今年は、異例ともいえる出来事が起こっている。 例年ならば、1月に発売される「春モデル」と呼ばれる新製品が、12月19日から、順次、出荷されているのだ。 毎商戦期ごとに、各社よりも1週間早く新製品を出荷し続けている富士通はもとより、NEC、東芝など主要PCメーカー各社が、12月から相次いで春モデルを出荷するのは初めてのことだ。 「富士通の新製品の出荷時期に負けないようにしていたら、こうなってしまった」と、対抗するあるPCメーカー幹部は冗談まじりにいうが、その真偽はともかくとして、結果として、今年の年末商戦は、新旧製品を取り混ぜた形で製品が店頭に並ぶ形になっている。
そして、振り返れば、2005年は、実に、4回もの新製品が発表されたということになる。 なぜ、今年は、こんなことが起こっているのだろうか。 ●新製品発表を早めたメーカーの思惑 各社に取材を試みてみたが、12月の春モデル発売という異例ともいえる出来事は、明確な1つの要素によって、起こったものではなさそうだ。むしろ、いくつかの要因が絡み合って、起こったものだといえる。 では、どんな理由なのか。 1つは、年末の商戦期に新製品で戦いたいという、メーカー側、量販店側の思惑が働いた点だ。 振り返れば、夏モデルと呼ばれる製品は、夏のボーナス商戦が本格化する6月頃に発売されていたものが、需要が見込めるゴールデンウイークにも夏モデルで対応したいと、昨年頃からゴールデンウイーク前に新製品が発売される傾向にあった。当然、それにつられて、冬モデルの発売時期も前倒しとなり、11月の冬のボーナス商戦期前の発売だったものが、9月頃から各社が新製品を発売するようになってきた。一部メーカーの間では、今年は、「冬モデル」という表現をやめ、「秋冬モデル」という言い方をしていたほどだ。 こうした商戦期ごとの少しずつの前倒しが、今回の12月の春モデル発売という結果になったというわけだ。 もともと進入学や新年度需要を狙って、3月から4月に発売されていた春モデルが、2月、1月と少しずつ前倒しとなり、いよいよ今回は12月発売にまで前倒しとなったのだ。 とくに、2006年の場合、1月7日から9日までが3連休となる。もともと成人の日は15日に設定されていたたため、1月の3連休までにはやや間があったのだが、これが、三が日からわずか4日間で連休となる。この連休でのお年玉需要を見込むには、年明けの新製品発表ではあまりにも慌ただしすぎる。そのため、12月に前倒しになったという声も一部メーカー幹部の間から聞かれた。 ●量販店の対応は もちろん、量販店側の変化も見逃せない。 商戦期に新旧製品が入り乱れて販売するのは、量販店にとっては、本来回避したい出来事のはずである。 ただでさえ在庫が膨れ上がる時期に、新旧製品が混在していては、在庫管理が煩雑になり、店頭でも余計な説明に時間をとられる。新旧製品の機能差や、価格差について、来店客に説明する時間が増え、手離れが悪くなるからだ。 だが、量販店側も、ここ数年のPOSシステムの導入によって、在庫コントロールが的確にできるようになってきた。新旧製品の混在環境でも、うまく回転されられる体制が整ったのだ。メーカー側も、受注から納品までの大幅な時間短縮を達成しており、発注翌日入荷という体制を整えているメーカーもある。これも、今回の商戦期まっ只中での新製品入れ替えに大きく寄与した。 量販店にとって最悪のパターンは、12月19日の新製品発売前に、旧製品の在庫を絞り込んだ結果、商戦期に販売するものがなくなり販売機会を逸すること、あるいは、旧製品がだぶついているのに、新製品が入荷し、粗利幅が大きい新製品を売りたいのにも関わらず、旧製品の在庫処分に追われ、利益が圧迫されるという状況だ。 POSシステムによる在庫管理と、メーカーの即納体制の実現が、こうした量販店のリスク回避につながり、今回の12月の新製品投入を可能としたのだ。 この理由のほかにも、いくつかの理由がメーカーから聞かれた。 ●2006年に新プラットフォーム登場も、大きな変化はなし CPUの技術革新の変化が落ち着き、12月に新製品を投入しやすい環境だったという点もその理由の1つだったと、あるメーカー幹部は語る。 2006年の場合、1月になって、IntelからViivおよびNapaという新たなプラットフォームが正式発表されるが、ノートPC用に、デュアルコアのYonahが発表される以外は、大きな変化はない。大幅なクロック周波数の変更や、2次キャッシュの変化なども少ない。 