森山和道の「ヒトと機械の境界面」


「電車展 -Suicaがひらく未来の列車-」開催
〜人が乗りたくなる電車とは




●電車〜個人がぶつかりあう公共空間のありよう

 電車は、不思議な空間である。個人が個別に移動するパーソナルモビリティたる自動車と違い、電車では、見知らぬ他人同士が乗り合わせて移動する。

 年齢も性別も職業も目的地も身体状況もさまざまな人々が1つの車両に乗り込むのだ。しかも満員電車のなかでは、まったく見知らぬ他人同士なのに、相当に親しい人以上に近くならざるをえない。いわゆる「パーソナルスペース」を、お互いに踏み越えた状態で接することで、時として対人関係トラブルも発生する。都市生活を送っている多くの人は、そんな乗り物に1日最低2回は乗って移動している。

 電車、そして駅には、もっと快適であってもらいたい−−。一方、Suicaのように個別IDを持った機器やケータイの所持率も非常に高くなっている。これまで一様かつ一方向だった電車内サービスも変え得る時代が近づきつつある。未来の電車におけるサービスとしては、どんなものが考えられるだろうか?

 2月10日と11日、横浜のギャルリーパリで「電車展 -Suicaがひらく未来の列車-」が開催された。電車を「『身近な他者』とすれ違う特別な公共空間」と捉えた、慶応義塾大学湘南藤沢インタラクションデザインラボ(代表:安村通晃 慶応義塾大学SFC環境情報学部教授)とJR東日本 研究開発センター・フロンティアサービス研究所の共同研究の成果の一部が披露された。

●展示

 まずは展示から紹介する。会場では実際の電車を模したセットが作られ、そのなかで展示が行なわれた。

 「質問タッチ」(後藤孝行氏、慶応義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程1年)は、駅内情報ナビゲーション用の次世代情報端末の提案である。自分の属性(日本語を読めない、目が不自由など)を記録したICカードをかざすと、端末がそれぞれの人用の情報を提示するというもの。もっとも、駅のなかで、この端末そのものがどこにあるのかどうやって呈示するのかなどについては今後の課題。

駅内情報ナビゲーション端末「質問タッチ」。横のボタンのまわりのリングを押すとナビが出る 質問タッチに使うICカード

 「発車オーライト」(福井進吾氏、慶応義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程1年)は、乗客に視覚的に電車の発車タイミングを通知するサービス。電車に間に合うかどうか分からず、ホームや階段を走った経験がある人は少なからずいるだろう。そこで、階段や通路の壁にライトの光で列車に間に合うように乗車できるかどうか視覚的に提示してやればいいのではないかというアイデアだ。列車が近づくに連れて導火線のように光の帯が進んでいき、それよりも前を歩いていれば間に合う、というものだ。

光の帯で視覚的に電車の発車タイミングを教える「発車オーライト」 アイデアの解説

 「ロゴモーション」(児玉哲彦氏、慶応義塾大学 政策・メディア研究科 博士課程1年)は、電車の移動に応じて、沿線の地域に関する情報やメモを閲覧したり、書き込むことができるブログ。走っている区間に関する情報を残したり、移動に応じて情報を閲覧することができる。同じ沿線に乗って移動している人たち同士で情報を共有・交換するサービスだ。

ロゴモーション いまでも普通に使えそうなサービス

 「まどろみ」(高石悦史氏、慶応義塾大学 環境情報学部4年)は、窓と吊革を使った情報提示・情報キャッチサービス。Suicaをつり革に埋められたリーダーにかざすことで、欲しい情報が窓に浮かび上がるサービス。

 本来、公共物である窓を、それぞれ別のニーズを持った個人がディスプレイとして使うということは現実的にはあり得ないと思うが、窓あるいは吊革を何かに使ってみたかったのだろう。

