第267回
久夛良木氏が語る“PSPとソニーグループの関係”


久夛良木健 社長兼CEO
 前回に引き続き、Playstation Portableの価格発表を受けて開催されたソニーコンピュータエンターテイメント(SCE)社長兼CEO久夛良木健氏とのプレスラウンドテーブルで出た話題をお伝えすることにしたい。

 前回お伝えした通り、話の内容は価格に関する部分が非常に多かった。内製化比率(特に半導体の自社調達)の高さを久夛良木氏は強調していたが、それでもメカニカルな部分(光ドライブ)や液晶パネルのコストはソニーでコントロールできない。それほど単純なものだろうか。

 しかし、PSP向けに開発したチップの設計を、ソニーグループの他製品でも積極的に使うとすれば、“グループ全体の利益を考えた上で半導体投資の回収を確実にするために売れ線を狙った”という考え方もできるかもしれない。

 PSPのような娯楽性の高い製品は、価格がある一定線を下回ると爆発的に売れる。ならば、その線を最初から越えることで、一気にFabの稼働率向上を加速させようというわけだ。チップ単価が下がれば、1台売れるごとのFab設備投資償却も少なくなるが、爆発的に売れるギリギリの線ならば、トータルでは早く投資回収できる可能性もある。

 投資の回収が早くなれば、半導体に強く依存する昨今のデジタル家電業界の中で、グループ全体が強みを持てるようになる。

●PSPのマクロブロックは積極的に使う

 当初、DRAMも含めて、システムチップをひとつに収める予定だったPSPだが、最終的にはコンテンツベンダーからの強い要望に応える形で追加メモリを搭載することになった。このあたりは、E3 2004でSCEのCEOである茶谷氏にインタビューした時に出てきた話題だ。

 この結果、PSPは2チップ構成のシステムになったが、本来は自社Fabで作るチップ1個だけの構成になるはずだった。もし、DRAMの追加が無ければ、PSPのコスト構造はさらに良いものになっていたかもしれない。

 ただし、そのためにゲーム機に特化したSoC(システムオンチップ)の形態を取っており、そのままのチップを家電に使うには無駄な部分も多い。

 PS2のシステムアーキテクチャは、ゲーム機としての性能と半導体チップのコンパクト化のバランスを取ったものだったが、汎用性の高いプログラマブルな部分が多かったため、そのまま家電向けに転用してもさほど無駄は多くない。

 しかしPSPは携帯ゲーム機だ。消費電力を抑えるためには、部分的には機能別の専用ロジックを搭載する方が効率がいい。久夛良木氏も「PSPのような携帯機には、汎用プロセッサの部分を強化するよりも、必要とされる機能をハードウェアで実装した方が効率的」と話している。代表的な例はH.264デコーダだろう。

 ただ、アプリケーションごとに専用回路を付け足していく構造の場合、特定のアプリケーションに特化した使い方では無駄が多い。家電向けを想定すると用途ごとに特化したチップを再設計した方がいい場合が多いだろう(もちろん対象となる用途で想定される数量にも依存するはずだ)。

 久夛良木氏は「PSPのチップをそのまま横展開する予定はない。しかし、機能ごとのマクロブロックは、積極的にソニー製品の中で使っていく事になる。ソニー内部からも、使いたいという声は多い」と話す。

 PSPチップの設計データベースから、機能ごとのマクロブロックを抜き出し、用途別にカスタマイズしたチップをCADで起こしていくわけだ。

 このため、インテルのように同じマスクで作るチップを用途ごとに使い分ける(PentiumとCeleronのように)わけにはいけないが、自社Fabの稼働率を安定化とFab投資償却の加速は期待できる。

●PSPはデジタル家電のプラットフォーム?

 PSPのアーキテクチャはソニー製デジタル家電のプラットフォームになるのか。この件に関して久夛良木氏は次のようにも話している。

 「ロジックのマクロブロックを用途ごとに使い回すということだが、その上に載せるソフトウェアは他でも使いたい。PSPの上に機能を実装し、育てたソフトウェアを部分的に他のソニー製品に組み込みたいからだ」

 それは、クロスメディアバーに代表されるようなユーザーインターフェイスかもしれないし、H.264デコーダとリコンフィギュアブルDSPを組み合わせたメディア再生モジュールかもしれない。PSPに実装される様々な機能ブロックを、半導体設計だけでなくソフトウェアも再利用可能なようにするという構成だ。

