笠原一輝のユビキタス情報局

Yonahへの“刺客”として投入される
AMDのデュアルコアTurion 64



●2006年の前半に投入が予定されているデュアルコアTurion 64

 AMDは、6月10日にニューヨークで開催された“2005 Analyst Day”と呼ばれるアナリスト向けの説明会の中で、同社のモバイルPC向けプロセッサのロードマップを明らかにしている。

AMDが“2005 Analyst Day”で公開した、モバイルPC向けロードマップ(出典:AMD)

 それによれば、AMDは2006年にモバイル向けのデュアルコアをリリースする。そのモバイル向けデュアルコアCPUは、DDR2、仮想化技術の“Pacifica”、セキュリティ技術の“Presidio”に対応しているほか、熱設計消費電力(TDP)が35W版と62W版が投入されることなどが明らかにされている。現在の市場では25Wと35WがTurion 64として、62WはモバイルAthlon 64として投入されており、このデュアルコアでも同じように位置づけられる可能性が高い。

AMD マイクロプロセッサビジネスユニット モバイルビジネスセグメント ディビジョンマーケティングマネージャのバハル・マホーニ氏

 Turion 64では25W版と35W版が用意されていたが、デュアルコアのTurion 64では、35W版のみになるという。AMD マイクロプロセッサビジネスユニット モバイルビジネスセグメント ディビジョンマーケティングマネージャのバハル・マホーニ氏は「35W版のみになるのは、我々の顧客の要求だ。というのも、我々の競合他社の2006年のプラットフォームがそのレンジになるからだ」と説明する。

 確かに、Intelが2006年にリリースするCPUは、いずれも30Wを超えている。Intelが第1四半期に投入を予定しているYonahの熱設計消費電力は31Wだし、その後継として第3四半期に投入される予定のMeromの熱設計消費電力は35Wになると、情報筋は伝えている。ノートPCベンダは、CPUの消費電力が35Wになることを前提として薄型ノートPCのシャシー設計を進めており、AMDとしても35Wの製品を出せば、薄型ノートPCの市場をカバーできることになる。

 ただし、マホーニ氏によれば、「モバイルSempronに関しては25W枠の製品を用意する」とのこと。これにより、従来の25W枠で設計されたシャシーを使い回して、安価なノートPCを提供したいというニーズに応えることができる。なお、現在はAMD64には対応していないモバイルSempronだが、「デスクトップPCがそうだったように、顧客のニーズや、Windows Vistaの動向などを見据えて、AMD64に対応したモバイルSempronも検討している」(マホーニ氏)とのとおり、2006年後半にリリースされる予定のWindows Vistaを見据えてAMD64に対応したバージョンの可能性はあるという。

●デュアルコア版Turion 64では薄型CPUソケットを導入

 今回もAMDは2006年にリリースされる予定のモバイルPC向けデュアルコアプロセッサの開発コードネームは公式には公開しなかった。OEMメーカー筋の情報によれば、デュアルコア版Turion 64となる熱設計消費電力35W枠製品の開発コードネームはTaylor(テイラー)、モバイルAthlon 64のデュアルコア版になる熱設計消費電力62W枠の製品はTrinidad(トリニダード)と呼ばれているという(以下本記事でも、それぞれTaylor、Trinidadと呼ぶことにする)。

 現在AMDがAthlon 64 X2として投入しているデュアルコア(開発コードネーム:Toledo)とTaylor/Trinidadの最大の違いは、サポートするメモリの違いだ。前者がDDR SDRAMをサポートしているのに対して、後者はDDR2 SDRAMをサポートする。DDR SDRAMのメモリモジュールとDDR2 SDRAMのメモリモジュールでは、ピン数がそもそも異なるほか、ピン配置なども異なっており、サポートメモリの変更には、CPU側のピンアサインも変更する必要がでてくる。

 このため、Taylor/Trinidadでは、新しいCPUソケットが導入されることになる。特に、Taylorでは、モバイルPCに適した、より薄型で小型のCPUソケットが導入される。CPUソケットの実装面積が小さく、薄型であるということは薄型ノートPCを設計する上で大きなメリットとなるだけに注目される動きだと言える。

 「2006年のモバイル向けデュアルコアでは、現在のSocket 754よりもピン数が少なく、より薄型のCPUソケットになる」(マホーニ氏)。実際、OEMメーカー筋の情報によれば、新しいTaylorのソケットは「Socket S1」の開発コードネームで呼称されており、ピン数も638ピンへと減らされている。754ピンのSocket 754がシングルチャネルメモリであったのに対して、この新しいソケットでは「デュアルチャネル構成も可能だ」(マホーニ氏)との通り、デュアルチャネルメモリにも対応できるという。

 実際、OEMメーカー筋の情報によれば、Taylorのメモリ構成はデュアルチャネルであるという。シングルチャネルからデュアルチャネルにしたことで、ピン数が増えているはずなのに実際にはピン数が減っているのは、Taylorの熱設計消費電力が35Wであることと関係がある。

 Socket 754やSocket 939は、80~100W近い、消費電力が大きなプロセッサでの利用を前提に設計されており、その分電流を供給するためのピンやグランドピンが余裕を持って設計されている。しかし、上限が35WのTaylorでは、そうした必要がないため、その分に回されていたピンを減らすことが可能になるわけだ。

 このため、逆に62WのTrinidadには、そうした方法は通用せず、デスクトップPCに近い電源周りのデザインが必要になる。従って、電流やグランドのピンもデスクトップPCと同様に必要になる。このため、Trinidadでは、デスクトップPCと同様のCPUソケットが必要になるだろう。OEMメーカー筋の情報によれば、「Socket M2」と呼ばれる新しいソケットに切り替えられることになるという。