 「つりコン」も吊革を使ったアプリケーションで、吊革に小型のディスプレイとボタンを付けて、ゲームで遊ぶというもの。

まどろみ まどろみに使うRFIDタグ・リーダー付き吊革
まどろみ使用イメージ。欲しい情報を吊革で捕まえる感じだ つりコン

 「デモコン」(渡邊恵太氏、慶応義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程2年) は、携帯電話による投票で車内環境の調節を民主的に行なえるサービスの提案だ。たとえば電車内の空調が寒すぎたり暑すぎたりしたとする。そうしたら、ケータイを使ってみんなが投票を行なう。その結果、空調が調節されるというアイデアだ。そのほか、携帯型音楽プレーヤーからの音漏れの苦情を、ケータイを使ってディスプレイに出す、などのアイデアが示された。いずれも、匿名状態のまま、苦情を周囲に訴えるためのアイデアだ。

 実際には注意をディスプレイに出したところで、もともと態度を注意されるような人は見ないだろうし、実装されることはないと思われる。が、マナーやモラルを守ることをどのように周囲に、さりげなく訴えるか、それは大きな問題だ。

 「Gold Seat」(松本貴之氏、東日本旅客鉄道株式会社)も、マナーやモラルの欠如に対するサービスをどう考えるかという提案の一つである。普段は畳まれているが、Suicaや何かICカードの類をかざすと使えるようになるスーパー優先席だ。たとえば年齢証明書や、医師から発行された証明書をかざすと使えるようになる、というイメージである。

 もともとマナーやモラルとして期待されている優先席が、このような形で拘束されないと使えないというのは哀しい話ではある。が、このようなものも必要になるのかもしれない。

 しかしながら、実装するとなると問題はいろいろありそうだ。畳まれた状態でもその上に荷物を置かれていたらどうするのか、むしろマナーやモラルを守らない人間の溜まり場となったらどうするのか、などなど、ちょっと考えただけでもいろいろ問題がある。また、グリーン席のように金銭で席を分けてしまったほうが逆に簡単ではないかとも思える。金銭で割り切るのは寂しい気もするが、電車はもともと有料の公共サービスである。無料サービスではないのだから、ある面では逆に平等だとも言えよう。

ケータイで匿名多数決を行なうデモコン 「ソーシャル・スイッチ」という概念は面白い ゴールドシート。RFIDタグをリーダーにかざすと開く

 電車内のコミュニケーションではなく、単純に、本来の目的である移動を快適にするための提案展示もあった。

 「チャクロック」(福井進吾氏、慶応義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程1年)は、一目で目的の駅への到着時間がわかる時計である。アナログ時計の上に目的地名が記されており、だいたいの到着時間が一目で分かるようになっている。是非実現してもらいたいが、現在の実際の電車内には時計はない。おそらく到着時間が早かったり遅かったりすると苦情があるからなのだろう。

 「床面LEDディスプレイ」(松本貴之氏)は、床面に埋め込まれたLEDディスプレイだ。広告やニュースなどを表示する。満員でもそれなりに床は見えるから、床面を使ってみたらどうかという提案だという。もっとも本当の満員電車になるとまったく床など見えなくなると思うので、広告媒体としては微妙かもしれない。

目的駅への到着時間が分かる「チャクロック」 「床面LEDディスプレイ」

 JR東日本 研究開発センター・フロンティアサービス研究所の松本貴之氏による「携帯電話によるパーソナル運行情報案内」と「タッチパネルによるパーソナル運行情報案内」は、どちらも今すぐにでも電車内に欲しいと思う人は多いはずだ。ケータイで操作するかタッチパネルで操作するかの違いだけでどちらも違いはない。

 電車に乗る前に行き先や乗り換え時間などをPCやケータイで調べる人は多いだろう。ところが電車内にはその手のサービスはない。せいぜい次の到着駅がディスプレイに表示されるくらいで、乗り換え案内は単なるアナウンス、あるいは路線図しかない。このIT時代に、だ。だが実際には、いま乗っている電車から次にどの電車に乗り換えるべきかといった情報が欲しいときは多い。

 松本氏考案のシステムは、単なる経路探索や運行情報提供、乗り換え案内だけではなく、現在運行中の列車の乗車率もナビゲーションしてくれる。電車には空気ばねがあるので、そこから乗車している人間のおおよその数が分かるのだ。たとえばいま乗っている列車内のどの車両が比較的空いているかといったことが、ほぼリアルタイムで分かるのである。

