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ITに映えるデジタル・ランドスケープ



 米国で開催される展示会については、1995年以降、ずっと、COMDEXにでかけていた。残念ながら、この世界最大のコンピュータエキスポは、その使命を終えてしまった。IT業界にとって、COMDEXに代わる重要な展示会とされるようになったのがCESであり、こちらに関しては、2000年以降、必ず行くようにしている。コンシューマー・エレクトロニクス・ショーとして、COMDEX亡き今、IT業界の重要な展示会としてとらえられるようになったからだ。そして、今回は、PMAに行ってきた。

●COMDEXピープルとCESピープル、そして、PMAピープル

 PMAは、設立から75年を数える由緒ある団体「Photo Marketing Association International」主催による写真関連企業の展示会だ。今年のPMA2005は、2月20日~22日、米・フロリダ州オーランドのオレンジカウンティコンベンションセンターで開催された。

 この展示会を覗くのは初めてだ。会場のレイアウトは入り口正面に、ドカンとコダックの巨大なブースがあり、それに対抗するかのように、富士写真フイルムとキヤノンのブースが控える。正面に黄色、左に緑、右に赤。緑の奥は黄色が支える。こちらはもちろんニコンだ。これを見ているだけで業界の縮図が理解できそうだ。

 5年前、初めてCESのためにラスベガスに出かけたときに乗ったタクシーの乗務員の話を思い出した。彼は、COMDEXピープルはひどいもんだが、CESピープルは紳士だよ、というのだった。IT業界は、そんなふうに見られているのかと、COMDEXに皆勤していることを言い出せなくなった覚えがある。

 確かに、COMDEXピープルは、CESのイベントの性格を大きく変えてしまった。よく観察してみると、会場を歩く人々の姿形も違うように感じる。けれども、その紳士的なCESピープルに、ラフな出で立ちのCOMDEXピープルが混じっている。いうまでもなく、家電業界へのIT企業の進出によるものだ。IT企業にとって、コンシューマーエレクトロニクス市場は、まさに、金の卵として、放置するわけにはいかない重要な市場になったからだ。

 今回、PMAをのぞいてみて思ったのは、ここもまた、COMDEXピープルに浸食されつつあるということだった。コダックはもちろん、キヤノンや富士写真フイルムも、IT市場を着実にとらえているし、キヤノンブースの脇は、やはり巨大なHPやエプソンのブースがしっかりと固めている。パナソニックやソニーのブースが会場を大きく占有している点でも時代を象徴している。ただ、そこには喧噪がない。なぜかと考えたがサウンドが欠如していることに気がついた。そうでなければ、会場は、ITイベントと見まごうばかりだ。

●写真家の写真観を変えたインクジェット

 HPのはからいで、米国の写真家Joel Meyerowitz氏に話を聞くことができた。1938年ニューヨーク生まれの彼は、カラーでストリートフォトを撮る写真家として有名だ。

 Meyerowitz氏は、2枚のオリジナルプリントを見せてくれた。どちらも原盤は同じだが、片方は銀塩プリント、もう片方はインクジェットによる出力だった。Meyerowitz氏は、HPのプリンタ、DesignJetの信奉者としても有名で、この世代の作家としては珍しく、'90年代の初頭、バージョン2.xからPhotoshopを操ってきたITパワーユーザーだ。彼はインクジェット出力されたプリントを見せながら、「これまでの40年間にわたる、あの暗室作業は、いったい何だったのかと思うよ」と、苦笑した。

 現在の氏の撮影スタイルは、8×10のカラーネガフィルムを使って撮影したものをスキャンし、それをDesignJetで出力するというものだ。最終目的はシュートではなくプリントだという彼にとって、自分の心の中のインサイドストーリーを展開するストーリーテリングの手段が写真なのだという。つまり、小説家が文章でストーリーを語るように、写真家としての氏は、プリントでストーリーを語るのだ。

 氏は、初めてインクジェットの出力を見たときに、本当にびっくりしたと吐露する。プリントには、銀塩では考えられないようなインフォメーションが含まれ、デリケートで階調豊かなレンジとグラデーション、情緒あふれるカラーの持ち味に感動したという。多くの制限があったコンベンショナルな銀塩プリントに比べて、なんと自由なのかと驚いたそうだ。

 氏の作品としては、カラー写真集の古典としてベストセラーになった「ケープライト」(1979)が有名だが、インクジェットを体験し、こうした過去の作品を、もう一度プリントし直すような作業にも取り組んでいるという。

 インクジェットプリンタを使うようになって、作品に対するオリジナル観も大きく変わったという。暗室作業では、一枚として同じプリントを得ることはできなかったが、インクジェットなら、翌日の作業でも同じプリントが得られるからだ。

