第282回
蘇るPHS事業 水を得たWILLCOMの本気



 2月のNTTドコモのPHS事業撤退発表を聞いて、あぁ、やはりと思った人も多かったのではないだろうか。同社自身は否定していたが、NTTドコモがNTTパーソナルを引き受けた時から、PHS事業の幕の引き方が話題になっていたものだ。数値上のカバーエリアだけでなく、カバーエリア内での繋がりやすさといった品質面でも、ドコモのPHSには今ひとつ信頼感が無かった。

 しかしPHSの未来が暗いわけではない。それは先日、音声定額サービスの発表を行なったWILLCOM(ウィルコム)の勢いの良さを見ればわかるだろう。昨年、KDDIグループから解放されたことで、旧DDIポケット、現WILLCOMは水を得た魚のように自由に弾けている。これまでの抑圧された状況から脱した事で、社内的にもこれまで抑え込まれてきた様々なアイディアが飛び交っているという。

 PHS事業が主というワケではないが、無線LANとPHSを中心にインターネット接続やセキュアなネットワーク接続サービスを提供している日本通信も好調。MVNOという新しいビジネスモデルを掲げ、ヘラクレスへの上場も果たした。彼らが成功した背景には、コンシューマ市場においてb-mobileという製品を提供したことで、企業ユーザーへの認知が拡がったからという面もあるだろう。

 PHSのインフラを用いるサービスが元気よく見えるのは、あるいは筆者が個人的にPHS贔屓だからかもしれないが、全く根拠がないわけでもない。

●WILLCOMを後押しする中国PHS市場の拡大

 電気通信事業者協会発表による携帯電話の契約数は2月時点で約8,600万契約、これに対してPHSは約450万契約。その差は圧倒的だ。その影響をもっとも受けていたのが、音声端末のラインナップだ。

 実際にWILLCOMのPHSを使っているユーザーならばわかるだろうが、同社の品質は音声向けネットワークとして非常に具合が良い。移動しながら利用するとスグに切れてしまうと言われたのも今は昔の話。音質の面でも32kbpsという携帯電話には例のない広帯域が保証されているため、通常の固定電話とほとんど変わらない。

 それでもPHSから携帯電話に移行するユーザーが絶えなかったのは、音声端末のラインナップがあまりに少ないからだろう。WILLCOM関係者に話を聞いても、音声端末に関してはこれまで色好い返事がなかなか返ってこなかった。携帯電話ほど大きな出荷ボリュームを期待できない市場に対しては、端末メーカー自身もコミットしにくいからだ。

 しかし、最近のPHSの国際化がWILLCOMの後押しをしている。

 これまでも台湾をはじめPHS技術の輸出は行なわれてきたが、ここに来ての中国市場での爆発的な伸びには目を見張る。日本市場に次ぐ第2の市場としてPHSが定着した台湾は70万契約だが、中国でのPHS契約者は日本市場をはるかに上回る数に成長している。

 中国でのPHS事業者は、中国全土をカバーする大手よりも、地域ごとのネットワークに分かれた中小の事業者が集まる形になっているそうで、なかなか市場全体の規模を推し量るのは難しいが、数カ月前のデータで7,000万契約。新規事業者が別の地域でサービスを始めると、いきなり数百万単位で純増するというから、日本の携帯電話市場を超える日もそう遠くはないだろう。これならば、端末メーカーも新規機種の開発を行ないやすい。

 もちろん、中国市場で人気のあるPHS端末は低価格製品が多く、そのまま日本の高機能携帯電話のような端末の開発に結びつくわけではない(余談だが台湾では日本以上に高機能なPHS端末に人気が集中するとか)。ただ、PHS向けの半導体開発や基地局コストの低減といった面での効果は大きい。コンサバティブにならざるを得なかったPHS向けの様々なコンポーネントが、より活気づいて来ているようだ。

 WILLCOMは5月1日からサービスを開始する音声定額プランについて、先日、3月15日に発表した。新サービスそのものは新しい料金プランという枠組みのため、従来の端末でも利用できる。しかし、新プランの発表に呼応して新型音声端末の開発も進んでいるようだ。

 WILLCOMによると、年内発売を目指してメーカーが開発している端末数は5機種程度という。その中に、現在はWILLCOMに端末を提供していない会社も含まれるのか、との質問に対する具体的な回答は無かったが、「これまでは興味を持っていただけなかったベンダーも興味を持ってくれている」とだけ話した。

●“小回りの効いたサービス”を期待

小型で設置しやすい超小型基地局「ナノセル」
 PHSの良さを一言で言うと、“小回りが効くこと”なのかもしれない。小規模の基地局を多数導入するPHSは、カバーエリアを拡げるために数多くの基地局を設置しなければならない。しかしその分、基地局当たりの設置単価は安く済む。加えて中国でのPHSニーズの高まりによりコストダウンが進み、さらに基地局の追加や更新を行ないやすい状況になってきた。

 携帯電話の場合、(導入する基地局のタイプにもよるが)基地局を作るには億単位のコストがかかるため、たとえば適応型指向性アンテナ付きの基地局を導入といっても、カンタンに置き換えを進めることはできない。単にサイズだけであれば、3Gでも小型基地局の開発も進み、地下鉄構内などでの導入も進んでいるが、PHSの場合はさらに小型の無線LANライクな“ナノセル”と呼ばれる超小型基地局も開発中。ナノセルは昨年のWorld PC Expoで展示されていたもので、1台あたり数万円のコストしかかからない。

