計画を立てていたため、落胆が大きく、混乱している。事実上、戦略の練り直しとなる。 特に、PCベンダーやIntelにとっては、Windows Vistaはデジタルホームのマーケティングと重なってしまったことで影響は大きい。Intelの「Viiv(East Folk)」は、当初はMicrosoftとは無関係に計画がスタートしたが、Microsoftの介入によってWindows Media Center Edition(MCE)と連携することになった。Viivの本命であるRelease 1.6はWindows Vistaと同期する計画になっており、PCベンダーの多くもそれに合わせて製品計画を立てていた。 だが、今回の延期によって、その構図は崩れてしまい、PCメーカーは計画の立て直しを強いられることになる。日本のPCメーカーも、VistaのSKUのうちPremiumブランドへのアップグレードパスのためにMCE搭載へと向かっていたが、それも来春まで意味がなくなってしまった。 ●影響が大きいグラフィックス業界 遅れ遅れのWindows Vistaに巻き込まれ、さまざまな新技術のサポートもずれ込んでいる。最大の例がDirectX 10で、Windows Vistaとセットになってしまったことで、新DirectXのリリースは3年も引きずられている。そのおかげで、GPUはアーキテクチャの拡張が少ない、無意味なパフォーマンス拡張競争にさらされている。Xbox 360のGPUはDirectX 10にある程度近い機能を備えているのに、PCグラフィックスはまだDirectX 9世代のままというアンバランスも生じている。 Windows Vistaの延期は、グラフィックス業界にとって影響が大きい。それはDirectX 10とAero Glassのためだ。 Windows VistaのAero Glassは、DirectX 9の仕様と、かなり高パフォーマンスの3Dグラフィックス機能を要求する。そのため、Windows Vistaが普及すれば、GPUの重要性が一気に高まるとGPUベンダーは踏んでいた。 しかし、1年で最もPCが売れる年末商戦期を逃したことで、Windows Vistaの普及曲線は大きくずれ込むことになる。ある関係者は、2007年末までは、Windows Vistaのインストールドベースはあまり伸びないだろうという。そうなると、Aero Glassレディのグラフィックス機能の重要性も薄まってしまう。 DirectX 10については、GPUベンダーは、Microsoftとの合意によって、8~9月にDirectX 10対応GPUのサンプルを完成させる予定になっている。あるGPU業界関係者によると、これは、Windows Vistaの最終コードの完成に間に合わせ、Windows VistaのDirect3D 10ランタイムとの互換性チェックを行なうためだという。 チップサンプルが8~9月完成の場合、チップを実際に市場に投入できる時期は、最短で2006年末、通常のサイクルなら2007年第1四半期の後半になる。サンプルのバリデーションを行ない、設計をFabに戻し、更新版サンプルを出すまでに1四半期かかるからだ。通常はこれを2サイクル行なうため2四半期かかる。ATI Technologiesは「R6xx」ファミリが、S3 Graphicsは「Destination 1」がDirectX 10対応世代となる。以前レポートした通り、NVIDIAとIntelも対応を進めている。 MicrosoftとGPUベンダーは、このスケジュールで、最終的に来春にDirectX 10ハードの上でVistaが動くようにする予定だった。具体的には、2007年春の「Windows Vista Spring Refresh 2007」でDirectX 10対応GPUとの同期を図る計画だった。Windows Vista延期の後でも、このスケジュールが維持されているのかどうかは、今のところわからない。ちなみに、現在の予定では、Microsoftは2007年6月には、DirectX 10対応ハードを、Windows Vista Premium Logoの条件とすることになっているという。この予定も影響を受けるかもしれない。 間際になっての、今回の延期発表の影響は、Microsoftへの不信へとつながる。このところの閉塞感から、PC業界ではWindows Vistaへの待望が強まり、Microsoftへの風当たりは弱まっていたように見える。それが、今回で、一気にぶちこわしになってしまったような感がある。Microsoftは、この不手際の後始末をつけなければならない。 □関連記事 (2006年3月23日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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