 また、Suicaを使えば、乗り換え案内も既存のものよりも少し気を利かせることが可能だ。たとえばSuicaから乗客が普段使っている駅名を読み取って、乗換駅の候補として先に提示するなど、面白いアイデアが披露された。

パーソナル運行情報案内。なぜこのようなサービスが列車内で提供されていないのか不思議なくらいだ Suica、またはモバイルSuicaをタッチすることで個別のサービスを行なうことができる
乗車率を色わけで表示する ケータイを使ったパーソナル運行情報案内の概念

 また、JR東日本コンサルタンツ株式会社 フロンティアサービス研究所と共同研究を行なっている慶應義塾大学武藤佳恭研究室の成果も「参考出展」で出展されていた。「発電床」は圧電素子を用いた床発電装置である。踏んだり振動を与えたりすると発電する。興味がある方はこちらのPDFファイルも参照されたい。

 発電するといってもわずかなもので、現時点ではLEDを点灯させるくらいのことしかできない。しかしながら現在、電子ペーパーのようにわずかな電力で書き換えができるデバイスの研究開発が進められている。改札口や電車など、確実に発電ができる場所ならば、それなりの用途はあり得る。

振動で発電する発電床。電車や乗客の振動を電力にかえる 発電状況

●トークショー「サードプレイス」としての電車・駅

 会場ではトークショーも行なわれた。筆者は初日に行なわれた「女の駅」と題されたトークショーを聞いた。登壇者は安村通晃教授のほか、博報堂生活総合研究所の山本貴代氏、NTTサイバーソリューション研究所の小川克彦氏。

慶応義塾大学SFC環境情報学部 安村通晃教授 博報堂生活総合研究所 山本貴代氏 NTTサイバーソリューション研究所 小川克彦氏

 まず安村教授が電車の空間としての特殊性について述べた。電車は公共空間だが、満員時など、時としてパーソナルな距離よりも近づかざるを得ない。乗降時やシートでの座り方が問題になることは多い。また、ケータイや化粧など、プライベートな行動がトラブルを呼ぶときもある。痴漢などはそのたるものだ。

 いっぽう、通勤電車内の他人はしばしば、全く知らないのだがよく見かける「よく見るあの人」となる。直接は知らないのだが、見知った人たち。それらがぎゅうぎゅうに押し込まれて運ばれる、それが満員電車なのである。このように、改めて考え直してみると、電車は公共空間のなかでもかなり特殊な空間であることが分かる。電車のなかでは「見知らぬ他人同士のインプリシット(さりげない、暗黙の)なコミュニケーション」が必要とされているのだ。

 では電車あるいは駅を快適にするために、どんなことが考えられるのか。博報堂生活総合研究所の山本貴代氏は、20代〜30代の女性113人にアンケートを行なった結果から、望まれているのは、まるで我が家のような懐かしさを持ち、心安らぐほっとする場所、ずっといたくなる駅であり、母のようにどんな気分でも受け止めてくれる「マザーステーション」であると述べた。

 駅は1日2回通過する場所でありながら、現時点での駅のイメージは必ずしも良くない。色でいえば灰色で、つらく苦しい、臭いといったイメージを持つ女性が多いのだという。ではどんな駅がいいかというと「空港のような駅」だという。つまり清潔感があり、明るく、緑もあり、天井が高いなど、どこかお洒落な雰囲気を身にまとった場所だ。

 そのために具体的にどんなものがあればいいのか。山本氏はシナリオの形で、通勤に使う自転車をスムーズに受け取ってくれるサービスや、顔の見える駅長や駅員によるサービス提供、ポーターサービス、実用英語が試せるショップや試供品を実際に購入できるショップなどについて述べた。

 また女性専用車両に関する女性自身の意見や、こんな電車があればいいなというさまざまな例が提出された。筆者が勝手に要約すると、高いアメニティ、ホスピタリティを持つ、いわば飛行機のスーパープレミアムシートのような電車があれば一番有り難いということになりそうだった。

 しかしながら毎日の通勤電車は、旅行のときにだけ使う乗り物とは違うわけで、さまざまな制約がある。自らを「鉄っちゃん」だと自己紹介したNTTサイバーソリューション研究所の小川克彦氏は、2001年の東急東横線の次世代車内広告実験や、京急での無線LANを使った電車内映像配信実験「トレインビジョン」、みなとみらい駅地下コンコースでの12m×3mの大型スクリーンを使った実験を紹介しながら、人が乗りたくなる電車、居続けたくなるような場所としての駅を、どのようにITで手助けするかという提案について語った。