 基地局の整備、入れ替えなどに柔軟性を持たせやすい小回りの良さは、携帯電話とPHSでは比較にもならない。既にバックボーン回線をISDNからIP回線への置き換えを進めている事も、コスト以外にサービスの柔軟性を高める上でプラスに働いていくはずだ。

 ワールドワイドで見た場合、また国内市場におけるコンテンツサービスを含めた影響力の大きさなどでは、まだまだ携帯電話の域にまでは達していないが、PHSにはその身軽さを活かした可能性が多数ある。

 たとえば都内をはじめ、都市部で増えている高層マンション。実は高層部には携帯電話の電波が届かないという問題がある。高層ビルの場合、それがオフィスビルであれば、携帯電話キャリアが自らビル内に小型基地局を設置する事が多いが、住居の場合はコスト対効果が低いため導入されるケースはほとんどない。

 ある大手マンションデベロッパーの技術担当者は「ユビキタスなネットワーク環境ができつつある今、パソコンやSTB、携帯電話を絡めた大規模集合住宅向けの情報システムを作ろうと携帯電話キャリアから提案されることもあるが、高層マンションではそもそも携帯電話の電波が届かない場合がある。何年も前から要望しているにもかかわらず、対応は後手だ」とぼやく。

 こうした問題にもPHSの方が対応しやすい事は明らかだ。WILLCOMの成功の鍵は、あるいはこうした携帯電話業界から見放されている領域を拾っていくことかもしれない。高層マンションの場合、マンション内に光ファイバーが敷設されていれば、そこに相乗りしてナノセルを配置するといったことも可能かもしれない。

 WILLCOMの音声サービスに対する取り組みが成功を収め、携帯電話並に利用端末を選べるようになるなら、僕自身も携帯電話を手放してPHSを使うようになるだろう。現時点でもBluetooth対応の端末があれば、おそらく携帯電話は使っていない。

 そして音声通話に使うユーザーが増加すれば、WILLCOMのデータ通信サービスにも好影響を与えるのではないか。首都圏では増加傾向のWILLCOM契約者数だが、その多くはデータ通信端末。全国的には微減傾向で、その理由は音声端末が減少しているからだ。携帯電話の新機能に惹かれ、若年層を中心に携帯電話への移行が進んでいる。これがストップし、微増であっても増加傾向に転じるならば、“小回りの効いたサービス”を展開する上でプラスになることは間違いない。

 加えて同社には、ジャケットフォンという新しいアイディアもある。これは十分に小型化が進んだPHSの基本機能を「Radio SIM(R-SIM)」というSDカードより一回り大きい程度の小型カードデバイスとしてまとめ、それをジャケット型の電話機に装着して利用するというもの。これまでに何度かコンセプトモデルが展示会に出展されていた事があるため、ご存知の方も多いだろう。そのR-SIM開発も、着々と作業が進み年内には発売できる見込みという。

 ジャケットフォンは端末開発コストが安価にできる他、携帯電話開発のノウハウを持っていないユーザーも手軽に参入できるメリットがある。また、電話機に限らずさまざまなタイプのデバイスに装着して使う、といった事も可能だろう。ユーザーの視点から見ると、PC向けアダプタが提供されれば、1契約回線で場面ごとにR-SIMを差し替えて使うといったメリットも出てくる。こうした意欲的なアイディアも、本業とも言える音声通信ビジネスの安定があってこそだ。同社の踏ん張りに期待したい。

●実にMVNOらしいアイディア商品「b-mobile hours」

 一方、MVNOの日本通信も、彼ららしいアイディア商品「b-mobile hours」を、WILLCOMの定額音声サービス発表と同日に発表、商品化している。日本通信自身はPHS通信事業者ではないが、実に面白い試みだ。

 これまでのb-mobileは基本的に半年、1年の契約からしかサービスの利用をスタートさせることができなかった。支払いもサービスバンドル済みの通信カードという形態を取っているため、初期投資が大きくなる。その上、途中、全く使わない期間があったとしても、期限が来れば追加投資が必要になる。毎月一定以上の通信に使い続けているヘビーユーザー以外は、なかなか導入に踏み切れない。

 しかしb-mobile hoursならば、使った分だけチャージが減るだけ。初期投資は150時間分のアクセス権付きで29,800円。追加チャージは120時間で19,950円だ。一日平均、メールチェックと返信、あるいはちょっとしたWebサービスの利用などで15分使ったとして600日使えることになる。

 なにより、一度支払ってしまえば、いつ、どれだけ使おうと構わないという手軽さがいい。無線LANに関しても、無線LANアクセス事業を展開する6事業者のアクセスポイントがすべて利用可能(1回24時間で5時間分の利用権を消費)なため、たまに出先で無線LANを使いたいという場合にも心強い。

 毎日出かけて通信しているわけではないが、出先での通信手段も確保しておきたい、というライトユーザーは注目の商品だ。これから入学・就職シーズンだが、就職してから、手軽に使える通信手段をという人にもいい。

 同社は「これまでのb-mobileは、自分で調べて何が得かを見定めて購入してくれる積極的なユーザーが多かった。しかし、b-mobile hoursはシンプルにアクセス時間を購入できるため、従来とは全く異なる層のユーザーが注目してくれている」と話す。

 これも自社でネットワークインフラを持たない日本通信らしい製品。インフラを自社で持たない事は、弱みでもあり強みでもある。その良い面が現れた製品だ。WILLCOMの通信サービスとの棲み分けも見事だ。

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(2005年3月23日)

[Text by 本田雅一]


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