つまり、例年ならば、Intelの1月の発表を待って、PC新製品を投入するという構図だったのが、今年は12月に新製品を投入しても問題はないという状況なのだ。 また、「CPUだけでなく、HDD、インターフェイスなどについても、大きな変化が少ないのが今年の状況。12月に発売できる条件が揃った」(あるメーカー幹部)という声も聞かれる。 本来ならば、HD DVDドライブの搭載などが、年末年始を跨いだタイミングでの重要な要素の1つとなったはずなのだが、これも春モデルでは各社が見送ることになった。 こうした大きな技術的な革新が少なかったことも、12月の新製品発売を実現する要素の1つとなった。 そして、春モデルを長く売りたいというメーカー側の思惑も、今回の12月発売の理由の1つになっているようだ。 それには2つの理由がある。 ●2006年3月にIT投資促進税制が終了 1つは、現在、施行されているIT投資促進税制、および少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例制度を捉えたものだ。 これらの制度は、2006年3月末で終了することになる。 IT投資促進税制は、すべての企業が自社利用するIT投資に対して、10%の税額控除と取得資産の50%の特別償却の選択を認める制度。また、特例として、資本金3億円以下の企業に関しては、税額控除の対象にリース総額の60%を含めることができる。対象となるのは、PC、サーバーのほか、デジタル複写機やデジタル放送受信設備、インターネット電話の設備などだ。 また、少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例制度は、中小企業が取得価額30万円未満の減価償却資産を取得した場合には、取得価額の全額を損金算入に認めることができる。従来、損金算入の上限は10万円以下だったが、2006年3月末までにPCを購入すれば、ほとんどのPCを損金処理できるのだ。 同制度が終了する2006年4月以降は、セキュリティ減税制度と呼ばれる新制度の導入が検討されているというが、減税規模が縮小され、適用範囲が限定されるなど、現在の減税措置の方が利用価値が高いといわれる。 それだけに、企業にとっては、この制度を利用したPC導入を3月末までにすすめたいという思惑がある。 つまり、新製品を12月から発売することで、企業に対して、新製品導入検討の十分な期間を用意。これによって、需要を喚起しようというメーカーの狙いがあるのだ。 ●Windows Vistaの登場が新製品に与える影響
もう1つのポイントは、2006年中の発売が予定されているWindows Vistaの影響だ。 5年ぶりのメジャーバージョンアップとなるWindows Vistaは、2006年の需要を喚起する最大の要素と見られているが、出荷までの期間は、どうしても買い控えが起こりやすいというのも実状だろう。 マイクロソフトでは明らかにしていないが、Vistaが搭載されるモデルは、秋冬モデルということになるとはいえ、それを前にした夏モデルでは、“Vista Ready”と呼ばれる製品が、ハードメーカー各社から発売されることになるのは明らか。そのため、春モデルの販売時期を前倒しすることで、販売期間を長くし、少しでもPCの販売を増やそうというわけだ。 夏モデルによって、Vistaの露出が高まる前に、春モデルで数字を稼いでおこうという目論見ともいえる。 12月の春モデル発売は、こうした数々の要素によって実現されたのだ。 ところで、2006年のPC新製品の発売サイクルはどうなるのだろうか。 実は一部業界関係者の間からは、2005年並のタイミングで発表されるのではないか、という声が出ている。 新製品の発売のタイミングが増加すれば、ユーザーにとっては、常に最新の機能を搭載したPCを購入しやすい環境が整うという言い方もできる。 ただ、2006年の場合は、Vista発売前までは、買い控えが見込まれるため、どうしても製品投入時期については、慎重な対応を余儀なくされることになるだろう。 メーカーにとって、最高の新製品投入のタイミングを推し量ることは、2005年以上に難しい1年となりそうだ。
□関連記事 (2005年12月20日) [Text by 大河原克行]
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