 小川氏は電車に代表される公共交通を生活者の「サードプレイス」にしたいという。サードプレイス、第3の場とは、「第1の場」である家庭と、「第2の場」である職場の間にある場所のこと。くつろぎの場所、コミュニケーションの場所のことだ。たとえば居心地のいい喫茶店やホテルのロビー、会議室、博物館、図書館、公園などが「第3の場」にあたる。また最近ではインターネットの中が「第3の場」だという人もいるのではないだろうか。

 では電車はどうすれば第3の場になれるか。第3の場は「そこでなければ手に入らない価値」を持っている。そのためには、そこでしか手に入らない情報の提供や、コミュニケーションの提供が必要だ。まだ、これだという解は見つかってないようだが、今後もさまざまな取り組みが続けられるだろう。

●居心地良い電車や駅を実現するために

 以下は筆者の個人的な考えだが、思うに、電車内が居心地がいいかどうかは、パーソナルスペースの捉え方次第で変わってくるのではないか。

 たとえば同じ満員電車内でも、月曜の朝と金曜の夜とでは雰囲気がまったく違う。誰もが無言で殺伐としている朝に対し、夜間の満員電車は会話の声が絶えず、どこかほのぼのとしている。電車が急停車して揺れても、お互いが激しく押し合う朝の満員電車に対し、夜の電車は乗客同士が、お互いの接触を許し合っているような雰囲気がある。

 「ハリネズミのジレンマ」という言葉があるが、朝の電車は、乗客がお互いにハリネズミのように毛を逆立ててパーソナルスペースを張り合っている。いっぽう夜の電車は、パーソナルスペースの張り方が弱いような気がするのである。

 何が言いたいかというと、電車内のトラブルは公共空間でプライベートをむきだしにしている人間によって起こると言われることが多い。しかしながら逆の捉え方もできるのではないかと思うのだ。自分自身の縄張りを意固地になって守ろうとするあまり、そこに少しでも侵入されたら、それが音や匂いの類、いや単なる光景であっても我慢できない。そんな人が増えているという捉え方もできるのではないか、ということだ。

 もちろん実際には状況次第、程度の問題なので、一概にどうこうとは言えない。あまりに目に余る行為をする連中はいるし、心が狭すぎるなと思える人もいる。そもそも人は多種多様なのが当たり前なので、それを無視して話を決めつけるつもりはない。だが「電車」という特殊な公共空間における問題が、パーソナルスペースの張り方、そのありようにあることは間違いないように思える。

 ではテクノロジーはそこに対してどのように使われるべきだろうか。単なる性善説では問題が解決しないことは自明である。だが規制や金銭的な差異で単純に区分してしまうのも寂しい。

 できうれば、マナーやモラルを自然と促すことができるテクノロジーが欲しい。たとえば、乗客が自然と、自分の周りに張っている縄張り意識を低下させることができるような、そんなテクノロジーが。一見遠回りのように見えても、それが一番、電車内を居心地良くするはずだ。

 いっぽう、電車はあくまで公共サービスである。乗り込む人は多種多様なサービスを望んでいる。しかしながら乗車した人それぞれが受けるサービスの質が異なってしまうような状況はまずい。さまざまな技術を実装する上では、ここもまたクリアすべき課題になる。

 電車・駅が今後どうなるにせよ、人と人がすれ違い、出会い、別れる場所であることは変わらない。人と人との間をとりもつような技術のニーズは増しこそすれ、減ることはなかろう。今後、「電車」をめぐる研究は非常に面白いことになるかもしれない。

□「電車展 -Suicaがひらく未来の列車-」
http://densha-ten.jp/index.html
□慶應義塾大学・安村研究室のホームページ
http://www.hi.sfc.keio.ac.jp/
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【2003年12月25日】【森山】ポストGUIの可能性を探る
〜慶應義塾大学安村研究室探訪記
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1225/kyokai19.htm

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(2006年2月13日)

[Reported by 森山和道]


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