元麻布春男の週刊PCホットライン

ムーアの法則はまだ必要とされているのか




●性能面の課題は一段落

IDFにおける最後のキーノートスピーチを行なうIntel CEOのクレイグ・バレット氏
 米国で年に2回開催されるIntel Developer Forum(IDF)が今年も始まった。例年より若干遅れて3月初旬の開催となった今回だが、成熟しつつあるIT業界がいまだ将来の方向性を模索しつつある中での開催、という気がしている。

 いわゆるITバブルが崩壊した直後のような明確な、切羽詰った危機感こそないものの、かといってハッキリとした将来のビジョンがあるわけでもない。PCの売り上げが頭打ちの傾向(特に先進国において)にある中、価格の低下には歯止めがかからない。次の成長のカギ、次に提案するべき付加価値をまだ探している、というのが現状だろう。もちろん業界のリーダーであるIntelには、みなが答えを求めているわけだが、どうもIntel自身がまだ手探り中ではないかと思えてならない。

 特に困難なのは、現在直面している問題が、直接的な技術の問題、性能向上に関する技術課題ではないように思われるからだ。今から2~3年前、大きな課題と考えられていたことの1つは、将来の性能向上に対するヘッドルームだった。

 2001年のISSCCにおけるパット・ゲルシンガー副社長のキーノートで取り上げられた熱の問題に代表されるように、技術的な課題により性能の向上が実現できなくなるのではないか、という懸念だ。この懸念が完全に払拭されたとは思っていないが、克服するめどは立ちつつある。それは半導体プロセス技術そのものの改良であり、デュアルコア/マルチコアといった新しいプロセッサ技術の方向性でもあるだろう。IDFでのメッセージの1つは、予見しうる将来にわたったムーアの法則が維持可能であり、それを実現するために、ナノテクノロジ、シリコン光素子を始めとする技術開発が行なわれていることのアピールである。

 技術者でも学者でもない筆者に、こうした技術開発の有効性のほどは分からない。が、正直にいうと、今はそれほど心配していない。基本的にこれまで技術の会社であり続けたIntelにとって、こうした課題はいわば得意分野であるからだ。ムーアの法則の最も忠実なしもべであるIntelが、ムーアの法則を維持することが可能だというのだから、それは可能なんじゃないの、というのが筆者の現状での認識である。

●ムーアの法則はまだ必要か

イノベーションの基盤としてのムーアの法則について語るバレットCEO
 筆者が不安に感じているのは、ムーアの法則を維持することそのものではなく、ムーアの法則はまだ必要とされているのか、という点だ。この1~2年あまり、Intelが発表する新製品と市場の間のギャップが目立ち始めている。量販店の店頭を見ても、Intelが発表したばかりの新しい最高性能の(と同時に最も高価な)プロセッサを搭載したPCがない。これらは直販ベンダのBTOオプションには存在しても、大多数の消費者が求めるPCには見つからないのである。

 かつてIntelの最新鋭プロセッサは、PCベンダの誇りだった。Intelの発表日に、それを搭載したPCを発表できるかどうかが、そのPCベンダの「格」であり、担当者は入手に血眼になっていたハズだ。当時とて、これらハイエンドマシンは数量的に最も売れていたPCではなかっただろうが、それは欲しくないからではなく、単に手が届かなかっただけに過ぎない。

 しかし今では、プロセッサの処理能力は、付属する液晶ディスプレイやDVDドライブ、あるいはTVチューナーカードの画質と同じレベルで語られる1要素に過ぎない(場合によっては全く語られないことすらある)。PCの家電化といえば聞こえがいいが、本来「計算機」であったPCの計算能力が問われなくなりつつあるのだとしたら、それはPCという商品カテゴリそのものの危機ではないのか。最先端のテクノロジ、最高の性能が渇望されていないのだとしたら、それは別の意味でのムーアの法則、性能神話の終焉を意味する。

●次に提案されるべき付加価値

 今回のIDFでの最大の話題は間違いなくデュアルコア、マルチコアのプロセッサに関連したものだ。筆者の懸念は、この技術も基本的にはプロセッサの性能向上を図る、既存の路線の延長線上にあるのではないか、という点にある。現状で最高性能のプロセッサが必ずしも求められていないのに、さらに性能を上げることにどれだけインパクトがあるのだろう。

 デュアルコア化、マルチコア化の道の先には、アーキテクチャの変化とそれに伴うPCの進化があるものと信じたいが、即効性という点でどれくらい期待できるのかは未知数だ。プロセッサの処理能力を上げた上でそのヘッドルームで何をするのか、ということの「何」の部分に対する回答が求められているように思うのだが、それはまだ見えない、手探り状態にある。

 先代のIntel CEOであったアンディ・グローブ氏は、偉大なビジョナリーであり、将来を予見した氏のキーノートスピーチは、IDFに限らずイベントのハイライトだった。もちろん人間である以上、氏の予言がすべて的中したわけではないが、少なくともその場の聴衆を納得させるだけの説得力と、見出しに事欠かないフレーズがあった。氏なら、現在の問題についても、何かビジョンを示してくれたのではないか、それにより鼓舞されたのではないか、とつい期待してしまう。

 今回がおそらくIDFにおける最後のキーノートスピーチとなるであろう現CEOのクレイグ・バレット氏は、ビジョナリーというより、優れた実務者という印象の人である。これまでの氏のキーノートスピーチは、どちらかというと見出しになるようなフレーズが少なく、なかなか記事にしにくいものが少なくなかった。それはイノベーションの重要性を説いた、今回のキーノートスピーチにもあてはまる。

 イノベーションが必要なのは分かるのだが、もう一歩踏み込んだ見解をうかがいたかった。上でPCの計算能力と述べたが、それは何も科学技術計算のような狭義の計算を指しているわけではない。Webのブラウズでも、コンテンツの制作でも、Intelプロセッサの高い能力を必要とし、しかも広く一般が欲するような「何か」、それを導くイノベーションについてだ。

 5月に次のCEOに昇格することが内定しているポール・オッテリーニ現社長兼COOは、Intelの歴史において初めて博士号を持たない(ただしMBAを持っている)CEOになることで注目を集めている。Intel、あるいはIT業界が直面する課題が技術から他のエリアへと移りつつあることを象徴しているかのようだ(バレット氏との共通点は、2人とも地元、サンフランシスコベイエリアの出身であること)。おそらく次回のIDFで、CEOとして初のキーノートスピーチを行なうであろう氏には、ぜひ求められている「何か」についてのビジョンを聞かせてもらいたいと思う。

□Intelのホームページ(英文)
http://www.intel.com/
□IDFのホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/us/spring2005/systems/

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(2005年3月3日)

[Reported by 元麻布春男]


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