 PSPは豊富な機能ライブラリを備え、プログラミングはPS2よりも容易になっていると言われる。開発のフレームワークも、ハードウェア資源をしゃぶり尽くす根っからのゲームプログラマ向けではなく、効率的なプログラミングを志向した構成のようだ。メディアエンジンの機能も、直接ハードウェアに対してプログラミングを行なうのではなく、SCEが提供する機能ライブラリを呼び出す形でしかアクセスできないようになっている。

 将来的には、力のあるベンダーには内部仕様の公開や直接にアクセスも許可していくことになるだろうが、初期段階でライブラリを育てていき、機能を増やして安定性を向上させればデジタル家電でそのまま利用可能な品質の高いソフトウェアモジュールとすることができるだろう。

 さらにコンセプトを煮詰めていけば、PSPのコアロジックをベースに、松下電器のデジタル家電用の統合プラットフォーム「UniPhier」と同じような展開が狙える。デジタル家電向けプラットフォームとしては、PS2よりもPSPの機能ブロックの方が使いやすい面も多そうだ。

 もっとも久夛良木氏自身は「家電向けプラットフォームとしても、なかなか良さそうでしょ? もちろん、言われたような点は話も出ているが、色々と難しい面もあると思う」と、否定はしないものの、やや歯切れは悪い。

 ただし「(SCEではなく)ソニー内部では、PSPの技術を活用して、さまざまな用途に使いたいという声が上がっている。自分としても、(安い値段を実現するコストモデルだけでなく)ソニー内部にあるたくさんの素晴らしい技術を、PSPで披露したいという気持ちがあった。暗号化技術、光ディスク技術、半導体技術、あらゆるところにソニーが持つ技術がある」と話し、久夛良木氏はソニー全体としてPSPを使おうという機運が高まっている事を明らかにした。

 「どのような形で実装されるかは分からないが、エアボードをやっている前田さん(ソニーブロードバンドネットワークカンパニー、ブロードバンドシステムカンパニーLFX事業室の前田悟室長)が、ロケーションフリー(ネットで繋がったビデオサーバとセキュアに繋いで、世界中から自宅で受信しているテレビや録画済みビデオを視聴可能にする機能)を実装したいと話していた(久夛良木氏)」と例を挙げ、PSPの展開に期待を持たせるコメントをした。

●省電力化はまだまだ進められる

 これまでは曖昧な言い回しだったバッテリ持続時間についても、価格と同様に明らかになった。実測値でゲームソフトが4〜6時間、動画再生でも4〜5時間の駆動が可能だ。

 「将来は成田-ニューヨーク間はずっと充電無しで使えるようにしたいが、ウォークマンも最初は2時間ぐらいしか電池はもたなかった。今回はバッテリの容量が伸びた事で、かなり良いスペックにすることが可能になった」と久夛良木氏。

 「ただし、メモリやプロセッサの利用状況で大きく消費電力は異なる。パズル系なら長持ちするが、リッジレーサーはそれよりも短くなるだろう。無線LANの利用も大きくバッテリ駆動時間に影響する。しかし、プログラミングの面で工夫してもらいながら、(どのゲームで遊んでも)発表した数値が平均して実現できるように持って行きたい(久夛良木氏)」

 消費電力の面では半導体プロセスの微細化に伴ってリーク電流が増えてきている事も、半導体業界全体の問題として話題になることが多い。消費電力のさらなる低減はどのような見通しを持っているのだろう?

 「消費電力に関しては、ソフトウェア側からのアプローチで、まだまだチューニングする余地が残っていると思っている。据置型ならば、消費電力に合わせて熱設計を行なえばいいだけだが、携帯機の場合は手で直接本体を持つため、長時間遊ぶためには発熱が手に伝わらない程度の消費電力に抑える必要がある」

 「半導体の面では、90nmのままプロセスチューンで消費電力を下げていく方向と、65nmに移行する方向のどちらが正解かは議論の残るところだ。これに関してはまだ決めていない(同)」

●将来モデルでのHDD搭載はあるか

 最近は携帯デバイスへのHDD搭載も多くなってきた。代表的な例はiPodだろうが、携帯電話でさえHDD搭載の製品が登場してきている。同じ携帯デバイスとして、PSPの将来バージョンはHDDを搭載しないのだろうか。

