第275回
世界最堅牢ノートブックを標榜する
新dynabookのバランス感覚



 先日、東芝から発表されたB5サイズモバイルノートPCの「dynabook SS MX」および、A4サイズスリムノートPC「dynabook SS LX」は、このところ迷いも見えた東芝のモバイルPC開発がスッキリと晴れた事を示しているようだ。

 鋼板の上にある程度の高さから側面落下しても大丈夫という新型dynabook SS開発の最後期、両製品に関わった東芝の担当者に「全日本プロレスみたいだけど、“世界最強”シリーズってところでしょうか? 特定の機能/性能にフォーカスするのはいい」と冗談めかしに聞いてみると「いや、東芝なりの“バランス感覚”を実装したから、強さ、堅牢さだけじゃない」と真顔で応えた。

 ややデザイン的にはおとなしく、ビジネス向けPCの色合いが濃い新dynabook SSシリーズだが、ビジネスパーソナルで使うユーザーにとって注目のポイントは少なくない。

dynabook SS MX dynabook SS LX

●機械的堅牢性より情報を守るための堅牢性

 モバイルPCを仕事にもプライベートにもフル活用したい場合、堅牢性は非常に重要なポイントだ。毎日の持ち歩きの中で少しづつ筐体へのストレスがかかり、移動時には常に振動も加わる。例え落下させなくとも、少しずつ本体へのストレスはかかるものだ。これまでも何度か、振動によるネジの弛み、シャーシの割れのほか、メイン基板にヒビが入っていたこともあった。

 加えて、持ち歩くことで利用場面が増えれば、キータイプの頻度も自然と多くなるものだ。昨年、僕が作成した文書数は年間約400個で文字数350万字だった。PCで採ったメモの数は約280個/140万字で、返信した電子メール数は年間約4,500通(文字数は不明)。メールでのタイプ量を無視したとしても年間500万字は書いていることになり、タイプミスの修正や書き直しなども含め、1字あたり平均4回キータイプしていると仮定すると、最低でも年間2,000万回以上はキーを叩いていることになる。

 キーボード自身は交換可能な部品だが、常に指先からPC本体にストレスを与えていることは間違いなく、システム全体の耐久性が求められるのは当然だろう。またさまざまな文書やコミュニケーションが、1台のモバイルPCに集中するほど使い込むようになれば、その中で扱っている情報を失った時のダメージも非常に大きい。

 こうして順に考えていくと、モバイルPCに必要な“堅牢性”には3種類あることがわかってくる。

 1つは移動時にかかる細かな振動や衝撃に対する丈夫さ。もう1つはキータイプや光学ドライブの振動など長期に渡って微弱にかかるストレスへの耐久性。最後は是が非でもPCの中にある情報を失わない信頼性だ。

 こうした要素は、従来の代表的なモバイルPCでもコンセプトとして語られる事が多かった。たとえば、丈夫で壊れないイメージを最初に作り出したThinkPadはその代表格だが、ThinkPadは筐体が壊れにくいだけでなく、必要なときにはきちんと壊れるようになっているという。筐体はある程度壊れた方が、内部のメイン基板やHDDへのストレスは少ないからだ。軽さばかりが強調されることの多い松下電器のLet'snote Lightシリーズも、実は米国では丈夫で壊れにくい“TOUGHBOOK”シリーズとして販売されている。こちらは強い圧力で筐体がたわんでも、内部パーツにストレスがかからないように十分な空間を空けた設計が行なわれているようだ。

 昔の東芝製ノートPCと言えば、これでもかと言うほどに分厚く頑強な筐体に身を包んでいたものだが、最近はやや軽さやデザインの方向に振ってきたように見える。しかし、新dynabook SSのMXとLXは、いずれもかつての強さを取り戻した上で、内部の情報を徹底的に守る方向での設計が行なわれている。

 設計担当者曰く「丈夫なのは当たり前。しかし壊れるほど強い衝撃が加わっても、メイン基板に加えてLCDなども機能し、正常に内部のデータを抜き出してバックアップできる。情報の遺失を最小限に抑えるように配慮した」という。

●HDD、メイン基板、LCDを徹底保護

 新シリーズのうちLXには四隅、MXはパームレスト側の2つのコーナーに衝撃を吸収するバンパーが備わっている。これで衝撃を吸収するのだろう、と簡単に想像できるが、開発者によると「バンパーは低速での衝突に向いた機構。高速でバンっと衝撃が加わる時にはボディ全体の強さが必要になる。また耐えられない強さの衝撃に対しては、機能的に問題のない部分がきちんと壊れる必要もある」という。バンパーは“強さ”を表すシンボリックな存在ではあるが、やはりトータルの対策が必要というわけだ。

 たとえばバンパー部分はCPU/キーボード側に取り付けられ、液晶パネル側はそれよりも一回り小さくデザインされている。これは側面落下時、強い衝撃で割れやすい液晶パネルに直接衝撃が加わる確率を下げるためだ。最初の強い衝撃をバンパー部が受け止めるため、LCD側へのストレスを下げることができる。