●メモリコントローラの統合で性能面でのアドバンテージは大きい

 AMDのマホーニ氏は、TaylorとYonahを比較した図を見せながら、「デュアルコアTurion 64(筆者注:Taylor)のアドバンテージは、メモリコントローラがCPUに統合されていることだ。これに対してYonahでは依然として旧来のシステムバスの形式をとっており、デュアルコア化により増加するメモリレイテンシへの備えとしては十分ではないはずだ」(マホーニ氏)と、Taylorのアドバンテージを語って見せた。

YonahとTaylorの比較(筆者作成)

 確かに、両社が2006年前半に投入するモバイルプロセッサ2つを比較してみると、なかなか興味深いことがわかる。Taylorのアドバンテージは、マホーニ氏が言うとおり、統合されているメモリコントローラだ。デュアルコア化では、2つのコアが競うようにメモリにアクセスすることになるため、メモリレイテンシはより厳しい状況になる。従って、メモリコントローラがCPUに統合され、メモリレイテンシが短くなっているK8アーキテクチャの特徴が生きてくるのは、Athlon 64 X2の高い性能を見ても間違いない。

 一方で、YonahにもTaylorに比較すると優位と思える部分がある。具体的には2つのコアで共有されている共有L2キャッシュだ。共有L2キャッシュのメリットは、言うまでもなくキャッシュ間で一貫性を維持するためキャッシュ同士がやりとりをする必要がないことだ。

 もう1つのメリットは、1つのコアが停止し、シングルコアのような状態で動作している場合、それぞれのコアにキャッシュがある場合には、半分のL2キャッシュしか利用できないが、共有キャッシュであれば片側のコアがすべてのL2キャッシュを使い切ることができる。

 実際、AMDも将来のバージョンでは共有キャッシュの導入を明言している。というのも、前出の“2005 Analyst Day”の資料において、AMDは2007年に導入予定の次次世代モバイル向けデュアルコアでは“Larger/Shared caches”という形で、共有キャッシュを導入することを明らかにしているからだ。

 現時点では、AMDのTaylorがどの程度のクロック周波数ででてくるのかは明確ではないため、YonahとTaylorが性能面でどのようなポジションになるのかははっきり言ってわからない。ただ、いずれも魅力的な製品ということはでき、興味が尽きないところだ。

●AMDもYonahに対抗するような省電力技術の導入を示唆

 とはいえ、いくら性能が優れていたも、バッテリ駆動時間が短くなってしまうようであれば、モバイルPC向けのプロセッサとしてはあまり意味がない。むろん、AMDもそこは認識しており、マホーニ氏によれば「デュアルコアTurion 64はYonahに平均消費電力で十分匹敵するものになると思う」とのことで、デュアルコア化のバッテリ駆動時間へのインパクトはYonahと同じように小さいレンジでとどめられるという認識を示している。

 YonahにはIntelが“Intel Dynamic Power Coordination”と呼ぶ、各コア間で任意に動作ステートを変更する技術が搭載されている。使っていない方のコアをC2(クロック停止)やC3(DeepSleep)など、事実上の停止状態にしてしまうことで、より効率のよい省電力を実現する技術だ。

 AMDでもこうした技術には大きな興味をもっているとマホーニ氏はいう。「現時点では詳しいことはお話できないが、弊社のデュアルコア版Turion 64でも似たような技術にチャレンジしている」(マホーニ氏)とのとおり、TaylorにおいてYonahで採用されているような片側のコアだけを停止するといった省電力技術を搭載する可能性があることを示唆している。

 現時点では詳細が語られていないため、どのようなものになるのかはわからないが、“Intel Dynamic Power Coordination”がYonahの重要な機能の1つである以上、それに競合するような機能の搭載は競争上AMDにとって重要なこととなるだろう。

●Yonahに対してやや遅れたデビューとなるデュアルコア版Turion 64

 ただ、リリース時期という点では、Taylorに比べてYonahに分がありそうだ。Yonah(CPU)、Calistoga(チップセット)、Golan(無線LAN)から構成されるNapaプラットフォームのリリース時期は、1月の年明けすぐに米国のラスベガスで開催される家電・IT系のイベントであるInternational CESとなる可能性が高いからだ。

 8月上旬に、IntelはOEMベンダに対して、Napaプラットフォームの発表時期を、International CESの期間中に設定したことを明らかにしており、何らかのトラブルが発生しない限り(最近のIntelはこれが多いので、確実とは言えないところだが……)、1月にラスベガスでずらりと並べられたNapaプラットフォームベースのノートPCを見ることになるだろう。

 これに対して、AMDのマホーニ氏は、デュアルコア版Turion 64のリリース時期を「2006年の前半だ」とだけ説明しており、それが前半のどの時期であるのかは明確にしていない。OEMメーカー筋の情報は、AMDは第2四半期頃の出荷を計画しているとのことで、実際搭載製品が多数出回るようになるのは第3四半期になる可能性が高いと伝えている。仮にそれが事実だとすれば、Yonahにはやや遅れることになり、Intelが第3四半期にリリースを予定しているMeromと激突することになる可能性は高い。

 Turion 64の記事でも述べたように、ある市場に1つの製品しかない、というのはユーザーの選択肢を狭めてしまうという意味で、よい状況ではない。そうした意味で、AMDのTaylor(デュアルコア版Turion 64)は、IntelのNapaプラットフォームのオルタナティブ(別の選択肢)として、期待したい製品だ。

□関連記事
【3月14日】【笠原】Turion 64がノートPC市場に与えるインパクト
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0314/ubiq106.htm
【1月8日】【CES】Centrinoに対抗するモバイルCPU「Turion 64」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0108/amd.htm

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(2005年8月24日)

[Reported by 笠原一輝]


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