 「ゲームはUMDで提供されるため、ゲーム機として必要か、といえば、そうは思わない。HDDほどの大容量が必要な場面と言えば、ホームサーバやPC、デジタルレコーダなどからコンテンツをチェックアウトして使う時だ。しかし、フラッシュメモリは年に2倍のペースで密度が上がってきている。20GBや40GBは無理だが、数GBならフラッシュでも行ける。ならばHDDを内蔵するまでもないだろう。もちろん、1インチHDDが20ドルになり、容量も劇的に向上するならば入れるかもしれない。だが近年、HDDの容量は上昇のペースが明らかに落ちてきている(同)」

 加えてHDD容量に依存した利用モデルが定着してしまうと、ソニーグループが持たない、つまり外部から調達しなければならないHDD技術への依存度が上がってしまう。

 ここ数年のソニーは、久夛良木氏だけでなく、社長兼最高執行責任者の安藤國威氏なども、キーデバイスを他社依存する事を極力避ける戦略を繰り返し口にしている。自社で出荷やコストのコントロールできないデバイスに依存すると、ビジネスの計画が他社要因で大きく狂ってしまう可能性が出てくるからだ。

 携帯型音楽プレーヤでは、フラッシュメモリ型を中心に展開したものの、iPodの登場によってHDD搭載機を展開せざるを得なくなった。しかし、そうした外的要因がないゲーム機でHDD搭載を自ら進めることは無いということだろう。

●あらゆるエンターテイメントをPSPで楽しめるように

 家庭向けのさまざまなエンターテイメントを統合するゲーム機としてPS2は登場した。DVD再生機能を最初から搭載したのも、その意欲の表れだった。Playstationはあくまでもゲーム機だが、ゲーム機を中心点としてそこにエンターテイメントを集めよう、という考え方は、これまでのSCE製品に共通しているコンセプトと言える。

 「本体内蔵のROMには、音楽再生やデジタル写真の表示といった機能が最初から入る。また後から追加機能をプラグインできるアーキテクチャにもなっている。たとえば、Connect(ソニーが米国で展開しているオンライン音楽配信サービス)のクライアントとしてPSPは良いプラットフォームになると思う。地域ごとに要求されるものも違うため、全地域で同じになるかどうかは分からないが」と久夛良木氏。

 ただし、エンターテイメントには関わらない情報に関してはPSPで標準でハンドリングされることはないようだ。「実用性中心のアプリケーションに関しては、現時点では考えられる段階ではない(同)」

 たとえばソニーは以前、PC上の情報をシンプルにテキストだけで切り出して持ち歩ける情報ビューア「インフォキャリー」という製品を出していたことがある。同様にXMLデータなどでPC上のスケジュールやメモなどをメモリスティックに書き出し、それを読み込んで表示してくれる簡単なビューアがあれば便利なのだが、望み薄のようだ。

 ただ、エンターテイメントコンテンツに関しては、並々ならぬ意欲を見せる。前回の記事でも、UMDを用いた映像や音楽のアプリケーションフォーマットに関して、業界標準を目指す業界団体を組織するとの話があった。ゲーム機の世界は独自アーキテクチャで、とにかくコンテンツをなるべく早く提供する事に集中するが、UMDに関しては非常に慎重である。

 「UMD向けの標準アプリケーションフォーマットは、できれば来期までに定義したいが、現実には難しい。先行してソフトを出してしまえば、標準化までの間、標準に準拠しないソフトが多数出てしまう。これは避けなければならない。ハリウッドのスタジオは、どこも自ら“UMD向けコンテンツを出したい”と言ってくれる」と、“出せる状態だが、標準化優先でジッと我慢している”ことを強調する。

 「今、我々はみんな、デジタルカメラ、デジタルビデオ、デジタル放送、デジタルレコーダなど、デジタル世界に住み、さまざまな場所にデジタルコンテンツが溢れている。ポンっと針で突っついて破裂させれば、一気にデジタルコンテンツが広がっていく、そんな状態だ」と話す久夛良木氏は、本気でPSPをゲームとデジタルメディアのためのユニバーサルなコンテンツプレーヤにしようとしているようだ。

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【5月17日】【本田】SCEI 茶谷CTO インタビュー
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【10月27日】SCEI、「PSP」を20,790円で12月12日に発売決定(AV)
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【9月28日】【海外】任天堂に“ニッキュッパ”を封じられたPSP
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0928/kaigai122.htm

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(2004年10月29日)

[Text by 本田雅一]


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