 またHDDとLCDは特殊なゴム素材でフローティングマウントされ、フレキシブル基板で本体と接続されている。HDDの取り付けに関しては、ThinkPadがフローティング化を行なっている事が知られているが、LCDのフローティングマウントは、おそらく本機がはじめてではないだろうか。マウントに使われているゴム素材は、ミヤフリークというもので、低温から高温まで安定して均一な柔らかさを持つ素材だ。ThinkPadにも採用されているGセンサーによるHDDヘッドの待避機能は、Gセンサーを3D対応させる改良を施した上で実装している。

ショックプロテクター HDDショック吸収ラバー 3D加速度センサー

 もっとも、あまり衝撃対策ばかりに気を取られると、重量がかさんで重く、持ち歩きには適さないPCに仕上がってしまう。そこで従来、まずは製品デザインありきで設計が進んだ段階で堅牢性に関する解析を行ない、その結果に従ってCADのシミュレーションを行なっていた手法を変更。“まずは堅牢性と衝撃吸収ありき”で、初期設計の段階から重量と強さのバランスを意識して設計、物理シミュレーションで追い込んでから試作を作り、さらに細かな部分を追い込むようにしたそうだ。

 その結果、本機の重量は劇的に軽い数値には至っていないものの、2スピンドル機としては比較的軽量な製品に仕上がっている。他社の売れ筋軽量モデルの数値を追ったり、丈夫さを評価されている機種の真似をするといった後追いではなく、東芝なりに強さと軽さのバランスを追求した点は評価したいところだ。

キーボード下の防滴シート

 加えてメイン基板を水分から守るため、防水シートで防滴加工キーボードを包むように実装。水漏れしないように基板と防水シートの間を接合している。ThinkPadの防水キーボードのように、水を抜くドレインポートは用意されていないため、コーヒーなどをこぼした後にキレイにそれを抜き取ることはできない。

 しかし本体を動かさない限り、水漏れはしないため、動作中のメイン基板に電気的なダメージが加わることは防げる。実際に水をキーボードの中に入れて動かすシーンを再現してもらったが、ピチャピチャと音がするぐらいに水が溜まった状況でも製品はそのまま動作。Windowsを正常終了させることができる。電源を完全に落としてしまえば、あとはゆっくりと傾けて水を捨て、乾かせばいい。少なくともHDD内に収められたデータが失われることはない。

 このほか、LXに搭載されたソフトウェアRAID(東芝のPCサーバ、MAGNIAシリーズで使われていたものをアレンジ)など、ユニークな機能もあるが、本体の堅牢性と共に“成果物としてのデータと蓄積データにこそもっとも価値がある”コンセプトに共感する部分は多い。

●売れ筋2スピンドルのその先

 もっとも、本連載の読者の中には、もっとコンパクトで軽い方がいい、と考える人も多いだろう。東芝はdynabook SS Sシリーズ、SS SXシリーズを販売しているが、軽量を狙ったシングルスピンドル機なら、もっと軽量で丈夫な製品になったのでは? と思うかもしれない。

 しかしLXとMXに搭載された光学ドライブはマグネシウム合金製で、交換可能な9.5mm厚のカートリッジタイプながら、DVDマルチドライブで98gと非常に軽量になっている。これはLet'snote Lightシリーズに採用されている、ピックアップと回転部だけを取り出した小型光ディスクユニットとほぼ同じ重さ。しかもカートリッジタイプなので、バッテリなどに換装したり取り外すこともできる(ただしMXは取り外し可能だがネジ止めされており基本は固定。LXは取り外し/交換可能)。企業、そしてビジネスパーソナルでの売れ筋を考えると、98gのペナルティならば光学ドライブ内蔵の方が顧客受けする。

 ちなみにマグネシウム合金製の軽量ドライブは松下寿製。東芝が採用で先行したが、今後は他メーカーでも採用が相次ぐだろう。小型/シングルスピンドル機は、さらにその数が減っていく可能性もある。

 しかしどうやら東芝は、2スピンドルのモバイル機の先に、dynabook SSシリーズを象徴するような製品を計画しているようだ。昨年末、東芝は垂直磁気記録技術を応用した1.8インチ80GB HDDを発表したが、あるいはこれを採用しようとしているのかもしれない。DVDマルチドライブが100gを切る時代だけに、単に軽量なだけでは1スピンドル機を商品として成立させるのは難しいが、薄さなども含めたトータルパッケージでの勝負ならば、まだ可能性はあるかもしれない。

 果たしてどのような製品を作っているのか。売れ筋の2スピンドルモバイル機のその先にある製品にも期待したい。

□関連記事
【1月19日】東芝、1.65kgの12.1型2スピンドルノート「dynabook SS MX」など
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0119/toshiba.htm

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(2005年1月27日)

[Text by 本田雅一]


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