 巷では、インクジェットが銀塩を超えたかどうかが議論されることも多いのだが、ここには、こうした議論とは無縁の世界で、作品のことを考えている作家がいる。ファインアートとしての写真はモノクロームでなければ認められず、カラーなど塗り絵にすぎないと考えられていた時代に、カラー作品に想いを寄せ、William Egglestonらとともに、1970年代の「ニューカラー」という時代を代表する作家として並び称される氏だが、当時の活動との相似を今感じることができる。

 HPは、今回のPMAで、フォトブルーインクの追加による9色を採用し、新たな表現域を実現するA3対応の写真高画質プリンタ「HP Photosmart 8750」をデビューさせた。この製品は、日本でも、「HP Photosmart 8753」として5月に登場するそうだが、以前、紹介したロバート・キャパの写真展での使われ方を見るように、欧米の写真家らの、絶大的な信頼感を集めるDesignJetの領域と、どう棲み分けることになるかが気になるところだ。

 氏との別れ際に、同席したHPの広報氏に、2人でのツーショット写真を撮ってもらった。デジタルとアナログ、どちらで撮るのか悩んだけれど、ぼくが手渡したのは、発売後50年を経過したコダックの現行フィルム、「Tri-X」を装填したフィルムカメラだった。このフィルムのパッケージは、今回のPMAでも、コダックのブースの片隅、見落としてしまいそうなくらいに小さなガラスケースの中に、ひっそりと並べられていた。

●松竹梅のマーケティングは時代遅れ

 会期中、ニコン映像カンパニー副プレジデント 富野直樹氏、同開発統括部長 後藤哲朗氏、同マーケティング統括部 風見一之氏らにも話を聞くことができた。彼らは、高級機、中級機、入門機をそろえる松竹梅のマーケティングはもう時代遅れだと異口同音に主張する。ユーザーセグメントは多彩で、そこをピンポイントにねらった商品展開が求められるというのだ。

 たとえば、デジタルカメラに対して50万円を投資してもいいというユーザーがいたとしよう。今のニコンの製品ラインナップなら、発売されたばかりのD2Xを選ぶしかない。けれども、そのユーザーにとって、D2Xは最適の解ではないかもしれない。

 これがクルマなら超高級車を選ぶにしても、スポーツカーにするのか、ラグジュアリーカーにするのかを悩むことができるのだが、カメラはまだそうはいかない。秒間5コマはいらないけれど、質感やファインダーをのぞいたときの気持ちの良さは維持したまま、極上の所有感を保ち、重くてタフなD2Xよりもさらに機動力のある製品を求めている層も確かにいる。いってみれば、松に対する松ダッシュのようなマーケティングであり、その必要性は確実にあるだろうとニコン諸氏は期待を請う。

 レンズにしても同様だ。放置されたままになっている1990年代設計の単焦点レンズの超音波モーター化、コーティングの見直しによるリニューアルなども視野に入っているという。これらの製品は爆発的に売れるとは考えられないが、松ダッシュの製品を求めるセグメントは確実に存在するのだから、その要望に応える必要があるという。

 業務用の冷蔵庫を家庭で使うしかなかったような状態が続いていたパソコンだが、その状況に変化の兆しが感じられる今、カメラもまた、プロとハイアマチュアでは求めるものは違うわけで、それに見合った製品展開が求められるということだ。どちらかといえば、プロよりハイアマチュアの財布のヒモの方が緩いかもしれないのだから、このマーケティングは夢物語ではないだろう。

 こうして、ニコンのような、どちらかといえば古い体質で製品を作ってきたような印象の強いメーカーも、新たな時代の到来を実感し、それを製品に反映させようとしている。

●PMAピープルの変化の兆し

 静かで穏やかだった市場に、いきなりやってきて、その雰囲気を一変させるCOMDEXピープル。CESが変わったように、PMAもまた、その洗礼を受けようとしている。そして、そうでなければ、新たな時代には対応できない。

 今、まだ、PMAピープルは、最終出力として紙にこだわっているように感じる。Joel Meyerowitz氏もまたそうだった。カンタンにプリントが得られること、そしてそのプリントをいかにチャーミングにプレゼンテーションするかがPMAピープルにとっての最重要課題だ。今はまだそうだけれども、来年はどうなのかわからない。

 ニュースがあろうがなかろうが、例年のイベントは、業界の縮図の体験場として、継続してその場に立ち会うことが重要だ。センセーショナルなニュースがあれば、それはそれでいいし、ニュースがなかったことも、ニュースである。

 COMDEXピープルの申し子たちが次に出没するのは、いったいどの市場だろうか。ユセージモデルあってのITである以上、別の市場に寄生しなければビジネスは成り立たない。果たしてPMAピープルは、その浸食を歓迎してくれているのだろうか。そんなことを思いつつ、次の目的地、サンフランシスコに向かう。来週はIntelによるIT一色のカンファレンスIDFだ。

 14泊16日の長旅は、まだ続く。

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【2月24日】日本HP、9色インクのA3ノビ対応インクジェットプリンタ(DC)
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(2005年2月25日)

[Reported by 山田祥平]

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